7月13日 晴

 私がこのお屋敷で働き始めてから、もう四ヶ月になります。その、さして長いともいえない間に私と一緒にご奉公に上がった五人のうち、もう二人が命を落としてしまいました。古くからこのお屋敷にお仕えしている人たちは、最近の領主様は少し以前とは変わってきているって不安そうに噂をしていましたけど、実際、今までは比較的安全だったはずのメイドに死者が出ているんですからそれも無理ないとは思います。ただでさえ、最初からある意味死を予定されている側室の人たちなんて、もうどうしようもなく怖いんじゃないでしょうか。何の美味しい思いも出来ずに惨殺される可能性も、高くなっているのですから。
 それにしても、と、時々私は不安になります。今の私は、一応メイドということにはなっていますが、実際にはメイドらしい仕事は何一つしていません。夜のお相手をするでもなく、日常の仕事もしない。そんな、知らない人から見ればただの給料泥棒でしかない私が、側室に与えられるような個室を与えられているんですから、事情を知らない人からやっかまれるのはしかたないと思います。正直、あんな拷問に立ちあわされることを考えれば決して優遇されているとは思いませんし、代わって欲しいと言われれば喜んで代わりたいぐらいですけれど。
 拷問にかけられ、それでも殺されずに済んだ人たちの口から、私が拷問の場に立ちあったこと、更には拷問を加える側に回ったことなどが伝えられています。そのせいで、最近では周囲の人たちからすっかり孤立してしまいました。もっとも、私のこの性格では、そんな事情がなくても親しい友人なんて作れっこなかったんじゃないか、とも思いますけど。
 ただ……最近、領主様の拷問が、以前と比べても理不尽になってきているような気がしてちょっと不安です。確かに、以前から無実の罪を着せるようなことは頻繁に行われていたようですが、それでも一応は『死に値する』罪を犯したという体裁を整えていたはずです。最近では、本当に理不尽な理由で拷問される人が増えましたし、そのまま殺されてしまうことも時にはあります。
 今日、殺されたのは、私と同期の女の子でした。彼女とは、親しくつきあっていた訳ではありません。いえ、むしろ、向こうのほうでは私のことを嫌っていたらしくて、嫌みをいわれるぐらいは日常茶飯事、この間なんか、顔を平手でぶたれたりもしました。相手の気持ちもよく分かりますから、別にそれを恨みには思っていません。結果的には、私の手で酷く彼女を苦しめるようなことになってしまいましたけど、それは単に領主様の不興を被りたくなかったというだけの理由(こと)で、恨みを晴らすとかそう言う気持ちは全然なかったんです。……自分が酷い目にあいたくないから、他人を酷い目にあわせただけ、なんです。
 彼女が殺された理由は、職務怠慢。殺されるに値するとは到底思えない、些細な理由です。軽い懲罰を受けることぐらいはしかたないかもしれませんけど、そもそも、このお屋敷は大きいけれど使われていない部屋が大部分を占めていて、日常のメイドの仕事はそんなに多くありません。他の人と比べて彼女がとりたてて不誠実だったというわけではないんです。客観的に見れば、彼女が殺されなければならない理由なんて、どこにもないはずです。そもそも、夜のお相手をしたりして領主様と頻繁に触れあう側室と違って、メイド一人一人の名前や生活なんて、領主様がいちいち気にしているとも思えません。どうして彼女が殺されなければならなかったのか……私には分かりません。
 ただ、彼女にぶたれた後で領主様に会った時、頬が赤くなっている理由を聞かれて正直に答えたんですけど、その時に領主様がひどく恐い顔をしたのを覚えています。まさか、私をいじめたのが原因で彼女が殺されるような羽目になった、とは思えませんけれど……。

