六月七日 曇り


 昨日、私は殺されかけました。私を恨んでいる人はたくさんいるでしょうから、それ自体は別に驚くほどのことではないんですけど、だからといって私を殺そうとした人をそのまま放っておくわけにはいきません。直接私のことを殺そうとしたのは私よりも年下の女の子なんですけど、どうやら誰かに頼まれて私を殺そうとしたみたいなんですよね。本人は否定してましたけど……。
 最初は、頼まれてやったことだし、最終的に死刑にするのはしかたないにしてもそんなに酷いことをする必要はないな、と、そう思っていました。クリシーヌさんなんかは、領主を殺そうとするなんて、未遂でも思いっきり残酷に殺して見せしめにするべきだ、なんて言ってましたけど、そこまでする気にはなれなかったんですよね。
 尋問している時に、彼女があんなことを言わなければ、あっさりと首をはねて終わった筈なのに。自分でも少し驚きました。誰かを殺したいほど憎いと思ったのは、これが初めてでしたから……。

 街の中央に位置する広場。罪人の処刑は、民衆の娯楽でもある。広場に設けられた処刑台の上に十字架が立てられ、そこに全裸に剥かれた十二、三歳ほどの少女が打ちつけられていた。掌と足首に太い釘が打たれ、十字架に固定されているのだ。手首には紐も巻かれているから、掌の釘は固定用のものではない。単に、より苦痛を味合わせるために打たれたものだ。全身にいくらか鞭の跡が刻み込まれているが、それぐらいしか外傷はない。他には、火あぶりに使う大量の薪が処刑台の下に積まれており、処刑台の上には中に石炭の詰まった石の箱が置かれ、その中にでは鉄製のペンチが何本も突き立てられて加熱されている。
 磔にされている少女の名は、バド。罪状は、領主の暗殺未遂。処刑台の横に設けられた特設席で無表情に少女のことを見つめている黒衣の少女領主、ミレニアを殺害しようとして失敗し、捕らえられたのだ。民衆たちがざわめきながら見守る中、既にあきらめたのかじっと目を閉じている。
 無表情に磔になったバドのことを見つめていたミレニアが静かに目を閉じ、意識を昨日の回想に向けた。

 ミレニアは領主の地位についた後もふらっといった感じで館の中を歩き回ることがある。周囲にしてみれば迷惑な話で、メイドたちはいつミレニアに出会うかといつもびくびくしながら暮らさねばならないし、警備の面から見ても好ましくはない。万が一があっては大変と護衛を付けようにも、ミレニアがぞろぞろと護衛を引きつれて歩くのを嫌うからそれも出来ない。一応、クリシーヌが護衛を兼ねていつもミレニアにつき従っているが、屋敷の警備を担当するものたちにとっては胃痛の種だ。
 そして、ついに恐れていた事態が起こってしまう。ミレニアが通りかかったのを目にして廊下の端により、頭を下げたメイド姿の少女が、前を行きすぎようとしたミレニアに突然飛びかかり、懐に隠し持っていたナイフをミレニアの腹に突き立てたのだ。
「御主人様!?」
 愕然とした声を上げるクリシーヌ。だが、ナイフを突き立てた少女の方も表情に動揺の色を浮かべていた。ガキ、という金属のぶつかりあう音が微かに響き、ナイフの切っ先が流れる。急所を外した、と脳裏で舌打ちしつつ、それでも肉に刃が食い込む感触は確かに感じ、その傷を致命傷にするべくナイフをえぐって空気を送り込もうとする少女。だが、その手首を腹を刺された当人であるミレニアが無造作に掴み、それを阻止した。致命傷にはならないにせよ、腹をナイフで刺されれば普通痛みで動きは止まる。まったく痛みを感じていないように無表情を保つ相手の顔を、ほんの数瞬、少女は呆然と見上げた。
 その隙が、命取りになった。わずかな驚愕から立ち直ったクリシーヌが少女に踊りかかり、床の上に引きずり倒す。ナイフの抜けた腹の傷を無造作に手で押さえたミレニアが、初めて僅かに眉をしかめた。
「誰か! 医者を! 急いで!
