二月十一日 晴

 ここ数日、雪が降り続いています。このお屋敷は山の中腹にあるので、窓から見える景色などは完全に雪に埋もれてしまいました。私は寒いのはそんなに辛くない方ですし、お屋敷には十分な食料や薪なんかが備蓄されているので雪に閉ざされても別に支障はないんですが、街の方ではこの寒さのせいで凍える人がずいぶんと出たんじゃないでしょうか。いくら領主様が領民の生活を楽にしてるとはいえ、全ての人を貧しさから抜け出させることなんて出来ませんし。実際、家族が倒れたとかでお屋敷から宝石とかを盗もうとした人も、いたぐらいですから。本人に頼まれたから、しかたなく殺しましたけど……本当は、助けてあげたかったんですけどね。それは、もちろん、連れて帰っても領主様が殺すと決めたらそれまでですし、きっと酷いことをされたでしょうから彼女が楽に死なせてくれと言うのも分かるんですけど。(このシーンへ
 それは、しかたのないことなんですけど、この寒さのせいかミミちゃんの具合がまた悪くなってしまったのが心配です。食べたものを吐いてしまうことも多くて、素人の私が見てもかなり衰弱してるのが分かります。クリスさんは、お腹の中が腐り始めてるんじゃないかって言ってましたけど……。何とかできないのかって尋ねても、首を振られてしまいました。ミミちゃんはまだ小さくて体力がないですし、大人であってもああいう目に合えば遅かれ早かれ内臓を腐らせて死ぬことになるって、クリスさんは言ってました。ここまでもったのもほとんど奇跡のようなものだし、これから先、血を吐くようになったら危ないって。
 私のわがままでしかないですけど、ミミちゃんには死んで欲しくありません。あの子が死んでしまうと、寂しくなりますから。今までに何人も殺し、これからも殺すであろう私がそんなことを言うのはおかしいかもしれませんけど……。

 一面の雪景色。純白に埋め尽くされた風景の中、ぽつんと黒いシミのようにたたずむ人影が有る。メイドの衣装を身にまとった少女、ミレニアだ。微かに白く煙る息を吐きながら、目の前に並んだ十あまりの氷の彫像たちを眺めている。陽光を浴びてきらきらと煌めくそれらは、全てが恐怖の表情を浮かべた全裸の女性像だった。昨晩の吹雪の中、全身に水を浴びせられた状態で野外に放置され、生きながら凍りついていった側室、あるいはメイドたちのなれのはてだ。恐怖と苦悶を色濃く刻みつけ、助けを求めるように手を差し述べている氷像たちを、無表情にミレニアが眺めている。
「お、奥様……」
 震える声に、ミレニアがゆっくりと振りかえる。さくさくと積もった雪を踏み分けながら、十三、四ぐらいのメイド姿の少女が歩み寄ってくる。唇や全身を震わせているのは、果たして寒さのためだけだろうか?
「……何、か?」
「だ、旦那様が、お、奥様をお呼びするようにと」
「……そう」
 無表情に、短くそう答えるとミレニアは再び氷の像たちのほうへと視線を戻した。がちがちと歯を鳴らしながら、メイドの少女がミレニアの背中へと再び声を掛ける。
「あ、あの、奥様。旦那様が、お、お呼びなのですが……」
「奇麗だとは、思わない?」
 少女の言葉に振り返ろうともせずに、ミレニアが呟くようにしてそう問いかける。意表を突かれたように目を丸くする少女へと、背を向けたままミレニアが更に言葉を続ける。
「いらっしゃい。横へ」
「はっ、はいっ」
 声を裏返らせ、少女がおぼつかない足取りでミレニアの横へと進み出る。自分の横に並んだ少女へとちらりと横目で視線を向け、ミレニアが軽く首を傾げる。
「震えてるわね。寒いの?」
「ゆ、雪が、積もっていますから……」
「そう、ね。もう少し、屋敷に近い場所で作るべきだったわね。せっかく、奇麗なのに」
 感情を感じさせない口調でそう呟くと、ミレニアは顔を震えている少女の方へと向けた。自分付きのメイドだから、名前と顔ぐらいは一致させている。
「あなたも、可愛い顔、してるわね。サーラ、だったかしら?」
