私がその街を訪れたのは、ようやく冬の寒さが柔らぎ、川の水もややぬるんできた時期だった。元々何か目的があっての旅ではない。足の向くまま、その日その日を適当に過している。だから、私がその街を訪れたのがちょうど「祭」の日であったのは僥倖だったのかも知れない。
 その街--故あって名前は伏せるが--は、特に特徴のない、ごく平凡な街のように思えた。正直、朝早くに城門をくぐった時には落胆を憶えたものだ。これは、面白い体験が出来そうもないな、と。
 幸いなことに、その予想は外れた。聞けば、この街では死刑囚を一月に一度、まとめて公開で処刑する習慣があるらしい。たまたま、私がこの街を訪れたのがその処刑日だったのだ。しかも、街の人間の話によれば、今回の処刑はいつになくバラエティに富んでいたという。
 それが真実なのかどうか、確かめる術は私にはなかったが--流石に、一月後の処刑日までこの一つの街に留まることは出来なかった--いずれにせよ、その時に見たもの、聞いたものを記録しておくことは、私の一種崇高とも言える義務であると確信している。

 まず、街の中央広場に設置された鞭打ちの用の柱に二人の男が繋がれた。本来ならば昨日のうちに処罰は済まされるハズだったが、今日という日の幕開けの供物代りということで一日延期されたらしい。
 頬に傷のある、いかにも、といった風情の男が鞭を受ける度に身も世もない悲鳴を上げるのは、まぁ、それなりに面白い見物ではあった。そのだらしなさにクスクスと人々は笑いを交わしあっていた 。

 前座の鞭打ちが終ると、人々は郊外へと移動を始めた。話によると、最初の処刑は酒場で酔って三人の男を殴り殺した大男を車刑に処すらしい。謀殺ではなく、酔った勢いというのであれば死罪にしても斬首か絞首刑あたりが適切な ように思えるが、どうも普段から粗暴なふるまいで周囲の人間に嫌われていたのが原因のようだ。また、今までにも何度か傷害で罰を受けていたにもかかわらず、また今回のような事件を起したため、司直も容赦する気にはなれなかったのかもしれない。
 郊外の、少し開けた場所が処刑場だった。既に巨大な車輪は用意されている。護送用の馬車によって運ばれてきたのは、誇張でなしに見上げんばかりの大男であった。筋肉の発達も並ではなく、なるほどこれならば男三人を酔った勢いで殴り殺すというのも不可能ではないだろうと思われた。
 芋虫のように縛り上げられた大男の体が車輪の上に横たえられた。五人がかりでその体を抑えつけ、四肢を広げた状態で車輪に結びつける。大男が暴れるたびにギシギシと縄が軋んだ。念のためにと縄がもう一重に結びつけられる。
 車輪の上に縛り付けられた大男が口汚なく周囲の人間を罵しる。恐らくはここの教会の司教と思われる老人が、手に聖書を持ち何ごとかを大男に囁きかける。それに対して喚き声で大男はこたえた。少しは殊勝な態度を取ってみせればいいだろうに、などと意味のないことを考えてしまう。
 やがて、鉄仮面を被った処刑人が
大きなハンマーを持って進みでた。ゆっくりと群衆の方を振り返り、司教が両手を広げる。
「刑を執行する!」
 わぁっと歓声が上った。それに合せるように処刑人がハンマーを振り下した。グシャっと言う骨と肉の潰れ、砕ける音を聞いたように思えるが、冷静に考えれば幻聴であろう。だが、大男の上げた凄絶な悲鳴は、紛れもなく本物だった。
 無表情に--無論、鉄仮面を被っているから本当の表情は分らないのだが、そう思える無雑作さで--処刑人がハンマーを振り上げる。再びハンマーが振り下されると、今度は左腕が叩き潰された。ばっと血が飛び散る。
「グギャァァァァァ」
 長く尾を引く大男の悲鳴が終らない内に、素早く位置を移動した処刑人が右足の脛の辺りへとハンマーを振り下す。メキィ、と、足が奇妙な方向に捻じ曲った。皮膚を突き破って白い骨が飛びだす。