 くそっ、こいつ……!」
「クリシーヌ、殺さないように。手当てを受けたら私も行きますけど、地下で誰に頼まれてこんなことをしたのか、出来れば聞き出しておいてください」
「はっ、はい、しかし、御主人様……」
「傷は、たいしたことはありません。……これに当たって、逸れましたから」
 血のあふれる傷からいったん手を離し、服の懐から刀身の波打った独特の形状を持つナイフを取り出すミレニア。僅かに感慨を込めてナイフを見つめると、ミレニアはクリシーヌの上げた声に飛び出してきたメイドたちのほうに視線を向けた。屋敷に住み込みで勤めている医者を呼びに行くもの、ミレニアの身体を支えようとするもの、大騒ぎになっている人々を無表情にぐるりと眺め、最後に床の上に引き倒され、クリシーヌに押さえ込まれている少女の方へと視線を向ける。
「あなた、名前は?」
「何でそんなことを聞くんだよ!?」
 少年のような乱暴な口調で、少女が叫ぶ。そばかすの浮いた彼女の顔を見下ろしながら、ミレニアは軽く首を傾げた。
「自分を殺そうとした人間の、名前や動機は、気になるものだと思いますけど」
「バド、だよ。それと、おいらは誰かに頼まれたわけじゃない。お前を生かしておいたら、ろくでもないことになるって思ったから殺しに来たんだ。お前みたいな殺人狂を放っておいたら、おいらたち街の人間が皆殺しにされちまうからな!」
「黙れ! 少しは自分の立場をわきまえなさい!」
 押さえ込まれたまま顔だけを上げ、叫ぶバドの頭をがつんと床に叩きつけながら、クリシーヌが憎々しげに怒鳴る。小さく首を振るとミレニアが口を開いた。
「バド、でしたね。素直に本当のことを話した方が、痛い目にあわずに済む分いいと思いますよ。この屋敷の地下に拷問の設備が整っていることは、あなたも知っているんでしょう?」
「拷問!? へんっ、何をされたって、本当のことしか言えないよっ!」
「あまり、強情を張らない方がいいですよ。どうせ、いつかは口を割ることになるんですから」
 淡々とした口調でそう言うミレニアの、腹の傷から赤い鮮血があふれる。顔を青ざめさせ、クリシーヌが懇願するような声を上げた。
「御主人様、この者の取り調べは私がやりますから、早く手当を……!」
「心配性ですね、クリシーヌは。この程度の傷では、致命傷にはなりませんよ」
「しかし……!」
「しかたないですね。ただ、クリシーヌ。殺しては駄目ですよ」
「分かっています。あなたたち、御主人様を早く……!」
 ミレニアのことを医者の元へと連れていきたいのだが、動こうとしないミレニアにどうしていいか分からずに右往左往しているメイドたちに向かってクリシーヌが怒鳴る。
「自分で歩けますよ、これぐらいなら」
 軽く溜め息を吐いて身を翻すミレニアの後ろ姿へと、押さえ込まれたバドが憎悪のこもった視線を送った。

「さあ、誰に頼まれたの? 白状なさい!」
 壁に鎖で繋がれたバドへと向けて皮鞭を振るいながら、クリシーヌが問いかける。裸に剥かれた、ほとんど凹凸のない身体にいくつもの赤い鞭の後を刻み込まれたバドが、苦痛に表情を歪めながら彼女のことをにらみ返した。
「さっきから言ってるだろ!? 自分の意思で来たんだってば。くううぅっ」
「強情を張るんじゃないわよ!」
「くううっ、うあっ、あくうううっ!」
 ビシッ、バシッ、と、鞭がバドの幼い身体を襲う。苦痛の声を上げ、身をよじりながら、バドがクリシーヌのことをにらみつける。薄く笑いを浮かべながらクリシーヌが鞭を振るい、鞭の先端がバドのまだほとんどない膨らみの頂点、更にうっすらとした陰毛に覆われた秘所を連続で捉える。
「ひいいいいぃっ! きゃあああああああぁっ!」
「うふふ、女の子らしい悲鳴ね。ほら、さっさと白状なさい!」
 笑いながらクリシーヌが鞭を振るう。目に涙をにじませ、苦痛に身悶えながらバドがクリシーヌのことを罵る。
「さっきから言ってるだろ! おいらは、自分の意思で……うあああぁっ」
「まだ、何も聞き出せていないみたいですね、クリシーヌ」
 バドの悲鳴に薄く笑みを浮かべて更に鞭を振り上げたクリシーヌに、背後からそんな声がかけられる。慌てて振りかえったクリシーヌの目に、メイド服に着替えたミレニアの姿が映った。
「御、御主人様!?」
「傷の手当は、済みましたから。どうしました? 続けてください、クリシーヌ」
「寝、寝ていなくて、大丈夫なんですか……?」
「大袈裟ですよ。寝込むほどの傷じゃありません。
 さて、バド。誰に頼まれて私を殺そうとしたんです? 領主殺しは未遂でも大罪、死をもって裁かれます。普通であれば車輪刑か四つ裂き、あるいは火あぶりということになりますね。ただ、誰かに依頼されてのことであれば、絞首刑か斬首刑に軽減してあげてもいいですよ」
