「うあああああああっ、ひいいいいいいぃっ」
 喉も裂けよといわんばかりの絶叫が響く。女が座らされている鋼鉄製の椅子には、適当な間隔を持って鋭い刺が植えつけてある。びっしりと針を生やしたものは威嚇用で、実際には体重が分散するせいでさほど痛くないのだが、これはしっかりと刺が肉に突き刺さるようになっていた。
 もちろん、腕と足はそれぞれ肘掛けと椅子の足に固定されている。そちらにも刺が生えているらしく、無残にも鮮血にまみれていた。痛みのために身体をよじれば、ますます刺が肉を深く抉ることになるのだが、かといってじっとしていられるものでもない。
「ひいぃっ、ひぃぎゃぁっ」
 また、少し離れた場所では別の女性がその豊かな乳房を、鋭い刺を生やした万力によって上下から挟み込まれ、ぎりぎりとネジを回して締め上げられている。これ以上はないというほど大きく目を見開き、髪を振り乱して抵抗するが、もちろん、拘束が解けるはずもない。鮮血が白い肌の上を斑に染めている。
「あっ、くっ、うっ、つっ」
 一方、視線を巡らせれば、壁に拘束された十歳になるかならないかという女の子が鞭で打たれている。服は着たままだから、親が魔女かなにかなのだろう。本人に罪はないが、魔女となった親を持つ子供はやはり魔女になることが多い。こうやって罪を自覚させ、その後に修道院に入れるなり誰かに引き取ってもらうなりさせるのがあの子のためでもある。
 更に視線を巡らせると、吊るし落しの拷問が行われていた。かけられているのは豊かな髭を生やした男だ。吊り上げ、落とされた拍子に肩の骨が外れたのか、声もなくのたうっている。
「いかがです? といっても、ここで行っているのは基本的なものばかりで、あなたの目にかなうようなものはないでしょうが」
 ここの責任者だという司教が私へとそう言ってくる。私自身は何の権力もないが、旅の話というのは新鮮な話題に飢えた上流階級の人たちに好まれる。おかげで、特に当てのない旅をしながらも宿や路銀に困った試しはないし、普通であれば見せてもらえないようなものも口を聞いてもらえる。そうして得た話題が次の街での路銀に化けるのだから、世の中結構うまく出来ているものである。
 ちなみに、以前はまず拷問の様子をじっくりと観察させてもらい、その後に宿に帰ってから記憶を頼りにメモにまとめていたのだが、ひょんなことから従者を手に入れることが出来た--読者のかたがたは記憶しているかもしれないが、密航がばれたあの少年である--ので、今は彼にメモを取らせている。まぁ、もちろん自分の記憶にもしっかりととどめておいて、彼の取ったメモが正しいかのチェックはしているのだが、それでも純粋に楽しむ余裕が出来たのは喜ばしいことだ。
「しかし、次にお見せするのはまさに特別。この街でも年に一度あるかないかという特殊な拷問でございます」
 いかにも自信たっぷりにそう言い放つと、司教は奥の別室へと我々を連れていった。
 さして広さのない部屋の中央には何やら鉄の箱が置かれ、その横に後ろ手に拘束された少女が立たされている。箱の大きさは、彼女がちょうどすっぽりと入るぐらいか。
 同行していた拷問吏が、少女の肩に手をかけてその場に座らせる。諦めているのか、抵抗するそぶりは見せない。足首と肘をきっちりとそろえて縛り上げると、拷問吏が少女の身体を抱えあげて箱の中に入れた。普通に座らせるのではなく、足を折り畳んで脛を床につける形だ。更に後ろ手に縛られたままの少女の状態をぐいっと前に倒す。身体を折り畳まれた不自由な体勢で少女の姿が箱の中に消えた。
 更に、その上に箱の内側よりも僅かに小さな鉄の板を重ねる。最後に、部屋の隅に置かれていた箱の蓋を被せて準備は完了のようだった。蓋の方はとめがねでしっかりと箱本体に固定され、中央には何やらハンドルのようなものがついている。ハンドルといっても、棒の長さは箱本体とほぼ同じぐらい有りそうだが。
「ワイン絞り、と、そう呼んでおります」
「ワイン、ですか?」
「ええ。まぁ、ごらんください」
 そういって司教が拷問吏に合図する。小さく頷いて拷問吏がハンドルを掴み、ゆっくりと回した。ぐぐぐっとハンドルが下がっていく。