「ひっ」
 ミレニアの言葉に短く息をのみ、少女--サーラが表情を引きつらせる。さらさらとした彼女の栗色の髪を、そっとミレニアが右手を伸ばして漉いた。恐怖の表情を浮かべ、震えているサーラの唇を左手の人差し指ですっと撫でる。
「この季節にしか作れない、氷の像。奇麗でしょう?」
「は、はい、奥様……」
 気を失いそうになりながら、それでもなんとかサーラが声を絞り出す。すっと彼女から身を離すと、ミレニアはきびすを返して歩き始めた。
「……行きましょう」
「え? はっ、はいっ」
 不意に歩き出したミレニアの後を、慌てて少女が追う。雪に埋もれた庭の片隅に、物言わぬ氷の像たちだけが取り残された……。

「ぐっ、ぐうぅぅっ、ぐ、ぐるじい……緩め、て……ぐうぇぇっ」
 苦しげな呻き声が鋼鉄製の椅子に腰かけた全裸の少女の口から漏れる。肘掛けに置かれた両腕は手首の辺りを太い皮のベルトでしっかりと巻かれて固定され、腹の辺りと太股の辺りにそれぞれ金属の棒が張り出して身体を椅子に密着させている。足首も、同様に椅子の足に固定されていて、満足に身動きも出来ない状態だ。
 更に、背もたれの後ろには大振りのハンドルが付いており、それを回すと彼女の首をぐるっと取り巻いた金属の輪が締まり、彼女の喉を締め上げていくようになっている。ガロットと呼ばれる拷問器具だ。今は、クリスの操作によってぎりぎりと輪が締め上げられ、少女に息の出来ない苦しさをたっぷりと味合わせている。
「遅く、なりました」
 部屋の扉を開けて入ってきたミレニアが、椅子の上で苦悶する少女の姿に眉一つ動かさずに領主へと一礼する。手の中でワインを満たしたグラスを弄びながら、鷹揚に領主が頷いた。
「先に始めておるぞ」
「ええ」
 領主の言葉に小さく頷いて、ミレニアがいつもの定位置、椅子に座る領主の斜め後ろに移動する。ちらりと扉の方へと視線を向けると、彼女は立ちすくんでいるサーラへと声を掛けた。
「いらっしゃい」
「は、はい……でも……」
「ぐっ、ぐええええぇぇっ」
 頷きながらも、言い淀みためらうそぶりを見せるサーラ。その語尾に、クリスがハンドルを回す小さな音と首を締め上げられた少女の苦悶の声が重なる。手首を反りかえらせ、指を鉤型に曲げ、顔を真っ赤にして苦悶する少女の姿に、大きく目を見開いたままサーラが身体を硬直させた。
「いらっしゃい」
 ミレニアが、再びサーラを呼んだ。おずおずと室内へと足を踏みいれてきたサーラの耳を少女の苦悶の声がうち、ひっと息を飲んで足を止める。
「ぐ、ぐるっ、ぐっ、ぐぐっ、ぐえぇっ」
 金魚のように口をぱくぱくと開け閉めしながら、ガロットに掛けられた少女が苦悶する。凍りついたように動きを止め、その光景を凝視しているサーラへとミレニアが三度声を掛けた。夢遊病者のような足取りで、サーラがミレニアの横に並ぶ。ちらりと領主が興味ぶかげな視線をサーラへと向けたが、口に出しては何も言わない。
「ぐっ、えっ、あっ……ぷはぁっ」
 ぐるぐるっと、クリスがハンドルを反対に回して締め付けを弱める。大きく口を開け、肩を喘がせて空気を貪る少女。じっとその様子を眺めていたクリスが、再びハンドルを回した。いったんは解放された首締めが復活し、目に涙を浮かべながら少女が身体を震わせ、苦悶の呻きを上げる。
「やめっ、ぐぐっ、ぐうぅっ。ぐるじい、あ、ぐぐぐっ」
 窒息寸前まで追い込み、解放し、また追い込む。そのくり返しによって犠牲者の精神を痛めつけるのがガロットの真価である。そして、そのぎりぎりの限界の見極めがクリスには出来る。窒息死するどころか、失神することさえ許されずに生と死の境目を往復させられるのだ。
「ひどい……」
 思わず、といった感じで、ぽろりとサーラがそんな呟きを漏らす。不快げに眉をしかめ、領主が彼女の方へと視線を向けた。だが、彼が口を開くよりも早くミレニアがぼそりと呟く。
「では、あなたが代わりますか?」
