今年の冬は、どうも雪が多いらしい。本来なら、山間を抜けて内陸部に行く予定だった私たちだったが、冬の雪山を越えるのは自殺行為だ。しかたなく山を迂回するルートを取ることになった。
 別に、目的のある旅ではないから急ぐ必要はなく、迂回するルートを取ること自体には問題はない。いや、むしろ、各地の話を収集するという意味で、わざと最短距離を取らずに進むことだって多い。今回私の気を重くしているのは、迂回するルートを通った場合、あの領主の治める街を通らなければならないということだった。
 覚えているだろうか? 以前にも記したことがあったが、自分の屋敷に使える女たちを冤罪に問い、酷い拷問を行うのが趣味な領主のことを。彼の方では私のことを気にいっているらしく、街を訪れるとなれば彼の屋敷に顔を出さないわけにはいかない。正直気が重いが、これも運命とあきらめるしかないのだろう。一瞬、街の宿にこっそり泊まってやりすごすという手も考えないではなかったが、あの領主は領民からの人気はかなり高い。私が領主に気にいられているということは領民にもよく知られているから、私の訪れはすぐにでも領主の耳に届いてしまうだろう。
 領主の人気の秘密は、何といっても税の安さである。領内にいくつもの金や銀、宝石などの埋まった鉱山を抱えているせいで、住民への税を驚くほど軽くしてもなお余りある富が手に入るのだ。おかげで税は収入のたった三割強という安さであり、他の街に比べて格段に暮らしやすい街になっている。
 それに、残虐な性格をしているとはいえ、彼が手に掛けるのはあくまでも屋敷に仕えている者のみで、しかも領民は皆そのことを知って居る。つまり、彼に殺される人間は皆、ある程度は殺される覚悟を決めて奉公にあがっているのだ。まぁ、中には親に強制されて、などという者も居るかもしれないが、それにしたところで人買いに売られるのと大差ないと考えれば珍しい話ではない。それに、人買いに売った場合は絶対に生きての再会はないが、領主の屋敷に奉公に出した場合は生きて帰ってくる可能性が有るのだから、その可能性に賭けてみようと考えても不思議ではない。そもそも、人買いに売るよりもずっと高額の収入になるのだ。金のために娘を売る親というのはどこにでも居るものだし、金よりも娘の生命が大事、というような親は奉公に出さなければ済む話だ。他の街の横暴な領主のように、街で見かけた美しい娘を強引にさらっていく、などということは、少なくとも私の知る限りではやって居ないらしいのだから。
 だから、この街の領主は他の街の領主に比べても相当に領民の人気は高い。性格のせいで慕われている、とは決して言えないが。身近で親しく付き合うにはかなり問題の多い人物ではあるが、少なくともけちではないし、機嫌さえ損ねなければ陽気できさくな相手でもある。ともかく、相手が喜ぶような話を披露して機嫌を取りつつ、そうそうに退散することにしよう、と、私は心に誓った。

 私と従者の少年の二人は、まだ若いメイドに案内されて領主の私室を訪れた。今回はどんな酷い行為を見せられるのだろう、と、憂鬱な気分になっていた私だが、まさか領主の部屋でいきなりあんな物を見る羽目になるとは思わなかった。
 私たちが部屋に入ると、彼は丁度ダーツゲームをしているところだった。手の中でダーツの矢を弄びながら、彼がこっちへと視線を向けて笑う。
「おお、先生。お久し振りですな。あいにくとゲームの最中だったもので手が離せず、お出迎えが出来ず申し訳ありません。まぁ、すぐに済みますからちょっとお待ちになってください」
 にこやかにそう言うと、領主がダーツを投げる。何気なくそれを目で追って、私はぎょっとした。ダーツの的になっているのは、全裸の女だったのだ。拘束されてはいないが、十字架に掛けられたように両腕を左右に広げ、足も肩幅に開いて壁の前に立っている。そして、彼女の胸や腹、太股などに、既に何本ものダーツが突き刺さっていた。