 二度、三度とハンドルが回る。やがて箱の中からくぐもった呻き声が漏れてきた。
「なるほど、葡萄の実を潰す要領で人間を潰す訳ですか」
「そういうことです。それも一思いに潰すのではなく、適当なところでハンドルを回すのを止めれば、圧迫した状態でいくらでも固定しておけるという訳で」
「う……うぅ……ああぁ……ぅ」
 箱の中から漏れてくる呻きは、小さく不鮮明だったが、それだけにかえって苦しさを実感させる。最初に箱に入れられた体勢が、そもそも苦しい。箱のサイズはああいう体勢を取った彼女とほぼ同じだから、身体を動かす隙間など最初からないも同然だったはずだ。そこに更に上から圧力をかけられれば、その苦しさは何倍にもなる。
「更に、これは鉄ですからな。こういう使い方も、できます」
 司教の言葉と同時に部屋の扉が開き、覆面をした拷問吏たちが真っ赤に焼けた炭を運んできた。それを箱の周囲に積み上げ、ふいごであおる。
「ふむ……なるほど」
「……いぃっ。ひぃっ。熱いぃぃっ」
 さほどの時をおかずに、箱の中から少女の悲鳴が上がった。自分の四方を囲っている鉄の壁が一勢に灼熱化したのだ。しかも、逃れようにも身体を動かすことさえ出来ない。自分の身体が焼かれていくのを感じながら、ただ耐えるしかないのだ。身体を動かして苦痛を紛らわすことさえ、彼女には許されていない。強く圧迫されて息をするのも苦しい状況での火責めという訳だ。
「焼き殺す訳にもいきませんからな。この辺りでいったん火を止めます」
 司教の言葉に、拷問吏たちが箱の周囲から炭を外す。もっとも、いったん加熱された鉄の箱はそう簡単には冷えない。じりじりと肌を焼かれ続ける少女の引きつったような悲鳴が小さく響いている。
 炭を片付け終えた拷問吏たちが、今度はバケツを手に取った。中にはなみなみと水が入っている。それを鉄の箱にかけるとじゅわっという音と共にもうもうたる蒸気が沸きあがった。
「ぐぶ、ぶ、ごぶっ」
 くぐもった、しかし切羽詰まった苦悶の声が響いた。どうやら箱の中に水が入り込み、少女の顔を浸しているらしい。床すれすれにまで顔を押しつけられていたはずだから、確かに少量の水でも全身を水に付けられるのと同等の苦しみを与えられるのだろう。押し潰され、僅かに息をするのがやっとという状態で水責めにかけられれば、その苦しさは並大抵のものではあるまい。
「これは、面白いですな。一つの器具で様々な責めを行えるという訳ですか」
「そういうことです。このまま数日間放置して、飢えと渇きで苦しめることも可能ですが、流石にそこまでゆっくり滞在なさる余裕はないでしょう。仕上げと行きましょう」
 司教の言葉に、僅かに残念に思わなかったといえば嘘になるが、よく考えてみれば、この状態では少女の苦しむ表情やらもがく姿やらを見ることは出来ない。となれば、ゆっくりとした責めを見物させてもらっても退屈なだけかもしれなかった。
 司教が片手を上げて拷問吏たちに合図を送る。小さく頷いて拷問吏たちがハンドルに手をかけた。ぎりぎりと微かな軋む音を立てながらハンドルが回され、蓋を押し下げていく。
「うぅ……うああぁ……ぐうぅぅぅえぇ」
 引きつった苦悶の声。その声が大きく高まった次の瞬間、私は確かに骨の砕ける音を聞いた。
 もちろん、鉄の箱ごしに聞こえるはずがない、気のせいだ、といわれればそれまでだが、私は確かにその音を聞いたし、従者の少年も聞いたと証言している。
「ぎぃ……ひぃ……ぎゃ、ぐぅ……」
 骨の砕ける音と、少女の断末魔の声が響く。悲鳴が完全に消えてから更に一回ハンドルを回すと、拷問吏たちは箱の下の方に手をやって何かを操作した。がこんという音が響いて箱の下の方に穴が開く。そこからどろりとした赤い液体があふれ出した。搾り出された血に、砕かれた骨のかけらやら皮膚の断片、脳味噌などが混じり合ったものだ。
「ワイン、ですか」
 私の呟きに、司教はええと笑顔で頷いた。
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All writen by 香月