6月18日 晴

 他の街と同じように、私たちの街でも魔女狩りは行われています。といっても、特に他の街と比べて変わったことをやっているわけではありません。審問から処刑に至る手順も他の街と同じですし、風の噂で聞いたある街のように毎日のように処刑が行われる、なんてこともありません。
 領主様は確かに残酷な所のある方ですし、自分の楽しみの為に平気で人を殺したりもしますけど、どうも『魔女狩り』は領主様の趣味とは合わないらしいんです。大体の手順が決まってしまっているのが面白くないんじゃないかなって、私は勝手に思っているんですけど。
 そんなわけで、昨日行われた魔女の火刑に領主様はあんまり興味を示しませんでした。一応、領主としての立場がありますからその場に立ち合いはしたのですが--ついでに、私も連れていかれましたが--、地下室で拷問や処刑を行っている時と比べて明らかにつまらなさそうにしていました。
 私自身は、魔女の火刑は十分残酷だと思いました。立てかけられた藁の束のせいで、苦しんでいる魔女の姿そのものは見えないのですが、身体を生きながら焼かれる絶叫はいつまでも耳に残るのではないか、と、そう思わされたほど悲痛なものでしたから。
 けれど、私は少し甘かったみたいです。今日、領主様がやった処刑方に比べれば、火刑はまだしも楽に死ねる方法ではないでしょうか。よく、『火あぶりになるくらいなら七回首をはねられたほうがまし』、とか言いますけど、私はあんな死に方をするぐらいなら火あぶりになったほうがよっぽどましだと思いました。
 ……たかが、その辺の雑貨屋で買ってきた壷を割ったというだけの罪で、あんな残酷な殺され方をされた人の魂が安息を得られますように。そして、命じられたとはいえ、その処刑に手を貸してしまった私の魂を、主よ、どうかお救いください。

 薄暗い地下室の天井から、滑車と鎖によって一人の女が吊るされている。年の頃なら二十一か二、気の強そうな美女である。当然、一糸まとわぬ裸身だ。
 吊るし責めといった場合は、背中側でまとめた腕をねじるようにして吊るし上げる。そうすることで肩や肘に耐えがたい激痛を走らせるのだ。だが、今の彼女は普通に万歳するような形で両腕を伸ばしており、体重によって手かせが手首に食いこむ痛み以外の痛みは感じていない。
 にもかかわらず、彼女は全身にびっしょりと汗を浮かべ、美貌を恐怖に引きつらせている。理由は簡単。彼女の吊るされている真下には大きな--それこそ、人が優に大の字に寝転べるほどの--鉄板が置かれており、その鉄板の下では石炭が大量に燃やされているからだ。
「くっくっく……どうした? アーニス。恐怖のあまり口もきけぬか?」
 嬲るような笑みを浮かべ、領主がそう吊るされた女へと問いかける。がちがちと奥歯を鳴らしながら、アーニスと呼ばれた女が口を開いた。
「や、やめてよっ。こ、こんな酷いことをされなきゃいけないようなこと、私はしてないわっ」
「ほう。貴様が割ったあの壷の値段、いくらだと思う? 貴様の一生の給金、いや、お前の家族の収入全てを一生分注ぎこんだとて、到底払える額ではないのだぞ? 何しろ、あれはいいものだからな」
「そ、そんなっ……! あの壷は、どう見たってその辺で売ってる安物じゃ……!?」
「貴様のような下賎の者に、真の美術品の価値など分かるはずがなかろうが。
 さて、始めるとするか」
 侮蔑の表情でそう言うと、領主が壁際に立つ下男に視線を向ける。無表情に小さく頷くと、下男は壁のレバーをぐいっと引いた。じゃらじゃらと鎖を鳴らしながらアーニスの身体がゆっくりと降りてくる。