「んっ、ぐっ」
 領主の投げた矢を胸に受け、歯を食い縛った女がびくんと顔を反らせる。懸命に悲鳴を押し殺している女の姿に、領主が軽く肩をすくめた。
「ふぅむ、しぶといな。これで私の手持ちは尽きてしまったぞ。ミレニアの次の一本を耐えきれれば、お前の勝ちではないか」
 からっぽの両手を開いてみせながら、領主が軽い口調でそう言う。両目に一杯に涙を溜め、ダーツの的になっている女がこくんと頷いた。領主と入れ代わるような感じで、私たちをこの部屋に案内してきた少女と同じメイドの服を身にまとった少女がダーツの矢を手に女の前に立った。無表情に女のことを見つめると、ひょいっと無造作にダーツを投げる。宙を飛んだダーツが軽く放物線を描いて、壁の前に立つ女の股間の茂みへと吸い込まれていった。
「ひいいぃっ!」
 流石にこれは堪らなかったのか、女が顔をのけぞらせて悲鳴を上げる。くっくっくっと低く笑いながら、領主がおおげさに肩をすくめた。
「おやおや、またミレニアの勝ちか」
「そうみたい、ですね」
 女がその場に屈み込み、股間に突き刺さったダーツの矢を引きぬいてその辺りを両手で押さえこむ。ひっひっとまだ激痛に喘いでいる女の様子を見ても顔色一つ変えずに、ミレニアと呼ばれた少女がそう呟いた。テーブルの上に転がされていた大きなダイヤモンドを手に取り、軽く首を傾げる。
「別に、もう要らないんですけど……まぁ、賞品ですから」
「残念だったな。だが、負けは負けだ。手当を受けたら、仕事に戻るがいい」
「は、はい……」
 苦痛に涙をにじませながら、領主の言葉を受けた女がよろよろと立ち上がる。私の視線に気付いた領主が、軽く肩をすくめた。
「何、ただのゲームですよ。私とミレニア、二人がそれぞれ五本のダーツを投げる。悲鳴を上げずに耐えたら女の勝ち、悲鳴を上げさせたらその者の勝ち。勝者には賞品が出るというわけでして。
 そうそう、何でしたら先生も参加されますかな? 何しろ賞品は宝石、失敗しても死ぬ心配はない、ということで、最近では的の志願者も増えていましてね。お望みでしたら、すぐにでも準備をさせますが」
「い、いえ、結構。ダーツは苦手でしてな。
 それはそうと、彼女は……?」
 感情というものを感じさせないメイド姿の少女へと視線を向け、私はそう問いかけた。領主の申し出に辟易し、話題を変えたいと思ったというのも理由の一つだが、彼女のことが気に掛かったというのも大きな理由だ。何しろ、彼女が着ているメイド服にはあちこちにべったりと血の衣魚が付いていたのだから。
「ああ、紹介が遅れましたな。私の妻のミレニアです。ミレニア、この方が前にも話した先生だ」
「ミレニア、です。よろしく……」
「あ、これはこれは。失礼を」
 軽く頭を下げられ、私は慌てて礼を返した。しかし、ふとあることに気付いて首を傾げてしまう。
「妻、と、おっしゃると、マルガリータ様は?」
「ああ……あれは、死にましてな。後妻、ということになりますか」
 私の問いに、歯切れ悪く領主が答える。内心で、殺したのではないか、と思いつつ、私は神妙な表情を作って悔やみの言葉を述べた。こんなところで、殺したんじゃないのか、などと聞いても百害あって一利なしだ。
「まぁ、今日も先生をお迎えするというので一つ趣向を用意しておきましたから。とりあえずそれをご覧になってください」
 領主の方でも、あまり深く触れられたくない話題なのか、取って付けたような感じでそう言う。正直、ああ、来たか、と思いつつ、私は頷いた。
 ミレニアとかいう名前の少女が屈み込み、床の上から紐を拾いあげる。ソファの影になる位置で丸まっていたモノがむくっと置き上がった。犬かと一瞬思ったが、よく見てみればなんと人間である。まだ幼い幼女が両手両足を切断され、首輪に繋がれていたのだ。身にまとっているのはあちこちが裂けたぼろ布で、元々は服だったのかもしれないがほとんど原形を止めていない。丈も短く、四つんばいになった彼女の尻から下はほとんど丸見えだった。