「いやぁっ、どうして!? どうして私がこんな目にあわなきゃいけないの!?」
 獣を吊るすように、両手両足をひとまとめに縛り上げ、天井から吊るされた少女が悲痛な表情でそう叫ぶ。全部で何室あるのか定かではない、屋敷の地下室のうちの一つ。山の中腹に立つこの領主の館は、地上部分よりもよほど広大な地下部分を持っているのだ。
 一糸まとわぬ全裸の少女が吊るされているのは、大釜の真上だ。その大釜の中に満たされ、熱せられているのは湯ではなく油である。もっとも、今はまだ、沸き立つほど高温ではない。ただの熱湯でも充分人を殺傷する能力はある訳だが、それが沸き立つ油ともなれば漬けられた瞬間に致命傷となるだけの火傷を負い、その後で苦しむ時間はほんの数分だ。それでは、領主が楽しむ目的には役に立たない。
 とはいえ、沸いてなくても油は油。その温度は人を火傷させ、苦しめるには充分すぎるほど高い。吊られた背中に熱気が伝わり、少女の表情を恐怖に引きつらせている。
「どうして? 働きもせずに散々給料を只取りしてきたのだ、当然の酬いと言うものであろう? お前にこの四ヶ月で払った給金は、盗めば首が飛ぶだけの金額には十分達しているぞ?」
「嘘よぉっ。私はっ、私はちゃんとまじめに働いてたわっ! 給料泥棒なんかじゃないぃっ! も、もし仮にそうだとしても、こんな酷い目にあわされる道理はないわっ」
 領主の言葉に、吊られたまま少女が泣きわめく。愉快そうに領主が唇を歪めた。彼にとっては、『獲物』が元気であればあるほど楽しみが増えるのだ。
「ミ、ミレニアっ。あ、あんたの仕業ねっ!? 私のことを恨んで……!!」
 ゆらゆらと身体を揺らしながら、少女がそう叫んだ。彼女の憎悪のこもった視線を受けたメイドの少女は、しかし、表情一つ変えるでなくただ黙って泣きわめく少女のことを見つめている。その顔には何の感情も浮かんでいない。
「何とか言いなさいよっ! りょ、領主様のお気に入りだからって、こんなことが許されるとでも思っているの!? ミレニア!」
「……」
 少女の叫びにも無言のまま、メイドが領主のほうを振り返る。くっと唇を歪めると、領主はひらりと手を振った。好きにしろ、とでも言いたげに。ゆっくりとメイドの少女が壁のレバーへと歩みより、無造作にレバーを引いた。
「きゃーーっ」
 がくん、と、吊られた少女の身体が少し落下して止まる。恐怖に表情を引きつらせ、ひっ、ひっと引きつった呼吸を繰り返す。
「い、嫌……きゃあーーっ」
 がくん、と、また少し少女の身体が下がる。徐々に自分の身体が熱油を満たした釜へと近づいていく恐怖に、涙を流して少女が絶叫した。
「嫌ぁっ、許してっ。殺すなら、一思いに殺してっ。嬲り殺しにあうのは嫌ぁーーっ」
 少女の絶叫に、領主が軽く手を上げた。それを見てメイドがレバーを元の位置に戻す。
「ミレニア。そのレバーの操作の説明は、当然覚えているな?」
「はい」
「アルテナの願いを聞き届けて一気に浸すもよし、少しずつ下げていくもよし。お前の好きにするがいい」
 くっくっくと笑いながら領主がそう言う。その言葉を聞いたアルテナが、すがるような視線をメイドの少女--ミレニアへと向けた。
「お、お願いっ。ぶったことは謝るからっ、許してっ。ね、ねぇっ、嬲り殺しになんてされたくないのよぉっ」
「……」
 泣きながら哀願する少女と領主とを、無言のまま交互に見つめるとミレニアはレバーを動かした。がくんっ、がくんっ、と、落ちては止まり、また落ちては止まりをくり返しながら徐々にアルテナの身体が下がっていく。ひいいっっと喉を鳴らし、アルテナが身体を揺すった。
「酷いっ、酷いわっ。ああっ、嫌っ、恐いっ。許してっ……ぎゃああああっ」
