十字架の太夫


「衿華、取り乱さないで聞いておくれよ」
 衿華の私室を訪れた榊屋の女将が、気難しげな表情でそう前置きをする。微かに目を見張り、いずまいをただす衿華へと、小さく溜め息をついて女将は告げた。
「正二郎が、処刑されたそうだ」
「……そう、ですか。あの人が……処刑、されましたか」
 僅かに目を伏せ、静かにそう呟く衿華。その態度に怪訝そうに眉をしかめ、女将が衿華の前に腰を降ろす。
「衿華? あんた、その態度はまるで知ってたみたいじゃないかい?」
「覚悟は、しておりました」
 静かにそう呟くと、衿華は立ち上がり自らの箪笥の方へと足を進めた。怪訝そうな表情を浮かべる女将の見つめる中、一番下の段の引き出しを開け、中に収められた服の一番下に手を入れて小さな袋を取り出す。再び女将の前に腰を降ろすと、衿華は小袋の中に収められていた『それ』を取り出して女将の前にそっと置いた。
「衿華!? あんた、これは……!」
「正二郎様は、わたくしに主の教えを説いてくださいました。そして、いつの日か、必ずわたくしを身請けしてくださるとおっしゃられたので、その日が来るのを心待ちにしておりましたが……同時に、どこかで思ってもいたのです。いつか、こんな日が来るだろうとも」
 畳の上に置かれた小さな十字架。それを見つめて寂しいげな微笑みを浮かべると、衿華は畳の上に手をついてゆっくりと頭を下げた。
「女将さん。わたくしは、ご覧の通りキリシタンです。どうぞ、奉行所に訴え出てくださいませ」
「え、衿華、あんた、自分が何を言ってんのか分かってんのかい!?」
「はい。キリシタンを匿えば、その者も同罪。女将さんや他の人たちに迷惑はかけられません。
 それに、キリシタンを訴え出れば報奨金が出る筈です。その程度ではわたくしが今までにお世話になった御恩返しにはならないと思いますが……」
「馬鹿なことをお言いでないよ。あんた、キリシタンがどういう運命を辿るのか、分かってないのかい!? 酷い拷問を受けて改宗を迫られる。それでも改宗しなきゃ、待ってるのは処刑なんだよ!?」
 動揺の声をあげる女将へと、衿華が静かな微笑みを浮かべる。
「キリシタンにとって、殉教は恐れるべきものではありませんもの。たとえ過酷な拷問を受けようと、それはしょせん一時のこと。神の国に迎えいれられ、永遠の命を授かることを考えればたいした問題ではありませんわ」
「衿華、あんた……」
「正二郎様にお会いして、主の教えを知った時から、このような日が来ることは覚悟しておりました。どうか、わたくしのことは気になさらずに、奉行所へ訴え出てください。それが、わたくしの望みでもあるのですから……」
 静かな微笑みを浮かべながら、強い意思を込めて衿華がそう言う。数度何か言いたげに口を開け閉めし、がりがりっと女将は髪を掻き回した。
「ったく、武蔵といいあんたといい……何であたしの見世にはこう強情な連中ばっかり集まるんだろうかねぇ」
「申し訳ありません……」
「ふんっ。さっさと転んで、帰ってくるんだね。あんたにゃ、まだまだ稼いでもらわなきゃ何ないんだからさっ」
 憎まれ口を叩きながら、女将が立ち上がる。無言のまま、静かに衿華は頭を下げた。

「榊屋遊女、衿華。お主、キリシタンであること相違ないな?」
「はい」
 キリシタンの取り調べは、通常の犯罪者とは別の場所で行われる。キリシタン屋敷と通称されるその屋敷に連れ込まれ、担当の中年男に問いかけられた衿華は臆することなく頷いた。
「キリシタンは公儀の定めにより死罪。なれど、転ぶのであれば命は助かる。どうじゃ? 転ぶ気は、あるのか?」
「いいえ、わたくしは、転ぶつもりはございません。転ぶくらいでしたら、主の元に召される道を選びます」
「うむ……」
