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「帝国陸軍少尉、大神志狼。本日12:00を持ちまして当部隊へと配属になりました。粉骨砕身して勤めますので、よろしくお願いします!」
 びしっと、非のうちどころのない敬礼をしながら、二十代前半と思しき青年士官がそう告げる。質素ながら、堅牢そうな机に座っていた男が軽く苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「そう、堅苦しい挨拶はなしでかまわんよ、大神少尉。私がこの緋号部隊の指揮を取る竹中だ。ま、楽にしてくれたまえ」
 少将の階級章を付けた、どちらかといえば線の細い男がそう言う。実戦の指揮官というよりは、後方の参謀タイプのようだ。は、はぁ、と、曖昧な返事を大神が返すのを眺めてくくくっと喉を鳴らすと、竹中少将は机の上に肘を付き、組みあわせた両手の上に顎を乗せた。
「さて、少尉。君は緋号部隊に関して、どの程度のことを聞かされているのかね?」
「はっ。お国のため、対諜報活動を行う特殊部隊と聞かされております」
「ふむ。ま、間違いではないな。言葉を飾らなければ、他国、特に鬼畜米英の諜報員を捕らえ、拷問を行うのが主な任務となる。まぁ、私にはお似合いの仕事というわけだ」
 苦笑を浮かべる上司に、大神が困惑の表情を浮かべる。くくっと、その反応を楽しむようにもう一度笑うと、竹中は軽く肩をすくめた。
私の先祖は、江戸時代に長崎奉行を勤めていたらしくてね。当時、まぁ、今でもそうだが、御禁制のキリシタンを取りしまっていたのだよ」
「は、はぁ……」
「ま、そんなわけで、この部隊の主な仕事は拷問ということになる。一応、他の部隊からの要請に応じて、人体の限界を調べるような実験も行うが、こちらもまぁ、やってることを見れば拷問と大差はないからね。要するに、ここで行う任務はほとんどが汚れ仕事というわけだ。もしも君が、そんな任務に従事したくないというのであれば、今のうちに言ってくれ。いったん任務に付いたら最後、機密保持の関係上、簡単には異動が出来んからな」
 軽い口調で、竹中がそう告げる。浮かべていた困惑の表情を消し、びしっと直立不動の姿勢を取って大神が答えた。
「いえ、どのような任務であれ、お国のため、帝国軍人として精一杯勤めさせていただく所存であります!」
「ふむ。まぁ、覚悟が出来ているのなら、結構だがね。……華蓮!」
 椅子の背もたれに体重を預け、独り言のように呟くと竹中は隣室へと声を掛けた。扉が開き、まだ十代半ばぐらいと思われる少女が入ってくる。軍服を身に付けた彼女の姿に、僅かに大神が目を見張った。
「華蓮、しばらくは大神少尉を補佐してやれ」
「はい、かしこまりました。
 大神少尉。私は天ヶ崎華蓮、階級は曹長です。本日より、少尉の補佐を勤めさせていただきます。どうぞ、よろしく」
 ぺこり、と、頭を下げる少女に、再び困惑の表情を浮かべて大神が竹中の方を見やる。
「閣下、彼女は……?」
「今言っただろう? 君の副官として、自由に使い給え。ま、夜の相手をさせてかまわんが、程々にな」
 冗談なのか本気なのか、どちらともつかない口調でそう言われ、一瞬大神が絶句する。
「なっ……!? い、いえ、そうではなく、帝国軍人は、すべて男のはずでは?」
「本来は、な。だが、ここの任務の性質上、下手な男よりも女の方が役に立つ場合も多い。彼女はなかなか優秀だし、ここでは先輩に当たる。しばらくは、彼女に案内してもらって、仕事を覚えてもらいたい。
