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尋問結果報告書第壱〇伍弐号
記録者:帝国陸軍少尉大神志狼 日時:帝国暦四拾六年弐月壱拾七日
被尋問者:李明鈴(性別:女/年齢:弐拾四歳) 容疑:機密漏洩
尋問者:大神志狼尋問補佐:天ヶ崎華蓮
尋問結果:
 隊内の準機密指定文書の持ち出しをはかったことを本人の口より確認。注意度乙組織、紅蛇鬼児の頭首、洪麗花の指示による行動との証言有り。後日、被尋問者との対面を経て被疑者の尋問を行う予定につき、当該人物の拘禁を要請。
 尚、被尋問者の肉体的損傷度は軽度。現在、第二資料保管所にて拘束中。

「大神少尉。申し訳有りませんが、夜間巡回に同行を願えませんか?」
 こんこんっと遠慮がちなノックの音に続き、華蓮の声が扉越しに聞こえる。与えられた私室で緋号部隊に関する資料に目を通していた大神は文字の羅列から視線をあげると椅子から立ち上がった。一応、流し読みしておくようにと竹中少将から言われた資料は結構な分量がある。もっとも、基本的に覚えておくべき事は全て竹中なり華蓮なりから口頭で伝えられていて、わざわざ余計な修辞の多い文章を読む必要はそれほどないのだが。それでも一応全てに目を通してしまう辺りが大神と言う青年の堅物さを示していると言えるだろう。
「夜間巡回? ああ、分かった。今、行くよ」
「すいません。夜分遅くに」
 恐縮した表情を見せる華蓮へと小さく笑いかけ、大神は軽く肩をすくめた。
「何か用があったわけじゃないしね。さて、行こうか」
「あ、はい」
 軽く頭を下げ、先に立って歩く華蓮の後に従い、大神は廊下を歩き始めた。

 しんしんと、音もなく雪が空から舞い落ちてくる。白い息を吐きながら建物の外に出て、結構な広さのある敷地の中を巡回して行く二人。外部との唯一の連絡口である正門の側まで来た時、ふと華蓮が足を止めた。正門の警備をしていた二人の兵士たちの礼を歩きながら受けた大神が怪訝そうな視線を彼女に向けて立ち止まる。
「何か……?」
「あれを……」
 建物の方から漏れてくる乏しい明かりの中に、ちらりと人影が動く。向こうもこちらの動きに気付いたのか、急に身を翻して走り去ろうとした。背中ぐらい間である長めの髪がふぁさぁっと揺れる。
「逃げる……!? 少尉!」
「不審者か!」
 小さく叫んで大神が腰から拳銃を抜いた。舞い落ちる雪のせいでただでさえ悪い視界がいっそう遮られているが、かまわずに引き金を引く。ぱんっと乾いた音が響き、どさっと人影が積もった雪の上に倒れ込んだ。
「っと、思わず撃っちゃったけど、まずかったかな?」
「い、いえ……でも、よく当たりましたね」
 ばつの悪そうな表情で頭を掻く大神へと、目を丸くして華蓮が応じる。拳銃で狙って当てられるのは、せいぜい二十メートルぐらいといわれているが、大神と相手との距離はおそらくそれ以上はあったはずだ。夜間、雪、更にほとんど狙いをつけない抜き撃ちと、悪条件が三つもそろっていて初弾を当てられるというのは神技に近い。
「射撃の成績は、昔から良かったんだ。っと、やっぱり、女だな。髪が長いから、そうだろうとは思ってたけど」
 さくさくと雪を踏み締め、倒れた相手の方に歩み寄った大神がそう呟く。足を撃ち抜かれ、苦痛の呻きを漏らしながら何とか雪の上を這いずって逃げようとしている女へと銃口を向け、大神が制止の声を上げる。
「動くな。……ん? これは、書類か……?」
 女の側に投げ出された封筒から、中に収めてあった書類らしき紙が何枚も顔を覗かせている。大神の背後から歩み出た華蓮が封筒を拾い上げ、中の紙に視線を落とした。
「隊員の名簿と……丸太の一覧表ですね。あなた、これをどうするつもりだったの?」
