私が、気ままな旅の途中でその街を訪れたのは、もう春も半ばを過ぎた頃であった。正直いって、私はこの街の領主があまり好きではない。
 理由の一つは、女好きであることである。無論、領主たるもの後継者を設ける義務を負うのだから、女嫌いでは困るが、正式に認められた妻以外にも何人もの妾を囲っているというのはいただけない。本来ならば姦淫の罪に触れるところなのに、領主の地位と権力を使って教会に黙認させているというのだから尚更である。
 そして、それよりも大きな理由に、残酷趣味だというのがあげられる。確かに私は、各地を回っていろいろな拷問や処刑の様子を克明に記している。また、その様子を多少の脚色を加えて話すことで、路銀を稼ぐようなこともしている。その過程で、残酷な拷問・処刑を楽しんでいる部分がないとまでは言わない。大多数の人間と同様、私にとっても罪人に対する拷問や処刑は娯楽の対象の一つであるのだから。
 けれど、それはあくまでも罪を犯した人間を対象にした場合の話である。無実の人間に冤罪をきせ、嬲り殺しにするような行為は決して私の趣味ではない。ましてや、無理矢理妾にした人間を、ちょっと容色が衰えたからといってありもしない罪を着せ、拷問にかけるなど言語道断である。
 とはいうものの、どんなに性格に問題があろうと領主は領主であるし、向こうは私のことを気にいっているらしく屋敷に招待された以上は、挨拶に行かないわけにもいかない。私が彼に話した拷問や処刑を、実際に彼が無実の人間を相手に試しているという噂もあるので正直気が重いのだが、従者の少年を連れて私は領主の館を訪れた。
「いやいやいや、お久しぶりですな、先生」
 妙に陽気な表情と口調で領主が私を迎えた。内心げんなりとしながらも、愛想笑いを浮かべて差し出された手を握り返す。
「御無沙汰しております」
「本日は、面白い趣向を用意しましたのでね。先生にもお楽しみいただけると思いますよ」
 満面に笑みを浮かべて領主がそう言う。私は、観察者・記録者として行動しているのであり、別に拷問を楽しんでいるわけではない、と、そう反論したかったが、彼の気分を害すると最悪こちらの命が無い。曖昧な笑みを浮かべつつ、それは楽しみですな、などと心にもない答えを返す。
 先に立って、地下室への階段を降りていく領主の後に従いながら、私と従者はそっと顔を見合わせ、溜息をかわした。

 地下室の先客は、全部で三人だった。一人は、以前にも見たことのあるこの屋敷の使用人で、屈強な大男である。上半身は裸で、発達した筋肉をこれでもかといわんばかりに誇示している。使用人、と言っても、日常の雑用などには一切関わらず、領主の趣味の手伝いをするだけのいわば私的な拷問吏、もしくは処刑人である。
 残る二人が、今回の犠牲者なのだろう。一人は、まだ顔にそばかすの残る十代前半の赤毛の少女、もう一人は、その少女と顔だちの似通ったやはり赤毛の二十歳前後の女性だった。少し年の離れた姉妹か、従姉妹といった辺りか。まぁ、他人の空似なのかもしれないが。
 二人とも、当然と言うべきなのか一糸まとわぬ裸である。少女の方は恥ずかしそうに胸元を両手で覆い隠してしゃがみこみ、逆に女性の方はそんな少女を庇うように毅然と胸を張っている。
「客人も見えられたことだし、始めるとしようか」
 深々と椅子に腰掛けながら、愉悦の笑みを満面に浮かべて領主がそう言う。頷いて、大男がまず女性の方に手を伸ばした。その手を、バシッと振り払って女性が領主を睨みつける。
「待ってください! 私たちが一体、どんな罪を犯したというんですか!?」