 それとも、女にものを教わるのは、嫌かね?」
「いえ、御命令とあれば、従います」
 敬礼と共にそう応じた大神に、軽く苦笑を浮かべると竹中は肩をすくめた。
「まぁ、よろしく頼むよ、少尉」

 竹中少将との面会をすませ、一号棟と呼称されている大きな建物から出ると、二人は高い塀に囲まれた区画へと向かった。華蓮の説明によると、中央に立つ大きな建物が二号棟、その奥、壁の角に接する形で建てられた二つの比較的小さな建物がそれぞれ三号棟、四号棟というらしい。二号棟の入り口は鋼鉄製の堅牢な扉で、銃を抱えた兵士が二人、扉の左右で立哨している。華蓮の姿を認めると、兵士たちは捧げ銃の礼をしつつ扉を開いた。照明が押さえられているのか、奥に続く廊下は薄暗く、更にいくつもの扉で仕切られている。
「配属そうそうで申し訳ありませんけど、まずは、現場に立ち合っていただきます。かまいませんか? 大神少尉」
 先に立って廊下を歩きながら、首だけをひねって華蓮がそう問いかける。僅かに憮然とした表情を浮かべながらも、大神は頷いた。
「それは、かまわない。軍人たるもの、配属された瞬間から任務につく覚悟は出来ている。だが、その、天ヶ崎曹長」
「あ、華蓮と呼び捨てにしていただいて結構ですわ、少尉。言いにくい姓ですから、皆さんそう呼びますし。それに、曹長待遇とはいえ、非公式のものですから。
 それで、何でしょう?」
 にっこりと笑ってそう言う華蓮に、やや戸惑いながらも大神が言葉を紡ぐ。
「その、君は、ここに来て長いのかい?」
「半年になります。それが、何か?」
「いや、他意はないんだが……。あっと、今更だけど、自分たちはどこに向かってるのかな?」
 明らかに年下の少女に向かって堅苦しい軍隊口調を使うのもためらわれるのか、少し砕けた口調になって大神が問いかける。くすっと笑うと華蓮は口元を覆った。
「第二実験場ですわ、少尉」
「実験場……?」
「はい。丸太置き場のすぐ隣にある、簡単な実験を行うための場所です。もっと本格的に実験する時は、第一実験場とか第三実験場を使うんですけど、今日は初日ですから」
 華蓮の言葉に、ますます混乱した表情を浮かべる大神。あっと、小さく声を上げて華蓮が済まなさそうな表情を浮かべて軽く頭を下げた。
「ごめんなさい、いきなり言われても分かりませんよね。
 『丸太』っていうのは、捕虜を示す隠語です。元々は、石井部隊で使われ始めたらしいんですけど……この緋号部隊でも使ってるんです。丸太みたいにごろんと転がして置くから、らしいんですけど。
 それで、『実験』っていうのは、二等国民を相手に拷問を試す時に使う言葉なんです。どうすれば効率良く苦痛を与えられるかとか、どこまでやったら死ぬのかとか、そういうのを調べるから実験なんですよね。ほら、実際に捕虜の尋問を行う時、加減が分からなくて殺してしまうとまずいでしょう? だから、あらかじめ練習しておくのも私たちの大切な任務なんですよ」
「な、なるほど……。ん? ということは、これから拷問する相手は、本当は無実なのか?」
「ええと、丸太の数が足りない時には、その辺の村から連れてくることもありますけど……今日の相手は一応馬賊の一味ですから、拷問する理由はちゃんとあります。まぁ、彼女が所属してた馬賊はもう討伐されてますから、殺しちゃっても問題はありません。というか、問題がないから実験に使うんですけど」