「ふむ、それも面白いかも知れんな」
 ミレニアの呟きに、領主が楽しげな口調でそう応じる。半ばは演技だが、半ばは本気だ。ひっと息を飲んでサーラが身体を震わせる。
「も、申し訳ございませんっ。ど、どうかっ、お許しをっ」
 今にも土下座せんばかりの勢いで謝るサーラに領主がくくっと楽しげな笑い声を上げる。ミレニアの方はといえば、相変わらず無表情に椅子の上で苦しむ少女のことを眺めている。
「ぐ、ぐえええええぇっ」
 ぎりぎりぎりっと金属の輪で喉を締め上げられ、少女が苦悶の呻きを漏らす。本人は絶叫しているつもりかもしれないが、喉をがっちりと締めつけられていては掠れた呻きにしかならない。びくびくっと身体が震え、白目を剥きかける寸前でクリスが手早く輪を緩め、少女に酸素を与える。はぁはぁと必死に空気を貪る少女がうなだれた顔を僅かに上げてミレニアの方を見た。
「お姉ちゃん……助けて……」
「えっ!?」
 少女の呟きに、ハンドルを回しかけていたクリスがびっくりしたように小さく声を上げる。確かに、ガロットに掛けられている少女はまだ十四、五歳。クリスやミレニアの方が年上、つまりお姉ちゃんではある。だが、今の『お姉ちゃん』という呼びかけには、そういう一般的な呼称とは違うものが含まれていたような気がする。
「クリスさん? どうか、しましたか?」
 動きを止めたクリスへと、淡々とした口調でミレニアがそう問いかける。表情一つ変えない彼女の姿に、自分の思いすごしだったかとクリスがハンドルに掛けた手に力を込める。だが、ハンドルを回すより早く、少女が再び叫ぶ。
「ミレニアお姉ちゃんっ!」
「……何? レイナ」
 少女--レイナの叫びに、無表情にミレニアが応じる。クリスと領主、更にはサーラの驚愕を含んだ視線がミレニアに集中した。
「この娘は、お前の妹なのか? ミレニア」
「はい。ですが、それが何か?」
 領主の、戸惑うような問いかけに、ミレニアが淡々と応じる。無表情に見返され、もごもごと領主が口篭った。
「い、いや……。だが、今日はこの娘を、と、そう言った時、お前は反対しなかったではないか」
「領主様が決めたことに、何故反対を? 以前、私の妹のことを尋ねられましたし、てっきり御存じだと思っていましたが。
 ……クリスさん? 続きは、どうしました?」
 ミレニアの言葉に、彼女以外の全員の表情が凍りつく。僅かに首を左右に振り、ハンドルから手を離してクリスが一歩後ずさった。
「あ、あなたの、妹なんでしょう!?」
「ええ。ですが、それが何か? レイナは確かに私の妹ですけど、別にクリスさんの家族というわけでもないでしょう? ためらう理由は、ないと思いますけど」
「……!」
 クリスとレイナ、二人ともがそろって絶句し、ミレニアの顔を凝視する。二人の視線を受けとめながら、ミレニアは何の表情も浮かべていない。ただ、動こうとしないクリスの姿に僅かに溜め息を付いたようだ。一度、僅かにうつむいて目を閉じる。
「クリスチーナ。続けなさい」
 ゆっくりと顔を上げ、目を開くとミレニアはそう命じた。びくっと、一瞬身体を震わせ、クリスが唇を噛み締める。
「ミレニア、あなた……!」
「私の言うことが聞けませんか? ……しかたありませんね。サーラ、あなたがやりなさい」
「えっ? ええっ!? わ、私、ですかぁっ!?」
 突然指名され、サーラが動揺の声を上げる。ゆっくりと視線を彼女の方に向けながら、ミレニアが頷く。
「ハンドルを回すだけです。簡単でしょう? ……それとも、あなたも私の言うことが聞けないの?」
「ひっ。で、でも……。わ、分かり、ました……」
 抗弁しかけたサーラだが、ミレニアの瞳に正面から見つめられるとたちまちのうちに顔面蒼白となり、頷く。ぎくしゃくとした動きでガロットの後ろに回り込み、ハンドルに手を掛けると救いを求めるようにクリスの方へと視線を走らせた。だが、視線を向けられたクリスの方はぎゅっと握った拳を震わせ、唇を噛み締めてミレニアのことを凝視しているだけだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