 すっと目を細め、冷たい声を出す華蓮。ひっと小さく息を飲み、雪の上に倒れ込んだ女が恐怖の表情を浮かべた。
「ア、アノ……」
「外部への持ち出しは、禁止されているはずよ。誰に命令されたの?」
「手紙、アタ……持テコイ、テ。持テコナイト、家族、殺ステ……ダカラ……」
 たどたどしい口調で、そう言う女の前髪を掴み、華蓮が強引にあおむかせる。
「手紙? 誰から?」
「知ラナイ、書イテナカタ。ホントヨ、信ジテ。部屋、机ノ上、手紙アタネ」
「誰が書いたかは知らないけど、自分の部屋の机の上に脅迫状が有ったからその指示に従っただけだ、って、そう言いたいの?」
 冷ややかな華蓮の言葉に、こくこくと女が頷く。ふんと小さく鼻を鳴らすと、華蓮は大神の方へと視線を向けた。
「どう思います? 少尉」
「そうだな……その手紙とやらを見せてもらって、筆跡鑑定するってのは?」
「手紙、燃ヤシタネ。ソウシロテ、書イテアタカラ……」
 大神の言葉に、女がそう答える。ふうっと溜め息をつくと一瞬複雑そうな視線を大神の方へと向け、華蓮は女へと視線を戻した。
「嘘は、もっと巧くつくものよ。あなたの部屋に手紙を置けるぐらいなら、書類の受け渡しだってここの中で出来る筈でしょう? この前の外出日に街に出た時に指示されたんじゃないの? 誰に言われたのか、正直に話しなさい」
「違ウ! ホントヨ、ホントニ、手紙アタヨ。私知ラナイ、誰ガ手紙書イタカ、ホントニ知ラナイヨ」
「強情ね……いいわ、身体に聞くから」
 乱暴に掴んでいた髪を離して女を突き離し、華蓮が立ち上がる。正門前に詰めていた兵士たちが駆け寄ってくるのに向かい、女を尋問室に運ぶよう指示を出す。イヤアアアァッと悲痛な悲鳴を女が上げた。
「イヤッ、イヤヨッ! 私、ホントニ何モ知ラナイネ! 信ジテ、オ願イ!!」
 兵士たちに両脇から腕を抱え込まれ、引きずられていく女。激しく首を左右に振り、哀願の叫びを上げる女にはかまわず、僅かに責めるような視線を華蓮は大神に向けた。
「少尉。筆跡鑑定なんて、手紙があったとかいう彼女の不自然な話を真に受けたんですか?」
「あ、いや、その……」
「ここに来て間もないからしかたないかもしれませんけど、私たちの仕事は人を疑うことですから。諜報員ともなればもっともらしい嘘を平気でつくんですから、簡単に他人の台詞を信用しちゃ駄目ですよ」
「すまない。気をつけるよ」
 素直に頭を下げる大神に、華蓮は小さく笑いを浮かべた。
「さて、それじゃ、彼女の尋問をやりましょうか。丸太相手の実験は、もう何回かやってますよね? それと基本的に要領は同じなんですけど、まぁ、尋問は初めてですから、今回も私の指示に従ってもらう形でかまいませんか?」
「ああ、よろしく頼むよ。正直、まだあんまり自信がないからね」
 大神の答えに僅かに困ったような表情を浮かべ、華蓮は女が引きずられていった施設の方に向かって歩き出した。

 裸電球の明かりに照らされた、コンクリートが剥き出しの薄暗い部屋。その中央に、がっちりとした鋼鉄製の椅子が置かれている。服を全て剥ぎ取られ、全裸になった女がその椅子に腰かけていた。手首と足首は皮のベルトで椅子に固定され、額は幅の狭い金属製のベルトが巻かれている。ベルトは背もたれを突き抜け、後ろの大きなハンドルに繋がっていた。豊かな乳房は上下から鋼鉄製の四角い棒に挟み込まれている。二本の棒の左右の端を太いネジが貫通しており、ネジの頭に取りつけられたハンドルを回すことで自由に二本の棒の間隔を変えられる仕組みだ。
「今回は、三国締めで尋問を行います。被尋問者は、事務員の李明鈴。容疑、機密漏洩です」
 淡々とした口調で、華蓮がそう宣告する。身動きの取れない状態に固定された女--明鈴がヒイッと掠れた悲鳴を上げた。華蓮の言葉に、大神が軽く首を傾げる。
「え? 三国責め?」