 いかにも当然といった感じでそう告げられ、僅かに大神が鼻白む。年端もいかない少女に、あっさりと殺すとか言われてしまうとやはり軍人とはいえ違和感が合った。曖昧に頷きながら、華蓮の言葉に僅かに引っ掛かるものを覚え、しつこいかな、と、思いつつも問いを重ねる。
「そ、そうか。ん……? 彼女、って、言ったかな? 今」
「ええ。あ、私たちが使う丸太は、大体男女が半々ぐらいなんです。結構、諜報員って女が使われることが多いですからね。まぁ、それは建前で、男の丸太は石井部隊の方に優先的に送られちゃうから、女の丸太を使って不足を補ってるんだ、って、言う人も居ますけど。
 女の丸太は、あっさり死んだり壊れたりすることが多くて、面倒なんですけど……贅沢は敵ですから」
 再び、あっけらかんとした口調で華蓮がそう言う。そんなものかな、と、やや釈然としないものを感じながらも大神は頷いた。郷に入っては郷に従え、という言葉もある。とりあえず、ここは華蓮の言うことをきいておくのが無難なところだろう。それに、大神の感覚でも、二等国民の生命などお国のために役に立つなら少しも惜しくないし、殺されるのが男であろうと女であろうとたいした問題ではないというのは同じ事だ。
 入り口と同じく、二人の兵士が立哨している扉--華蓮の説明では、ここが丸太置き場だそうだ--の前を通り過ぎること二回、大神たちはやっと目的地である第二実験場にたどり着いた。ちなみに、第一実験場は地下に、第三実験場は二階に、それぞれあるらしい。今居る建物とは独立した、三号棟と四号棟は、『人体の限界を試す』実験用なのだという。
「それじゃ、今日はまず見学しててくださいね、少尉」
 そう言いながら、華蓮が扉を開き中に足を踏みいれる。大神もそれに従って部屋に入った。予想していたよりは大き目の部屋で、扉側の壁には何種類もの鞭が吊るされ、反対の壁際には木馬や十露盤、錘用の大小様々な石、水桶などが置かれている。
「@*#@っ! %&*#っ!」
 そして、部屋の中央には華蓮と同じぐらいの年頃の少女が一人、両手を頭上へと伸ばして爪先立ちになっていた。頭上へとまっすぐに伸ばした両手首は、天井から延びた鎖にくわえこまれている。顔は薄汚れている上に殴られた跡のようなあざと腫れがあり、身に付けている衣服もぼろぼろで、服と言うよりもぼろ布が辛うじて身体にまとわりついている、という感じだ。裂けた服の下からのぞく白い肌には、いくつものミミズ腫れや傷がある。入ってきた二人に向かい、何事かをわめいているのだがあいにくと大神には聞き取れない。
「何て言ってるんだい?」
「え? あ、ああ、決まりきった罵詈雑言ですよ。通訳、します?」
 壁にかけられていた皮製の鞭を手に取りながら、華蓮が苦笑を浮かべる。同じく苦笑を浮かべて大神は首を左右に振った。
「いや、いいよ」
「そうですか。じゃ、始めますね」
 ぱしん、と、一回鞭を床で鳴らすと、華蓮が少女へと鞭を振るった。天井から延びた鎖はピンと張っていて、爪先立ちの少女には避けようもない。ぱしぃんと乾いた音が響き、少女が悲鳴を上げる。ひゅっひゅっと短く息を吐きながら、続けざまに華蓮が鞭を振るい、少女の身体をうち据える。甲高い悲鳴を上げて少女が身悶え、既にぼろぼろだった服が更に裂けていく。
「亜ッ、亜ッ、亜亜亜亜--っ!」
 瞳一杯に涙を溜め、少女が悲鳴を上げる。ぴしっぱしっと小気味よく華蓮が鞭を振るい、少女の背や腹、太股、乳房などを打ち据える。腕を組み、壁にもたれてその様子を眺めていた大神が華蓮へと視線を向けた。
「その、華蓮。見学って事だったけど、ちょっと、やらせてもらえないかな?」