 衿華の言葉に、小さく男が頷く。単に言葉で言われただけで転ぶキリシタンなどいない。この辺のやり取りは、いわば儀式のようなものだ。
「では、これより拷問を開始する。転ぶ気になったらすぐにそう言え。さすれば、すぐに拷問は中止する」
「お心遣いには感謝いたしますけれど、無用のことです。わたくしは、決して転びません」
「そうか。皆、最初はそう言う。だが、現実にはその半ば以上は途中で転ぶ。
 ……石を抱かせい」
 男の言葉に、控えていた拷問役の人間が衿華のもとに歩みより、縄をほどいて服を剥ぎ取る。目を閉じ、小さく口の中で神への祈りの言葉を呟くだけで、衿華はあがらおうとはしない。無抵抗の衿華が十露盤そろばんの上に座らされ、やや身体を前屈みにした状態で『泣き柱』と呼ばれる柱に縛りつける。剥き出しの脛に尖った木材が食い込むが、微かに表情を歪めただけで衿華は苦痛の声をあげようとはしない。
 どさっと衿華の太股へと石が積まれる。くっと一瞬呻きを漏らすが、衿華は目を閉じたまま口の中で神への祈りを唱えつづけている。もっとも、その反応は周囲の人間も予想していたのか、特に驚いたような様子も見せずに二枚目、三枚目の石が続けて積み上げられる。
「くっ、うっ、あ……くうぅっ。主よ、わたくしを、導き給え……くううぅっ」
 流石に苦しげに眉を寄せ、衿華が僅かに身をよじる。全身にぽつぽつと汗の玉が浮かび、脛に食い込んだ木材が肌を破って血を滴らせる。
 僅かに衿華の様子をうかがうような間を挟み、小さく頷き合うと男たちが四枚目の石を衿華に積みあげる。着痩せするたちなのか意外なほど豊かな胸が石に押しのけられて歪んだ。
「くううぅっ、あっ、うあああああぁっ!!」
 悲鳴を上げて衿華が顔をのけぞらせる。男たちの手が石にかかり、ずっ、ずっと前後左右に揺さぶる。
「きゃああああああぁっ! あっ、ああっ、あああああ---っ! 主、よ、お導きを……きゃあああああああぁっ!」
「どうじゃ? 転ぶ気には、なったか? 何も恥じることはない。転ぶと言いさえすれば、その苦痛からは逃れられるのだぞ?」
 石を揺さぶられるたびに甲高い悲鳴を上げて身悶える衿華へと、男がそう問いかける。ぎゅっと歯を食い縛り、衿華がぶるぶると首を左右に振った。ふむ、と、顎に手を当てて呟くと男がめくばせを送り、五枚目の石が衿華に積まれる。
「きゃああああああああああああああああ-----っ!」
 堅くつむっていた目を大きく見開き、顔をのけぞらせて衿華が絶叫を上げる。
「五枚積まれれば大の男でも泣きわめき、許しを乞う。これで転んだ所で、誰もお前を責めはせん。さあ、転ぶのだ」
「わたくしは、転び、ませんっ。ああっ、あああっ、きゃあああああああああああぁっ!」
 顎の辺りまで積み上げられた五枚の石の重みが、容赦なく彼女の脛に木材を食い込ませる。どくっ、どくっと血をあふれさせ、すさまじい激痛を受けながらも衿華は転ぶことを拒否した。その強情の酬いとばかりに積み上げられた石が揺さぶられ、脳裏が白くなるほどの激痛が襲いかかる。絶叫を上げてのけぞり、身悶える衿華。だが、その口からは転ぶという言葉は出てこない。
「六枚目を」
 男が無情にそう告げ、衿華の苦痛に歪む顔を隠すように六枚目の石が積み上げられた。通常、罪人の取り調べで六枚目を積むことは滅多にない。五枚積む以前に大抵のものが苦痛に耐えかねて自白するか、気を失うかしてしまうというのが最も大きな理由だが、六枚以上積み上げれば相手を殺す危険が大きくなり過ぎるというのも理由の一つだ。だが、キリシタンへの拷問においては、相手の生死は大して考慮されない。
「ギャアアアアアアアアアアア----ッ!!」
 容姿に似合わぬ獣じみた絶叫を上げ、衿華が大きくのけぞって天井を振り仰ぐ。こぼれ落ちんばかりに目は見開かれ、同じく大きく開いた口から舌が突き出る。ぐるりと黒目が反転し、ぶくぶくと大量の白い泡が口からあふれた。