 やはり、冤罪なのか。内心に苦い思いを抱きながら、私は嫌悪感が顔に出ないように注意を払った。少なくとも、今現在の領主は彼であり、彼の意向を妨げることは誰にも出来ない。将来、彼の行いが問題となって彼が罷免・処刑されるということも充分に考えられることではあるが、だからといってそれで殺された人間が生き返るはずもない。彼女たちの死は、もはや既に確定された未来として受け入れるしかないのだ。
「ほう。領主である私を暗殺しようとした人間が、ずいぶんと偉そうな口をきくではないか」
「暗殺!? そんな! いいがかりです! 私も妹も、そんなことは考えてもいません!」
「ふむ……。つまりは、容疑を否認する、と、そういう訳だな?」
 女性の反論に、むしろ嬉しそうな表情を浮かべて領主は膝の上で両手を組み合わせた。震えている少女--彼女の台詞からすると、やはり妹らしいが--を領主の視線から隠しつつ、きっぱりと女性が頷く。
「ええ、そうです。神に誓って、私たちは潔白です」
「なるほど。では、しかたない。バルボア、まずは取り調べから始めることにしよう」
 領主の言葉に、大男が頷くと女性の肩を掴んだ。ぐるっと彼女の両腕を背中に回し、交差させた両手首を右手でまとめて握る。痛みに顔をしかめる女性へと、不気味なほど優しげな口調で領主が問いかけた。
「被告、シルヴィア。汝は領主を暗殺せんと企んだな?」
「してません! 無実です! い、いやっ、離してっ」
 ずるずると壁の方へと大男に引きずられて行きながら、恐怖に表情を引きつらせて女性が激しく首を左右に振る。彼女が引きずられて行くのは、壁から先端がフォークのようになった金具が飛び出している辺りだ。丁度、胸ぐらいの高さに一本、そして腰ぐらいの高さにもう一本だ。垂直に並んでいるわけではなく、少しずれた位置からそれぞれのフォークは生えている。
「あれは?」
 従者の少年が、小声で私に問いかけてくる。少し記憶を探ってから私はやはり小声で答えた。
「確か、蜘蛛とか呼ばれる拷問道具だ。使い方は……まぁ、見ていろ」
「は、はい」
 微かに声を震わせて少年が頷く。その間に、女性はそのフォークのすぐそばにまで引きずられていた。私たちからだと、丁度横を向くような感じだ。
「暗殺を企んだのだろう?」
「してません! してませんってばっ。い、いやああああああっ」
 ぐいっと左手で女性の背中を押し、壁の方に胸を突き出させるようにしてから大男が彼女の身体を大きく振りまわすように移動させる。鋭いフォークの先端が、彼女の乳房を抉った。
「ひ、ひいいいっ。……うぅ、ひ、非道い……」
 頬を涙で濡らし、女性が呻く。乳房のほぼ半ばまで達する深い傷が三本、くっきりと刻まれていた。がくがくと膝が震え、今にも崩れ落ちそうになっているのだが、屈強な大男に身体を支えられているためにそれも出来ない。
「汝、自らの罪を認めるか?」
 これが、魔女狩りなどで司祭が言うのならば厳かに、などと表現するところだが、明らかに彼女の苦痛に歪む姿を楽しんでますよ、という態度なので威厳はまったくない。ポロポロと涙をこぼしながら、女性が弱々しく首を左右に振る。
「お願い……もうこんなことは止めて……私たちは、無実よ……」
「ふむ。バルボア?」
 領主の言葉に、再び大男が女性の身体をフォークの前で振りまわした。今度は、さっきとは反対方向から当たる形だが、女性の膝が崩れかけているので当たる高さは当然変わる。結果、前回とは違う場所がフォークに抉られ、更に傷を深くした。フォークにちぎれた肉片がこびりついているのがいかにも酸鼻きわまりない。
「うああああああああっ、ひいいいいいいいぃっ」