 淡々とした口調でそう告げるミレニア。極刑の名に表情を青ざめさせながら、バドが首を横に振る。
「頼まれたんじゃない。おいらが、自分で考えて、自分でやったんだ。こ、殺される覚悟ぐらい、出来てるよ! お前を殺し損ねたのは、残念だけどな!」
「この……! 口を慎みなさい!」
 クリシーヌが鞭を振るい、バドが呻く。自分のことをにらむバドを無表情に見返して、ミレニアが軽く首を傾げる。
「先日殺した、マルジュとメリエル……いずれかの家族から頼まれたんでしょう?」
「ち、違う! おいらの意思だ! 他の人間は関係ない!」
 ミレニアの言葉に、バドが動揺の表情を浮かべて叫ぶ。その姿に、にいっとクリシーヌが笑みを浮かべた。
「なるほど。では、彼らを捕らえて審問にかけましょう、御主人様」
「やめろっ! 他の人間は関係ないって言ってるだろ!? 何の関係もない無実の人間を、拷問にかける気かよ!?」
 がちゃがちゃと鎖を鳴らし、身を乗り出してバドが叫ぶ。ひゅんと風を切って鞭を振るい、彼女に悲鳴を上げさせるとクリシーヌが楽しそうに笑った。
「人のことより、自分のことを心配したらどうなの? 未遂とはいえ、あなたは領主殺しの大罪を犯したの。極限の苦痛を味わって、悶え苦しみながら死ぬのよ。逃れるすべはないわ。他の人への見せしめも兼ねて、思いっきり残酷に殺してあげる……うふふっ」
「そうでもありませんよ。さっきも言いましたけど、誰に頼まれたのか話せば、楽な方法で処刑してあげるつもりですから。それに、あなたが話してくれれば、無関係の人間を拷問したりしないで済みますしね」
 楽しそうに笑うクリシーヌの言葉を、ミレニアが淡々と否定する。怪訝そうな表情を浮かべてクリシーヌが振りかえり、身を乗り出してバドが叫ぶ。
「だから、全部おいらの考えだって言ってるだろ!? 車輪刑でも四つ裂きでも、ううん、火あぶりでもいい。おいらのことを惨殺して、それで終わりにしろよ! そんなに無実の人間を苦しめたいのか!? この、悪魔!」
「悪魔でも魔女でも、好きなように呼んでもらってかまいませんけど……私を殺すように他人に依頼するような人を、そのまま放置しておくわけにはいきませんから。
 誰に、頼まれたんです?」
 バドの罵声に、クリシーヌが怒りの表情を浮かべて彼女の方に向き直る。対照的に、無表情のまま、ミレニアがそう問いかけた。ぎゅっと唇を噛み締めて、僅かにバドが沈黙する。クリシーヌが鞭を振り上げ、振り降ろした。
「御主人様の質問に、答えなさいっ」
「あうっ。う、うう……。だから、さっきから、誰にも頼まれてないって言ってるだろ」
「誰にも頼まれていないとしたら、どうして私を殺そうだなんて考えたんです? さっきあなたが言った理由は、嘘でしょう?」
 鞭打たれて涙目になっているバドへと、淡々とミレニアがそう問いかける。かっとなったようにバドが叫んだ。
「何で嘘だって言うんだよ!? 本当のことだろう!? 今までいったい、何人殺してるんだよ、お前は!?」
「口を慎みなさい! 殺されたいの!?」
 バドの叫びに、クリシーヌがそう怒鳴りながら鞭を振るう。苦痛に表情を歪めながら自分のことをにらみつけているバドの視線を正面から受けとめ、ミレニアは軽く首を傾げた。
「聞きたいんですか? 昨日までの時点で、136人です」
「お前……!?」
 愕然とした表情を浮かべるバド。そんなバドの驚愕を気にもとめていないような様子で、淡々とミレニアが言葉を続ける。
「私が直接手にかけたのは、47人。あなたと同じ、あるいはそれ以下の年齢の人たちも、28人殺しています」
「そ、それじゃ、あの噂も本当なのか……? お前が人肉を食べ、人血をワインに混ぜて飲んでいるっていう噂も……!?」
「ワインに混ぜたことは、ないですね。人の肉を焼いて、血をソースに使ったことはありますけれど」
 淡々とした、感情のこもらない単純に事実だけを告げる口調のミレニアの言葉に、バドが表情を青ざめさせる。
「こ、この、悪魔! お前は人間じゃない! 本物の、悪魔だよ!」
「私のことはどうでもいいんです。誰に頼まれて私を殺そうとしたのか、話してもらえますか?」
 バドの罵声を、気にもとめずにミレニアがそう問いかける。ギリッといったん奥歯を噛み締めたバドが、ふんっと小さく鼻を鳴らした。
「おいらを殺しても、無駄だよっ! お前のことを殺そうとする人間は、これからもたくさん現れる。お前のことを嫌いな人間はいくらでもいるけど、お前のことを好きになる人間なんて、いるはずがないんだからっ!」