「ひいぃっ、イヤッ、止めてっ」
 恐怖に表情を引きつらせながら、アーニスが足を曲げ身体へと引きつける。頃合を見計らって下男がレバーを戻す。足を伸ばせば鉄板に足の裏が触れることになる位置で彼女の身体が止まった。
「くくく、いつまでその体勢が持つかな?」
「う、うぅ……」
 嬲るような領主の言葉に、アーニスが小さく呻く。彼の言うように、こんな体勢をいつまでも続けられるはずもない。吹きだした汗が肌の上を伝い、鉄板の上に滴り落ちて白い蒸気を上げた。
 あらかじめ、指示をされていたのだろう。メイド服を着た少女が、鉄で出来た大きな熊手のようなものを持って歩み出る。ぷるぷると痙攣を始めたアーニスの太股に、メイドの少女はその熊手の先端を引っ掻けた。白い柔肌を鋼鉄の鉤爪が破り、真っ赤な鮮血をあふれ出させる。
「ヒッ」
 悲鳴を上げてアーニスが身体をのけぞらせる。痛みに反射的に足がぴんと伸び、足の裏が灼熱した鉄板へと触れた。
「ギャアアァッ」
 じゅうっという、肉の焼ける音が一瞬響いた。鉄板に触れた右足を持ち上げた拍子に、今度は左足が鉄板に触れる。
「ギャッ、アッ、あ、あ、熱いっ、熱、っ、ぎゃあああっ」
 左足を持ち上げると右足が鉄板に付き、その熱さと痛みに跳ね上がると左足で鉄板に着地してしまう。身体をくねらせ、汗と涙を飛び散らせながらまるでダンスでも踊っているようにぴょんぴょんとアーニスが跳ねまわる。両足を共に曲げればとりあえずはこの地獄からは解放されるのだが、痛みのあまりそんなことを考えている余裕などどこにもない。
 肉の焼ける、嫌な臭いが周囲に立ちこめる。油など引かれていない鉄板に皮膚や肉が張りつき、剥がれる。汗や血が飛び散り、鉄板の上で白煙を上げる。
「ひいぃっ、ひいっ、ひっ。嫌ああああぁっ」
 狂ったように悲鳴をあげながら踊り続けるアーニス。下男が無表情にレバーを引くと、じゃらじゃらと音を立てて鎖が降りる。ぐらりとバランスを崩したアーニスが鉄板の上に尻餅をついた。
「ギィヤアァァッ」
 悲鳴を上げ、アーニスが身体を弓なりにそらせた。当然、両足が鉄板に付き、再びの悲鳴を上げて足を跳ね上げる。上半身は鎖によってまだ引き上げられたままだから、鉄板に触れる可能性があるのは下半身だけだ。尻や足を鉄板で焼かれ、悲鳴を上げてアーニスがのたうちまわる。
「ヒギィッ、ギャ、ギャ、ギャアアァァッ」
 アーニスがのたうちまわるたびに、鉄板に皮膚が張りつき、べろりと剥がれる。鉄板に触れる時間はほんの一瞬で、肌は焼けても肉の深い部分までは熱が通らない。出血も、すぐに鉄板で焼かれて塞がれるから、量としてはたいしたことがない。それは即ち、激しい痛みを味わいながらも死に至るまでは長い長い時間がかかるということだ。
 のたうちまわっているアーニスの左足を、メイドの少女が表情一つ変えずに熊手で鉄板に押さえつける。じゅうっと白煙が上がり、上半身を大きくのけぞらせてアーニスが絶叫を上げた。自由になる右足がばたばたと暴れる。
「嫌あぁっ、止めてぇっ。熱い、熱いぃっ。ぎゃああああああっ」
 涙で顔をべとべとにし、髪を振り乱してアーニスが叫ぶ。その悲痛な叫びにも、メイドの少女の表情は動かない。レバーを操作していた下男が、メイドの持っているのと同じ熊手を手に鉄板へと歩み寄った。ばたばたと暴れているアーニスの右足を無造作に鉄板に押しつける。流石に力の強さが違うのか、メイドの方は体重を掛けて全力を出しているという感じがあるのに下男の方は悠然としている。
