5月12日 曇りのち雨

 今日は、もしかしたら私の人生最悪の日だったのかもしれません。そう思う日が、これから何度もやってくるのかもしれませんが。
 領主様は、何か失敗をした側室に様々な罰を与えるのが御趣味です。その失敗の度合によって、どの程度の罰が与えられるのかは違うのですが、死に値するような失敗や罪--とは限らず、時にはほんの些細な失敗や無実の罪の場合もあるそうですが--を犯した場合、その執行の場に何の関係もない人間を立ち合わせる事があります。
 お前たちも、うっかりすればこういう目に合うのだぞ、という見せしめの為というのが表向きの理由ですが、実際のところはそういう無残な光景を見て他人が怯える姿を楽しむ為なんじゃないでしょうか。
 そういう場に立ち合うのは、大抵は側室の誰かだそうです。でも、時にはメイドを立ち合わせることもあります。たまたま今回は領主様の気まぐれで私が選ばれてしまいました。しばらくは悪夢にうなされそうな光景を、私は見せられたのです。それだけでなく、私よりも年下の女の子たちを酷い拷問にかける手伝いまでさせられました。
 ただ、それだけならばまだましかもしれません。領主様のこれからも拷問の手伝いをするように、という命令に私は頷いてしまったのです。だって、断って領主様の機嫌を損ねたりしたら、今度は私が拷問に掛けられるのだと、その時は本気で思ったのですから。
 悪いことに、私は、よく人から表情が乏しいっていわれるぐらい自分の感情を表に出すのが下手なんです。拷問の様子を見せられた時、本当は凄く恐くて怯えていたんですけど、内心で動揺すればするほど、他の人からは平然としているように見えるらしくて。その辺も、領主様に気に入られてしまった原因なのかもしれません。
 後で先輩たちに聞いたところでは、それは領主様のよくやる冗談なんだそうです。拷問の様子や命令に怯え、どうかそれだけは勘弁してください、と哀願するメイドたちの姿を見て領主様は楽しむのだと。
 後悔先に立たず、ですが、そうと知っていれば決してあのとき頷いたりはしなかったでしょうに。これから頻繁にあんなひどい拷問の光景を見ることになるかと思うと、今から気が重いです。

 血の臭いが漂う地下室。壁際に置かれた拷問具には血のしみがこびりついている。明かりは壁の所々に作られた燭台で燃える弱々しい蝋燭の光のみで、部屋のあちこちに不気味な陰影を作っている。
 部屋の中にいるのは全部で五人だ。この館の持ち主である領主とその忠実な下男、メイドの衣装をまとった無表情な少女、そして、今回の生贄である二人の姉妹。姉妹は衣服をすべて剥ぎ取られ、後ろ手に縛り上げられている。姉の方でもまだ14か5、妹に至っては11か2という幼さだ。
 髪を長く伸ばしたおとなしそうな姉の方は、もう諦観しているのかうなだれたままじっと唇を噛んでいる。男のように髪を短く切りそろえた妹の方は、それとは対照的に怒りに燃える瞳で領主のことを睨みつけていた。
「ボクたちをどうするつもりなのさ!?」
 妹の方がそう叫ぶ。威勢のいい彼女の言葉に、領主が低く笑った。
「くっくっく、元気がいいな。さて、その元気がいつまで続くかな?」
「ボクの質問に答えろよ、馬鹿!」
「サ、サラ……!」
 無鉄砲というか無謀というか、領主のことを怒鳴りつけた妹を慌てて姉がたしなめる。彼女にしても、今更自分たちが生きてここを出られるとは思っていない。だが、どうせ殺されるにしても、わざわざ相手を怒らせてより過酷で無残な死を招くことはない、と、そう判断しているのだ。
「だって、そうじゃないか、ジェシカ姉さん! ボクたちは何にも悪いことなんかしてない! イリア姉さんが呼んでるって言うから来たのに、何でいきなりこんな目に合わなきゃいけないのさ!?」