「少尉……『そういうこと』がしたいなら、後で適当な丸太なり女子職員なりを用意させますから」
「あ、ごめん、ただの聞き違い! え、えーと、三国締め、だっけ?」
 横目でじろりとにらまれ、慌てて顔の前で手を振る大神。小さく溜め息をつくと華蓮は視線を椅子に拘束された明鈴の方へと向けた。
「身体を締め上げるタイプの拷問は、頭、乳房、足の三種類が代表的なものですが、それを三種類同時に行う責めです。まず最初は、乳房締めから始めますね」
 そう言いながら、華蓮が明鈴の乳房を上下から挟み込んだ鉄棒の左側にあるネジに手をかけた。視線で促され、大神が椅子の反対側に回り、右側のネジに手をかける。
「締め上げる時は、右に回します。緩める時は左ですけど、まぁ、尋問が終わるまでは緩めることはないですから。それじゃ、一二の三で回しますよ」
「分かった。右だね? 一、二の……三」
「ウアアアアアアアアアァッ!」
 左右のネジが回され、二本の鉄の棒の間隔が狭まる。乳房を上下から強く挟まれた明鈴が悲鳴を上げた。額に巻かれたバンドのせいで首をのけぞらすどころか左右に振ることもままならず、肩をすぼめるような感じで身体を震わせるのが精一杯だ。
 左右のネジは同時に回されたわけだが、華蓮の方はせいぜい三分の一回転ほど、大神の方は一回転以上回されたせいで元は平行だった間隔がいびつになっている。その分、右側の乳房がより強く締め上げられ、大きく歪んでいた。
「少し、回しすぎですよ、少尉。それは、確かに大きく回せば痛みは大きくなりますけど、こういうのはじわじわと時間をかけて痛みを増やしていった方が効果的なんですから」
「あっ……ごめん。緩めようか?」
「いえ、いいです。こっちを、締めますから」
 失敗したな、と、顔に書いてある大神へと小さく笑いかけ、華蓮がネジを回した。ゆっくり、ゆっくりとじらすようにネジを締める。
「アアアアアアアァッ、痛イ、ヤメテッ、千切レルッ、ヒイイイイィィッ!」
 ぎりっぎりっとゆっくりと間隔を狭める鉄の棒に乳房を挟まれ、目を大きく見開いて明鈴が泣き叫ぶ。二本の棒が平行になったところでいったん手を止めると、華蓮は大神へと視線を向けた。
「これぐらいの速度で回します。それじゃ、あと半回転ぐらい締めておきましょうか」
「分かった。ゆっくりと、だね?」
「許シテッ! ホントニ、私、何モ知ラナイヨ! ウアアアアアアアアアアアァッ!!」
 ポロポロと涙を流しながら哀願の叫びを上げる明鈴。それにはまったく取りあわず、華蓮がギリッとネジを僅かに締める。根元近くを上下から挟まれ、ズキンズキンと激痛を放っていた乳房に更なる痛みが加わった明鈴がたまらずに悲鳴を放った。大神も華蓮の手元に視線を注ぎながらゆっくりとネジを締める。
「ヒギイイイィッ! ヒアッ、ウアアアアアアアァッ! シラナイッ、アアアアアアアァッ!」
 全身にびっしょりと汗を浮かべ、悲鳴を上げる明鈴。その悲痛な叫びにも表情を変えず、ギリッ、ギリッとゆっくりとネジを締めていく華蓮。鉄の棒で締め上げられ、乳房がパンパンに膨れ上がる。
「乳房の準備は、こんなものですね。じゃ、次は頭の準備をしましょうか。少尉、椅子の背中のハンドルを回してください。こっちは、あんまり時間をかけなくても結構ですから」
「分かった。ともかく、回せばいいんだね?」
「ええ」
 華蓮の言葉に椅子の背後に回り、ハンドルに手をかける大神。こちらは両手で動かすようになった大振りのものだ。力を込めてハンドルを回転させると、明鈴の額にぐるっと巻きつけられたベルトがギリギリギリッと締まっていった。
「ウアアアアアアアアァッ! 痛イ、頭、割レソウヨ!! アアアアアアアアァッ!」
 ギリギリとベルトが明鈴の額を締め上げる。大きく目を見開き、明鈴が絶叫を上げた。それにはかまわずに大神がハンドルを回し、いっそう強く頭を締め上げる。絶叫を上げ、肩を上下させて精一杯身悶える明鈴の姿をじっと華蓮は見守っていた。