「クリシーヌ。コウノトリを、用意してください」
 バドの言葉に鞭を振り上げたクリシーヌに視線を向け、ミレニアがそう言う。は? と、小さく声を上げて振りかえるクリシーヌへと、左手で前髪を掻きあげながらミレニアが繰り返した。
「聞こえませんでしたか? コウノトリを、用意してください」
「は、はぁ。分かりました。少しお待ちください」
 釈然としないような表情でクリシーヌが一礼し、部屋から出ていく。視線をバドの方に戻すと、ミレニアは唇を僅かに歪めた。
「私のことを好きになるような人は居ない、ですか。以前にもそう言われたことはありますし、自分でもそう思いますけど……」
「な、何だよ……」
 僅かに笑みを浮かべ、そう呟くミレニアのことを怯えたような表情を浮かべてバドが見返す。くすくすと、小さく笑いながらミレニアはバドのことを見つめた。
「でも、不思議なものですね。あなたに言われると腹が立ちます。あの人に言われた時は、悲しいのが先に立って、怒りはほとんど感じなかったんですけど」
「う、うわああぁっ」
 ゆっくりと歩み寄ったミレニアが左手でバドの髪を掴み、右の人差し指を伸ばして彼女の左目に突き立てた。悲鳴を上げるバドの目を指でぐりぐりとえぐり、鮮血の筋を彼女の頬に伝わせるミレニア。激痛に悲鳴を上げつづけるバドの目から漬れた眼球をえぐり出してしまうと、ミレニアは血と体液とにまみれた自分の指を口元に運んだ。
「あう、あぐうう……」
「一つ、自慢が出来ますよ、あなた。私が、誰かを憎んで殺すのは、あなたが初めてですから」
 苦痛に呻くバドの耳元に唇を寄せてそうミレニアがささやく。半面を朱に染めたバドが唇を震わせる中、ふふっと小さく笑ってミレニアが身を離す。がちゃりと扉が開き、コウノトリを抱えたクリシーヌが部屋に戻ってきた。笑みを消し、普段と同じ無表情に戻ってミレニアがクリシーヌの方へと向き直る。
「持ってまいりました、御主人様」
「御苦労様。使い方は、知ってましたっけ?」
「はい、一応は」
 目をえぐられて呻いているバドの姿に、僅かに残念そうな表情を浮かべてクリシーヌが頷く。小さく頷き返し、ミレニアは少し下がった。
「では、お願いします」
「はい」
 頷いたクリシーヌがコウノトリを持ってバドに歩み寄る。コウノトリは細長い二等辺三角形の底辺を取り除いたような形をしており、頂点の部分と辺の先端、そして辺の中間に丸い穴が作られている器具だ。この丸くなった部分がそれぞれ首かせ、手かせ、足かせの役割を果たすわけだが、手かせになる穴は丁度胸の辺り、足かせになる穴は腰の辺りに位置することになる。
「な、なにすんだよっ、やめろってばっ」
「おとなしくしなさいっ」
 もがくバドの首に、まずは三角形の頂点に当たる首かせをはめる。ぶらんと身体の前面にコウノトリをぶら下げる格好になった彼女の腹へと、拳を数発叩き込んで抵抗力を奪い、クリシーヌは鎖を外すと手早く横たえたバドの手足をコウノトリに固定した。足は膝を曲げた状態で胸にぴったりとつき、その両膝を左右から押さえるような格好で両手首が固定される。胎児のように身体を丸めた格好になって床に転がされたバドは、手足を完全に固定されてしまってぴくりとも動かせなくなってしまった。
「くっ、くそっ、こんなことして、何になるのさ。痛くも痒くもないよっ」
 転がされたバドが、そうわめく。膝を胸の前でそろえ、足首を腰の横で固定されているから、本来は隠しておきたい股間の辺りが丸見えになっている。もっとも、本人がそれを気にしたような様子を見せていないし、ミレニアにしてもそこに何かをしようという気はないからあまり関係はないが。
「そのうち、分かります。ああ、クリシーヌ、ご苦労様。もう下がっていいですよ」
「は? し、しかし……」
「下がってもよい、と、そう言ったのが聞こえませんでしたか?」
 形としては許可を与える形だが、実際には命令である。慌てたように一礼し、部屋から出ていくクリシーヌ。扉の所で少し残念そうに部屋の中を振りかえったクリシーヌだが、じっとこちらを見つめているミレニアの視線に気付いて慌てて部屋を出ていく。扉が閉まるのを確認してから、ミレニアはバドの側に屈み込んだ。
「コウノトリは、身体を傷つけずに苦痛を与える器具です。領主様は、こういうタイプの責めはお嫌いなので、今まで使う機会がなかったんですけれど」
「苦痛? これで? へんっ、おいらは身体が柔らかいから、こんなの全然苦しくないねっ」
「効果が出るまでに、時間が掛かるんですよ。あの人に言わせると、こういう傷を付けずに苦しめるタイプの拷問器具が一番良く出来ている、ということらしいんですけど」