 縛られた身をよじり、姉の方へ向き直ってサラと呼ばれた少女がそう叫ぶ。おお、と、わざとらしく領主が手を打った。
「そう言えば、まだお前たちは会っていなかったのだな。待っておれ、すぐに会わせてやる」
 領主の言葉に、下男がのそりと壁際に置かれたついたての元へと移動する。彼がそのついたてをくるりと半回転させると姉妹がはっと息を飲んだ。
「イ、イリア、姉さん……?」
 呆然と、サラがそう呟く。ジェシカの方は声もでない。ただ大きく目を見開いてそれを見つめている。
 ついたてには、まるで昆虫の標本のように少女の死体が張りつけられていた。両腕と両足はそれぞれ肘と膝の辺りで切断され、右目があった部分は今はただうつろな黒い空洞になっている。幼いながらも確かにあったはずの二つの胸のふくらみは、無残に切り取られて赤黒い断面をさらしており、縦に裂かれた腹部からは内臓がはみ出している。身体のあちこちには太い釘が打ちこまれ、彼女を板に張りつけていた。ぽたぽたと、それらの傷口からまだ血が滴っているのが生々しくも無残だ。
「今朝方までは、生きていたのだがな」
「こ、この、人殺し! 何で、こんな酷いことが出来るの!?」
 軽く肩をすくめる領主へと、ポロポロと涙をこぼしながらサラが叫ぶ。いかにも心外といった表情を浮かべて領主は彼女の顔を見つめた。
「酷い? 当然の酬いという奴だよ、これは。
 この女は、私の側室でありながら別の男と通じた。それだけでなく、姦通の罪によって罰を与えたところそれを逆恨みし、私を暗殺しようとまでしたのだぞ? 極刑を以って罰するが当然であろうが」
「そんなの、嘘だ! イリア姉さんがそんなことするはず、ない! お前はっ、人を殺すのを楽しんでるんだろっ。この、悪魔!」
 サラが身をよじりながらそう叫ぶ。下男はついたてを彼女たちのほうへと向き直らせた後で再び二人の肩を押さえつけに戻ったのだが、彼がそうしていなければ領主へと体当たりでもしそうな勢いだ。
 実際、彼女の言う通り、領主の言葉は事実ではない。姦通にしたところで彼がそうなるように仕組んだだけの話だし、暗殺未遂に至っては完全に事実無根だ。だが、死人に口なしの言葉があるように、今となってはイリアの無実を証明できる者は居ない。例え証拠があったとしても、絶対の支配者である領主が黒といえば白いものも黒くなるのだが。
「お前は悪魔だ! そうだよ、悪魔じゃなきゃ、こんな酷いこと、出来るはずないもの。人の皮をかぶった悪魔なんだ!」
「……元気がいいのはいいが、少しうるさいな。おい」
 少し辟易したように、領主が少し離れた場所に控えていたメイドへと声を掛ける。僅かに驚いたように目を見開いた彼女へと、無造作に懐から取り出したギャグを放る。
「黙らせろ」
「……はい」
 一瞬の逡巡の後、メイドが頷く。下男がなおもわめき続けるサラの顎へと手をかける。大きく開いたまま固定された口の中へと球形に削った木片を押し込むと、そこから伸びた革ベルトを頭の後ろへと回して固定する。木球によって舌を押さえられ、むぐむぐとくぐもった呻きをサラが漏らした。木球には空気穴など空けられていないから、口では息をしにくい。小さな鼻をヒクヒクと動かしながら懸命に息をするサラのことをメイドは無表情に見下ろしていた。
「……まずは、お前からだ」
 少し調子が狂ったような表情で領主がサラへとそう告げる。うぐうぐと、声にならない抗議の声を上げるサラの首に、下男が鉄製の首輪を巻きつけた。首回りよりも多少輪は大きく、息を詰まらせるようなことはないものの、これから何をされるのか流石に不安になったのか、サラの瞳に僅かに怯えの色が浮かぶ。
「ま、待って! 妹は、妹だけは……!」
