ばたばたばたっと慌ただしい足音が聞こえてくる。何だろう、と、首を傾げた霞の部屋の前でその足音が止まったかと思うとガラっと勢いよく障子が開け放たれた。
「お、女将さん?」
 目を丸くしている霞。怒りに燃える形相で彼女のことを睨みつけると女将は背後の下男たちに向けて顎をしゃくった。無言のまま部屋に踏みこんできた下男たちが乱暴に霞の私物をひっくりかえし、漁り始める。
「ちょ、ちょっと、一体何なのよ!?」
 突然のことに抗議の声を上げる霞に、女将は無言で答えた。ただじっと下男たちの作業を見守っている。怒りと不安が入り混じった表情で霞が下男たちの方へと視線を向けた。
 やがて、下男たちが霞の私物の中から紙包みを見つけ出した。中を開けると金色に輝く小判が三枚、畳の上へと散らばる。さっと霞の顔が青ざめた。
「……何だい? こいつは」
「し、知らないわよ! 私が小判なんて持ってるはずないじゃない!」
「ああ、その通りさ。お前に今までやった金全部を合わせたってこんなに溜まるはずがない。
 霞。あんた、今日、小次郎の若旦那を案内する時、服を預かったね?」
 氷のように冷たい声で女将がそう問いかける。真っ青になりながら霞が抗議の声を上げた。
「私が、盗んだっていうの!?」
「違うっていうのかい? なら、この金はどうやって手に入れたって言うのさ?」
「私じゃないわよ! だ、大体、そんな小判なんて私知らないもの!」
「がっかりさせられたよ、霞。小遣いが欲しいんなら、言ってくれればいくらかは用立ててやったのに、な」
 大袈裟な溜息を付きながら女将の背後から小次郎が顔を覗かせる。怒りのためか恐怖のためか、ぶるぶると拳を震わせながら霞がなおも抗議の声を上げる。
「濡れ衣よ! 私は盗んだりしてないわ! ねぇ、信じてよ!」
「強情な娘だねぇ。まったく……さあ、あんたたち。この娘を地下に連れってっておくれ」
 溜息混じりに女将がそう下男たちに命じる。両腕を下男たちに掴まれ、霞が悲鳴を上げた。
「い、いやっ! 離してっ! 私は本当に何も知らないんだってば!」
 じたばたと暴れる霞が、下男たちに引きずられる様にして連れていかれる。何事かと顔を覗かせた武蔵や襟嘩に向かって女将は面倒くさそうに手を振ってみせた。