 壁際に転がったバドの横に、ぺたんと座り込んでミレニアが背中を壁に預ける。
「鞭なんかでも、イバラ鞭みたいな殺傷力の高い鞭は刑罰用のもので拷問に使うような代物じゃない、とも言ってましたっけ。領主様は派手なことがお好きでしたから、よく対立していましたね」
「誰の話をしてるんだよ、さっきから」
「知る必要はありません。あなたは明日、広場で火あぶりになるんですから」
 怪訝そうに問いかけるバドに、そっけなくミレニアがそう応じる。ごくっと唾を飲み込み、バドが無理をしたような笑いを浮かべた。
「明日? ありがたくて涙が出るよ。一月以上も拷問されるなんて、覚悟はしててもぞっとしないからね」
「怒りとか憎しみとかを持続させるのは、嫌なんですよ。本当は、今この場で殺してしまいたいぐらいなんですけど、そうするとあなたに私を殺すように頼んだ人が分からなくなってしまうんですよね」
「だから、おいらは自分の意思でここに来たって言ってるだろ!?」
「そういうことにしておいてもいいんですけどね。どちらにしても、あなたをそれから解放する気はないですから、無理に話せとは言いません」
 淡々と、どうでもよさそうな口調でミレニアがそう言う。眉をしかめたバドが怪訝そうに問いかけた。
「なら、何でこんなことしてるんだよ?」
「当然、あなたを苦しめるために、ですよ。言ったでしょう? 私は、怒ってるんです」
 表情も口調も変えずに、視線をバドに向けてミレニアがそう言う。気圧されたようにバドが口を閉じ、ミレニアもそのまま沈黙してしばらく無言の時が流れた。だが、しばらくするともぞもぞとバドが身体を揺すり始め、その口から小さな呻きが漏れだす。
「あうっ、うあっ、あううっ。な、なんだ……あうっ、くっ、お、お尻がっ、びくびくって……うあっ」
 満面に汗を浮かべ、固定された身体をびくっ、びくっと痙攣させてバドが呻く。人間の身体と言うものは、同じ姿勢を長時間に渡って取りつづけることが出来ない。無理に同じ姿勢を取りつづければ、まず筋肉が硬直して痛みを感じるようになり、それを通り過ぎると痙攣を起こす。
「ひあっ、あひいっ、ひっ、お腹っ、お尻っ、ひああぁっ、痛いっ、痛いよぉっ。ひああっ」
 手を握ったり開いたりをくり返し、ひくっひくっと足の指を反りかえらせたり丸めたりするバド。もちろんそんなことでは全身の筋肉の硬直は解けず、時間と共に加速度的に痛みが強くなり、全身に広がっていく。
「うああっ、お尻、裂けちゃうっ、ああっ、背中がっ、あひいっ、ひっ、ひあああっ」
「うふふっ、地味な責めですけど、苦しいでしょう?」
 首を振り立て、口からよだれをたれ流してバドが苦しみ悶える。その姿を薄く笑いを浮かべて眺めながら、ミレニアがバドの髪を撫でる。数時間に渡って悲鳴を上げつづけ、力尽きてバドが意識を失うまで、ミレニアは穏やかな笑みを浮かべて彼女の髪を撫でつづけていた。

「御主人様。準備が整いました」
「……そう。では、始めてください」
 クリシーヌにささやかれ、目を開いて意識を現実に戻したミレニアがそう告げる。はい、と頷くとクリシーヌは口元に笑みを浮かべて処刑台の上に上がっていった。
「これより、領主様の暗殺を図った罪人の処刑を取り行う!」
 クリシーヌの宣告に、おおおっと期待に満ちた声が集まった民衆の間から上がる。軽く手を上げてそれを制し、クリシーヌは石の箱の中で加熱されたペンチを手に取った。取っ手の部分は木で出来ているから普通に持てるが、先端は真っ赤になっている。
「ギャッ!」
 真っ赤に焼けたペンチで腕の肉をつままれたバドがびくんと顔をのけぞらせて悲鳴を上げる。焼けた鉄が肌と肉とを焼き、じゅうううっと白い煙を上げる。目を見開いて苦痛に悶えるバドの姿を楽しそうに眺めながら、クリシーヌはぐいっとばかりにペンチを捻り、つまんだバドの肉をむしり取った。
「ギャアアアアアアアアアァッ!」
 長く尾を引くバドの悲鳴。肉をむしり取られた傷にペンチを当てて加熱、傷を焼き焦がして止血するとクリシーヌは反対の腕の肉をペンチでつまみ、肉をむしり取る。
「ギャアアアアアアアアアァッ!」
 焼けたペンチで肉をつままれ、むしり取られる。その激痛にバドが絶叫する。笑いながら今度は太股の辺りの肉をつまみ、むしり取るクリシーヌ。バドの絶叫が消えないうちに反対の足にもペンチを当て、肉をつまみ、むしり取る。
「グギャアアアアアァッ! ギヒイイイィッ!」
