「あら、小次郎の若旦那様。お久し振りでございます」
 しとやかに礼をする衿華に、小次郎は軽く手を振ってみせた。
「そんなに他人行儀な挨拶はよしとくれ。俺とお前の仲じゃないか」
「わたくしと若旦那様の関係は、ただの遊女と旦那衆というだけでございましょう?」
「つれないねぇ。昔はあんなに可愛かったってのに」
 嘆息する小次郎に、くすくすと衿華が笑う。
「今日のおめあては、武蔵さんではございませんの?」
「や、そのつもりだったんだけど。またやったんだって? あいつ」
「はい。あの情熱は、尊敬してしまいますわ。わたくしなど、もうとうの昔に逃げだすことを諦めてしまいましたもの」
 まんざら皮肉というわけでもない口調と表情でそう言って衿華が笑う。
「たった一度の責めで、もう怖くなってしまいましたから……」
「そっか……衿華も昔、逃げだして仕置にかけられたことがあったんだっけか」
 少し意外そうな口調になって小次郎がそう呟く。話に聞いたことはあったが、この店でトップの彼女のイメージとは合わないために忘れていたらしい。
「どんな責めを受けたのか、よかったら話して貰えないかい?」
「……はい。お恥ずかしい話でよろしければ」
 一瞬口籠ったものの、すぐに笑顔になると衿華はそう言った。

 暗く、ジメジメとした仕置部屋。その中央には天井から一本の竹の棒が吊されている。竹の両端に縄をくくりつけ、棒が地面と平行になる形だ。
 その棒に、両手を大きく広げて一人の少女が全裸で縛りつけられている。棒の高さは彼女の肩の辺りなので、ちょうど十字架に張りつけになったような感じだ。びっしょりと全身はずぶ濡れで、諦めきったようにうなだれている。
「足抜けしようたぁ、いい度胸だね、衿華。逃げた遊女がどういう目に遭うか、もちろん知っているんだろう?」
「ご、ごめんなさい。に、二度と、こんな馬鹿な真似はしません。だから……!」
 怯えきった表情で衿華がそう哀願する。まだ胸がやっと膨らんできたばかりという幼い身体をみるまでもなく、まだほんの子供なのだ。だが、それでももう、客を取っている以上は一人前の遊女として扱われる。責めに関しても、容赦はない。
 ふんと鼻を鳴らすと女将が自分の背後の大男へと合図を送った。のっそりと衿華に歩み寄った大男がぐいっと無雑作に彼女の足首を掴んで持ち上げる。きゃっと小さな悲鳴が衿華の口から漏れた。
 床に転がしてあった竹を掴むと、大男がそれに衿華の足首をくくりつける。紐がきついのか、衿華の表情が微かに歪んだ。
「ほら、ちゃんと足を開きな。手間かけさせんじゃないよ。素直にしてれば、責めも短くすむってもんさ。抵抗すると後で酷いよ」
「は、はい……」
 ぎゅっと目を閉じた衿華の足が、大きく左右に開いた形で竹に縛りつけられる。両手は左右に広げたままだから、ちょうど大の字になったわけだ。
「さぁて、それじゃ、始めようかねぇ。おとなしくしてたから、特別に蝋燭は一本だけにしといたげるよ。感謝しな」
 そう言いつつ、女将が棚から太い蝋燭を取りだした。がたがたと震えている衿華の目の前で蝋燭に火が灯る。
「ほぅら、見てごらん。大きな炎だろう?」
「あ……あ……」
 鼻先に蝋燭の炎を突きつけられ、怯えた表情を浮かべて衿華が顔をのけぞらせる。かちかちと歯が鳴っているのが自分でも分かった。
「うふふふふ、怯えた表情も可愛いねぇ。いっそ、こういう趣味の客専門になってみるかい? 稼げるよぉ?」
「い、いやです! そ、そんなこと……」
「口答えするんじゃないよ!」
 ぱぁんっと左手で女将が衿華に平手をみまう。頬を赤く腫らしながら、衿華が瞳に涙を浮かべた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
「ふ、ん。さっきからそればっかりだねぇ。オウムじゃあるまいし」
 そう言いながら、女将がすっと蝋燭の位置を衿華の胸の辺りにまで下げる。ゆらゆらと揺れる炎が、未発達の胸を、乳首を炙る。
「ひっ、いぃ。あ、熱いぃ」
 初めて感じる痛みに、衿華が悲鳴を上げて身体をよじる。といっても、天井から吊された竹は大男ががっしりと両手で押えているし、床に置かれた方もやはり彼が踏みしめていてぴくりともしない。身体を動かせる範囲はほんの僅かで、しかも逃げれば逃げた分だけ蝋燭の炎は追ってくる。
「ひぃっ。ゆ、許して、くださいっ。熱いっ。火傷、しちゃうっ。ひぃぃっ」
 実際には、火傷などを負わせて『商品価値』を落すような馬鹿な真似はしない。女将はちゃんと火傷しそうでしないぎりぎりの点を見極めているのだが、恐怖と苦痛でパニックを起している衿華にそんな冷静な判断が出来るはずもなかった。
「ひっ。ひぃっ。いやぁぁっ。熱いっ。お願い、ひいっ、許し、てっ」
 右へ左へ僅かに動ける範囲で必死になって炎から逃げ回る衿華。クスクスと笑いながら女将がひょいと蝋燭を傾むけた。溜っていた溶けた熱蝋が衿華の太ももの辺りへと滴り落る。意識が胸元へと集中していた矢先の不意打ちに、衿華の口からひときわ大きな悲鳴があがった。がくがくと膝が震える。
「おやおや、もうダメかい? まだまだ責めは始まったばかりだよ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もうしませんゆるしておねがいもうこれいじょうひどいことしないでごめんなさい……」
「何いってんのか分かんないよ。ちったあ落ちつきな」
 恐怖のせいか、謔言のように切れ目なくしゃべり続ける衿華に呆れたようにそう言うと、女将は蝋燭をさらに下げた。腰を越え、大きく開かれた足の間、まだうっすらとしか毛の生えていない女陰へと炎を這わせる。
「ぎっ! ひぃぎぃぃぃぃやぁぁ」
 背骨が折れんばかりに大きくのけぞり、衿華が濁った悲鳴を上げる。すいっと女将が炎を離すと力尽きたようにがっくりと衿華がうなだれた。膝からも完全に力が抜け、半分失神してしまっている。
「こっちはちょいと刺激が強かったか。それじゃ、こっちはどうだい?」
 完全に面白がっている口調でそうつぶやくと、女将が炎を尻へと這わせる。びくびくっと身体を数度震わせて衿華が顔を上げた。ぼんやりとしていた瞳に焦点が戻った瞬間、再び彼女の口から悲鳴が上がる。
「あ、熱いっ。ひぃ、やぁっ」
「あはは、いい腰の動きしてるじゃないか。客を取る時もその調子で頑張っておくれよね」
「ひぃっ。ひっ、ひっ、ひゃあああああっ」
 炎から逃れようと懸命に尻を振る衿華。からかうように炎を遠ざけたり近づけたりさせながら、女将が笑う。
「そういや、こっちの胸はまだ炙ってなかったっけねぇ」
「いやぁ、やめてぇ。お願い、もう許してっ。熱いのはもういやぁぁっ」
 再び胸元へと戻ってきた炎を恐怖に満ちた視線でみつめ、衿華が首を左右に振る。クスクスと笑いながら女将がすいっすいっと衿華の胸を炎の先端で撫でる。その度ごとにせっぱつまった悲鳴を上げて身体を震わせる衿華。
「……どうだい、逃げようなんて考えがどんなに甘いか、身にしみたかい?」
 さんざん衿華に悲鳴を上げさせ、蝋燭が元の半分程度になった頃になってやっと女将がそう問いかける。ぶんぶんと首を縦になんども振る衿華。
「も、もう、二度とこんな馬鹿なことはしません、だから、もう……!」
「そうだねぇ。大分反省もしたみたいだし、こいつで終りにしたげるよ」
 そういいながら、女将が左手でぐいっと衿華の女陰を割り開く。ゆっくりと下っていく蝋燭を目で追いながら、衿華が恐怖に満ちた悲鳴を上げた。
「い、いやぁぁぁぁ。そ、そこは、許してっ。お、お願い! お願いだから……!!」
「そうはいかないよ。炙り責めの締めはこれって昔っから決ってるんだから」
「いやっ。いやいやいやっ。やめて、おねがいだからっ」
 不自由な身体を懸命によじって哀願する衿華。それには構わずに女将が蝋燭の炎を割り開かれた女陰の中へと差し込んだ。身体中で最も敏感な粘膜部分を直に炙られ、断末魔と言っても通用しそうな凄絶な悲鳴を衿華が上げた。その悲鳴が途中で不自然に途切れ、がっくりと衿華の首が折れる。軽く肩をすくめると女将は蝋燭の炎を吹き消した。もちろん、炎を差し込んでいたのはほんの一瞬の間だけだが、衿華にとっては永遠にも感じられる苦痛だったろう。
「やれやれ。二度も失神するとはねぇ。感度良好、っていっていいもんやら」
 苦笑しながら、女将はそう呟いた。

「……というものですわ」
 語り終えた衿華がそう言って息をつく。彼女のすぐそばで揺れている蝋燭の炎へと視線を向けると小次郎が首をかしげた。
「炙り責め、ねぇ。確かにそいつはきつそうだなぁ。今度、女将に見せてもらうように頼んでみるか」
「あまり、よい趣味とは申せませんわよ、その発言は」
「あはは、やっぱり? ま、自分でもそう思ってるからなぁ」
 苦笑しながら、小次郎はそう言った。
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