 無残なイリアの死体に呆然としていたジェシカが、そう哀願の声を上げる。その声に領主は薄く笑っただけで何も答えない。下男が、肩へとサラのきゃしゃな身体を担ぎ上げた。
「んんー、んー、んんーんー」
「お願いです。どうか、どうか御慈悲を」
 口を塞がれ、くぐもった声を出すことしか出来ずにサラが足をばたばたさせる。だがその抵抗も、屈強な下男の足どりを揺らがせることすら出来ない。すがるようなジェシカの声も、その歩みを止める役には立たなかった。
 下男は、壁まで歩くとそこのレバーをぐいっと引いた。天井からがらがらと音を立てて大きな鉄の檻が降りてくる。檻、というよりも、大きな鳥篭か。ただし、その篭を構成する鉄の柱からは、何本もの鋭い刺が内側へと向けて突き出しているのだが。
 篭の高さは、大人であれば身を屈める必要があるだろうが、サラぐらいの体格であれば中で普通に立つことも出来るという程度。直径は、大人が二人、両手をつないで輪にすれば何とか抱えこめるかどうか、というぐらいか。どういう風に使い、どういう結果をもたらすのかは一目瞭然だ。
「お願いです、やめてください。ね、ねぇ、あなた。あなたからも言ってちょうだい。どうかこんな酷いことはしないでくださいって」
 ジェシカが、まだ話が通じそうだと判断したのか、メイドへと向かってそう呼びかける。ちらりと自分の方へと視線を向けてきたメイドに向かい、領主は楽しそうに笑いながら命じた。
「篭の扉を開けてやれ。奴は両手が塞がっているからな」
「……はい」
 領主の言葉に頷くと、メイドが篭へと歩み寄る。唯一味方になってくれたかもしれない彼女のその行動に、ああっと絶望の声をジェシカが漏らした。がっくりとうなだれ、低くすすり泣く。
 メイドの手によって、篭の扉が開かれる。篭の中にサラを押しこむと下男が手早く扉を締めた。彼がレバーを再び動かすと、じゃらじゃらという鎖を巻き上げる音と共に篭が床から離れる。
「ん、んんっ」
 篭が巻き上げられていく途中でバランスを崩しかけ、サラが恐怖の声とともに身体を動かす。恐怖の為か、彼女の全身にはびっしょりと汗が浮かんでいた。
 篭の底が、丁度下男の目の高さに来た辺りで上昇が止まる。篭の棒の一本に鉤爪付きのロープを引っ掻けると、下男はロープを引っ張りながら部屋の反対側へと歩いていった。ロープに引っ張られて篭が徐々に傾いていく。
「んっ、んんっ、んーっ」
 恐怖に顔を引きつらせながら、サラが懸命にバランスを保とうと身体をよじる。バランスを崩せば篭から生えた刺で貫かれることになるのだからそれも当然だが。
 突然、下男がロープから手を離した。傾いた篭が、振り子のように揺れる。たまらずにサラがバランスを崩した。
「んんーーーっ!」
 背中側から篭に叩きつけられ、サラが悲鳴を上げてのけぞる。刺の長さは、指の関節一つ分ほどしかない。例え根元まで突き刺さっても致命傷を与えない長さだ。特に背中側には後ろ手に拘束された腕があるわけだから、内臓に達するような傷はつきようがない。
「ん、ぐぅ……」
 サラが痛みに呻く。背中に刺さった刺を引き抜こうと反射的に一歩前へと足を踏み出す、丁度そのタイミングで篭が壁へとぶつかった。
「ふぐっ」
 重心が前にかかった瞬間に衝撃を受け、サラの身体が篭の刺へとつんのめる様にぶつかっていく。ほとんど膨らんでいない幼い胸や腹へと刺が突き刺さり、柔らかい肌と肉を裂く。
「ふ、ぐぅ。んんー」
 刺の痛みから逃れようと、サラが一歩後ろに下がる。だが、ぐらぐらと揺れる不安定な足場で足を取られ、よろめいた拍子に今度は肩から体当たりするような形で篭の刺へと突っ込んでしまう。
「んぐ、んっ。んぐーっ」
 苦痛の呻きをあげながら、サラがなんとか身体を篭の刺から引き離した。全身血まみれになり、がくがくと足を震わせながら懸命にバランスを取っている。
 ぐいっと、床に落ちたロープを下男が引いた。ぐらりと篭が揺れ、辛うじて保っていたサラの身体のバランスがあっさりと崩れる。
「むぐぁぁっ」
 篭へと身体を打ちつけ、サラが悲痛な呻き声を上げる。彼女の首に巻かれた鉄の輪と刺がぶつかりあって硬い音を立てた。気管なり頚動脈なりをうまく裂かれればこの篭の短い刺でも致命傷になりうるのだが、首輪のせいで楽に死ぬことも出来ないわけだ。
「む、ぅ……うぐむあぁっ」
 篭が揺すられ、バランスを崩したサラが顔から刺へと突っ込む。刺の一本が彼女の目を突き、絶叫を上げさせる。よろめいたサラの顔は鮮血にまみれ、潰れた左目からは文字通りの血の涙が流れている。
「やめて……! お願いっ、もう止めさせてっ」
 ジェシカが悲痛な叫びを発した。目を閉じ、妹の無残な姿を見ないことは出来る。だが、両腕を背中側で拘束されているから、サラの上げる悲鳴から耳を塞ぐことは出来ないのだ。
「私が代わりになるからっ。だから、だからもう、妹にこれ以上酷いこと、しないでっ」
「ふむ、美しい姉妹愛、か。だが、そういう代物は、前にも見たことがあるからな。二番煎じというのは詰まらんものだ。
 おい、続けろ」
 ジェシカの哀願の声をあっさりと無視し、領主が下男にそう命じる。頷きもせずにロープを操作し、下男がぐらぐらと篭を揺らした。
「むぐぅっ、ぐっ、むあーーっ」
 短くも鋭い刺が柔らかい肌を貫き肉を裂く。ぐらぐらと揺れる篭の中、まともにバランスを保つことも出来ずにサラが何度もよろけ、刺の洗礼を浴びる。全身はあふれだした鮮血によって真紅に染まり、篭の下の辺りの床にも血溜りが出来る。
 しばらくそうやって散々サラを痛めつけてから、下男がロープを操る手を止めた。ずるずるとサラがその場へとへたりこむ。もっとも、もう上体をまっすぐに保つ力もないのか、背中を篭へとこすりつけるような感じだったが。刺に引き裂かれ、背中に長い赤い傷が刻まれている。
「む、ぐぅぁ……」
 苦鳴とも、ただ息を吐いただけともとれるかすれた声を発し、がっくりとサラが首を折る。気絶はしていないらしく、微かに首を左右に振っていた。全身は真紅に彩られ、もう肌の白い色が見えている部分の方が少ないというありさまだ。
「さて、これでもまだ、さっきまでのような元気な口がきけるかな? おい、ギャグを外してやれ」
 楽しげに笑いながら、領主がメイドへとそう命じる。小さく頷いてメイドは篭へと歩み寄った。彼女の足元で、血溜りがぴちゃぴちゃと湿った音を立てる。
 篭の隙間から腕をさし込み、メイドがサラの後頭部で固定されたギャグを外す。つうっとよだれの糸を引いて口から取り出されたギャグをどうしようかと一瞬悩んだようだったが、結局そのままエプロンのポケットにしまって彼女は領主の側へと戻っていった。(挿絵)
「う、あぁ……」
 ギャグが外されても、サラの口から漏れるのは呻きだけだ。ふらふらと宙を泳いだ彼女の視線が領主の方へと向けられる。
「さて、まだ続けて欲しいかね?」
「お、お願い……やめ、て……」
 笑いながらの領主の問いに、かすれた力のない声でサラがそう答える。篭に入れられる前までの元気さは、もうかけらも残っていない。
「おやおや、すっかりしおらしくなったじゃないか。残念だな、まだ憎まれ口をたたけるようなら、終わりにしてやってもいいかと思ったのだが。おい」
 領主が下男へと呼びかける。篭の中へと腕を突っ込み、下男が無理矢理サラを立ち上がらせた。
「い、いやっ、いやあぁっ」
 恐怖の声を上げるサラが再びしゃがみこむより早く、下男がロープを掴んで篭を揺らす。先程までよりも大きく、激しくだ。
「いやあああっ、あっ、あっ、あああっ」
 篭の中で振りまわされ、サラが絶叫する。鋭い刺が突き刺さり、容赦なく肉を引き裂く。転倒してしまえば多少は楽になれるのだろうが、刺だらけの篭に身体をぶつける度に身体を支えられているようなものだから、それも出来ない。
「ああーーっ。い、やあぁっ。やめ、やめてっ、きゃあああああっ」
 サラの絶叫が地下室一杯に響く。一つ一つの傷は浅く、なかなか死ぬことも出来ない。断続的に加えられる痛みのせいで、気絶することも不可能だ。
「ひ、あっ。あぎぃっ、ああっ、痛いっ、痛いぃっ。助けっ、てっ、お姉ちゃんっ。あああぁっ」
 絶叫を続けながら、涙を流してサラが身悶える。腕に胸。腹と太股。頬、更には残された右の瞳。全身に無数の穴が空き、鮮血を滴らせる。唇や鼻も裂け、人間の顔とは思えないような醜悪な代物へとサラの顔面が変化していく。
「ひああっ、ひっ、ああっ。アアアアアアアッ」
 あふれ出す血が、徐々に彼女から命を奪っていく。ゆっくりと、緩慢に死が忍び寄る。
「あっ、ぐぅっ。くううぅぅっ。あああっ」

 ぽたぽたと、動きを止めた篭から血が滴る。中にいるのは、かつては活発だった、そして今は全身をずたずたにされ、ボロ屑のようになってしまった少女の死体だ。数十分を掛けて、じわじわと嬲り殺しにされた哀れな犠牲者だ。
「うっ……ううう。サ、サラ……」
 身体を二つに折り、ジェシカがすすり泣く。幾度となく繰り返した哀願の言葉は全て無視され、妹は激しい苦痛の中で殺されてしまった。そうして、次は自分の番なのだ。
 がらがらと音を立てて、下男が隣の部屋から台座を押してくる。その台座の三段の階段を登った上に置かれているのは、優美な女性の像だ。
「名前ぐらいは知っているだろう? 優美なる鉄の処女だ」
 自慢のコレクションを紹介するように誇らしげに、領主がそう言う。ちらりとその女性像へと視線を向けると、ジェシカは再び顔を伏せた。もう、何もかもどうでもいいという気分だった。どれほど哀願しようと、この男が気を変える可能性などありはしない。
 下男が何やら操作をすると、バタンと音を立てて像の前面が開いた。本来は、単に全体が観音開きになるだけなのだが、これは改造してあるのか、胴体部分と首から上の部分がそれぞれ別々に開いたり閉じたりするようだ。内部は、人間の形に窪んでおり、もちろん、その中には鋭く長い刺が何本も生えている。
 下男によって、ジェシカが引きずり起こされる。うなだれたまま、抵抗らしい抵抗もみせずに彼女は鉄の処女の前まで連れていかれた。両腕を拘束する縄をとかれても、僅かに胸と腰を覆うそぶりを見せただけだ。
「どうした? 随分とおとなしいではないか。これから殺されるというのに、恐くはないのか?」
「……」
 領主の言葉にも、ジェシカは沈黙のまま何も答えない。その態度に、少し不満そうな表情を領主が浮かべた。恐怖に泣きわめき、抵抗する人間を嬲り殺すのが醍醐味だというのに、ジェシカのように諦めきった態度を取られては興が削がれるとでも思ったのだろう。
「まぁ、よい。始めろ」
 軽くてを振ると、無造作に領主が下男に命じる。ぐいっと、下男がジェシカを像の内部へと押しこんだ。像の内側から生えた鋭い刺がジェシカの身体を貫く。
「く、ぅ、うああああっ」
 せめて、領主を楽しませるような真似はしまいと、悲鳴を上げないよう心に決めていたジェシカの口から意思に反して悲鳴があふれる。腹から胸にかけていくつもの灼熱感が走り、ちらりと視線を自分の身体に向けると血に濡れた刺の先端が何本も飛び出していた。