 片方だけの目を限界まで見開き、バドが絶叫を上げて激しく頭を振る。ペンチのサイズはごく普通のもので、むしり取られる肉の大きさはそれほど大きくない。出血も、焼けたペンチでむしり取られているせいで傷が焼き塞がれ、ほとんどない。痛みは大きいが、致命傷には程遠いわけだ。
「ギャアアアアアアアアァッ! 殺してっ! 一思いに、殺してくれぇっ! ギャアアアアアアアアアァッ!」
 腕や足の肉を気まぐれにつままれ、肉をむしり取られる。肉を焼かれる痛みとむしり取られる痛みとでバドが半狂乱になって泣きわめく。薄く笑いながら、クリシーヌは焼けたペンチでバドの腕肉をつまみ、むしり取った。
「ギャアアアアアアァッ! 痛いいぃっ! やめてぇっ!」
「いいぞー!」「もっとやれー!」
 泣きわめくバドの姿に、民衆から歓声が飛ぶ。クリシーヌが屈み込み、バドのふくらはぎの肉に狙いを定める。
「ひっ、ひっ、ひいぃっ、もう、やめて……ギャアァッ! ギヒイイィッ!」
 激痛に泣きわめくバド。民衆から歓声と笑い声が上がり、クリシーヌが薄く笑いながら次々と腕や足の肉をむしり取っていく。よだれを撒き散らし、半狂乱になって叫びつづけるバドの姿を、ミレニアは無表情に眺めていた。
 十数箇所の肉をむしり取られ、ひっ、ひっ、ひっと切れ切れの息を吐くバド。肉片のこびりついたペンチを石の箱に戻し、別のペンチを手に取るとクリシーヌはうなだれているバドの薄い乳房へとペンチを伸ばした。
「グギャアアアアアァッ!?」
 幼いながら膨らみ始めた敏感な部分を真っ赤に焼けたペンチでつままれ、弾かれたように顔を上げてバドが絶叫する。楽しそうに笑いながらクリシーヌがペンチを捻り、肉をむしり取る。
「ギャギイイイィッ!! ギヒッ、ヒッ、ヒイイィッ! 殺してぇぇっ! もう嫌ああああぁっ!」
 絶叫するバドの反対の胸へもペンチが伸びる。傷自体は小さいが、肉を焼かれた上にむしり取られているのだから痛みは激しい。泣きわめくバドの胸をペンチがつまみ、肉をむしり取った。
「ヒギャアアアアアァッ! ひっ、ひいいぃっ、もう殺してよぉっ」
「うふふっ、まだ始まったばかりよ。ゆっくりと時間をかけて、全身の肉をむしり取ってあ・げ・る」
「やめて、痛いよぉ……もう許して、ギヒャアアアァッ!」
 ペンチでむしり取られる肉片の大きさはたいしたことがない。それは裏を返せば、例えば乳房を何度にも分けてゆっくりとむしり取っていくことが出来るということだ。肉をむしり取られ、焼かれた無残な傷の横をペンチでつままれ、更に肉をむしられてバドが絶叫を放つ。
 年端も行かない少女が、灼熱したペンチで肉を少しずつむしり取られ、激痛に泣きわめいている。その姿を集まった民衆は熱狂して見物していた。娯楽などほとんどない民衆にとって、罪人の処刑は最高の娯楽だ。それも、残酷であればあるほど、楽しい娯楽なのだ。
「やめてっ、許してっ、ギギャアアアアァッ!」
 ちまちまと僅かな胸のふくらみをむしり取られていくバドの、悲痛な絶叫が曇り空の下に響き渡る。
「ヒギイイイイィッ! グギャアアアアアアァッ! もう殺してっ、お願いだからっ。ギャアアアアアアァッ!」
 バドの絶叫が響き、民衆が口々にもっとやれだのいいぞだのと歓声を上げる。無表情に泣きわめくバドやテンションの上がっていく民衆のことを眺めていたミレニアが、小さく瞬きすると背後を振りかえった。
「プラム、今、広場から出ていこうとしてる男がいるんですけど、追いかけてもらえますか?」
「あ、はぁい。わっかりました、ミレニア様」
 メイド服ではなく、普通の衣装を身にまとったプラムが元気よく頷き、民衆の群の中へと姿を消す。ミレニアが視線を戻すと、新しいペンチを手に取ったクリシーヌがバドの太股の内側の肉を挟み、むしり取る所だった。悲痛な絶叫を上げてバドが激しく首を振る。腕や足に十数箇所に及ぶ肉をむしり取られた傷があり、幼い膨らみの片方はほとんど全部、もう片方も半分ぐらいがむしり取られた無残な姿だ。それでも、まだまだ残酷な肉むしりは終わらない。
「グギャギャギャギャギャギャギャギャアアアアアアアアアァッ!!」
 耳を覆いたくなるような、凄絶な絶叫。股間の割れ目にペンチが伸び、最も敏感な部分の花びらをむしり取ったのだ。あまりの激痛に断末魔かと思うような絶叫を上げ、バドががっくりと首を折って意識を失う。しかし、笑いながらクリシーヌが気付け薬をしみ込ませた布を彼女の口元に当て、すぐに意識を取り戻させた。生贄が意識を失っていたのでは娯楽にならないのだ。
「もう、やめてっ。許して、お願いだから……」