「グ、ギャ、ア、ア・・・・」
 断末魔にも似た悲鳴を大男が上げた。流石に女性の中には顔を背ける者も多い。だが、私の目は吸い寄せられるように大男へと注がれていた。
 ぴくぴくと四肢を砕かれた大男が痙攣している。ゆっくりと最初の立ち位置に戻ってくると、処刑人が再びハンマーを振り上げた。
「や、やめ・・・ギャァッ」
 ビクンと大男の体が跳ねた。さっき砕かれたのは二の腕だが、今度は上腕部にハンマーが振り降ろされたらしい。肘と合せて三個所で腕が折れ曲っている。ゆっくりと位置を変えると同じように左腕も打ち砕き、右足の太もも、左足の太ももへも同じようにハンマーによって打ち砕かれた。四肢を血に染め、声にならない悲鳴を上げながら大男がのたうっている。
「慈悲の一撃を」
 司教の言葉に、処刑人は頷くとハンマーを振り上げた。ゴッと鈍い音を立てて厚い胸板へと鋼鉄のハンマーが振り下される。ゴボっと大男の口から大量の血液が吐き出された。背筋の寒くなるような呻き声を上げ、半ば以上肉塊と化した大男が車輪の上で死と対面していた。
 だが、大男の苦痛はまだ終らない。四肢を打ち砕かれ、胸へとハンマーを振り降ろされても、なお彼の生命力は彼を生かしていた。処刑人も、息の根を止めることのないように手加減している。
 大男を載せたまま、車輪が棒の先に取りつけられる。滑車を利用して、処刑人たちがその柱を台の上へと突きたてた。地面と車輪が平行になり、大男はあちこちの骨を叩き潰された無惨な状態で太陽に晒されている。こうして、彼の息が止まり、完全に腐り落ちるまでそのままに放置されるのだ。この辺りはどうも鳥も多いようだから、彼らの格好の餌となるのかも知れないが。
 続いて、舞台は少し離れた場所へと移された。もう、大男の呻き声は聞こえてこない。
「次に、
獣姦の罪を犯した男の処刑を取り行う」
 厳かとも言える口調と態度で司教がそう告げた。彼の背後には人が二人か三人は入れそうに思える金属製の牡牛の像が置かれていた。今まであちこちを旅してきた私だが、それは初めて目にする器具だった。
「罪人をこれへ」
 司教の言葉に、処刑人が二人、護送車へと入りこむ。中から線の細そうな若者と、そして顔をベールで覆った同じくらいの年齢の女性が引き出される。二人とも後ろ手に固くいましめられていた。
 若者の首には十字架が掛けられているが、女の方にはそれがない。どうやら、イスラム教徒らしい。唯一にして絶対の父なる神を崇めず、イエス・キリストの御名を讃えようともしない忌むべき異教徒だ。
 群衆も、思いは私と同じだったのだろう。口々に若者を罵しり、中には足元の石を拾って投げつけるものもいる。処刑人たちも、それを咎めようとはしなかった。尖った石が若者の額に当たり、血を滴らせる。
「忌むべき異教徒とこの者は神聖なる婚姻を結び、肉の交わりを持った。その罪は非常に重い。よって、牡牛による処刑を取り行う!」
 司教の言葉に、わぁっと歓声が上った。だが、今度の歓声には好奇心というスパイスが混ぜられている。どうやら、あそこにおかれた器具の使い方を知らないのは私も街の人々も同じらしい。
 処刑人が牡牛の脇腹の辺りに手をかけ、何やら操作をした。すると、ぱかっとその部分が持ち上がった。どうやら中は空洞になっているらしい。だが、そこには針のようなものは見あたらない。ただ閉じ込め、餓死させるための器具なのだろうか?
 処刑人によって若者と女、二人が牡牛の中へと押し込められる。ばたんと音を立てて蓋が閉められた。中で体をくねらせてでもいるのか、ごとごとと鈍い音がしている。妙にくぐもって聞こえるのは、中で何かを叫んでいる声なのだろうか?