「ひぎぃぃぃっ」
 アーニスが激しく上半身を暴れさせる。彼女の上半身を吊り上げている鎖がじゃらじゃらと鳴った。じゅうじゅうと肉が焼け、何とも形容できない臭いが立ちこめる。
「イギィッ、ギッ、グギャ、アァ……」
 びくびくっと、ひときわ激しく身体を痙攣させるとアーニスの身体から力が抜ける。完全に気絶してはいないようだが、瞳がぼんやりとして焦点を結んでいない。
 下男が、熊手でアーニスの足を押さえるのを止めて再び壁のレバーの元へと戻る。彼がレバーを操作すると、じゃらじゃらと鎖が降りた。今まで鎖に吊られていた上半身が、鉄板の上へと落ちる。
「グギャアッ!?」
 新たな痛みに、ぼんやりとしていた意識が覚醒した。鈍くなっていた下半身の痛みがよみがえり、脳裏を貫く激痛となって襲いかかる。背中全体を焼かれる新たな痛みがそれに加わり、アーニスの口から絶叫を絞り出す。海老のように激しく身体を跳ねさせ、アーニスは鉄板の上を転げ回った。もちろん、緩んだとはいえ両手は相変わらず鎖で拘束されており、彼女が鉄板の上から逃れることは出来ない。かえって、無事な身体の前面を鉄板で焼かれるだけだ。
「うぎゃああああっ、ぎゃあぁっ、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあああっ」
 鉄板の上で海老のように跳ねまわり、のたうちまわるアーニス。左右から、メイドと下男が熊手で彼女の胸を押さえこんだ。二つのふくらみに鉄の爪が食いこみ血をあふれさせる。本来ならばそれはとんでもない激痛のはずなのだが、押さえこまれることで鉄板に密着し、焼かれていく背中の痛みがそれをかき消してしまう。
 がんがんと、木製の手かせが鉄板に打ちつけられ、大きな音を立てる。両足は焼かれていて弱々しくしか動かず、胴体は左右からがっちりと熊手によって押さえつけられているから自由に動かせるのは手と頭だけだ。鉄板の上に広がった美しい金髪が、熱によって縮れ、嫌な臭いを立てている。
「いやっ、助けてっ、熱い、熱いぃっ。ゥギャアァッ」
 首を振り、哀願するアーニス。その哀願の声が、途中で悲鳴に変わる。胸を押さえていた熊手をいったん離し、彼女の身体の下へとさし込むと下男が一気にひっくり返したのだ。さっきのたうちまわった時にいくらかは焼かれてはいるものの、比較的無事だった身体の前面が鉄板に押し付けられる。
「ギィッ、ギギギギ、ギャアアアアアアッ」
 凄絶な悲鳴を上げ、アーニスが身体を震わせる。二つのふくらみが鉄板と身体との間で押し潰され、焼かれて溶けた脂肪が流れ出す。さっきまで焼かれていた背中側は、皮がべろりと剥け、剥き出しになった肉が焦げて見るも無残な姿になっていた。(挿絵)
 下男が、熊手をアーニスの背から外した。死にもの狂いになって暴れる彼女を少女一人の力では到底押さえることは出来ず、半分弾かれるような感じでメイドがよろける。
 熊手から解放され、再びばたばたと鉄板の上を転がりまわるアーニスへと、下男が大きな袋から掴み出した白い粉を振りかけた。その粉が剥き出しになった肉に触れた途端、アーニスが絶叫を上げて身体を強張らせる。
「あれ、は……?」
 領主の側へと戻り、メイドの少女が囁くようにそう問いかけた。くつくつと楽しげに笑いながら、領主が軽く肩をすくめて答える。
「塩だ。肉を焼く時には必要だろう?」
「……ええ」