 下男が、皮のベルトをジェシカの腹へと巻きつける。慣れているのか、その作業に淀みはない。僅かに身体を動かすだけでも激痛に襲われ、苦痛の声を上げるジェシカの右腕をつかみ、像の腕の窪みへと押しこむ。びくんとジェシカの身体が震えた。
「うああっ。や、止め、て……」
 押さえつけられていない左手で、懸命に下男を押しのけようとするジェシカ。だが、両者の力の差は歴然としている。刺に貫かれ、血の筋を走らせる右腕をやはりベルトで固定すると、空しい抵抗を続ける左腕を掴み、こちらも窪みに押しこみベルトで止める。
「いっ、痛い……やめて、許して……」
 刺が貫通した傷口から、鮮血が滴る。身体を貫通するような深い傷ではあるが、重要な内臓、更には太い血管は傷つけないように配置が工夫されているから死ぬようなことはない。まして、針が貫通したまま傷を押さえているわけで、出血も最小限に押さえられる。
 胴体と両腕を拘束し、ジェシカが自力では逃れられないようにすると、下男は像の背後へと回った。扉を開閉する仕掛けに彼が手を伸ばしたところで、領主が制止の声を掛ける。
「ああ、待て。それは、奴にやってもらおう」
「え?」
 奴、と、そう呼ばれたメイドが僅かに目を見開く。
「私が、ですか?」
「そうだ。操作は簡単だからな。出来ないとは、言うまい?」
 領主の言葉に即答せず、メイドの少女が視線を鉄の処女とその内部に拘束されたジェシカへと向ける。激しい痛みに呻きを漏らしていたジェシカが、涙をこぼしながら哀願の声を上げた。
「お願い……やめて。許して……」
「どうした? 私の言葉に逆らうのか?」
 からかうような嬲るような、そんな口調で領主がそうメイドの少女に問いかける。小さくかぶりを振ると彼女は鉄の処女の方へと歩み寄った。
「いえ、御命令には、従います」
 無表情にそう答えると、鉄の処女の背後に回る。下男から二言三言の説明を受けると、彼女は無造作に仕掛けへと手を伸ばした。
「ぎゃああああああっ」
 大きく目を見開き、ジェシカが絶叫を上げる。バタンと音を立てて閉まったのは、右半身の部分だ。扉の側にも生えていた、こちらは短めながらも太い刺が、容赦なくジェシカの身体を貫き、引き裂く。
「あぐぅ、ぐぐぐ、げぼっ」
 肺を傷つけられたのか、それとも内臓からの血が逆流したのか、ジェシカが鮮血の塊を吐き出す。像の底に溜まった鮮血が、まだ開かれたままの左側から流れ出す。耳を覆いたくなるような絶叫に表情一つ変えずにメイドの手がもう一つの仕掛けへと伸びる。
「ぐぎゃ、あああああああああっ」
 先程よりも更に悲痛な絶叫。首から下は金属製の像の中に閉じこめられ、顔だけを外にさらしたジェシカがこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いて髪を振り乱し、絶叫を上げる。領主を落胆させる為、悲鳴を上げずにいようなどという決意は、全身を苛む激痛の前にどこかへふっとんでしまった。
 メイドが三つ目の仕掛けを操作する。バタンと音を立てて閉まったのは、今度は当然顔の部分だ。こちらは胴体部分と違って左右に開いたわけではなく、全体が右側に開いていたわけだが、それが閉まると周囲からは音が消えた。分厚い造りの為に、内部でジェシカが上げ続けている絶叫は外へは漏れないのだ。ただ、像の表面に走った細い割れ目から、じわじわと赤い血がこぼれ出てくることだけが最初に運ばれてきた時の像との唯一の違いだった。
 メイドが、もう一度三つ目の仕掛けを操作する。像の顔の部分が開き、中のジェシカの顔が再び外へとさらされる。
「あっ、あっ、あっ、うああああああっ」
 両目を、刺によって潰されたジェシカが血の涙を流して身悶える。肺を傷つけられて呼吸が困難なのか、はっはっはと息を大きく弾ませ、時折血の塊を吐き出す。身体を貫いた数十の針はすべて貫通したままだから、激しい痛みとは裏腹に出血量は押さえられ、彼女の命の火はなかなか燃え尽きることが出来ない。
 メイドが四つ目の仕掛けを操作する。がこんという鈍い音が響き、ジェシカが再び絶叫を上げた。外からでは何も変化していないように見えるが、実は像の底が二つに割れ、彼女の身体を宙吊りにしたのだ。全身を貫く針に体重がかかり、じわじわと引き裂かれていく。
「ひあっ、ひああっ、ぎいぃっ。痛い、痛い痛い痛い、やめてぇっ。
 殺してっ、もう、殺してぇっ。お願いっ、あああっ」
 痛みに身悶え、それが更なる苦痛を産む。連鎖的に産み出される新たな苦痛に、ジェシカが泣き、わめく。その姿にクックックと領主が満足そうな笑いを浮かべた。台座の下へと降りた下男が地下室の扉を開け、いずこかへと姿を消す。メイドの方も台座から降りると再び領主の横へと戻っていった。何の感情も浮かんでいないような表情でじっと悶え苦しむジェシカのことを見つめている。
「昼食は、いま準備させる。お前も一緒に食べるといい」
「ここで、お食事を?」
「ああ。女の悶え苦しむ姿を見ながらの食事は、極上の味だからな」
 薄く笑いながら領主がそう言う。無言のまま、メイドは視線をジェシカの方へと戻した。低い呻きに、時折叫びが混ざる。全身からゆっくりと血を抜かれているせいか、肌が透けるように白くなっていき、その表面を彩る鮮血の赤との対比が際立つ。

「うっ……く、うぅ。う、あ……ああっ」
 ゆっくりと、全身から力が抜けていく。手足の先が、氷のように冷たいのが分かる。心臓が脈打つたびに、全身に鈍い痛みが走る。けれど、その痛みに僅かに身じろぎしただけで、とんでもない激痛が全身を貫く。目を潰され、まっくらになった視界にちかちかと光が散る。
「う、あ……あああああっ!?」
 がくがくと、身体が突然前後にゆすぶられた。身体を前後に貫く傷を針が抉る。広がった傷から、暖かい血があふれ、身体を伝っていく。
「助け、て……助けて、誰か……」
 うわごとのように漏れる自分の言葉が、どこか遠くから聞こえる。耳鳴りが酷く、吐き気もする。胸の奥に熱いものが込み上げ、息が詰まる。たまらずに口から血の塊を吐き出し、かすれた息をつく。
「げほっ、げほげほ。ぅあ、くぅっ。ひ、い……あぁ」
 早く意識を失ってしまいたい。早く死んでしまいたい。こんな苦痛を味わい続けるぐらいなら、その方がよっぽどましだ。そう願いつつも、朦朧とした意識は途切れてはくれない。

 さほど待つこともなく、下男が料理人と共に地下室に戻ってくる。料理人の方は、こんな場所に連れてこられるのが嫌で嫌でしかたないといった表情を浮かべている。
 下男が、台座の方へと歩みより、がたがたと前後に揺らす。ジェシカが悲鳴を上げて髪を振り乱す。揺らされたせいで針に傷を抉られ、更なる苦痛と出血を強いられたのだからそれも当然だが。
 それが済むと下男はその場へとしゃがみこみ、台座の側面の扉を開ける。中から取り出された小さな壷には、その上で宙吊りになっているジェシカの流した血が溜められていた。台座の扉を閉めると、下男はその壷を料理人に手渡した。
 うわごとのように、ジェシカが助けてと呟く。内臓や肺を傷つけられ、体内へと溜まった血を咳込みながら吐き出す。像の表面が血に濡れ、蝋燭の炎にてらてらと輝く。見るも無残な光景だが、顔をしかめているのは料理人だけだ。下男とメイドは、完全な無表情。そして領主は愉悦の笑みを浮かべている。
 鴨のローストのソースへと、料理人が壷に溜められたジェシカの血を混ぜる。確かに鴨のローストを作る時は、鴨から絞った血を風味付けにソースに混ぜるものだが。手に付いたジェシカの血を、料理人は嫌悪を隠そうともせずに拭き取った。