「ミミ、お客様に御挨拶なさい」
 軽く紐を引きながら、ミレニアがそう言う。くぅん、と、犬のような鳴き声をあげてとことこと幼女が私の方に近づいて来た。ぺろっと舌をのばして私の靴を舐め、私の足に頬を擦りつける。
「妻のペットでしてな」
 驚いて思わず一歩足を引いた私へと、苦笑するような感じで領主がそう言う。は、はぁ、と、間の抜けた返事を私は返した。とっさには声が出ない。
「な、なかなか、結構な御趣味で……」
 そう口に出してしまってから、私はしまった、と思った。皮肉に聞こえたかもしれない。だが、特に表情を変える事もなくミレニアは紐を握ったまま扉の方へと歩いていった。もっとも、私の方に視線を向けようともしなかったから、内心では腹を立てているのかもしれないが。無表情な上に私の方に視線を向けようともしないから、どうも感情が読み取れない。
「御案内します。こちらへ、どうぞ」
 さっさと歩き出しながら、ミレニアがそう言い、紐を引かれた幼女がとことことその後ろに従っていく。一瞬従者の少年と顔を見合わせ、私はしかたなしに彼女に案内されて地下室へと向かった。

「アアアーーッ、アッ、アアーーッ」
 台の上に寝かされた女性が、激しく頭を左右に振って絶叫を上げる。彼女が掛けられているのは、伸長台ラックだ。まずは犠牲者を台の上に寝かせ、足を下の端に固定する。その後で手とローラーとをロープで結び、ローラーを巻き上げる事によって身体を上下に引っ張っていくというものだ。拷問としては比較的一般的なものであり、私もかつて何度も目にした事があった。身体を大きく傷つける事なく激しい苦痛を与えられるのだから、ある意味では理想的な拷問かもしれない。ただ、この領主のやることだから、単に身体を引き伸ばしていくだけでは済むまい、とも思ったが。
「アアアアーーーッ、ヤメッ、ヤメテェッ。ウアアーーーッ」
 ぎりぎりぎりっと、下男の手によってローラーが回され、女性の身体がますますピンと伸びる。縛り方にも何種類か有るが、彼女の場合はローラーの両端にロープを伸ばしたXの字型の拘束だった。両手をまっすぐにそろえた形と比べ、力が分散するために苦痛が長引く拘束のしかただ。ぴんと張りつめた腹がひくっ、ひくっと痙攣し、乳房が揺れる。全身を引き伸ばされることによる苦痛に激しく頭を振っていた女性の視線が、私たちを案内して来たミレニアの方へと向けられた。
「ミレニアッ、様っ、お許しをっ。ああっ、痛いっ、骨、骨が、外れますっ。ウアアアアアーーッ」
 女性の哀願の声を遮るように、下男がローラーを回す。絶叫を上げて顔をのけぞらせる女性。くくくっと愉快そうな笑いを領主が漏らした。一方、ミレニアは何の表情も浮かべずにただ黙って女性の苦悶する姿を眺めている。
 と、私たちが入って来た扉から、一人の少女が入って来た。ちりんちりんと、彼女の腰に吊るされた鈴が涼やかな音を立てる。腰に吊るした鈴は、すなわち拷問人の証だ。苦悶を続ける女性から目を逸らす意味もあって、私は入って来た少女の方に視線を向けた。僅かに眉をしかめた彼女の顔に、見覚えがあるような気がして私はしばし記憶を探ってみた。
「おや、確か、ルーゼの街でお会いした……?」
「……ああ、あの時の。お久しぶりです」
 私の言葉に、拷問人の少女が軽く会釈を返す。女性の方に向けていた視線をこちらに移し、領主が軽く笑った。
「以前、先生から話をうかがった時に興味を覚えましてな。たまたま職を失ったと聞いたので、召し抱えたんですよ。なかなか、役に立ってくれます」
「なるほど。確かに、彼女の技は一流と言っていいですからなぁ。まだ若いのに、たいしたものです」