「降ろして! 降ろしてったら! ねぇ!」
 両手両足を一つにまとめて縛り上げられ、霞が天井から吊るされている。服は剥ぎ取られ、辛うじて腰布一枚が腰の辺りを覆っているだけという姿だ。
「素直に白状しちまいな。お前の荷物から盗まれた金が出てきたんだ。言い逃れのしようがないだろう?」
 腕組みをしながら女将がそう言う。その横ではにやにやと薄笑いを浮かべた小次郎が壁に持たれかかっていた。
「本当に知らないんだってば! 私は無実よ! きゃあっ」
 吊られたまま抗議の声を上げる霞が、下男に木の棒で殴られて悲鳴を上げた。腰や腹の辺りを更に数度、力まかせに殴られる。痛みに身体を震わせている霞へとなだめるような声を小次郎がかけた。
「なあ、霞。今回は金も無事に戻ってきたことだし、素直に謝れば軽いお仕置きで許してやるぞ?」
「だ、だから……私は盗んでなんかいないったら! 濡れ衣よ!」
「強情な娘だねぇ。ほら!」
 女将が下男に声をかける。霞を吊るした縄の反対の端を握っていた下男がぱっと手を離した。滑車で吊られていた霞の身体が下に敷き詰められていた砂の上に落ちる。
「あうっ」
 背中を強打し、くぐもった呻きを霞が上げた。粒子の細かい砂だから、衝撃は硬い地面の上と大差ない。しかも、それでいて柔らかさもあるから背骨を痛める心配もないという寸法だ。
 縄は充分な長さが有り、更に下に石の錘を結んであるからまだ下男の目の前でぶらぶらと揺れている。それを手で掴むと下男が再び霞の身体を引き上げた。
「や、やめて、よ……きゃああっ、ぐっ」
 落下による悲鳴と、床に叩きつけられたことによる呻きが連続する。衝撃で息が詰まり、腹の底から吐き気がこみ上げる。
 再び、霞の身体が吊るし上げられた。はぁはぁと荒い息を付く霞の身体を、下男が力まかせに棒で打ちすえた。その度に霞の口からは悲鳴が上がり、身体に青あざが刻みこまれる。
 がらがらがらっと、滑車を鳴らして霞の身体が落下する。今度はのけぞっていたせいか後頭部と背中を同時に打ちつけ、ごろごろと左右に霞が身体を揺さぶった。それを容赦無く吊るし上げ、落下させる。
「がっ、う……。はぁ、はぁ、はぁ、も、もう、やめ、て……きゃあああっ、ぐぅっ」
 吊るし上げられた霞が涙を浮かべて哀願する。軽く肩をすくめて小次郎が問いかけた。
「じゃ、金を盗んだことを認めるんだな?」
「そ、それは……」
 口篭った霞を更に棒で打ちすえ、落下させる下男たち。げぼっと、胃の中身を少し吐き出して霞が喘ぐ。それを更に吊り上げ、落とすと横を向いて霞が激しく嘔吐した
「うえ、げぶ、ぅ、げほっげほっ」
「ほら、早く楽になったらどうだ? 認めるんなら、後二回ぐらいで許してやるぞ?」
 笑いながら小次郎がそう声をかける。霞の表情が引きつった。認めても、後二回は同じ事をされる……?
「お、お願い。もう、もう許して……死んじゃうよぉ。ひゃうっ」
 再び吊り上げられ、霞が奇妙な悲鳴を上げる。にやにやと笑いながら小次郎が肩をすくめた。
「認めるかい?」
「み、認めるからぁ! もう、やめ……きゃあああああっ」
 ふっと身体が落下する感覚に霞が悲鳴を上げる。どすっという鈍い音を立てて霞の身体が砂の上に叩きつけられた。苦しげに咳込みながら、声も上げずに霞が悶える。
「げほっ、う……ごほっ。ゆ、許し、て……」
 吊り上げられた霞が涙で顔をべちゃべちゃにして哀願する。よだれと涙で彼女の顔は砂まみれになっていた。縄がこすれたのか、足首や手首の皮が剥け、血をにじませている。が、その痛みも激しい嘔吐感の前にはほとんど感じていないらしい。
「なかなか認めなかった罰だよ。ま、それでも認めたことは認めたから、これで最後にしてやるがね」
「い、嫌ああああっ」
 悲鳴と共に霞が背中から落ちる。もうお馴染みになりかけた、息の詰まる衝撃と腹の底から込み上げる吐き気。げほっ、げほげほと激しく咳込みながら霞が胃の中身を砂の上に吐き出す。
「あ……はっ、はっ、ううぅ……」
 きれぎれに息をつく霞の手足から縄が外される。四肢を砂の上に投げ出したままぐったりとしている霞に向かって、女将が吐き捨てるように言葉を投げた。
「いいかい? これに懲りたら、二度とこんな馬鹿な真似、するんじゃないよ!? まったく、小次郎の若旦那が優しい方だったから良かったようなものの、スマキにされて川に沈められててもおかしくはなかったんだからね!?」
「げほっ……は、はい……」
「ふん。さ、若旦那。こんな所に長居は無用ですよ。上に上がりましょう」
 霞から顔を背けながら女将がそう言う。ひょいっと小次郎が肩をすくめた。

「……もう、これっきりにしてくださいよ、小次郎の若旦那。寝覚めが悪いったらありゃしない」
 階段を登りながら、女将が背後の小次郎に向かってそう言う。苦笑を浮かべながら小次郎が肩をすくめてみせた。
「女将でも心が痛むのかい? 金のために自分とこの女郎を売るのは」
「そりゃそうですよ。罪もない娘をいたぶって喜ぶ趣味はありませんからね」
「ははは。ま、こんなお芝居はこれで最後にするさ。彼女が責められる姿がどんなものか、ちょっと好奇心を刺激されただけだからな」
 そう言うと、霞に無実の罪を着せた男はもう一度肩をすくめてみせた。

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