 小さく頷いて、メイドの少女が鉄板の方へと視線を戻す。その間にも、無造作な手付きで下男が塩をアーニスの身体へとふりかけ、絶叫を絞り出している。鉄板で肌と肉を焼かれる痛み、それに剥き出しになった肉へと塩を振りかけられる痛み。二つの痛みが間断なくアーニスを責めたて、途切れる事のない絶叫を上げさせている。
 じゅうじゅうと、肉の焼ける音と臭いが部屋に充満する。激しかったアーニスの動きが徐々に弱まり、痙攣するような小さな動きに変わる。何度か、下男が熊手で彼女の身体をひっくり返し、身体の前と後ろをまんべんなく焼き上げ、塩を振る。その度に上がる悲鳴もしだいに絶叫から呻きに近いものへと変わっていった。
「ふむ。よく焼けたようだな。そろそろ食べてもよかろう」
 アーニスの動きがほとんどなくなり、上げる声もじゅうじゅうという肉の焼ける音にかき消されて聞こえなくなった頃合を見計らい、領主がそう告げた。何の感情も表情には浮かべず、下男がレバーを操作する。じゃらじゃらと鎖が鳴り、アーニスの身体を再び吊り上げた。死に切れずにいるのか、弱々しい呻き声がアーニスの口から漏れている。誰の目にも、そう長くはもたない、命の残り火が微かに燃えているだけだというのが分かる状態だったが。
 吊り上げられたアーニスの身体にメイドが熊手を引っ掻け、手前へと引っ張る。それに合わせて下男が鎖を緩め、アーニスの身体が鉄板の上から外れるようにする。下に台車の付いた木の台の上にアーニスの身体が横たえられた。
 下男が彼女の手から手かせを外し、ごろごろと台車の音を立てながら領主の前に運ぶ。時折、痙攣しつつ引きつった息を吐く彼女の太股へと、メイドの少女が包丁を当てた。
「ギ、グゥ……」
 メイドの手に力が篭り、包丁の刃がこんがりと焼かれたアーニスの太股へと食いこんだ。びくっと身体を震わせ、かすれた呻きをアーニスが上げる。下男が足を押さえつけ、メイドが刃を横に動かして太股の肉を骨が露出するほど大きく切り取った。皿の上に、切り取られた肉片が乗せられる。
「どうぞ」
 無表情に、メイドが領主へと皿を差し出す。小さく頷いてその皿を受け取ると、領主はくっと唇の端を曲げた。
「おお、そうだ。お前たちも夕食はまだだろう。遠慮することはない。好きな部分を持っていきなさい」
「は、はい……」
 僅かなためらいを一瞬見せつつも、メイドの少女が頷く。どこに刃を当てようか僅かに悩むように視線をアーニスの身体へと走らせ、結局彼女は左腕の肉を薄く削ぎ取った。真っ赤な血があふれ出し、木の台の上に広がる。小刻みに痙攣しながら、アーニスが小さく悲鳴を上げた。
「それだけでいいのかね?」
「はい。普段から、少食なもので……」
「ふむ。まぁ、よかろう」
 無表情に答えるメイドに、くっくっくと笑いを上げながら領主が下男に視線を向ける。アーニスから包丁を受け取った下男は無造作にアーニスの腹へと包丁を走らせた。ヒグッっと悲鳴を上げてアーニスが身体を震わせる。びくびくと身体を痙攣させる彼女の腹を縦に大きく割り開き、下男は腸をつかみだした。ぶつ、ぶつっっと無造作に包丁を振るって切断すると、血を滴らせるそれを大きく口を開けてほおばる。
「は、ぎ、ぎぐっ」
 どくどくと血を流しながら、アーニスが口をぱくぱくと開け閉めする。全身にひどい火傷を負い、のたうちまわるだけの力も残っていないらしい。一瞬目を伏せ、メイドの少女も切り取った腕の肉を口にした。
「くくくくく……やはり、血の滴る肉はうまいな」
 皿に乗せられた肉をナイフで切り分け、口に運びながら楽しそうに領主が笑った。
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