 私の言葉に、拷問人の少女がしかめていた眉をいっそうきつく寄せた。何か気に触る事を言っただろうか、と、内心で首を傾げる私の横を無言のまま通り過ぎ、少女が身体を引き伸ばされている女性の元へと歩み寄る。ヒイイィッと引きつった悲鳴を女性が漏らした。
「い、いやっ、来ないでっ。アアァッ、ミ、ミレニア、様っ。お許しをっ。イヤアァッ」
 何故か、領主ではなくミレニアへと向かって哀願の声を上げる女性。無表情に女性のことを眺めているミレニアへとちらりと視線を向けながら、私は内心で首を傾げた。普通なら、領主に許しを乞うべき場面だろう。まぁ、この領主の性格を考えれば直接の哀願は無意味だろうから、他の人間に頼んでとりなしてもらおう、というのは一応は理解できる。ただ、女性の声には明らかに強い恐怖が含まれていた。以前この屋敷を訪れた時には居なかったと思うこの少女は、それほどまでに恐れられているのだろうか? 確かに、何の表情も浮かべずにただ立っているだけの彼女の姿は、不気味なものを感じさせるのだが。
「ああっ、ミレニア様っ。お許しをっ。私は、く、靴まで、舐めたでは、ありませんかっ。ああっ、いやっ、来ないでっ。ひどい……っ。許してっ」
「おや? ミレニア、この者に靴を舐めさせたのか? そういう話は、聞いたことがなかったが」
 女性の叫びに、領主が興味を引かれたような声を上げる。靴を舐めさせるというのは、奴隷として服従を誓わせるということだ。おそらくは側室として優雅な暮らしをしていたはずの女性に、そんな屈辱的なまねをさせるというのはただごとではない。目の前の、どちらかといえばおとなしそうな少女がそんなことをさせたというのは、ちょっと信じられなかった。まぁ、こんな場面で口からでまかせを言うはずもないから、おそらくは真実なのだろうが、今一つぴんとこない。
「さぁ……? 憶えていませんけど、彼女がそう言うんなら、多分そんなこともあったんじゃないでしょうか。別に、関係のないことですけど」
 軽く首を傾げながら、無表情にミレニアがそう応じる。関係ない、と、あっさりと言いきる辺りも凄いが、台詞の前半も考えてみればかなり酷い。記憶にない、というのは、まさかいちいち憶えていられないほど多くの人間に靴を舐めさせているということだろうか? 虫も殺せぬような顔をした少女が、他の女たちに自分の靴を舐めさせている図というのがうまく想像出来ずに私は内心で首を傾げた。とはいえ、この場面で平然としていられるというだけで、既にまともな感覚の持ち主ではないのかもしれない。そう考えれば、彼女が恐れられているのも分からないことではないか。
「ギッ! ギイヤアアアアァッ!!」
 私の思考を引き戻そうとするかのように、女性が凄絶な悲鳴を上げた。見れば、拷問人の少女がナイフを女性の腹へと走らせている。脇腹の辺りから肋骨の下を通って反対の脇腹へと一直線に切り裂き、更にその少し下にもう一本、傷を刻む。腹に二本の平行な傷を刻み込まれ、ひぎっ、ひぎっと女性が掠れた声を漏らした。腹を裂いた、と、いっても、内臓自体にはほとんど傷が付いていないのか、出血量は意外なほど少ない。さすがは熟練の技、と、私が思わず観察者、記録者としての視点から内心で唸る間にも、拷問人の少女は手早くナイフを振るい、脇腹で二つの傷を縦に繋いだ。四角く切り取られた腹の肉と肌とを、無造作に傷に手を突っ込んでべりべりっと引き剥がす。
「ウギャアアアアァッ。ギッ! ギヒイィィィッ!」
 女性が絶叫を上げる。四角く窓のように切り取られた腹から、内臓がこぼれ落ちる。台の上に、血に濡れてぬらぬらとぬめる内臓がべちゃりと広がった。血の臭気がむわっと立ち込める。
 ぎりぎりぎりっと、下男がハンドルを回して更に女性の身体を引き伸ばす。断末魔か、と、思うほど凄絶な絶叫が女性の口からあふれ出した。人間の身体という者は意外と引っ張る力には強いものだが、その強度の大半は実は骨ではなく筋肉と皮膚によるものだ。腹の回りの肉と皮膚とを切り取られた女性の胴体が、ずるりと伸びる。この傷がなければおそらくは肩や肘、膝といった辺りの関節が外れていたのだろうが。