「え? はぁ、かまいませんが。でも、少尉、実はこういうの、お好きなんですか?」
 鞭を振るう手をとめ、華蓮が苦笑するような表情を浮かべて大神へと視線を向ける。いや、と、真面目な表情で首を振ると、大神は軽く肩をすくめた。
「趣味とかじゃないけど、何事も経験だって言うからね」
「分かりました。では、どうぞ。でも、気をつけてくださいね。結構、鞭って扱いが難しいですから」
 そう言いながら、華蓮が大神に鞭を渡す。ポロポロと涙を流している少女へと、大神は鞭を振るった。
 いや、振ったつもりだった。
「だぁーー!?」
「あ、あらあら。大丈夫、ですか……? 少尉」
 口元を手で覆い、華蓮がうずくまった大神へと声を掛ける。自分で振るった鞭の先端を顔に当ててしまい、涙目になって大神はその場へとうずくまっていた。
「こつがあるんですけど……後で、お教えしますね」
「た、頼む……」
 まだひりひりと痛む頬を押さえながら、大神は鞭を華蓮に返した。鞭を受け取った華蓮が、大神の失態にくすりと笑いを漏らした少女へと向けて鞭を振るう。
「儀ッ!」
「何が、おかしいんです? 自分の立場、把握した方がいいですよ」
 鞭の先端で眼球を痛打され、右目から血の涙を流す少女に向け、華蓮が静かな凄みのある口調でそう言う。更に数度、胴体へと鞭を振るうと華蓮はいったん鞭を振るう手を止めた。
「前座は、これぐらいにして、本番に行きましょうか」
 小さく呟くと、華蓮は部屋の隅に向かった。そこに置かれていた三角木馬を、ずりずりと少女の方へと引きずってくる。もっとも、下に台車のようなものは付けられていないから、結構大変そうだ。見かねた大神が華蓮の横へと小走りに駆け寄り、力を合わせて木馬を引っ張る。僅かに目を見開いて、華蓮が大神の顔を見つめた。
「す、すいません、少尉」
「なぁに、力仕事は男の役目さ。っと、この辺りで、いいのかな?」
「あ、はい。お手数をおかけしました」
 少女のすぐ目の前まで木馬を運ぶと、華蓮は壁のレバーを操作した。じゃらじゃらと音を立てて鎖が天井へと引き上げられていき、既に爪先だけで立っていた少女の身体が宙に浮く。恐怖の表情を浮かべ、足をじたばたとさせる少女。彼女の腰が、木馬の鋭く尖った背を少し越えるぐらいの高さになった辺りで華蓮がレバーを戻し、巻き上げを止める。
「これを、押せばいいのかな?」
 木馬をぽんっと叩き、大神が華蓮へとそう問いかける。恐縮したように華蓮が頷いた。
「あの、お願い、できますか? 私が、彼女の足を押さえますから……」
「了解。それじゃ、行くよ」
「非ッ、非衣ッ」
 左足を華蓮に掴まれ、少女が悲鳴を上げる。懸命に足を閉じようとするのだが、華蓮は自分の肩に少女の左足を乗せると、両手を突っ張るようにして右の太股を押しのけた。そうやって作られた隙間へとずりずりと大神の手によって木馬が押されて行き、少女の無理矢理割り開かれた足の間へと入り込む。吊り上げられているせいで、辛うじて股間は木馬の背には触れていない。
 木馬のほぼ中央に少女の身体が来る位置まで押し込むと、大神が手を止めた。華蓮が少女の足を解放し、壁へと向かう。両足が自由になった少女が表情を引きつらせながら懸命に足で木馬を挟み込んだ。その姿に視線を向け、くすっと小さく笑うと、華蓮が壁のレバーを操作した。
「非ッ、非衣ィッ!」