「よし、やめっ」
 男の言葉で衿華の上から石が取り除けられる。がっくりと首を折って気を失っている彼女の顔へと桶の水が浴びせかけられ、弱々しい呻きを上げて衿華が僅かに顔を上げる。
「どうじゃ? 転ぶか? 転ばぬというのであれば、もう一度積みあげる。今は六枚目で止めたが、次は七枚目まで積むぞ?」
「どうぞ、何度でもお積みくださいませ。いかなる苦痛を受けようと、わたくしは転びはしません。七枚が八枚、九枚、更には十枚を越えたところで、わたくしの答えは変わりません」
 男の言葉に、肩を上下させながら衿華がそう応じる。む、と、小さく声を上げると男は脇に控える医者へと視線を向けた。険しい表情で小さく医者が首を左右に振る。これ以上石抱きを続ければ、責め殺してしまうだろう。いかにキリシタンを殺した所で罪にはならないとはいえ、転ばせることが出来ればその方がいいに決まっている。
「本日の責めは、これにて終える。続きは、明日じゃ」
 男の言葉に、緊張の糸が切れたのかふうっと衿華は前のめりに崩れ、再び意識を失った。

「うっ、くっ、あっ……主よ、わたくしに、どうか御力を……くうぅっ」
 木馬をまたぎ、足に重石を吊るされた衿華が苦痛に表情を歪めて身をよじる。昨日の石抱き責めで脛の骨は無残に砕かれ、じっとしていてもズキンズキンと激痛を放つような状態だ。そこに石を吊るされるだけでも充分すぎるほどの苦痛だった。しかも、当然ながら自らの体重と足に吊るされた石の重みとで彼女の股間は鋭い木馬の背に食い込み、血を滴らせている。
「さあ、どうだ? 転びさえすれば、その苦痛からはすぐに逃れられるのだぞ?」
「わたくしは、決して、あうっ、転びは、くっ、しません……」
「強情を張っても、馬鹿を見るだけだぞ。……やれっ」
 男の言葉を受け、衿華の手首から天井の梁を経由して柱に結び付けられた縄を、二人の拷問役が掴む。彼らが縄を掴んだままでゆっくりとあとずさると、衿華の身体が上へと引き上げられていき、木馬の背から股間が離れる。木馬の背と衿華の股間との間隔が指二本ほどの高さまで衿華の身体を引き上げると、男たちがぱっと手を離す。
「ギャウッ!」
 どさっと引き上げられていた身体が木馬の上に落ち、濁った悲鳴を上げて衿華が顔をのけぞらせる。男たちが再び縄を握り、うっ、うううっと呻きを漏らす彼女の身体がゆっくりと引き上げられていく。今度は先程の倍程度の高さまで引き上げると、男たちがぱっと手を離した。
「ギャアアアアアアァッ!!」
 木馬の背によって責められ、傷を負った股間が鋭い木馬の背に叩きつけられる。激痛に絶叫を上げ、顔をのけぞらす衿華。更に、のたうつ彼女の足に吊るされた石を男たちがぐいっと踏みつける。
「きゃああああああああああぁぁっ! ああっ、あっ、きゃああああああああああああぁっ!!」
「さあ、転べ。転ぶのだ。転べば、苦痛から逃れられるのだぞ?」
「主よ、わたくしに、加護を……ああっ、あっ、きゃああああああぁっ! ハ、ハライソ、に、御迎え、ください……きゃああああああああぁっ!!」
 男の言葉に首を左右に振り、懸命に神に祈りつづける衿華。全身にびっしょりと汗を浮かべ、股間からあふれる血で下半身を赤く染めた姿で悲鳴を上げ、身をよじる。小さく舌打ちすると、男は更に石を吊るすように命じた。ずしっと重みが更に掛かり、ますます深く股間が木馬の背に食い込む。大きく目を見開き、絶叫を上げて身悶える衿華。
「転ぶか!?」
「いやっ、いやああああぁっ! 転びませんっ、わたくしは、決して、転びませんっ。きゃああああああああああぁっ!」
「強情な奴だ。おい、もっと高く吊るし上げ、落とすのだ」