「アガガガガッ、ガギャッ、グギャギャギャギャアァッ」
 ハンドルが回る。口から血の泡を吹き、女性が身悶える。背骨が外れ、内臓があふれ出し、背中の側の残された肉が裂ける。上下に分断された女性の身体が、唯一繋がったままの腸をずるずると引き出されながら台の上を引きずられる。
「アベベベベッ、グギャッ、ギャヒッ、ヒギャッ、グギャガッ、グギャアアアアァ--ッ!!」
 ショックからか、分断された下半身がびくんびくんと痙攣し、台の上で跳ねる。血の泡を飛ばし、激痛に絶叫を上げながら身悶える上半身だけの女性。
「ほう、すぐに死ぬかと思いましたが、意外ともつものですなぁ」
 身体を二つに分断されながらも、まだ悲鳴を上げつづけて入る女性の姿に領主が楽しげな口調でそう言う。ぴちゃぴちゃと台の上に広がった血溜りを鳴らしながら、女性の上半身と下半身が目茶苦茶なダンスを踊っている。
「そう長くは持たないでしょうが……馬によって手足を引き千切られた男も、しばらくは生きていたといいますからな。痛みでショック死しなければ、身体を半分にされてもなかなか死なないもののようです」
 努めて冷静に私はそう論評する。相手が望む反応を見せてやるのも、処世術と言うものだ。うむうむと満足そうに頷く領主に見つめられながら、女性はなおも苦悶の声をあげながら身体を震わせていた。しかし、しばらくすると流石に力尽きたのか次第にその動きが緩慢になり、ついにはひくひくと痙攣するだけの肉の塊に変わる。くくくっと領主が悦に入った笑いを漏らし、私の方を振り返った。
「いかがでしたかな? 楽しんで、もらえましたか?」
「え、ええ、まぁ。滅多に見れないものを見せていただきました」
 胸の奥に吐き気を覚えながらも、私はそう言って頭を下げた。背後では従者の少年が顔を背けているのが分かったが、あまりとがめる気にはなれない。私だって、出来れば顔を背けたい。
 顔を上げた私を、ミレニアがじっと見つめた。私や少年のように顔をしかめるでもなく、領主のように笑うでもなく、ただ無表情に。下男や拷問人の少女も、僅かとはいえ顔をしかめているのだから、無表情を保っているのは彼女だけだ。思わず一歩あとずさってしまい、私は狼狽した。彼女が何かしたわけでもないのに、私は恐怖を感じたのだ。ただ、見つめられただけで。冷静に考えてみれば、正面から彼女の視線を受けとめたのは始めてだった。
「さて、では、今日もまた、先生にはいろいろなお話をうかがうことにしましょう。ミレニア、よいな?」
「はい」
 領主の方には視線を向けずに頷き、ミレニアは屈み込むと足元の幼女の頭を撫でた。女性のあげる凄絶な悲鳴に怯えてしまったのか、身体を丸めて震えていた幼女がほっとしたように顔を上げ、ミレニアの膝に頬を擦り寄せる。ぽんぽんっと軽く幼女の頭を叩くと、ミレニアが屈み込んだ体勢のまま顔だけを上げてもう一度私のことを見た。
「いろいろと、聞かせてもらいましょう。参考に、なりますから」
「は、ははは、そうですな。では、珍しい話を披露いたしましょう。はるか東の国の処刑方で、凌遅とかいうものがあるという話を聞きましたので。何でも、全身の肉を少しずつ削ぎ取っていくのだとか」
 自分の心の中の恐怖心を押し隠そうと、無理矢理明るい声を私は上げた。拷問人の少女が、責めるような表情でそんな私のことをじっと見つめる。確かに、私が話した拷問や処刑を、領主たちが実際に試す可能性は極めて高い。心が痛まないわけではないが、私だって生命は惜しいのだ。
 身体を上下に引き裂かれた女性の、血の臭いが周囲には立ち込めていた……。
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