「嫌ぁっ。ぐっ、ぐ、ぐええぇっ」
 目をつぶり、泣きそうな声で叫んでサーラがぐるんと大きくハンドルを回す。喉を締め上げられ、レイナが苦悶の声を上げた。びくびくっと身体を震わせ、苦しげな呻きを上げる。その声に思わずハンドルから手を離し、ひっと息を飲んでサーラが自分の耳を覆った。目をつぶり、がくがくと震える。
「ぐ、ぐる、じい……お姉、ちゃん、助け……ぐるじい、よ……」
 喉を締め上げられ、涙目になってレイナが姉へと助けを求める。助けを求められた姉の方は、無表情に妹の苦悶する姿を眺めながら僅かに首を傾げた。
「しゃべる余裕が、まだあるんですね。サーラ、もう少し、回して」
「あ、あの、でも……」
「サーラ」
 ミレニアがサーラの名を呼ぶ。いつもと同じ淡々とした静かな口調であり、表情にも口調にも脅すような要素は含まれて居ない。それでも、呼びかけられたサーラはひっと息を飲んでがくがくと頷いた。ミレニアの身にまとう、雰囲気に呑まれ、恐怖している。
「お姉、ぐっ、ぐぅえええぇっ」
 レイナが苦悶の声を上げ、身体を震わせる。空気を求めるようにぱくぱくと口が動き、年齢の割には豊かな胸が苦悶に身をよじるたびに揺れる。だが、それを眺めながら領主の顔は暗い。時折、ちらっとうかがうような視線をミレニアの横顔へと向けている。
「ミレニア、その、何だ。中止にしないか?」
「退屈ですか? そうですね……確かに、少し面白味には、欠けますね」
 軽く首を傾げ、ミレニアはそう呟くとガロットへと歩み寄った。慌てて身を引くサーラ。すっとミレニアの右手が上がり、ハンドルの下のボタンを押し込む。
「ぐぐぐぐぐががががががっ」
 金属の輪に首を締め上げられ、満足に声も上げられない状態のレイナがそれでも精一杯の絶叫を放つ。バネ仕掛けの太くて鋭い刺が十本あまりも椅子から飛び出し、彼女の身体に突き刺さったのだ。刺の苦痛から逃れようと身体を浮かせかけるが、腹と太股、手首と足首、更には首までがっちりと拘束されている。到底、逃れられるはずもない。
「ちょっと変わった、審問椅子、ですね」
 ぽつりとそう呟き、ミレニアが更に指を強く押し込む。さっき生えたのとほぼ同数の刺が新たに椅子から飛び出し、レイナの肌を破って肉に突き刺さる。
「うぐぐぐががぁっ」
 こぼれんばかりに目を見開き、びくんびくんと身体を痙攣させてレイナが掠れた絶叫を上げる。彼女の身体から流れ出した鮮血が椅子を伝い、床の上に血溜りを広げた。レイナと同じぐらいまんまるに目を見開き、口元を両手で覆ってサーラががくがくと震える。
「うぐぐぅっ、ぐっ、えぇ……ぇ……」
 二十本以上の太くて鋭い刺が身体に突き刺さり、その苦痛にもがいていたレイナの喉を更に金属の輪が締め上げる。ミレニアの両手がハンドルに掛かり、ゆっくりと回転させていた。気管を締め上げられ、もはや呻き声すら満足には出せなくなったレイナが顔を真っ赤に染めて苦悶する。
「ミレニア! やめてっ。それ以上やったら本当に死んじゃうわっ」
 我慢できなくなったのか、そう叫びながらクリスがミレニアの肩に手をかけて強引にハンドルから引き剥がす。もはや窒息死する寸前となり、びくっびくっと身体を痙攣させているレイナ。クリスが勢いよくハンドルを逆回転させ、喉の締め上げを緩める。ひゅーっと笛のような音を響かせ、レイナが大きく息を吐き、吸う。白目を剥きかけていた瞳にうつろながら光が戻り、宙をさまよった。
「何故、止めるんです? 最初から、殺す予定なのに」
 半ば突き飛ばされるような感じでハンドルから引き剥がされたミレニアが、服の乱れを軽く直しながらそう問いかける。ぎゅっと唇を噛み締め、クリスがミレニアの顔を凝視する。