 鎖が緩み、少女を上へと引っ張り上げていた力が消える。木馬を挟み込んだ両足に力を篭め、懸命に少女が身体を支えようとするが、所詮は無駄なあがきだ。さほど時間をかけることもなく、がくん、と、少女の身体が下がり、木馬にまたがってしまう。鋭く尖った木馬の背が少女の股間に食い込み、目をまんまるに見開いて少女が甲高い悲鳴を上げた。じわり、と、ぼろぼろになった彼女の服の股間の辺りが赤く染まる。
「儀、非、衣、亜ッ、儀亜亜、亜亜亜亜亜亜ッ!」
 悲鳴を上げ、身体をよじる少女。懐から取り出した懐中時計にちらりと視線をやると、華蓮は部屋の隅から紐で括られた石を二つ、持ち出してきた。木馬の横に膝を立てて座り、自分の膝の上に石を置いて紐を少女の足に結ぶ。彼女が立ち上がると、今まで膝で支えられていた石の重みが少女の足にすべて掛かった。片足だけに石を吊るされ、ぐらり、と、悲鳴を上げながら少女が身体を傾けるが、両腕は相変わらず天場から延びた鎖に繋がれているから木馬から落ちたりはしない。
「非亜、亜、非儀衣ィッ」
 反対の足にも、同じように石を吊るされ、少女が絶叫を放つ。目を見開き、口をぱくぱくと開け閉めする少女。しばらくの間、無言で少女の苦悶を見守っていた華蓮が、いったんは壁に戻した皮鞭を再び手に取った。股間からの激痛に悲鳴を上げ、身悶える少女へと、華蓮は更に鞭を振るった。
「亜ッ! 亜ッ! 宇亜亜亜亜亜ッ!」
 ビシッ、バシッと容赦のない鞭の連打を受け、少女が悲痛な声を上げて身悶える。鞭打たれるたびにちぎれた布地が宙を舞い、真っ赤な鞭の跡を刻まれた肌があらわになっていく。
 更に十数回、鞭を振るって少女に散々悲鳴を上げさせると、華蓮は大神の方に視線を向けた。
「少尉、吊るしてある石を、足で踏んでもらえますか?」
「ん? こう、かな?」
「亜儀儀儀儀儀ッ! 儀ッ! 愚我、我我我我! 儀非衣ッ!!」
 大神と華蓮、二人の足が吊るされた石に掛かり、踏み込む。更に強く股間を木馬の背に食い込ませた少女が、半狂乱になって頭を激しく振った。少女の絶叫を無視して更に華蓮が足に力を込めると、彼女が涙と唾とを飛ばしながら、哀願するような感じの叫びを放つ。
「請救助、請止、我全言、請、請止……儀亜亜亜亜亜ッ!!」
 今までの苦痛の悲鳴とは違う、そんな少女の叫びに大神が木馬と少女を挟んで反対側の華蓮へと視線を向けた。
「もしかして、もう耐えきれないんじゃないかな? 彼女」
「ええ。何でも話すから、もう許してくれって言ってますね。もうちょっと、頑張るかと思ってたんですけど……。十七分、ですか」
 懐から取り出した懐中時計の文字盤を確認して、華蓮が軽く肩をすくめる。肩をすくめながら、ぐいっと更に石に体重をかけて踏み込み、少女に絶叫を上げさせる華蓮。
「えっと、自白させたら、終わり、じゃないのかい?」
 華蓮の行為に、戸惑ったように大神がそう問いかける。きょとん、と、一瞬目を丸くして華蓮が大神の顔を見つめ返した。
「あの、さっきの説明、分かりにくかったですか? 彼女が所属していた馬賊はもう壊滅してますから、今更彼女から自白を得る必要はないんです。私たちが知りたいのは、どこまでやったら気絶したり死んだりするのかっていう情報の方なんですよ。
 まぁ、丸太の数にも限りがありますから、こういう状況で殺すと隊長に怒られちゃいますけど。とりあえず、気絶するまでは続けないと、実験になりませんから」
 あたりまえのことを説明する口調で華蓮がそう言い、更に石を踏みにじる。絶叫を上げ、身体をくねらせる少女のことを見上げ、小さく頷くと大神も足に力を篭めた。
「亜ッ、我ッ、愚愚愚ッ、愚我亜ッ!」
「じゃあ、このまま俺はこいつを踏んでればいいわけだ?」