 処刑人が火の付いた松明を牡牛の腹の下へと差し込んだ。その途端、ごぉっと音を立てて盛大な炎が燃え上がった。ここからではよく見えなかったのだが、牡牛の腹の下には大量の薪と藁が積まれていたらしい。パチパチと火の粉を上げて真紅の炎が金属製の牡牛を包みこんだ。
 じっと、人々が声もなく見守っている。私とてその例外ではなかった。あれは中に人を入れ、炎によって焼き殺すための器具だったのだ。だが、それならば何故、わざわざ精緻な牛の形にしたのだろうか? 単なる円筒でも問題はないだろうに、と、私の頭の中の妙に冷静な部分がそう疑問を浮べた。
「ォ・・・ォォ・・・オォォォ・・・」
 と、僅かにくぐもった響きが周囲の空気を震わせた。
「ォォオ・・・ゥオオォゥオーー!」
 恐らく、中で灼熱地獄によって焼かれている二人の悲鳴なのだろう。だが、それは内部で複雑に反響しあい、まるで牡牛の鳴き声のような奇怪な声へと変化していた。最初は微かに--それこそ、炎の爆ぜる音に掻き消されてしまいそうに微かに--響いていた声が、徐々にその音量を増していき、やがては吠えているかのような大音量に変った。中で二人の人間が死にものぐるいで暴れているせいか、ごとごとと牡牛が揺れる。それがまた、身を震わせ、高らかに吠えている牡牛を連想させるのだ。
「オオー! ゥオオオオォーー! オオ・・・ォォォ・・・ォ」
 やがて、吠え声も徐々に力をなくしていった。それに合わせたかのように火勢も弱まっていく。完全に火が収まった後で鉄の棒を使って処刑人が牡牛の腹を開けた。鈎になった棒で中からついさっきまで若者だった物体と女だった物体を引きずり出した。どちらも皮膚は総べて剥がれ落ち、肉も無惨に焼け爛れている。火刑と違って死体が直接火に炙られるのではなく、焼けた鉄板によって焼かれたせいだろう。きちんと全身のパーツの判別が付くだけにかえって凄惨な雰囲気を持っていた。

 さて、それに続いて、舞台は郊外の処刑場へと移された、ここでは絞首刑と斬首という、代表的な処刑が行われることになっている。人々の作る人垣の間を、囚人を乗せた馬車がゆっくりと処刑台の方へと移動していった。
「姦通の罪を犯した不埓な女を、法の定めるところにより、斬首に処す」
 司教の宣言と共に、二人の青年が壇上へと上った。他の処刑とは異なり、斬首は名誉ある処刑である。下賎な拷問吏などではなく、腕のたつ首斬り役人がこの大役を果たすのだ。
 群衆の歓呼の声に、青年たちが軽く片手を上げて答えた。その表情には緊張の色が浮かんでいる。成功すれば名声が、失敗すれば汚名が、彼等を待っているのだから、それも当然だろう。
 拷問吏が二人がかりで馬車のなかから女をひきずりだした。年のころなら15か6、俯いているせいで分りにくいが、なかなかの美少女だ。もっとも、恥知らずにも姦通の罪を犯しているのだから、外面がいかに美しくとも何の意味もないが。
 既に恐怖のために失神しかけているのか、二人の拷問吏たちにひきずられるようにして彼女--後で街の人間から聞いたところ、アンナとかいう名前らしい--が処刑台の上に引き上げられる。目を閉じ、唇にも血の気がなく、肌の色も真っ白になっていた。
 抵抗らしい抵抗もせず、石の台の上に彼女の頭が乗せられた。襟元を引き下げ、髪を肩の方に回して首筋を表わにする。斬首用の剣を手に、やや年上に見える青年が彼女の横へと歩み寄った。群衆に向けて一回剣をかざし、横たえられた少女の方へと向き直る。
 シーン、と、周囲が静まりかえった。一撃で首を落とすことは、至難の技。だが、それが出来るからこそ首斬り役人なのである。期待の籠った視線を一身に浴び、青年がすうっと息を吸った。