「あなたが、この子を殺したいと思ってるのは、分かったわ。家族同士で、憎しみ合うことなんて珍しくないものね。でも、あなたが直接手を下しちゃ駄目。そんなことをさせるぐらいなら……私が、やるわ」
 押し殺した声で、クリスがそう言う。無表情に--といっても、この部屋に入って以来一度たりともそれ以外の表情を浮かべたことなどないのだが--ミレニアがクリスのことを見つめ返す。
「……そう、ですか。では、お任せしましょう」
 一度だけ瞬きをすると、そう言ってミレニアが定位置に戻る。恐る恐る、と言った形容がふさわしい表情と口調で領主がミレニアに尋ねかけた。
「その、何だ、ミレニア。妹とは、仲が悪かったのか?」
「さぁ、どうなんでしょうか。普通、だと思いますが」
 軽く首を傾げ、ミレニアがそう応じる。その言葉にハンドルを回しかけたクリスの手がぴたっと止まった。
「ミレニア……?」
「どうしました? 自分で、やると言ったはずですが」
「っ!」
 ぎりっと、血がにじむほど強く唇を噛み締め、クリスが一度目を閉じて深呼吸する。感情をねじ伏せ、クリスは無表情になってハンドルを回した。レイナのあげる苦鳴に思わず鈍りかける手を、意志の力を総動員して強引に動かす。
「うぐぐぐっぐっ、ぐぇっ、ええぇっ、え……えぇ……ぇ……」
 ハンドルが回るたびに、レイナのあげる声が掠れ、漬れていく。呼吸が出来ずにびくびくっと身体を痙攣させ、手首を反りかえらせる。大きく開いた口の端からよだれがあふれ、ついには首からゴキッという鈍い音が響いた。断末魔の痙攣を起こしながら、がっくりとレイナがうなだれる。
「……終わった、わ」
「そうですね。けれど……」
 呻くようなクリスの言葉に、小さく頷き返しながらもミレニアが軽く小首を傾げた。左手の人差し指、その第二関節の辺りをそっと自分の唇に触れさせて、呟く。
「少し、物足りないかしら?」
 痙攣も収まり、完全にただの物体と化した妹の死体を眺めつつ、ミレニアがそう呟く。ぞわっと総毛だつような空気を感じて、思わずクリスが一歩後ずさった。領主も椅子から腰を浮かせかけ、サーラは見ていて可哀想なほどがくがくと膝を震わせている。立っているのがやっと、という感じだ。そんな彼女のスカートの股間の辺りが濡れて黒く染まり、二本の足を伝って薄い黄色の液体が床の上に広がってうっすらと湯気を立てる。顔色は紙のように白く、がちがちと歯を鳴らせている。
「サーラ、あなた……」
「ひいぃっ」
 すうっと、ミレニアの視線が妹の視線から震えているメイド少女へと移動する。彼女の放つ言葉の途中で、裏返った悲鳴をサーラが上げた。ぐるん、と、白目を剥き、糸の切れた操り人形のようにその場へと崩れ落ちる。無言で首を傾げるミレニア。倒れたサーラの元に歩み寄ったクリスが、怪訝そうに眉をしかめた。かがみ込んで彼女の鼻と口の辺りに手をかざし、首筋と手首に指を当てて脈を取る。僅かな沈黙を挟み、立ち上がるとクリスはゆっくりと首を左右に振った。
「死んでるわ」
「あら」
 傾げていた首を反対に倒し、小さくミレニアがそう呟く。もっとも、口調にも表情にも驚いているような様子は見られないのだが。
「お使いを、頼もうと思ってたんですけど。いかがなさいますか? 領主様。続けるのであれば、誰か適当に探してまいりますが」
「い、いや、今日はこのぐらいでいいだろう」
 ミレニアの言葉に領主が僅かに声を震わせてそう応じる。ゆっくりとガロットの方へと歩みより、がっくりとうなだれた妹の髪に手を当てるとミレニアは領主の方を振り返った。
「昨晩、領主様の発案で作らせた氷の像は、いい出来のようです。後で、ご覧になってはいかがです?」
「あ、ああ……」
 唐突とも思えるミレニアの言葉に、曖昧に領主が頷く。視線を妹の死体に戻し、ミレニアはゆっくりとその髪を撫でていた……。
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