「ええ、まぁ。あ、でも、足が疲れたら降ろしてくださって結構ですよ。他にも、やりようはいくらでもありますし」
 足を石にかけたまま、華蓮がそう言って笑う。ひたすら悲鳴を上げながら、時折、涙混じりに哀願の声を上げる少女。だが、華蓮はまったく耳をかそうとはしない。
「亜、儀、儀儀ッ、儀儀衣ッ! 亜、亜亜、宇亜亜亜亜亜亜--っ!!」
 頭から水をかぶったかのように、全身を汗で濡らし、少女が身悶える。股間へと容赦なく鋭い木馬の背が食い込み、皮膚と肉とを食い破って血を滴らせる。服の裾が真っ赤に染まり、少女の足や木馬の胴体を伝って血が床へと流れ落ちる。
 しばらくたつと、慣れたのか麻痺したのか、それとも単純に力尽きかけているのか、ともかくも少女の悲鳴が小さくなってくる。石を踏みにじっていた足を降ろすと、華蓮は少女の背後へと回り、両手を木馬の胴体にかけた。そして、がたがたっと、前後に木馬を揺する。
「宇儀ッ、儀儀ッ、宇儀儀儀儀衣ッ! 儀非矢亜亜亜亜亜亜亜--!!」
 股間の傷と木馬の背とがこすれ合い、脳裏が真っ白になるような激痛が走りぬける。目を剥き、唇の端に泡を浮かべて少女が顔をのけぞらせた。びくんびくんと身体が痙攣する。少女の上げる絶叫が、さして広くもない部屋の中を満たす。
 華蓮が木馬を揺する手を止める。ひっ、ひっと、切れ切れに息を吐く少女。激痛のあまり失禁したのか、僅かに黄色がかった液体が木馬の側面を伝う。
 更に、華蓮が鞭を手に取り、うなだれた少女の身体を打ち据える。鞭が肉を打つ音と少女の悲鳴が響く。髪を振り乱し、ぼろぼろと涙をこぼしながら少女が悲鳴を上げ、哀願の声を上げる。
 鞭で打ち、足に吊るした石を踏みにじり、木馬を揺する。華蓮が責め方を変えるたびに、少女が身悶え悲鳴を上げる。許してくれと、哀願の言葉も放ちつづけてはいるのだが、もちろん華蓮は気にもしない。薄く口元に笑みを浮かべ、少女を痛めつづける。
 最初の頃は、律義に石に足を掛けていた大神だが、責めが長引きそうだと判断したのか壁に背中を預けておとなしく少女が苦悶する姿を眺めていることにした。木馬を揺すったり吊るされた石を踏み込んだりする時はともかく、鞭を振るっている時にそばに居るのは少し怖い。
「宇儀ッ、儀非亜亜亜ッ! 非……非、衣……」
 十数度目に、石を踏み込まれた少女が、ひときわ大きな悲鳴を上げて身体を痙攣させる。がっくりとうなだれ、唇から泡と共によだれを垂れ流す少女の姿に、華蓮は軽く肩をすくめた。
「ええっと、57分、ですか。もう少しで一時間だったんですけど……まぁ、こんな子供じゃ、一時間は持ちませんか。自白が早かった割には、持った方、なんでしょうね」
 懐から取り出した懐中時計の文字盤を確認し、華蓮がそう呟く。木馬の上で失神している少女はそのままに、華蓮は大神の方へと視線を向けてにっこりと笑った。
「お疲れ様でした、少尉。報告書は、私の方で仕上げておきますから、今日は部屋に戻ってゆっくりとお休みください。御案内、しますから」
「ああ。っと、彼女は、どうするんだい?」
「少尉を部屋に案内した後で、丸太置き場に戻しておきます。御心配には及びませんわ」
 下半身を真っ赤に染め、ぐったりとしている少女をちらりと横目で見やり、華蓮は小さく笑った。
 それが、大神志狼少尉が緋号部隊で数多く体験することになる『実験』のうち、初めて見た『実験』だった……。
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