 泣きわめいたアルテナの背が、熱油に触れる。悲鳴を上げて彼女は身体を震わせた。がくんっ、と、再び少女の身体が下がり、胴体部分が油の中に沈む。かなり豊かな乳房や、ねじ曲げた首などはまだ油の上に顔を出している状態だ。そこで、ミレニアがレバーを静止の位置に戻す。
「ぎゃあっ、熱いっ、嫌っ、ぎゃ、あっ、熱いぃっ。嫌あああっ、助けてっ、許してっ、ひいいいっ」
 彼女が身体をのたうたせるたびに、ばしゃばしゃと油面が激しく波だつ。瞬時に火傷をするほど高温ではない油が、見る見るうちに彼女の肌を真っ赤にしていく。いっそ、死ぬなり気絶するなりしてしまえば楽なのだろうが、不幸にも彼女の意識ははっきりとしていた。全身の皮膚が焼けただれていく激痛を感じながら、アルテナが悲鳴を上げ、身体をのたうたせる。
「いぃっやあぁっ、殺してっ、殺してよぉっ。嫌っ、助けてっ、許してっ、お願いっ。ああああああっ」
 ミレニアが、レバーを一番上、巻き上げの位置に動かす。がらがらと音を立てて鎖が巻き上げられていき、真っ赤になったアルテナの身体が油から引き上げられる。ひくひくと全身を痙攣させ、引きつった呻きをもらすアルテナ。無表情にそれを見つめるとミレニアは下男の方へと視線を向け小さく頷いた。下男が大釜の上に蓋をし、ミレニアがレバーを一番下まで入れてどさりとアルテナの身体をその蓋の上に落とす。身体を打ちつけ、アルテナの口から呻きが漏れた。
 ぐったりとしているアルテナのいましめをいったん解き、下男が側に置かれていた台の上に彼女をうつぶせに寝かせる。そのまま、彼女の手首や足首を台から生えたベルト状の拘束具で固定すると、下男はミレニアに場所を譲った。無言・無表情でミレニアがうつぶせに台に縛りつけられたアルテナの元へと歩み寄る。
「う……あ……ニア、助け、て……酷い、こと……しない、で……」
 僅かに顔を上げ、うわごとのようにアルテナがそう呟く。無言のまま、ミレニアはスカートのポケットから何かを取り出した。アルテナの瞳に、怪訝そうな光が浮かぶ。ミレニアが取り出したのは、風呂場の掃除に使う金ダワシだった。
「ね、ねぇ……嘘、でしょ? 嘘だって、言ってよっ、ねぇっ!」
 ゆっくりと台の上に上り、自分の尻の辺りに馬のりになるミレニアへと、アルテナは恐怖に満ちた声でそう呼びかけた。返事は、すぐにあった。言葉ではなく、行動によって。
「ぎゃああああああっ」
 悲痛なアルテナの悲鳴が部屋の空気を震わせ、くっと領主が唇を曲げる。熱油に漬けられたせいで真っ赤になり、所々に水ぶくれを生じていたアルテナの背中を、ミレニアが手にした金ダワシでズザァッっと大きくこすったのだ。ずるりと柔らかくなっていた皮が剥け、肉が露出する。あふれ出す鮮血がタワシとそれを持つミレニアの手を赤く染める。
「ぎゃあああっ、あぎっ、ぎゃっ、やめ、てぇっ、ぎゃああああっ、やべ、やべでぇっ」
 ごしごしと、ミレニアがタワシでアルテナの背中をこする。上下に、左右に、更には丸く円を描くように、丹念にタワシでアルテナの背から皮膚を剥ぎ取っていく。髪を振り乱し、凄絶な悲鳴を上げてアルテナがもがくが、束縛は緩みさえしない。
「ぎゃああああっ、ぎゃっ。許してっ、嫌ぁっ、痛いっ、ぎゃああああああっ」
 皮膚が削れ、剥き出しになった肉が掻きむしられる。あふれ出す血は台の上に広がって血溜りとなり、返り血を浴びてミレニアが身にまとうメイド服が赤く染まっていく。
 丹念にタワシがけを終え、アルテナの背中全体の皮膚を剥ぎ取ったミレニアへと、下男が小ぶりの壷を手渡す。タワシを横においてその壷を受け取ると、ミレニアはその壷の中身--マスタードをヘラで取るとアルテナの背中へと塗り込んだ。