 左右の足に二つずつの石を吊るされ、木馬を揺さぶられて絶叫を上げつつも衿華は転ぶことを拒否しつづける。男の指示に、拷問役たちが衿華を吊るす縄に手をかけ、大きく衿華の身体を吊るし上げる。木馬の背から股間が離れたことで痛みから解放された衿華がはあはあと喘ぐなか、木馬の鋭い背が彼女の膝の辺りに来る程度の高さにまで彼女は吊るし上げられた。
「そこから落とされれば、今までの比ではない苦痛を味わうことになる。どうだ? 転ぶ気には、なれんか?」
「わたくしは、転びません。例え死すとも」
 苦痛にびっしょりと汗を浮かべ、喘ぎながら衿華がきっぱりと応える。軽く男が手を振り、衿華を吊るす縄から手が離される。
「グギャアアアアアアアア----ッ!!」
 どさっと木馬の背に衿華の股間が叩きつけられ、びちゃっと鮮血が飛び散る。腰の骨が砕け、そこから身体がまっぷたつに引き裂かれたのではないかと思うほどの激痛に衿華が絶叫を上げて顔をのけぞらせた。ひぎっ、ひぎっと口から舌を突き出して喘ぐ衿華の足に吊るされた石を拷問役たちが踏みにじり、更にがたがたと木馬を揺さぶる。
「グギャアアアアアァッ! ギャアアアアアアァッ! ギヒャアアアアアアアアァッ!!」
 目を見開き、獣じみた絶叫を上げて身悶える衿華。どくっ、どくっと大量の鮮血が股間からあふれ出し、木馬の側面を赤く染め上げ、床に血溜りを作る。更にがたがたっと激しく木馬が揺すぶられ、大きく開かれた口から白い泡を噴いて衿華は悶絶した。

「うああああああああ----っ!」
 逆海老に吊るし、背中に石を乗せた状態で縄を捻って回転させる駿河問い。その拷問を受けて勢いよく回転しながら衿華が悲鳴をあげる。石抱き責め、木馬責め、更にこの駿河問いと連日の拷問に、衿華の体力は消耗するばかりだ。
「あぐっ、うえっ、うぶっ、おえええええぇっ」
 回転によって三半器官が変調をきたし、強烈な吐き気に襲われて衿華が回転しながら嘔吐する。それでも回転は止まらず、更に右へ左へ何度か回転してからようやく縄のねじれが消える。
「転ぶか?」
「えう、あ、あううぅ……わ、わたくしは、決して、転びません……」
「ふんっ」
 男が鼻を鳴らし、衿華の身体が再びぐるぐると回される。縄のねじれが充分になったところで手が離され、勢いよく衿華の身体が回転を始めた。
「きゃあああああああああああぁっ」
 衿華の口から悲鳴があふれる。縄のねじれが消えてもそれまでの勢いで身体は回転を続け、縄を反対方向に捻っていく。回転が完全に消えると、勢いで逆にねじれた縄が今度は衿華の身体を逆方向に回転させ、それが延々と繰り返される。徐々に縄のねじれは少なくなっていくからやがて回転は止まるが、そうなったら再び手で身体を回転させることで縄にねじれを作り、また回転地獄を繰り返す。
「転ぶか?」
「転び、ません……」
 回転が止まる度に男が問いを発し、息も絶え絶えになりながらそれを衿華が拒絶するということを何度も繰り返す。拒絶すれば拷問役の手によって衿華の身体はぐるぐると回され、捻れた縄によって勢い良く何度も回転させられる。衿華はその間延々と悲鳴を上げつづけ、何度も嘔吐を繰り返した。
 しかし、悶絶するまで衿華はその日の責めに耐え続けたのである……。

 四日目。衿華は地面の上にじかに座らされていた。脛の骨を砕かれた彼女は正座が出来ず、正座した状態から足を左右に開き、ぺたんと尻をつけたような格好だ。服は全て脱がされているが、特に拘束はされておらず、拷問役の男たちに腕と肩を押さえられているだけだ。もっとも、連日の拷問に既に衿華の体力は随分と落ちていて、彼らの手で支えられていなければ地面の上に崩れ落ちてしまいそうな印象すらある。
「まだ転ばんとは、随分としぶといな。転ばないというのであれば、今日はこの焼けた鉄の棒をお前に突き立てるぞ」