「アアアアアアァッ、ウアッ、アアアアアアアアァッ! 許シテ、オ願イ! ホント、何モ、知ラナイ……! アアアアアーーッ!」
「少尉、いったんその辺で止めてください」
「ん、分かった」
 華蓮の言葉に大神が手を離す。それ以上締め上げがきつくなることはなくなったものの、ベルトに締め上げられた頭は割れそうな激痛を放っていた。フーッ、フーッと荒い息を吐き、肩を上下させながら目を大きく見開いて明鈴が喘ぐ。
「頭の準備も終わり、と……最後は、足ですね」
 そう呟きながら、がっちりと椅子に固定された明鈴の足元へと華蓮が屈み込んだ。まっすぐな二枚の木の板を重ねた状態で彼女の脛に当てる。更に金属製のベルトを巻きつけ、椅子の足と二枚重ねられた木の板とで明鈴の足をサンドイッチするような形で固定した。膝のすぐ下と足首の少し上、二ヶ所をベルトできつく締め上げると、反対側の足でも同じような作業を繰り返す。
「ヒ、ア……ナ、何、スルネ……? 私、何モ知ラナイヨ……オ願イ、モウ、許シテヨ……」
 足元でごそごそと作業をされ、恐怖と不安に満ちた声を明鈴が漏らす。胸と頭と、二ヶ所から伝わってくる激痛は衰えるということを知らず、むしろそれぞれが共鳴しあってより強くなっているような気さえする。声を発するだけで胸と頭を中心に激痛が全身を走り抜けるほどだ。彼女の言葉に、顔を上げた華蓮が冷たい口調で応じた。服のポケットから取り出した小さな木製のくさびの先端をベルトを巻きつけられた二枚の板の間に挟み込み、右手で金槌を握る。
「真実を、話せば楽にして上げますよ。誰に命令されたんです?」
「知ラナイ……! ホント、ホントノ事ヨ、信ジテ……ウアアァッ」
 懸命に哀願の声を上げた明鈴。無表情に華蓮が楔の尻を金槌で叩き、二枚の板の間へと食い込ませる。当然、隙間に楔を打ち込まれた二枚の板は前後に押し広げられるわけだが、金属製のベルトを巻きつけられているから外へと広がる事は出来ない。加わった力は内側、つまりは明鈴の足に向かうことになる。
 無表情に華蓮は二つ目の楔を取り出し、最初の楔の横に打ち込んだ。悲鳴を上げ、明鈴が全身を硬直させる。椅子を回り込んで自分の方へとやってきた大神へと視線を向けると、ごそごそと服のポケットを探って華蓮は同じような楔を一掴み取り出した。
「少尉も、やって見ますか? 最初の二つはこうやって上の端、次は右の横の上の方、左の横の上の方、後は左右の横に交互に順番に打ち込んでいくんです。まぁ、右と左は、順序が逆でもかまいませんけど」
「ああ、分かった。上に二つ、後は左右に交互、だね?」
「はい。まだ準備の段階ですから、そんなに強く打ち込まなくてもいいです。一回ぐらい叩いてやれば」
 そう言いながら、自分用の楔を取り出し更に打ち込む華蓮。一つ楔が増えるたびに板の間は大きくなり、足を締め上げる力は強くなる。ウアッ、ウアアッと苦痛の声を上げ、身体を震わせる明鈴。大きく見開かれたままの目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。一方、大神の方も金槌を壁の棚から取ってくると華蓮と同じように左足に巻きつけられていた二枚の板の間に楔を打ち込み始めた。華蓮と同じく一度打つだけだが、もともとの力が違うからこちらの方が楔の食い込む深さはやや深い。その分、痛みは激しくなるのが道理だし、片足だけの痛みより両足同時に来る痛みの方が辛いのは当然のことだ。
「ウアアアァッ、ヤメテッ、痛イッ、アアッ、オ願イッ、ヤメテェッ。ウアアアアアアァッ!」
 コンッ、コンッと軽い音を立てて楔が打ち込まれるたびに、悲鳴を放って明鈴が身体を震わせる。無言のまま華蓮と大神は楔を打ち込む作業を続行し、それぞれの足に八個ずつ、合わせて十六の楔が打ち込まれた。ヒッ、ヒッ、ヒッと切れ切れの息を吐いて明鈴が激痛に泣きじゃくる。
「さて……準備も出来たことですし、尋問を始めましょうか。あなた……誰に頼まれて資料を持ち出そうとしたの?」
「知ラナイイィッ。手紙、手紙アタノ! ホント、私、何モ知ラナイヨッ」
 立ち上がり、胸を締め上げる鉄棒のハンドルに手をかけながら華蓮が問いかけ、明鈴が悲痛な声で何も知らないと繰り返す。予想の範囲内だったのか、別に落胆した様子も見せずに華蓮は僅かにハンドルを回した。ギシッと、僅かに鉄棒の間隔が狭まる。
「ギャアアアアアァッ! 痛イ、痛イヨ、千切レルゥッ!」
「この程度では、まだ平気ですよ。もっとも、あんまり強情を張ると本当に千切れちゃいますけどね。
 少尉、そっちも、回していただけます?」
「ヒッ、アッ、ウギャアアアアアァッ!」
 ギシッギシッと僅かずつ間隔を狭めていく二本の鉄棒。乳房を上下から締め上げられ、明鈴が絶叫を放った。その耳元に口を近づけるようにしながら、華蓮がささやきかける。
「ゆっくりと締め上げていくと、痛みはどんどんと大きくなるんですよ。やがて全身の神経が痛みだけに支配され、苦痛の叫びを上げ始める……ふふっ、そして、最後にはぽろりとこれが落ちるんです」
 パンパンに膨れ上がり、血行を阻害されたせいでわずかに青くなっている乳房に手を触れながら華蓮がそう言う。答える余裕もなく、ヒッ、ヒッと切れ切れの息を吐く明鈴。
「さぁ……誰に命令されたんです?」
「知ラ、ナイッ。ヒギャアアアアァッ!」
 知らないと答えた瞬間、更に乳房を締め上げられて明鈴が絶叫を放つ。くすくすと笑いながらいったんハンドルから手を離すと、華蓮は椅子の背後に回り込んだ。
「強情ですね。では、これならどうです?」
「ウアアアアアアアァッ、頭、割レル、アアアッ、知ラナ、ウアアアアアアアアァッ!」
 ギリッ、ギリッと頭を金属のベルトで締め上げられ、目の前が暗くなるほどの激痛が走る。ミシッ、ミシッという、頭蓋骨が軋む音が頭の中で響くのがよりいっそう恐怖を高めた。
「ヤメテッ、死ヌ、ジンジャウ、アアアアアアアァッ、頭割レルヨ、アアッ、痛イ、緩メテッ、アアアアアアァッ」
「大袈裟ですね。ま、確かに、頭締めはやり過ぎると頭蓋骨が砕けて死んじゃいますけど……安全限界までは、まだずいぶんと余裕が有りますから」
 薄く笑いながら華蓮が更にハンドルを回し、明鈴に絶叫を上げさせる。大きく見開かれた目からは、眼球がこぼれ出しそうに思えるほど突き出していた。比喩ではなく、実際に内側から眼球そのものが押し出されているのだ。
 人間の頭蓋骨は、人体の中で最も丈夫なものの一つである。最も重要な器官、脳を守るための骨だからだ。ただ、頭蓋骨自体は一つの骨ではなく、いくつもの骨がジグソーパズルのピースのように繋ぎあわさった構造になっている。繋ぎ目がずれることで頭蓋骨自体の形が微妙に変形し、衝撃などを逃がすためにそうなっているのだ。脳自体も、頭蓋骨の中に満たされた液体の中に浮かんでいるような形で保護されており、衝撃や圧力から厳重に守られている。
 そういうわけで、頭蓋骨を締め上げていく場合、頭蓋骨がまず変形し、中に満たされた液体もそれに従って位置を変え、脳自体には直接圧力が行かないようになっている。そして、圧力によって位置を変えた脳内に満たされた液体は下方向へと逃げ、それに押し出されるような格好で眼球が飛び出してしまうのだ。もちろん、限界を越えて圧力を加えられれば骨が砕けて死に至るし、そこまで行かなくてもとんでもない激痛を味わうことになるが。
「どうです? まだ、強情を張りますか?」
「ヤメテェッ、ジラナイノッ、ホントニ、何モ、ジラナイノヨォッ。知ッテタラ、何デモ話シテルッ。オ願イ、許シテ、アアアアアアァッ!」
 華蓮の問いに、悲痛な叫びで答える明鈴。再び彼女の正面に回り込むと、華蓮はポケットから木のヘラを取り出した。
「ふふふっ、随分と飛び出してて、えぐりやすそうになってますね。素直に話す気がないなら、これであなたの右目、えぐり取って上げましょうか?」
「ヒッ!? イヤッ、ヤメテッ、イヤアアァッ」
「誰に、命令されたんです?」
「ワカラナイッ、ホント、覆面ノ、男ダタ、ケド、名前、言ワナカタカラ……ホントヨ、ホント! 信ジテ……ギャアアアアアアアアアァァァッ!!」
 ゆっくりと目に近寄ってくるヘラに、半狂乱になって明鈴が叫ぶ。しかし華蓮は手を止めようとはせず、ヘラが上まぶたと眼球との間に突き込まれた。華蓮の手首が軽く動き、くるんとあっけないほど簡単に明鈴の眼球がえぐり取られる。顔の半面を血で真っ赤に染め、絶叫を放つ明鈴へと華蓮は冷たい視線を向けた。
「少しは、ましな嘘を考えたみたいですけど……私が知りたいのは、真実だけです」
「ウ、ア……ヒッ、ギ……」
「少尉。足の楔、打ち込んでもらえますか?」
「あ、ああ……でも、彼女、まだ嘘をついてるのか? そうは見えないけど……」
 既に精根尽きかけているように見える明鈴の姿に、大神が怪訝そうな表情を浮かべた。椅子の背面に回り、頭を締め上げるハンドルに手をかけながら華蓮は軽く首を傾げた。
「勘ですけどね、そんな気がするんです」
「か、勘!?」
「ええ。徹底的に責めて、嘘の混じらない真実を引き出すのが仕事ですから、そういう勘は働くようになるんです。それじゃ、足の方、お願いしますね。強めにやっても平気ですから」
 にっこりと笑って華蓮がそう言い、ギリリッとベルトで明鈴の頭を締め上げる。部屋一杯に明鈴の絶叫が響き渡り、ぶるぶると身体が震える。小さく首を振ってかがみこんだ大神が、明鈴の足の楔を打ち込み始めた。まずは右足の楔へと金槌を振るう。
「ヒギャッ、ギャッ、ギャアッ、ギギッ、ギャアアッ、ヒギャウッ、ギャギャッ、ギャアアアァッ!!」
 ゴンッゴンッと八つの楔を一つずつ打ち込まれるたびにビクンビクンと身体を震わせて明鈴が短い絶叫を上げる。肌が破れたのか、彼女の右足は鮮血で濡れて真っ赤に染まっている。
「命令したのは、誰?」
「知ラナイ……ヤメテ……モウ、許シテ。 全部、話シタ……アガアアアアアアァッ!」
 華蓮の問いに、弱々しく答える明鈴。ギリリッと頭を締め上げられ、絶叫を上げる彼女の姿に華蓮は薄く笑いを浮かべた。身体の向きを変え、今度は左足の楔へと金槌を振るう大神。
「アギッ、グアッ、ヒギャウッ、ギャウッ、ギャアッ、ウギイィッ、ヒギャギャッ、ウッギャアアアァッ!!」
 ミシミシと締め上げられた骨が軋む。頭、胸、両足と、三ヶ所から放たれる激痛の波は互いに増幅し合い、全身を包み込んでいた。気が狂いそうな激痛を与えられ、明鈴が泣きわめく。
「我不知、我全言真実、請信我救助……!!」
「強情ですね……」
 日本語を紡ぐ余裕もなくなり、中国語での哀願と叫びを上げる明鈴へと僅かに溜め息をつき、華蓮が椅子の横に回って乳房を締め上げる。身体を震わせ、絶叫を放つ明鈴の身体の前へと身を乗り出し、反対側のハンドルも更に締めると、華蓮はパンパンに膨れ上がった明鈴の乳房へと爪を立てた。
「アギイッ、ギイッ、ギャアアアアアアァッ!」
「締め上げられた部分へは、ちょっとした刺激でも大きな痛みになるんですよね。こういう風に……」
ギャアアアアアアアアァッ!!
 折り曲げた中指で額を弾く、いわゆるデコピン。子供が遊びでやるような他愛のない行為だが、ベルトで締め上げられた額を打たれた明鈴の口からは断末魔じみた絶叫があふれ出した。薄く笑いながら、華蓮が再び折り曲げた中指で明鈴の額を弾く。
ギャアアアアア、ウギャウウゥッ!
 再び上がった絶叫が、今度は別の新たな絶叫に遮られて途切れた。大神が金槌を振るい、更に楔を奥深くへと打ち込んだのだ。足を締め上げられる激痛に、楔を打ち込む時の衝撃が加わって痛みは何倍にも膨れ上がる。強く締めつけられてミシッ、メキッと脛の骨が軋み、次の一撃を受けた途端骨が細かく砕ける。
ギャアアアアアアァッ。請慈悲、請殺ッ!」
「殺す? まさか。あなたに誰が命令を出したのか、想像はついているんですけどね……。一応、あなたの口から確認を取るまでは、殺すつもりはないんです。それに、足の骨が砕けたり、胸を千切られたりしても死にはしませんよ」
 そう言いながら、華蓮は悲痛な絶叫を上げる明鈴の胸へと手を伸ばした。両胸を上下から挟み込む鉄の棒に手をかけ、ぐいっと手前に引っ張る。
グヒイイイイイイイィッ! ヒギャ、ヒギャアアアアアアアアアアァッ!!
 喉が破れんばかりの、絶叫。口の端に泡を浮かべ、ビクンビクンと身体を痙攣させる明鈴の姿に、華蓮は手を離して棒を引っ張るのを止めた。僅かながら痛みが和らぎ、ヒギッ、ヒギッと掠れた声を漏らす明鈴。
「あ、少尉。左足の方も、お願いしますね」
「あ、ああ……。ところで、想像はついてるって?」
 明鈴の上げる凄絶な絶叫に、思わず手を止めていた大神が身体ごと明鈴の左足の方に向き直ってそう問いかける。ゴンッゴンッと打ち込まれる楔が木の間を押し広げ、明鈴の足を締め上げ、激痛で絶叫を上げさせつつ骨を砕く。絶叫が収まるのを待ち、華蓮が頷いた。
「まぁ、一応は。というより、他に考えようがない、という心当たりなら、あるんです。
 じゃ、少尉、足はその辺にして、胸の方を手伝ってください」
「それはいいけど、心当たりが有るなら、そっちを調べれば済むんじゃないか?」
「証拠は、必要ですから」
 そっけない口調でそう応じると、華蓮が手をハンドルにかける。釈然としないような表情を浮かべながらも大神がそれに従い、左右のハンドルが同時に回された。
ウギャアアアアアアアアアァッ、ギャアアアアアアアア----ッ!!
 明鈴が絶叫を上げて身体を震わせる。鉄棒の端のあたりで肌が裂け、乳房から腹へと血を滴らせていた。上下から押し潰され、無残な形に変形した乳房の先端は、青黒く染まっている。
「まぁ、それはそうだろうけど。心当たりって?」
「人身売買や、犯罪を行う組織で、紅蛇鬼児というのがあるんです。この近くの街を拠点にしている、中程度の組織ですけれど。命令を出したのは、多分そこでしょうね」
アギギギギッ、ギアッ、ギャッ、ギャアアアアアァッ是、是! アギャアアアアアアアァッ!!
 ギリッ、ギリッと容赦なく乳房を締め上げられ、絶叫を放ちながら明鈴が懸命に頷く。といっても、頭が割れそうなほど強く額を締め上げられている状態では、頷くといってもほとんど頭を動かせはしないが。
ギャアアアアアアアァッ是ッ! ヒギャギャギャギャッ下命アギャギャッ紅蛇ッ! ギャアアアアアアアァッ!
 一向に止まらないハンドルの回転に、半狂乱になって明鈴が叫ぶ。実際には、激痛に叫びつづけているせいで言葉がまともな声にならず、大神の耳では早口かつ不明瞭な中国語は聞き取れないのだ。華蓮の方は聞きとっているはずなのだが、制止するどころか逆に大神にもっと締めるように指示を出している。
「まだ、強情を張るんですか?」
否、否、ヒイイイイイッ! 否ッ、アッ、アギャアアアアアアァッ!
「これじゃ、まともにしゃべれないんじゃないかな? もしかして?」
 華蓮の問いに、懸命に否定する明鈴だが、その言葉は悲鳴と区別がつかない。それでも、なんとなく感じるものがあったのか、大神がそう華蓮へと問いかけた。軽く首を傾げ、華蓮がいったんハンドルから手を離す。締め上げが緩んだわけではないにしろ、新たな苦痛が増えることがなくなってヒイイィッと、掠れた息を明鈴が吐いた。
「誰に、命令されたんです?」
「ウ、ア……ア……紅…蛇……。紅蛇……鬼…児」
「誰です? 命令した、人間の名前は?」
「ソ……ソレ、ハ」
 華蓮の問いに、明鈴が言い淀む。明鈴が話したことは、最初からすべて本当のことだ。手紙があり、その指示に従った、という彼女の言葉に嘘はない。ただ、苦痛から逃れたい一心で、華蓮の口にした組織の名前を言ったまでのことなのだ。確かに、犯罪組織として名前ぐらいは知っているが、その構成員の名前など知っている筈がない。
「この期に及んで、まだ強情を張るんですか?」
 すうっと、華蓮の右手が明鈴の額へと伸びた。曲げられた中指がぴんと伸び、額を締めつけるベルトを弾く。その途端、ハンマーで頭を割られたかと思うほどの激痛が全身を走り抜け、明鈴は絶叫を放った。
ギャアアアアアアアアアア----ッ!!
