吉原無惨
 春とはいえ、まだ雨は冷たい。その冷たい雨の降る中を、一人の女が雨具もなしに走っている。いや、雨具どころか、草鞋すら履いておらず、白い素足が泥まみれになっていた。
 ぬっと、彼女の前へと大男が立ちふさがった。アッと小さく声を上げ、慌てて背後を振り返る。雨にけむる視界の中に、ばしゃばしゃと泥を蹴立てて自分を追い掛けてくる数人の男の影を認め、ギュッと彼女は唇を噛んだ。
 それでも、諦めてはいないのか、彼女はやおら横の崖へと駆け寄った。副が泥にまみれるのも気にせずに、懸命に崖をよじ登る。だが、雨に濡れた崖を登るのはそう容易いことではない。さして登らぬうちに大男に足首を掴まれ、引きずり下ろされる。
 こうして、武蔵の6回目の逃亡は失敗に終わった……。

「呆れたもんだね。雨の中なら私たちの目を盗めるとでも思ったのかい?」
 腰に手を当て、本当に呆れたような口調と表情で女将がそう言う。ふんと武蔵はそっぽを向いた。泥にまみれた服は全て脱がされ、今は一糸まとわぬ姿だがそれを気にしたような様子はない。両腕は背中側に回され、縛り上げられているから身体を隠そうにも隠せないというのはあるだろうが、自由な足も胡座を組む形でいるというのは羞恥心が欠ていると言われても仕方ないだろう。いかに吉原が春を売る場所だからといって、そこで働く遊女にも人並みの羞恥心ぐらいはあるのだ。
「これで6回目か。懲りないねぇ、武蔵も」
 からかうように口を開いたのは、小次郎である。女将が連絡したのか、それともどこからか聞き付けてきたのかは知らないが、武蔵がここに連れ込まれたときには彼はいかにも当然という顔で待っていた。
「それとも、お仕置きがしてほしくてわざと逃げてるのかな?」
「そんなわけないだろう! あんたみたいな変態じゃあるまいし」
「武蔵!」
 毒ずく武蔵を女将が怒鳴りつけた。もっとも、その程度でひるむような武蔵では、無論、ない。
「ふ、ん。仕置するなら早くおしよ。そっちの馬鹿の御機嫌とりも大変だよねぇ」
「口の減らない子だね、ほんとに。ま、いいさ。どうせすぐに気が変わって、どうか許してくださいって泣き叫ぶことになるんだからねぇ」
 武蔵の嫌みに、腕組みしながら女将が薄く笑う。さすがにその笑顔は不気味だったのか、武蔵が黙り込んだ。その肩を大男がグイッと床に押さえ付ける。更に、床に埋め込まれていた金具に縄を通すとその縄を武蔵の胸の上下にかけ、彼女が上体を起こすことが出来ないようにする。
 それが済むと、今度は細い青竹に武蔵の両足首を括り付ける。肩幅よりも多少狭いぐらいの間隔に足を開かされ、武蔵の両足が拘束された。その青竹を、天井から吊された縄に結び付けると、腰の辺りで身体を90度に曲げ、両足をVの字に広げた格好になる。
 女将が、棚から十本近い蝋燭を取り出す。それを受け取った大男が、無言のまま天井からぶら下がった縄の先端にその蝋燭を一本一本括り付けていった。半ばよりは上の辺りで結んでいるから、蝋燭は斜めに傾いた形でぶらぶらと揺れている。
「ふん、蝋責めかい? どうってことないわよ、そんなの」
 地面に磔にされ、ほとんど身動きとれない体勢になりながらも武蔵の口は止まらない。軽く肩をすくめると女将は吊り下げられた蝋燭たちに火を付けた。ふらふらと揺れながら、十近い炎が生まれる。
 さほど待つこともなく、蝋燭から蝋が滴りはじめた。食紅を混ぜた真っ赤な蝋燭は、普通のものに比べて蝋の温度は高くない。遊女の身体に傷をつける心配はないわけだ。それでも、直接肌にたらされれば火傷をするかと思うほど熱いし、見た目が華やかなためにその手の趣味の客には好評なアイテムである。
「っ……ぅ」
 ポタポタと肌の上に滴る蝋に、武蔵が眉を歪めて裸身をよじる。十近い蝋燭から、ぽたぽたぽたぽたほとんど間断なく溶けた蝋が滴るのだから堪らない。たちまちのうちに武蔵の白い裸身が真紅の蝋に覆われていく。
 のそりと、大男が手に割り竹を持って武蔵の元へと歩み寄った。先端を細かく裂かれた竹の棒が、武蔵の身体へと振り下ろされる。
「うぁっ。な、何を……」
「蝋を掃除してやってるのさ。落ちた蝋が厚くなり過ぎると効果半減だからねぇ」
 女将が笑う間にも、大男はざっざっと武蔵の身体に積もった蝋を「掃除」していく。割り竹を振り下ろし、ざざざっと身体の上を滑らせることで蝋を肌から剥していくのだ。蝋の熱でヒリヒリする肌を、裂いた竹で刺激されるとかなりの痛みを感じる。更に、刺激に敏感になった肌へと熱い蝋が次から次へと滴ってくる
のだから堪らない。
「く、ぅっ……ぅあっ。あつっ、あつつっ。くぅ~~~っ」
 不自由な身体をのたうたせ、武蔵が身悶える。懸命に唇を噛み締め、悲鳴を上げないようにしているのだが、それでも蝋が滴る度にびくんびくんと身体がはね、殺しきれない悲鳴が唇の隙間から漏れてしまう。
「辛ければ、素直になりな、武蔵」
「だ、誰が……くうぅっ」
 小次郎の言葉に怒鳴り返そうとした武蔵がびくんと身体を震わせる。滴った蝋の一つが、乳首を直撃したのだ。胸から腹にかけてのかなり広い範囲が真っ赤になっている。蝋が滴った部分はひときわ赤く、それ以外の場所も割り竹と蝋のせいで赤く腫れていた。
「は……ぁっ! くぅっ、くっ、あつっ、つっ、くうぅぅ」
 髪を振り乱し、のたうつ。身体をのけぞらせ、白い首筋をあらわにする。けれど、どれだけ身悶えようとも地面に拘束された身では振り注ぐ熱蝋を避けることは出来ない。しかし、それでも、武蔵の唇からは許しを請う声は漏れなかった。
「強情だねぇ……。しかたない、アレも使うよ」
 軽く肩をすくめて女将が大男に顎をしゃくる。小さく頷くと大男は棚から一本の蝋燭を取り出した。こちらは白い蝋燭だ。松ヤニを混ぜたもので、通常の蝋燭に比べて大きな炎をあげ、更に溶けた蝋の温度も高いという、仕置き用の蝋燭である。もっとも、普段はあぶり責めや蝋責めの際には食紅入りの蝋燭を使うことが多い。それで、充分だからだ。
 色だけでなく、吊るされている蝋燭に比べると太さもかなり太い。そして、その軸の半ばほどを、一本の針金が貫いていた。下の部分は、普通の蝋燭と違って丸くなっている。
「ふ、あぁっ、あつっ。な、何をする気だい!?」
 振り注ぐ熱蝋の洗礼に身体を震わせながら、武蔵がそう問いかける。にやにやという笑いでそれに答える女将。無言のまま大男が武蔵の吊り上げられた太股に手をかけ、割り開く。ぱっくりと口を開けた武蔵の秘所へと、無造作に大男が蝋燭を突きいれた。
「くうううぅぅっ。い、痛いじゃないか!」
 武蔵の抗議の声にはかまわずに、ぐいぐいと蝋燭を奥深く埋め込んでいく。針金の辺りまで蝋燭を押しこむと、大男はその針金を武蔵の左右の太股に巻きつけた。これで、ちょっとやそっと武蔵が動いた程度では抜け落ちる心配はないというわけだ。
「謝るんなら、今のうちだよ、武蔵」
「ふ、ふん。あ、あんたに謝るぐらいなら、殺された方がマシだよ!」
 小次郎の言葉に、途中何度かの中断を挟みながらも武蔵が叫ぶ。無論、中断は降り注ぐ蝋のせいだ。大男の作業の間にも、蝋は雨のように武蔵の身体へと降り注いでいる。
 大男が、武蔵の股間から生えた蝋燭へと火を付ける。ひときわ大きな炎が上がった。ゆらゆらと揺れるその炎が、武蔵の両太股の内側をあぶる。
「ヒィッ」
 武蔵が喉を鳴らした。炎から少しでも逃れようと両足に力を込める。けれど、針金を巻きつけられている上に、ぽたぽたと身体に滴る蝋のせいで意識が集中できない。少し離れてはまた近づき、ということを繰り返すだけだ。
「ヒ、イッ、あつ、あつっ、熱いぃっ」
 身体に滴る熱蝋、両太股をあぶる炎。二つの熱に武蔵の口から悲鳴があふれる。にやにやと笑いながら、小次郎と女将の二人が武蔵ののたうつ様を眺めている。
「キヒィィィッ! ヒッ! ヒイィッ!」
 しばらくすると、武蔵の悲鳴が一段と甲高くなった。股間で燃える蝋燭からも、当然、蝋はあふれる。蝋燭の軸を伝った熱蝋は、そのまま割り広げられた武蔵の秘所へと滴り、敏感な粘膜を灼くのだ。
「気分はどうだい? 武蔵」
「ヒィ、ヒイイッ! あ、熱いぃっ! あつ、つ、くううぅっ。ひやああああぁっ」
 小次郎のからかうような言葉にも、応じる余裕はない。全身を包む灼熱の感覚に、ただ悲鳴をあげ、のたうちまわることしか出来ない。
 蝋で覆われた上体を、大男が割り竹で打つ。ぱしっという音とともに、真っ赤な蝋が飛び散る。ひんやりとした外気に冷やされる間もなく、あらわになった肌へと蝋が降り注ぐ。その度に上がる、悲鳴。
 ピンと張り詰めた太股を、揺れる炎があぶる。懸命に膝に力を込め、少しでも炎から足を遠ざけようと努力する武蔵。けれど、それは無駄な努力でしかない。
 とろとろと、蝋燭の軸を溶けた蝋が伝う。外気によって多少は冷えるとはいえ、充分すぎるほどの熱を持った熱蝋が押し広げられた武蔵の花びらを埋めていく。びくびくっと武蔵の身体が痙攣し、悲痛な悲鳴と呻きが漏れる。
「ギイイイイッ!!」
 濁った悲鳴をあげ、突然大きく武蔵が身体をのけぞらせた。秘所を埋めた蝋の上を伝い、熱蝋が最も敏感な肉芽を灼いたのだ。一瞬頭が真っ白になる。シャアアアアッと音を立てて彼女の股間から小水が迸った。その飛沫を浴びて蝋燭の炎が揺らぐ。だが、炎を消すには至らない。
「ヒアッ、アッアッ、アツッ、アッ、熱いぃ~~っ!」
 大きく身体を震わせて武蔵が絶叫を上げる。びくっびくっと数度身体を震わせると武蔵の全身から力が抜けた。完全に意識を失っている。
「やれやれ、本当に強情な娘ですよ」
 呆れたように肩をすくめると、女将はそう呟いた。
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