「ヤァァァッ!」
 気合と共に剣を振り下す。ガッという鋼と石の噛み合う音が響き、ころんと少女の首が転がった。既に完全に頭から血が引いていたせいか、胴体からはあまり血が出ず、それがやや不満と言えなくもなかったが、それはもちろん首斬り役人の責任ではない。転がった首を掴み、高々とかかげた青年に向かい、群衆から惜しみない拍手と賛辞が投げかけられた。興奮に頬を紅潮させながら、青年がそれにこたえている。

 賛辞によって青年が送られた後、二人目の罪人が処刑台の上へと引きずりあげられた。今度は一人目とは異なり、両腕を拷問吏に掴まれながら懸命に抵抗している。辟易したように拷問吏たちは壇上へと彼女を引きずりあげた。後ろ手に縛られた少女の体が、芋虫のように台の上へと転がされる。
「イヤー、イヤー、死にたくないーー!」
 泣き喚く少女の体を拷問吏たちが押える。長い髪をひとまとめにして肩へと回し、白い首筋を表わにした。緊張にややふらつきながら、まだ若い首斬り役人が彼女の横に立つ。
 すっと目を閉じ、何度か深呼吸すると彼は剣を振り上げた。その瞬間、一陣の突風が砂を舞い上げる。その風に煽られて、下へと流されていた少女の髪がちょうど首筋を覆うような形に舞い上った。
 あっと、首斬り役人が叫びを上げた。振り下された剣はざくっと髪を切り裂き、確かに少女の首筋へと食いこんだ。だが、
髪の毛によって削がれた勢いでは首を切断できない。
「ギャァッ」
 元々の狙いも甘かったのか、肩に近い辺りへと刃が食い込んでいる。ぴゅーっと吹きだした血が剣を手にした青年の手にかかった。痛みにのたうつ少女が拷問吏の手をはねとばし、木製の舞台のうえを転げまわる。
「痛いー、痛いー、痛いーー」
「おい、押さえろ!」
 拷問吏たちが慌てて少女を押さえ付ける。動揺しきった表情で青年が再び少女へと剣を振り下した。だが、痛みにじたばたと頭を振っているためにうまく狙いが付けられず、最初の一撃ともまた少しずれた場所へと剣は食いこんだ。もちろん、少女の首はまだ切断されてはいない。
「ギャッ。イヤー、痛いのイヤー」
 少女が泣き喚く。慌てて振り下された剣が、また角度が悪くて切断には至らない。首の後ろを膾のように切り刻まれて少女が苦痛にのたうちまわる。
「殺してー。もう、殺してー。ギャンッ」
 血と涙とで顔をべたべたにしながら少女が叫ぶ。四回目の斬撃も徒らに少女に苦痛を与えただけだった。
 拷問吏たちが目くばせをしあう。一人がぐっと少女の頭を固定した。他の一人が少女の胴体に馬乗りになって押さえこみつつ、青年の持っている剣のきっさきを石の上に置いた。刃が固定された少女の首に当る。
 ぐっと、青年が柄に体重を掛けた。剣の先は鉄の小手を付けた拷問吏が石の上に押さえこんでいる。テコの原理で少女の首がようやく胴体から切り離された。
「馬鹿野郎!」「このヘタクソ!」「死んじまえぇ--!」
 群衆が罵しりながら石を投げる。ほうほうのていで青年は馬車の中へと逃げ込んだ。私も、罵しりこそしなかったが大いに不満であった。一世一代の見せ場でやりそこなうとは、失態というのもおこがましい。
 最後の魔女の火刑は、目新しいものではなかった。だが、それでいいのである。魔女を焼くには作法があり、それを忠実に守ることこそが正しいのだから。それ故、私の見る限りではほぼ完璧であったことを記して筆を置くことにする。
 いずれまた、新たなる物語で会えることを楽しみにしつつ・・・。
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All writen by 香月