 耳を塞ぎたくなるような女性の絶叫が地下室に響き渡る。乳房は、性器と並んで最も感覚の鋭敏な部分である。共に、子供を産み、育てるためには必要不可欠な部位だからだ。それを単に切り裂かれるだけでも相当な苦痛だし、このやり方だと傷口を何度も抉り、少しずつ切り刻んでいくような形になるわけだから苦痛は筆舌に尽くし難いものになる。
「や、やめてっ。もう、もう、許してっ。お願いです、もう……いやああああああああああっ」
 胸から腹にかけてを鮮血で真っ赤に染めた女性が涙を流しながら懇願する。その言葉が、途中で絶望に満ちた悲鳴に変わった。大男が再び腕に力を込め、フォークの前を通過させる。
 ぼたぼたと滴り落ちる鮮血が床に血溜りを作る。フォークにはかなり大きな肉片がいくつもこびりつき、美しい形をしていた女性の乳房はもはや見るも無残な膾(なます)になっていた。
「汝、罪を認めるか?」
 再び、領主が同じ問いを発する。もはや抵抗する気力も尽きたのか、がくがくと女性が首を縦に振った。
「み、認めます。認めますから、もうこれ以上酷いことはしないで。せめて、一思いに、殺して……」
「ふむ、まぁ、よかろう。では、次だ。被告、レスフィーナ。汝もまた、私の暗殺を企んだな?」
 女性から今度は少女の方へと視線を移し、領主がそう問いかける。大男が女性から手を離すと大股で少女の方へと歩み寄って行った。拘束から解放された女性の方は、その場に崩れ落ちる。すすり泣く微かな声が私の良心を痛めつけたが、残念ながら私にはどうすることも出来ない。
「わ、私、は……」
 今さっき、実の姉に対して加えられた凄惨きわまりない行為に、次は我が身と思ったのか少女はおこりにかかったかのように全身を激しく震わせている。がちがちと歯が鳴り、まともに言葉が紡げない。
「認めないのか!?」
「ひいっ」
 声を荒らげた領主に、悲鳴を上げて少女が身体を丸める。がたがたと恐怖に震えている少女の髪を無造作に掴むと大男が強引に仰向かせた。
「認めないのであれば、お前も審議にかけるが……」
「ま、待って……」
 力尽きたようにぐったりとしていた女性が、僅かに顔を上げて領主へと呼びかける。不審そうな表情を浮かべてそちらへと振り返った領主へと、最後の力を振り絞るように女性が言葉を続ける。
「全部、私が、考えたこと、です……。妹は、関係、ありません……」
「ふむ? お前が主犯であり、レスフィーナはお前に頼まれて少し手を貸しただけだ、と、そう言いたいのか? だとすると、お前の罪はより重くなるが?」
「は、はい……。い、妹は、私が、無理矢理、手伝わせただけ、なんです。どうか、許して、やってください」
「ね、姉さん……!?」
 びっくりしたように姉へと少女が視線を向ける。優しい微笑みを浮かべて頷く女性の姿に、少なからず私は感動させられた。僅かにためらいながらも、領主に向かって口を開く。
「領主殺しは大罪ですが、未遂ではありますし、強制されただけということであれば妹の方は罪に問わなくてもよろしいのでは?」
「ふぅむ、先生がそうおっしゃるのでしたら、重い罪には問いますまい。ですが、未遂であろうと強制されたのであろうと、領主殺しを企んだというのは紛れもない大罪。無罪放免というのは筋が通らないでしょうな」
 苦笑を浮かべながら、領主がそう言う。流石にこれに反対するのは無謀だろう。
「それは……そうですな」
「では、レスフィーナ。本来ならば死罪に処すべき所ではあるが、特別の慈悲を与える。ここでの身体刑を受けた後は、実家に帰り生活していくことを許そう」
「は、はい……」
 震えながら頷いた少女の両腕を、大男が掴むと背中へと捻り上げた。姉と同じ姿勢にされて、やはり同じ事をされると思ったのか甲高い悲鳴を少女が上げる。激しく頭を振り、じたばたともがく少女を床へと押しつけるようにすると大男が左手一本で器用に後ろ手に縛り上げる。普通なら、こういう縛り方をする場合は胸にも縄を掛けるものなのだが、何故か胸の側には一切縄を掛けていない。