 断末魔じみた絶叫を放ち、ビクンビクンと激しく身体を痙攣させる明鈴。失神しかけているのか、焦点の定まらない瞳が中をさ迷う。冷たい口調で、華蓮は痙攣している彼女へと問いかけた。
「誰に、命令されたんです?」
「紅蛇、鬼児……ノ……」
 ズキンズキンと、激痛の余震がまだ響く頭で懸命に明鈴は記憶を探った。事務員、という立場上、いろいろな資料にも目を通している。その中から紅蛇鬼児に関する情報を懸命に思い出し、彼女は一つの名前を口にした。
「ア、ウ……洪……麗、花」
「洪麗花。紅蛇鬼児の、頭首の?」
「ソ、ソウ……ワ、私、アタ男、名前、言ワナカタ……ケド、洪頭首ノ、命令、ダ……言ワレタ」
 全身を覆う激痛に喘ぎながら、懸命に明鈴が言葉を紡ぐ。ともかく、この全身を苛む激痛から何とか逃れたい、と、それ以外には考えられなくなっている。彼女の言葉に、華蓮が顎に手を当ててふむと小さく頷いた。
「なるほど……それなら、つじつまは合いますね。最初から素直にそう言っていれば、こんな痛い目を見ずに済んだんですよ」
「ア……タ、スケテ……モウ、全部、話シタヨ。ダカラ、許シテ……」
「少尉、こちらへ。報告書の書き方をお教えします。まぁ、今までに書いた丸太の実験報告書と大差はないんですけどね」
 力なく訴える明鈴の言葉を無視して、扉の方に歩き出しながら華蓮がそう言う。ヒイッと明鈴が悲鳴を上げた。
「オ願イ、コレ、緩メテ! 痛イノ、オ願イダカラ……!」
「手当と移動は、別の隊員の仕事ですから。まぁ、しばらく待っててください」
「ソ、ソンナ、酷イ……!」
 華蓮の冷たい台詞に、明鈴が悲鳴を上げる。頭、胸、足と、三ヶ所を強く締め上げられたまま固定されているせいで、今でも全身に痛みが充満している。話せばすぐに楽になれると思っていただけに、そのショックは大きい。
「イヤッ、イカナイデッ、タスケテ--ッ!」
 悲痛な明鈴の叫びを断ち切るように、がちゃんと鉄製の扉が閉じた……。

「で、どうかね? 彼は」
 机の上に報告書を広げた竹中少将の問いに、華蓮は僅かに眉をしかめた。
「真面目なのは分かりますけど、融通がきかないですね」
「厳しいね。まぁ、まだ日が浅いし、今のところは君が主導権を握ってるわけだからね。次の仕事は、彼に主導権を渡してみたらどうだい? 意外と、いい働きをしてくれるんじゃないかと、思ってるんだがね」
 苦笑を浮かべて、竹中がそう言う。はぁ、と、曖昧な返事を返す華蓮。
「次の仕事、と、言いますと?」
「これだよ。洪麗花の尋問だ」
「かまわないんですか? まだ、経験が浅いのでは?」
「別に、問題はないだろう? どうせ、彼女の組織を潰すために仕組んだ茶番劇だ。何も出てこなくてもかまわないから、とりあえず彼にやらせてみようじゃないか。彼に対する判断は、それからにしよう」
 くっくっくと、低く笑って竹中がそう言い、華蓮は小さく頷いて敬礼した。
「了解しました。それと、李明鈴の処遇ですが……」
「彼女は廃棄。洪麗花との対面までは、生かしておく必要はあるがね。
 ああ、それと、一応念のために部屋の捜索も頼むよ。偽手紙、焼き捨ててなかったら問題が生じる可能性もあるからね」
「了解」
 偽の手紙の指示で書類を盗ませ、逮捕。その口から最終的な目的である洪麗花の名前を強引に自白させ、洪麗花の身柄を拘束する口実を作る。ついでに、大神の試験も行う。それが、今回竹中が計画した『茶番劇』の内容だった……。
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