水責め


 水を利用した拷問は、火を利用したものと並んで古くから見られる。身体に傷を付けることが少なく、その割に与える苦痛の度合は大きいのが特徴。
 しかし、その効果の割には実際の拷問の場で行われることは少なかったようだ。犠牲者が悲鳴を上げることがなく、見た目が地味なのが好まれなかったのかもしれない。むしろ、自然の力で罪を浄化するという思想から来る刑罰としての利用例が多い。

拷問編:
1)漬ける
 最も原始的な水責め。川の上に張り出した木の枝にロープを引っ掻け、犠牲者を吊るすというのが原形と言われる。時代が下るにつれて滑車や櫓などを使用したり、水槽や樽に沈めたりと言ったバリエーションが出てくるが、頭を水の中に沈めることで呼吸を出来なくさせ、犠牲者を苦しめるという基本は変わらない。窒息系の拷問であるため、犠牲者は窒息の苦しみに加え、死の恐怖を何度も味わう事になる。
 一見大量の水が必要なように思えるが、呼吸を阻害すると言う目的には洗面器一杯程度の水で充分である。拘束した相手の頭を押さえ、洗面器やバケツの水の中に顔を漬ける、引きあげるを繰り返すだけでもほぼ同様の効果を得られる。
 しかし、実際の拷問の場では用いられることが少なく、刑罰として行われることの方が多い。

2)飲ませる
 拷問として水責めを行う場合、どちらかといえばこちらが主流の方法。口をこじ開け、漏斗などを使って大量の水を飲ませるだけの単純な責めだが、効果は高い。水を飲み込む速度を遅くするため、頭を身体より下げた状態で飲ませることが多い。木馬と呼ばれる専用の器具も有るが、斜めに傾けた台などに拘束するだけでももちろんかまわない。
 水を飲まされている間は当然息が出来ず、犠牲者は窒息寸前まで追い詰められる。また、人間の胃は水を吸収することが出来ないため、大量の水を飲まされると胃が膨れ上がり、他の内臓を圧迫するために苦痛を感じるようになる。ある程度の量を飲ませ、腹が膨れてきたら今度は腹を押す、叩く、踏むなどして水を吐かせることで更なる苦痛を与えることが可能。
 主にヨーロッパを中心として行われていたらしく、拷問を規定した法律の中にも水責めの項が見られる。重大な罪を犯した人間に対してのみ行われたらしいが、実際の使用例は少ない部類。
 結び目を作った布を水と共に飲み込ませる場合もあり、これをやられるとまず布が喉を塞ぐためにより窒息の苦しみが大きくなる。更に、布を強引に引きずり出す時に喉の粘膜を傷つけられ、かなりの量の出血を見る。このため、引きずり出された布は血で真っ赤に染まり、内臓を引きずり出したかのように見えるという。もっとも、水責め本来の(窒息による苦しみを与えるという)形からはやや外れるかもしれない。

3)浴びせる
 西洋では口に漏斗をねじ込み、直接水を飲ませる方法が主流だが、東洋では顔に布を被せておいてそこに水を注ぐ方法が主流。水を飲み込みにくくするために頭を下げた状態で行うのは共通している。西洋の木馬のような専用の器具は特に見られず、はしごに縛りつけて頭を下にして立てかける、などの方法が用いられることが多い。
 濡れた布が顔に張りつき、鼻や口を塞ぐために水を注がれていない間も呼吸は困難になる。そのため、犠牲者はまともに息を整えることも出来ず、浴びせられる水をまともに吸い込むことになる。
 この方法の場合、注がれた水の半分程度は口に入らず流れてしまうため、漏斗を用いて直接飲ませる方法よりは飲む水の量は少なくなる。その点では水に漬ける方法と直接飲ませる方法との中間的な性格を持つ責めだが、呼吸を妨げるという観点からするともっとも効果的。他の二つの方法は完全に呼吸の出来ない状態と普通に呼吸の出来る状態を交互に与えるが、この方法の場合、水を注がれていない時間も濡れた布のために呼吸は妨げられているため、犠牲者は満足に息を整えることが出来ない。ただし、他の二つの方法でも長時間に渡って息を止めたことにより必然的に起きる呼吸の乱れを利用し、犠牲者に満足に息を整える暇を与えないようにすることが多く、やや優れているといった程度の差でしかないが。
 布を使わず、直接顔に水を浴びせたり、口元に水を注ぐ場合もある。この場合、責めの効果は当然低くなるが、苦悶に歪む犠牲者の表情を観察できるのが利点(?)か。もっとも、この場合飲ませる場合との差違が明確ではなくなる。-->小文

(参考)水以外のものを使う
 基本的には、水責めでは普通の水を使用して責めを行う。ただし、場合によっては他の液体が使用されることも有った。
 飲ませる責めの場合、石鹸水や塩水、酢などを使用する事も多い。普通の水よりも当然飲みにくく、場合によっては身体に変調をきたす。薄めた酸やアルカリを使う場合も有るが、死に至る危険も有るため希である。
 浴びせる、または沈める責めの場合、泥や糞尿を使用する場合もある。泥でも喉に詰まり、非常な苦しみを与えるが、糞尿を使用する場合はその効果に加えて精神的な衝撃も大きい。状況次第では、『糞を食わせるぞ』と脅すだけで屈辱や恐怖によって自白に至る場合すらある。ただし、糞尿責めの場合、腐敗菌によって身体を壊すことが多く、そのまま死に至ることも珍しくないため責めとしての確実性には欠ける。