 後ろ手に縛られた少女をいったんその場に置き去りにして、大男が棚へと向かう。彼が棚から取り出したのは、吊り鐘の骨組みのような形をした奇妙な器具だった。丸い輪から、四本の鉄の爪が湾曲しつつ伸び、一つにまとまった部分は鉤状になっている。輪の部分からは内側に向かっていくつかの小さな爪が生えているらしい。
「あれは……?」
「いや、あれは知らないな……」
 従者の少年の問いに、私は素直に首を振った。知らないことを知らないというのは別に恥ではない。大体、あらゆる拷問具を知っているならばわざわざ旅をする必要などないだろう。
 大男は、もう一つ同じ器具を取り出すと少女の元に戻った。震えている少女の肩に手をかけるとごろんと仰向けに転がし、馬のりになる。
「な、なにをするの……?」
 恐怖に震えている少女の右胸を、ぐいとばかりに大男が握った。ひっと小さく少女が喉を鳴らす。さっきまで胸を両腕で覆っていたために気付かなかったが、幼い容貌に似合わず胸はかなり大きい。
 胸の付け根の辺りを握り、絞り出すような形にすると大男がその胸に器具を押しつける。輪から生えた小さな爪は、丁度釣り針のかえしと似た形らしく押しこむ時は何の障害にもならないようだ。乳房の根元間ですっぽりと器具を被せ終わると、四本の柱の隙間から肉が押し出され、淫びな形に歪んで震えている。反対側の乳房へも同じように器具を被せたのだが、こちらは同じ形でも器具の輪が一回り小さく、逆に逆刺は大きい。内側に張り出した長さも長めで、胸には幾条もの赤い傷跡が刻まれていた。更に、根元まで達した輪をぐいっとひねって傷と刺の位置を食い違わせる。それが終わると、大男は器具の先端の鉤を天井からぶら下がっていた鎖にひっかけた。
 震えている少女をその場に寝かしたまま、大男が部屋の片隅に置かれたクランクに取りつく。彼がぐるぐるとそのクランクを回すと、耳障りな音を立てて鎖が巻き上げられていった。当然、その鎖に引っ掻けられた釣り鐘状の器具も上へと引っ張り上げられる。(挿絵)
「きゃああああああっ」
 ぐんっと背中を逸らし、少女が悲鳴を上げる。押しこむ時は何の障害にもならなかった逆鉤が、今はしっかりと乳房に食いこんでいる。加えて、輪の直径は乳房よりも小さく、しかも四本の柱で乳房を絞り出すような形になっているものだから輪の部分も肉に食いこんでいた。
「ひ、い、いっ、痛いっ、ち、ちぎれちゃうぅっ」
 瞳に涙を浮かべる少女の悲痛な叫びにもかまわずに大男がクランクを回し続ける。まず背中が完全に宙に浮かび、次いで頭が、腰がと順に宙に引き上げられていった。胸と足で体重を支える形になるが、それでも大男の手は止まらない。悲痛さを増していく少女の悲鳴と、じゃらじゃらという鎖を巻き上げる音が地下室にこだまする。
「いやああっ、やめて、やめてっ。ひいっ、ひいいいいっ」
 ついに、少女の足が宙に浮く。それでもなんとか爪先を床に付けようと懸命に足を伸ばすが、その間にも鎖は巻き上げられていく。ぼろぼろと涙を流しながら、痛みに足をばたばたとさせているが、それは逆に苦痛を増すだけでしかない。
「助けてっ、助けてぇっ。痛い、痛いの、ちぎれちゃうよぉっ」
 切羽詰まった悲鳴が少女の口から漏れる。その言葉は、あながち誇張ではないだろう。がっしりと鉤は肉に食いこみ、幾条もの血の筋が彼女の裸身を彩っている。
 女を吊るす時、普通に腕で吊るのではなく髪で吊ることがある。それもかなりの苦痛を与えると聞いたことがあるが、この乳房吊りはそれをも上回るだろう。足をばたばたとさせる度に身体が左右に揺れ、輪と鉤が乳房を抉っていく。
 ぐいっと、二本の鎖のうちの一つを大男が引っ張った。右の乳房が更にぐんと引き上げられる。今まではそれでも左右に辛うじて分散していた体重が、まともに右の乳房にかかった。
「ぎいいっ、ひっ、ひいいいいいっ」
 ずるりと、右の乳房吊り器が動いた。逆刺によって抉られた傷跡を乳房に刻みながら、ずるずると抜けていく。体重が左右の乳房に均等にかかったのを見計らい、大男が手を離す。
 右側が半分抜けた状態のため、今度は左に全体重がかかる。こちらは、逆刺の大きな器具の方だ。刺は乳房にしっかりと食いこんでいる上にひねりを加えたせいで乳房の根元には裂傷が走っている。そこに全体重がかかるのだから溜まったものではない。ぶちぶちと肉の引き裂かれる音を立てながら乳房が根元から丸々剥ぎ取られていく。
「ぎゃあああああっ、ひぎゃ、ひぎゃああああああっ」
 少女の絶叫。それに追い撃ちを掛けるように、大男がクランクを一回転分逆に回す。がくんと少女の身体が落下し、止まる。その衝撃で、更に大きく乳房が裂けた。
「うぎぎぎぎギギギぃっ」
 甲高く濁った絶叫とともに、がくんと少女の身体が大きく揺れた。左の乳房が完全に剥ぎ取られ、真っ赤な肉を覗かせている。残る右の乳房は、本来なら逆刺に引き裂かれて終わりのはずだが、身体を揺らした時に位置がずれたのかこちらも半ば辺りから引き千切れた。どさっと重い音を立てて少女の身体が床へと落ちる。
 鎖の先端で、元は乳房だった肉の塊を喰わえ込んだ吊り鐘が、てらてらと鮮血に染まって揺れていた……。

「ひ、非道いわ……あなたには、血も涙もないの!?」
 一瞬、あまりの凄惨さに声をなくしていた女性が、そう抗議の声を上げる。ふふんとその抗議を鼻で笑い飛ばすと、領主は嬲るような視線を向けた。
「そんなことより、自分の心配をしたらどうだ? 大罪を犯し、これから死刑になるんだぞ?」
「っ! それは……」
「ふふふ、まあ、いい。お前がどんな悲鳴を上げてくれるのか、今から楽しみでたまらんよ」
 いやらしい笑いと共にそう言うと、領主は大男に向けて顎をしゃくった。無言のまま大男が女性を引きずり起こす。ぎゅっと下唇を噛み締めている彼女を半ば引きずるようにして、彼は隣の部屋へと姿を消した。
「では、我々も参りましょうか」
「は、はぁ……」
 さしもの私も、少女に加えられた仕打ちのむごさに精彩を欠いていた。今与えられた肉体的な苦痛も甚大だが、それに加え、あんな身体にされてしまってはおそらく幸せな結婚などできはすまい。一生を台無しにされたも同然、見方を変えれば、いっそ一思いに殺してやった方が優しいのでは、とすら思える。
 ともあれ、領主が椅子から立ち上がって隣室に向かったのでしかたなしに私もその後に従った。無実の人間が嬲り殺しにあうところを見学させられるというのは、正直苦痛でしかないのだが。
「ぐぎゃあああああっ」
 不意に、女性の絶叫が響いた。扉をくぐりかけていた私が、思わずびくっと動きを止めてしまうほどの悲痛な叫びだ。慌てて視線を悲鳴の聞こえた方へと向ける。
 私が目にしたのは、まず、巨大な車輪だった。直径が人の背丈の1.5倍ほどもある。外周の部分からは所々に鋭く太い刺というか針が生えていた。その外周にそうような形で、女性が車輪に縛りつけられている。当然、その身体の何ヶ所かを刺し貫いて針が顔を覗かせていた。先程の悲鳴は、車輪に縛りつけられた時に針で貫かれたせいだろう。
 そして、その車輪の前には、鋭い刺を生やした板が並べられている。隣の部屋に比べると一回り程度は大きい部屋の、壁から壁へとぎっしりとだ。車輪の軸は、大男の手に握られている。