 弱々しくバドが哀願の声を上げる。笑ってそれを黙殺すると、クリシーヌは残されたもう一枚の花びらをペンチでつまんだ。じゅうっと肉の焼ける音がし、バドの口から絶叫があふれる。その長く尾を引く絶叫が掠れて消える頃合を見計らい、クリシーヌは一気に敏感な秘所の肉を引き千切った。
「グギャギャギャギャギャギャギャギャアアアアアアアアアァッ!!」
 再び響く、凄絶な絶叫。ぱくぱくと口を開け閉めし、泡を吹いてバドが悶絶する。だが、ゆっくりと気を失っているような贅沢は彼女には許されない。すぐに気付け薬を嗅がされ、意識を覚醒させられてしまう。ひくっ、ひくっと全身を痙攣させているバドの足や胸、腕といった辺りに更にペンチが伸び、肉をむしり取っていく。
「ギャアアアアァッ! ヒギャアアアアアッ! グギャアアアアアァッ! ギヒイイイィッ!」
 バドが絶叫し、身悶える。笑いながらクリシーヌがバドの口元にペンチを伸ばし、下唇を挟み込んだ。唇をつままれてくぐもった悲鳴を上げるバド。そして、ぶちぶちぶちっと下唇がまとめて引き千切られる。だらだらと流れる血を撒き散らし、激しく首を振ってバドが絶叫する。
 ペンチの熱が冷めてくると新しいペンチに替え、クリシーヌがあちこちの肉をむしり取っていく。バドの幼い身体に刻み込まれた無残な傷が百を越えた頃、ミレニアが軽く片手を上げた。全身の肉をまんべんなくむしり取られた無惨な姿となり、切れ切れの息を吐いて全身を襲う激痛に身悶えているバドを残し、クリシーヌが処刑台の上から降りる。入れ代わりに、屈強な体格をした下男が二人処刑台の上に登り、台に突き刺さっていた十字架を引き抜いた。台の上に十字架を横たえ、巨大なハンマーを構える。
「ひゃ、ひゃにを、ひゅるの……?」
 唇をむしり取られたせいで不明瞭な言葉で、バドが不安そうにそう問いかける。無言のまま下男がハンマーを振り上げ、振り降ろした。メキッという音が響き、ハンマーを振り降ろされたバドの右腕の骨が砕ける。一瞬の間を置き、バドが絶叫を上げた。
「ギャアアアアアアアァッ!!」
 激痛に身悶えるバドの左腕に、ハンマーが振り降ろされる。骨が砕け、バドが更に絶叫する。そろえてある二本の足へもハンマーが振り降ろされ、まとめて脛の骨を砕く。
「ギャアアアアアアアアァッ! 腕っ、足っ、おいらの……ギヒャアアアアアアァッ!」
 身悶えるバドの右腕に、再びハンマーが振り降ろされる。次いで左腕、両足、また右腕、と、次々にハンマーが振り降ろされ、メキッ、グシャッ、バキィッと骨が砕かれ、肉が漬れる。ハンマーが振り降ろされるたびに民衆から歓声が上がった。
 左右の腕と足にそれぞれ十回ずつハンマーが振り降ろされ、骨が粉々になる。肉も漬れ、皮が裂け、人間の手足というよりは肉の塊から白いものが所々顔を覗かせているという無残な状態になった所で下男たちは再び十字架を元通りに立てた。激痛に半ば意識を失い、弱々しく呻いているバドの両手首を縛る縄をほどくと、下男たちはぐちゃぐちゃになったバドの腕を掴んでぐいっと引いた。
「ヒギャアアアアアアアァッ!?」
 バドの絶叫が響き、釘を打たれた掌が裂ける。無残に裂けた掌から鮮血が滴り、激しくバドが首を左右に振る。そんな彼女の苦悶を意にも介さず、下男たちは骨が砕け、ぐにゃぐにゃになったバドの腕をぐるぐると十字架の横木に巻きつけた。骨の砕けた腕をいじられる激痛にバドが泣きわめく。
「痛いっ、痛い痛い痛いぃっ! やめてっ、やめてぇっ! キャアアアアアアァッ!」
 二重に横木に腕を巻きつけられ、手首の辺りに釘を打って固定されたバド。更に足首を斧で切断され、十字架の縦の棒にぐるぐると巻きつけられる。当然とんでもない激痛が走り、バドが泣きわめくが、その姿に民衆からは歓声と笑い声が湧き上がった。
「イヤアアアアアァッ、イヤッ、イヤイヤイヤァッ!! 殺してっ、殺してよぉっ!」
 乱暴に紐で足を固定されたバドが泣きわめく。足首の傷に焼けた鉄の板が押し当てられ、焼き焦がされる。半狂乱になって身悶えるバドの鳩尾の辺りに、太く長い釘が当てられた。
「グギャアッ!」
 がんっと釘の頭を木槌で打たれ、バドが悲鳴を上げる。ガンッ、ガンッと木槌が振るわれ、バドの腹を釘が貫いていく。激しい痛みが走るが、釘によって傷が押さえられるから出血は少なく、腹の傷というのはえぐって大量に出血させるか、あるいは空気を送り込むかしない限りはすぐに死には至らないものだから、これでもまだバドの命の火は燃え尽きない。
「ギャウッ! ウギャッ! ギヒィッ! ヒギャッ! アギイィッ!」
 釘を打ち込まれるたびにびくんびくんっと頭をのけぞらし、バドが身悶える。釘の頭が十字架の縦の棒に達し、ごぶっとバドが少し血を吐いた。
「ひあ……あううう……ごほごほっ。う、ううあ……」
 下男たちが処刑台の下に積まれていた薪をバドの足元に積み上げる。弱々しく呻いているバドの膝の辺りまで薪が積み上げられ、そこに火が投じられた。
「うあっ、あ、あああっ! 熱いっ、いやっ、火、火が、きゃあああああぁっ!」
 よく乾燥させてあった薪は、ほとんど煙を上げずに燃え上がる。普通の火あぶりであれば全身を覆った状態で火が付けられるからすぐに煙のために窒息、失神するから苦痛は長引かないが、この状態では文字通りの意味で生きながら焼かれることになる。
「イヤアアアアアァッ! 火が、火が来てるっ! いやあああぁっ、熱いっ、熱いよぉっ! ヒイイッ、ああっ、燃えてるっ、足がっ、燃えてるよぉっ! ギャアアアアアアアァッ! 熱いいぃっ!!」
 ぱちぱちと勢いよく薪が燃え上がる。炎が胸元を過ぎ、顔の辺りをあぶるようになり始めた辺りでミレニアが手を上げて合図を送った。下男たちが火掻き棒を用いて薪を少し崩し、炎の高さを低くする。
「ギャアアアアアアァッ! イヤッ、燃えてるっ! ヒイイィィッ! 火がっ、ああっ、足がっ、足が燃えてるっ! ギャアアアアアアァッ! 熱いっ、いやっ、助けてっ、誰かっ。ギャアアアアアアァッ!」
 そのまま放っておけば顔の辺りまで達した火がバドの命を奪うか、少なくとも失神させていただろうに、薪の山を崩したせいで炎が燃やしているのはバドのせいぜい腹から胸にかけてぐらいだ。煙もたいして上がらないから窒息して失神も出来ず、悲痛な悲鳴を上げてバドが激しく頭を振り、身悶える。普通の火あぶりよりもはるかに凄惨な光景に、民衆の間からどよめきと歓声が上がる。
「ギャアアアアアァッ! 熱いっ、火、火がっ、イヤアアアアアァッ、ギャアアアアアアァッ! 燃えてるっ、ギャアアアアアァッ! おいらの、身体っ、燃えてるよぉっ! ギャアアアアアアアァッ! 熱い、熱い熱いぃっ、ヒギャアアアアァッ!!」
 炎がバドの身体に燃え移り、じわじわと燃え広がっていく。胸や腕に炎を衣装のようにまとい、腹から下を薪の燃える炎で覆われ、悲痛な絶叫を上げてバドが身悶える。足を縛っていたロープが焼き切れ、彼女の足が自由になるが、既に骨を粉々に砕かれた足は思うようには動かない。それでも足を懸命にばたつかせ、炎をあげる薪を蹶って少しでも炎を遠ざけようと無駄な足掻きを繰り返す。
「ギヒイイィッ! 酷いっ、ああっ、熱いっ、お願いっ、ギャアアアァッ! 苦しいっ、ああっ、熱いぃぃっ! ギャアアアアアアァッ! 殺し、あああっ、火がっ、来てるっ、ギャアアアアアアアァッ!」
 バドの必死の努力に、僅かに遠ざかった炎だが、ミレニアが軽く片手をあげて合図をすると下男たちの火掻き棒で薪が寄せられた。炎が高く燃え上がっていったんバドの頭の上まで包み込む。ひときわ大きな絶叫が上がり、バドが全身をくねらせて身悶える。そのままであれば遠からずバドは焼死するか意識を失うか出来ただろうが、僅かな間を置いて再び薪は遠ざけられてしまった。髪の毛に炎が燃え移り、半狂乱になって頭を振り立てるバドの姿が民衆の目にさらされる。身悶えるバドの腕や胸が完全に燃え上がっているのを見て取ったミレニアが下男たちに更に合図を送り、完全に薪を取り去らせた。
「いやっ、殺してっ、早く殺してっ! 熱いっ、苦しいっ、うああっ、燃えてるんだよっ! おいらの身体がっ、ギイイイッ、燃えてるっ! ウアアアアアァッ!」
 全身に炎を衣服のようにまとい、バドが絶叫する。民衆が固唾を飲んで見守る中、しばらく燃えながら悲鳴を上げつづけていたバドだが、やがて炎が消え、がくっとうなだれる。全身が黒焦げになった無残な姿だ。死んだか、と、民衆が見守る中、クリシーヌが処刑台の上に上がってバドのチリチリになった髪を掴んであおむかせる。炎で焼かれて目も漬れ、顔も焼けただれた無残な状態だが、弱々しい呻きが彼女の口からは漏れた。
「あら、しぶといですわね。まだ息があるようですわ、御主人様」
「では、もう一度薪を積んで焼いてください」
 クリシーヌの言葉に、事もなげにミレニアがそう応じる。再び薪が積まれ、火が付けられた。勢いよく燃え上がった炎が、バドの全身を包み込んだ。
「ギャアアアアアアアアアアアァァ……」
 長く尾を引く断末魔の絶叫が炎の中から響き渡る。炎の中でしばらく影が悶えていたが、それもやがて止まり、炎が自然に消えた跡には炭と化したバドの死体が残された。
「やっぱり、後味が悪いですね……」
 小さくそう呟くと、ミレニアは席を立った……。
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