処刑編:
1)溺死刑
 全身を水に漬けることで溺死させるという処刑方は、世界中で見られる。手足を縛って川に放り込むというのが基本で、後に袋に詰める(この場合、一緒に犬などを袋に詰めることが多い)、箱の中に閉じ込めて川に流すなどのバリエーションが生まれた。日本の遊郭で行われていた私刑の『簾巻き』もこの処刑法の一種である。
 この場合、水に沈める(あるいは流す)ことで罪を清めるという宗教儀式的な側面を持っており、当初は一定の距離を流れれば例え他人に引き上げられたり岸に打ち上げられたりして息を吹き返したとしても、罪は償われたとみなされて無罪になった。しかし、時代が下るに連れてそのような特例はなくなり、確実な死刑に変化していくことになる。そのため、中世以降では罪人が浮かび上がれないように鎖を身体に巻いたり重りを付けて沈めたりするようになり、更に運良く岸などに打ち上げられてもすぐにまた川の中に沈められるようになった。

2)懲罰としての水刑
 軽い罪に対しても水責めが刑罰として行われる。西洋では天秤を利用した水責め椅子は基本的な刑具であり、些細な罪を犯した場合、広場で鞭打ちを受けるか川辺で水責め椅子によって水に沈められるかするのが普通であった。アメリカの例だが、川辺に有るにもかかわらず水責め椅子の設備を欠くという理由で州から罰金刑を言い渡された街すらある。
 また、日本の遊郭でも足抜けを試みた遊女や悪質な客に対して水責めが行われることは良くあったようだ。こちらは沈めるのではなく顔に桶で何度も水を浴びせるという物だが、いずれにせよ、身体に大きな傷を付けることなく、ひどい苦しみを与えられる水責めは軽い懲罰にはもってこいの責めだったのだろう。

3)水牢
 腰程度の高さに水を張り、そこに犠牲者を立たせておくというもの。部屋そのものに水を満たしてしまう場合と、地面や床を堀下げ、周囲を柵などで囲って犠牲者が逃げられないようにする場合がある。
 本来は延々と立ちつづけていなければならないことによる肉体的疲労で苦しめるというもので、窒息形の責めではない。この状態では眠ることが困難(腰を降ろしたりねそべったりすれば溺れてしまうため、立ったまま寝る必要がある)なため、不眠拷問の項に分類するべきか?
 しかし、水を利用していること、長時間に及ぶと水で身体がふやけ、時には肌が破れたり腐ったりすることが有ること、水に体温を奪われてそのまま死に至ることも有るなどの理由でここに分類しておく。
 有名なロンドン塔は、潮の満ち引きによって塔内に水が流れ込み、自然と水牢のような状況になったという。日本では、主に年貢を収めない農民に対し、家族を水牢に入れることで早期に年貢を収めるよう強要するといった使用法が主だったようだ。

(特殊)水の審判
 水は不浄な存在を拒むという信仰から生まれた、魔女の判別方の一つ。魔女の疑いをかけられた人間を水に沈め、浮くかどうかで判定する。
 しかし、浮かび上がれば『水に拒まれた』=『魔女』として火刑を宣告され、浮かび上がらなければそのまま溺死するわけだから、事実上の死刑宣告といえる。

(特殊)盟神探湯(くがたち)
 古代日本での名称だが、古代社会においては同様の行為が広く行われていたと思われる。
 神明裁判と呼ばれる、人知を越えた存在に善悪正邪の判断を委ねる方法の一つで、煮えたった熱湯に手を突っ込ませ、負った火傷の酷さで善悪を計る。正しい者はまったく火傷をしないかしても軽くて済み、悪事を働いた者は酷い火傷を負うとされた。数日待って、火傷が化膿するかどうかで判定する場合も有る。水を利用するために一応ここで紹介するが、火責めの一種と考えるべきかもしれない。

(特殊)水磔
 江戸時代にキリシタン弾圧のために考案された処刑。海の中に立てた磔台に逆さに拘束する。頭が水に漬かる高さに調整しておけば、後は放置するだけでいい。
 この処刑の特徴としては、犠牲者がなかなか死ねない所に有る。潮の満ち引きや波によって犠牲者の顔は水に漬かったり出たりを繰り返すため、なかなか窒息しない。また、海水によって顔が洗われるため、しばらく立つと顔一面に塩を吹いたようになってそれが犠牲者を更に苦しめる。更に犠牲者は必然的に水を飲み込むことになるため、海水を飲んだことによる乾きが犠牲者を苦しめる効果も追加される。ゆっくりと死を迎えることになる犠牲者たちの呻きを風に乗せて響かせ、他の者への威圧効果を狙った処刑であり、非常によく出来ている。