「これは……まさか、車刑、ですか?」
 自分でも声が掠れるのが分かった。車刑。車輪刑と良く間違われるが、車輪刑は車輪によって四肢を打ち砕き、その後車輪の上にさらして神への捧げ物にするという儀式的な意味合いを持つ処刑方である。対して、車刑とは昔為政者の手によって行われていた私刑の一種で、今彼女がされているように車輪に犠牲者を縛りつけ、刺の上をごろごろと転がしていくという物だ。あまりにも残酷すぎるというので、公式の処刑方からは外されている。
「おや、御存知でしたか。流石は先生、博識でいらっしゃる」
 笑いながらそう言うと、領主はごく無造作に大男に始めるよう命じた。同じく無造作に頷くとごろごろと大男が車輪を回転させながら歩き始める。
 刺などなくても、重い車輪と地面とに挟まれ、引き潰されれば致命傷になりうる。二回転、三回転とするうちに全身の骨が砕けるからだ。しかも、即死することはまずなく、全身を苛む痛みは一日か二日に渡って犠牲者を苛み続けることになる。
「い、嫌、嫌ぁ、い……あああああああああああっ」
 恐怖に激しく首を左右に振っていた女性の口から絶叫が漏れた。鋭い刺が身体に突き刺さり、引き裂く。肌と肉は裂け、骨が砕ける。
 足から腰、腹、胸、更には顔が、針の山と車輪に挟みこまれていく。こちら側へと出てきた彼女の身体には無数の穴が開き、同じかそれ以上の裂傷が走っていた。ごろごろと重い音を立てながら大男の歩みにつれて車輪が回る。
 車輪の外に生えた刺のせいで、床に置かれた針は女性に致命傷を容易には与えない。痛みでぐったりとしていた女性が、再び視界に映った針の山に引きつった悲鳴を上げた。
「許してっ。こんな目に合うぐらいなら、七回首をはねられてもいいからっ。ひぎゃあああああっ。ぎゃ、ぎゃ、ぎゃあああああああっ」
 針が女性の身体を貫く。車輪の回転により、突き刺さった針が更に肌と肉を裂き、より苦痛を増大させる。車輪の重みが、骨を砕く。
「あ、が……」
 再び姿を現し、掠れた悲鳴を上げる女性の肌は、ずたずたに引き裂かれていた。腹部の裂傷からは内臓がはみ出している。
「うぎぎゃぎぃ、ぐぎゃ、ひぃぃぃぃぃぃっ」
 三度、針の上へと女性の身体が押しつけられる。これが断末魔なのではないかと思えるような悲鳴が響くが、こちら側へと姿を現した女性にはまだ息があった。腹部からは引き千切られた内臓がだらんと垂れ、乳房は完全に無くなって赤黒い断面が顔を覗かせている。針の山には内臓や乳房が細切れになって引っ掛かっていた。
 部屋の反対側に到達した大男が、ぐるりと車輪ごと反転した。単に自分だけが振り返って手を持ち変えればいいものを、わざわざそんな事をするものだから回転した時にたまたま下に来ていた女性の足から肉がごっそりと剥ぎ取られる。びくびくと女性が身体を痙攣させるのが見えた。
 無情に、車輪は動き続ける。針の山に肉を削ぎ取られるたびに上がる悲鳴はもはや濁音だらけで、とても人間の上げるものとは思えない。色々と残酷な光景を見慣れているはずの私ですら、思わず胸が悪くなるほどだ。
「ぐぎゃぎぎぎぎ、うぎゃああぎぎゅうぎぇ、ぐ、えぇっ」
 骨が次々に女性の身体のあちこちから顔を覗かせる。場所によっては、既に骨に肉と肌の残骸がこびりついているだけ、などという部分もある。車輪が移動した跡には血と肉と内臓とが散乱していた。
 結局、彼女が息絶えたのは十回目。二往復目に入ってからだった。車輪にくくりつけられているのは、もはや人の死骸ではなく人骨とそれにこびりついたいくらかの肉片、としか言えないものになっていた。
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