 親指ほどの太さの鉄の棒を衿華の顔の前にかざし、男がそう言う。ごくっと唾を飲み込み、僅かに唇を震わせながら衿華は静かに口を開いた。
「殺されても、転ぶつもりはありません」
「強情な奴だ……」
 男の呟きと共に、拷問役が衿華の胸へと手を伸ばす。乳首を摘まんでぐいっと引き、乳房を引き伸ばすとそこに真っ赤に焼けた鉄串がずぶりと突き立てられた。
「きゃあああああああああぁっ!!」
 絶叫を上げて顔をのけぞらせる衿華。苦痛から逃れようと身悶えるが、男たちにがっちりと押さえ込まれていては逃れようもない。左右にぐりぐりとえぐるように回転しつつ乳房を焼けた鉄串が貫通していき、ついには反対側から尖った先端を覗かせる。ぶすぶすと肉が焼ける嫌な臭いが周囲に立ち込めた。
「あ、あう、ああ……きゃああああああああぁっ!!」
 ずぶり、と、二本目の鉄串が突き立てられ、同じように衿華の乳房を貫通していく。悲鳴を上げて身悶える衿華の乳房を、三本目の鉄串が横に貫いた。
「きゃあああああああああああぁっ! 主よ、わたくしに、御力を……」
 右の胸に縦に二本、横に一本の鉄串を貫通させられ、激痛に喘ぎながら衿華が神への祈りを口にする。容赦なく四本目の鉄串が乳房を横に貫いた。
「きゃあああああああああああぁぁっ!! うあ、あ、あ……」
 井の字型に真っ赤な鉄串を乳房に貫通させられ、ぶすぶすと肉を焼き焦がされながら衿華が喘ぐ。男が転ぶかと問いかけてくるのに弱々しく首を左右に振ると、衿華は口の中で神への祈りを唱えた。
 左の胸に拷問役の手が伸び、乳首を摘まんで乳房を引き伸ばす。唇を震わせる衿華が凝視する中、ぶすりぶすりと乳房に焼けた鉄串が突き立てられていく。
「きゃああああああああぁっ!! あ、あう、あ……きゃあああああああああぁっ!!」
 びくんっ、びくんっと身体を跳ねさせ、衿華が身をよじって絶叫する。左の胸にも井の字型に鉄串が貫通した所で男が衿華の前髪を掴んであおむかせ、転ぶかと問いかけてくるが、衿華は目に一杯に涙を浮かべながらも首を横に振った。
「主よ、わたくしを、ハライソへと御導きください……」
 半ばうわごとのようにそう呟く衿華の頭を突き離し、男がめくばせを送る。拷問役たちは衿華の身体を乱暴に地面の上に寝かせると、手足を押さえつけ、ぶすり、ぶすりと焼けた鉄串を衿華の腕や足へと突き立てていった。真っ赤に焼けた鉄串がつきたてられるその度に、衿華の口から悲鳴があふれる。
「きゃああああああああぁっ! あ、あひ、い……きゃああああああぁっ! 主よ、わたくしを……きゃあああああぁっ!」
 肉の焦げる嫌な臭いが立ち込める。悲鳴を上げ、身をよじって苦しみもがく衿華。だが、時折投げかけられる転ぶかという問いには頑として応じようとはしない。
「きゃああああああぁっ! あ、あう、あ……きゃあああああああぁっ!! ひ、ひいぃ……ヒイイイイイイィィッ!! ギャアアアアアアアアァッ!!」
 井の字型に貫通された乳房へも更に鉄串が突き立てられ、手足に真っ赤な鉄串が乱立する。全身に鉄串を突き立てられた鉄串の本数が四十本を越えた辺りで、衿華は意識を手放した。

「……馬鹿な子だよ、まったく」
 奉行所から届けられた書面に目を落とし、榊屋の女将が小さく呟く。衿華のことをキリシタンだとして奉行所に訴え出てから十日。夕方過ぎに届けられた書面には、そっけなく衿華が死んだことが書かれてあった。最後まで転ぶことを拒みつづけ、連日の拷問によって消耗し尽くした彼女は、拷問を受けている最中に死んでしまったというのだ。
「さっさと転べばいいものをさ。まったく、死んじまったら、何にもならないじゃないか」
 ぐしゃり、と、書面を握り潰すと、女将はいらただしげに髪の毛を掻き回した……。
TOPへ
この作品の感想は?: