最近はクリスさんに拷問のやり方を習ったりもしてますけど、これは領主夫人になったからというわけではありませんし。単に、いつまでクリスさんがこのお屋敷に居てくれるか分からないから、今のうちに技術を習っておこうと思っただけの話です。
 でも、あたりまえですけど、クリスさんは凄いです。私も、人体内部の構造の知識とかは一通り教えてもらって覚えたんですけど、実技となると全然かないません。もっとも、子供の頃から経験を積んでいるクリスさんと素人の私が技を競おうだなんて、初めっから無謀なんですけど。暴れる相手のお腹を手際よく切り裂く技は、側で見ていても凄いと思います。一見無造作にすぱすぱ切っているように見えても、実際には長年の経験と深い知識に裏打ちされた無駄のない動きなんですよね。私が真似しても、三回に一回ぐらいしか成功しませんもの。じっとしていてくれればともかく、暴れられるとすぐに手元が狂って切っちゃいけないところまで切ってしまって……。
(ミレニアの日記より抜粋)

「ふぐーっ、うぐぐーーっ」
 口の中にギャグを押し込められ、手足を大きく広げて台の上に拘束された全裸の女性が恐怖に大きく目を見開き、激しく頭を振る。そのたびに金色の髪が揺れ、整った美貌の上へと落ちかかっていた。
 メイド服を身にまとったミレニアが、無表情に拘束された女性の腹へと左手を当てる。蝋燭の光を反射して、彼女の右手に握られたナイフが不気味な光を放った。
「ぐぐうーーっ!」
 つぷり、と、ミレニアがナイフの先端を女性の腹部へと浅く突き入れる。びくん、と、身体を震わせた女性の身体を左手で押さえつつ、ミレニアはゆっくりとナイフを動かしていった。女性の腹がゆっくりと裂かれていき、あふれた鮮血が左右に流れていく。
「うぐぅあぁーーっ!!」
「あ」
 女性がくぐもった叫びと共にびくんっと身体を大きく跳ねさせ、ミレニアが小さく声を上げる。ぶしゅうぅっと勢いよく裂け目から吹き出した鮮血が、顔を寄せていたミレニアの顔を直撃した。
「……ふぅ。ちょっと、どいて」
 後ろでミレニアを見守っていたクリスが、小さく溜め息を吐くとミレニアの方へと手をおいた。素直に場所を譲るミレニアと入れ違いに台の脇に立ち、噴水のように血を吹き出している傷口へと糸を通した針を握った手を差し込む。
「うぐぁっ、ぐぐうああぁっーーっ」
 苦悶の声を上げ、身体を震わせる女性。表情を変えること無く、クリスは手早くナイフによって傷付けられた内蔵と血管を縫い合わせていく。視線は手元に向けたまま、クリスは自分の肩越しに作業を見つめているであろうミレニアへと声をかけた。
「誰だって、切られれば痛いし、痛ければ暴れるものよ、ミレニア。相手の動きも計算しないと、こういう風に余計な場所を切ることになるわ。気をつけてね」
「はい。……すみません」
「謝らなくてもいいけど……はい、終わったわよ。続ける?」
 ぴっと、手に付着した血を払いながらクリスがミレニアに場所を譲る。小さく頷くと、ミレニアは応急処置の施された女性の傷へと再びナイフを差し込んだ。ゆっくりとナイフを動かし、腹の肉と皮とを切り開いていく。
「むぐぅーーっ、うぐぅぁっ、ぐぐぐぅっ。ぐうーーっ」
 激痛に、女性がくぐもった叫びをあげ、身体を震わせる。時折、ビクッとナイフを引きながら、ミレニアはゆっくりゆっくりと腹を裂いていった。その動きを僅かに眉をしかめながら、クリスが眺めている。
「……ねぇ、ミレニア。もう少し、手早く出来ない? 時間をかければかけるだけ、出血は酷くなるし苦しむことになるわ。無意味に苦痛を味合わせるだけよ」
(あなたたちには、かえって好都合かも知れないけど……)
 胸の奥にムカムカするものを覚えながら、クリスは内心でそう言葉を続けた。自分は拷問人で、他人を痛め付けるのが仕事だ。だが、だからといって人が苦しんでいるのを見ても心が痛まないと言うわけではないし、ましてや無実の人間を嬲り殺すようなことはしたくない。下賤な職業と蔑まれようと、自分には自分なりの誇りがある。
「手早く、ですか……?」
「うがぁーーっ」
 クリスが言葉には出さずに思考を進めている間に、軽く首をかしげたミレニアがずばっと大きくナイフを動かした。悲痛な叫びをあげ、手首と足首の拘束具を引き千切らんばかりの勢いで女性が身体を大きく跳ねさせる。
「……手早く、と、雑に、は違うのよ、ミレニア」
 左手の指を額に当て、頭痛をこらえるような表情を浮かべてクリスがそう呟く。吹き出した鮮血で顔面と胸元を真っ赤に染め、無表情にミレニアは自分の右手を見つめていた。あふれる血潮がたっぷりと溜った女性の腹部を見やり、クリスがもう一度溜め息を吐く。
「止血は無駄ね。もう、助かりそうにないわ」
 ショック症状を起こしたのか、焦点の薄れた瞳を虚ろにさまよわせながら、女性がびくびくっと身体を痙攣させる。断末魔の痙攣を続ける女性の喉へと、唐突にミレニアがナイフを走らせた。ぱっくりと喉を裂かれ、そこからヒューッと笛の鳴るような音と血を吹き出させながら女性が身体を硬直させる。
「ミレニア……?」
「無意味な苦痛は、嫌いなんでしょう?」
 怪訝そうな声を上げたクリスへと、無表情に振り返りながらミレニアがそう言う。だから一思いに止めを刺したのだ、ということか。
「次は、もっと上手にやりますから」
 腹の裂け目へと右手を差し込み、まだ温かい内蔵に触れながらミレニアが薄く唇を歪めた。背筋に冷たいものが走るのを感じながら、クリスがミレニアに問いかける。
「まだ、続けるの……?」
「いつまでも、クリスさんに頼るわけにはいかないでしょう? 今のうちにちゃんと練習しておかないと、後で困りますから……」
 内蔵の配置を確かめるように右手を動かしながら、ミレニアはそう呟いた。彼女の言う『後で』というのがどういう意味なのか、一瞬問いただしたい衝動に駆られ、クリスは辛うじて言葉を飲み込んだ。
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