 ワゴンの上に置かれた鴨肉を領主が口に運んで満足そうに頷く。
「やはり、若い娘の血はうまいな。お前も、一切れどうだ?」
「いえ……領主様と同じ物など、私には……」
「遠慮することはない。私がかまわんと言っておるのだ」
 辞退するメイドへと、更に領主が薦める。では、と、小さく頭を下げてメイドの少女が鴨肉を口に運んだ。熱を通していない、人の血の味が口の中に広がる。正直、美味しいとは思えない味だ。興味津々といった風情で自分のことを見つめている領主の前で鴨肉を飲みこみ、一礼する。
「ありがとうございました」
「ふふふ。なかなか見所があるな、お前は。気にいった。これからは、普段の雑用などしなくてかまわん。その代わり、私の楽しみの手伝いをせよ。いいな?」
「……はい。御命令とあれば、喜んで」
 一瞬の逡巡を挟み、メイドの少女が頷く。満足そうな笑みを浮かべると領主は食事を再開した。BGMとして流れるのは、悲痛なジェシカの呻き声だ。

 スープにサラダ、パン、そういった食事をのんびりと済ませ、メイドに注がせたワインをグラスの中で揺らしながら領主がジェシカに視線を向ける。かすれた呻きを上げ続けるジェシカの顔は青ざめ、すっかり血の気が失せていた。時折、ぶるぶるっと激しく震えて甲高い悲鳴を上げる。
 領主の言葉を受けて、メイドが再び台座の上へと上がる。彼女が仕掛けを操作すると、ばたんと像の右半身が開いた。
「ひいいぃぃぃっ」
 喉を鳴らし、ジェシカがのけぞる。針が傷から抜けていく痛み、吹き出す鮮血。更に、息が肺に開いた穴から漏れ、急激な呼吸困難に襲われる。
「かはっ、あ、ああっ、かはっ、ぁ、ひゅー、ふ、ぐ、ああっ」
 身悶えながら、懸命に息を吸い、吐く。左の肺が大きく膨れ、しぼむ。それが、針に貫かれた左胸にとんでもない激痛を産み、ますますジェシカの身体を責め苛む。
「がっ、ぎゃああああああっ」
 メイドの手が動き、像の右半身が閉まる。びくびくっと身体を痙攣させ、ジェシカが絶叫した。いったん針が引き抜かれ、感覚の鋭敏になった傷を再び針が抉る。もちろん、完全に同じ場所に針が刺さるわけではない。それでも針に押しのけられた肉が古い傷を半ば塞ぎ、迸る鮮血の勢いを弱める。この上もなく残酷な止血だ。
「あ、ぎぃっ。やめて、やめてぇっ。ああああああっ」
 血の涙を流し、ジェシカが叫ぶ。メイドが仕掛けを操作すると、今度は左半身の扉が開いた。ふたたびの呼吸困難と、激痛。それがしばらく続いた後で、再び扉が閉められ、ジェシカの口から絶叫を絞り出す。台座の上に吹き出した鮮血が血溜りを作る。
「ふぐっ、ぐぐぐぐぐっ、ぐぅあぁぁっ」
 メイドの手が動くと、今度はばたんと両方の扉が開いた。ぴゅうぴゅうと噴水のように全身に開いた穴から血を吹き出し、ジェシカが悲鳴を上げる。両胸から息が漏れ、窒息の恐怖に表情が引きつる。
 メイドが仕掛けを操作して像の底を閉じ、下男が拘束の革ベルトを外す。どさりと重い音をたて、ジェシカの身体が自らの作った血溜りの中へと倒れ込む。ぴくぴくと全身を痙攣させながら、ジェシカは這いずり、すくいを求めるように手をさしのべる。
「あ、あ、あぁ……助け、て……助、け……た……」
 力を失い、さしのべられた手が落ちる。全身から血をあふれ出させ、ジェシカが痙攣する。まだ絶命はしていないようだが、口からあふれるのは血の泡ばかりで、もはや何を言っているのか聞き取ることは出来ない。
「死体は片付けて置け。ああ、それぞれ別の場所に、な」
 既に三姉妹には興味を失った口調でそう命じると、領主は椅子から立ち上がった。
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