「うっぎゃああああああっ、うぎゃ、ぎゃぎゃぎゃ、ぎゃああああああっ」
 大きく目を見開き、獣の断末魔のような絶叫をアルテナが上げる。二度、三度と、ミレニアの手によってマスタードが彼女の背中に塗り込まれていき、赤と黄色の二色に染め分けられていく。ばんばんと手のひらで台を叩き、髪を振り乱し、激痛にのたうちながらアルテナが涙と絶叫を振り絞る。
 ミレニアが、ヘラで掬ったマスタードをタワシにのせる。ひくひくと痙攣をしているアルテナの背中を、マスタードを塗ったタワシで再びミレニアはこすり始めた。
「@&っ! △%ぁ! &*&ぃ! #●○ぅ! $**っ! ぎ×ぅ@ぃ#っ$ぁっ!!!」
 肉をタワシでこすられ、削られる激痛に、傷の奥深くにまでマスタードを塗り込まれる激痛が加わり、アルテナの口から漏れる悲鳴は既に不明瞭でまともな声にならなくなっている。今の彼女には、気絶することすら許されない。正確に言えば、痛みのあまり気絶した次の瞬間、激しい痛みによって無理矢理意識が覚醒させられてしまうのだ。口の端から大量の泡を吹き、白目を剥きかけながらも気絶することも出来ずにアルテナがのたうち苦しむ。
 散々アルテナをのたうちまわらせてから、ミレニアが立ちあがった。額に浮いた汗を無意識にぬぐったせいで、その顔にぬるりとした血の筋が引かれる。
「はぎ……ぐ、ぎぇ……ぅあぅ……」
 ひくひくと全身を痙攣させ、意味のない呻きをアルテナがもらす。下男が彼女の両腕の拘束を、ミレニアが彼女の両足の拘束を、それぞれ解く。物理的には彼女を縛りつけるものはなくなった訳だが、ひくひくと身体を震わせるだけで立ちあがることも出来ない。
 下男がいったん彼女の身体を抱え上げ、仰向けに台の上に寝かせ直した。無残にも皮膚を剥ぎ取られ、肉がズタズタになった背中が台に触れ、アルテナが悲鳴とともに身体を弓なりにのけぞらせる。放っておけば、台から転がり落ちただろうが、ミレニアが彼女の腹の上にまたがって身体を押さえつけた。
「うああっ、ああっ、痛いぃっ。止めてっ、許してぇっ」
 元々、同程度の体格の人間に馬のりになられればそれを跳ね飛ばすのは容易ではない。まして、酷い拷問によって体力気力共に消耗したアルテナには絶対に不可能だ。ばたばたと暴れる彼女の腕や足を下男が掴み、あっさりと台に拘束し直していく。
「あぎっ、ぎ、殺してっ、こんな酷い目にあうぐらいなら、さっさと殺された方がましだからっ」
 アルテナの身体が、台に完全に拘束されたのを確認してミレニアが彼女の上から降りる。大釜の蓋を開けた下男が、鉄で出来た柄杓で中の油を掬い取った。アルテナが丹念に皮を剥ぎ取られている間にも大釜の下では火が燃えつづけており、今ではかなりの高温に達している油だ。
「ぎゃああああっ、ぎゃぎゃがああああっ、ひいいいいいいっ」
 アルテナの身体の上で柄杓が傾けられる。胸の上で油が弾け、ぱちぱちと音を立てながら身体の上を流れていく。あまりの熱さに身体をよじれば、背中の傷が台にこすりつけられ、とんでもない激痛が身体を貫くし、かといって我慢して動かずにいられるようななまやさしい熱さでもない。身体の前後から激しい痛みに責めたてられ、半狂乱になってアルテナが泣きわめき、身体をのたうたせる。
 ざばりと、下男が手桶で彼女に冷水を浴びせた。塩を溶かした冷水が傷にしみ、アルテナが絶叫を上げる。水と触れあって油がバチバチバチっと激しくはねた。そこにもう一度水を浴びせ、油の温度を危険ではない程度にまで下げてから下男がミレニアの方に視線を向ける。
 ひくひくと痙攣するアルテナの腹の辺りを、ミレニアが背中側と同じようにタワシでこすり始めた。引きつった呼吸にひくひくと痙攣するように震える腹、油で無残に焼かれ既に半分皮がずるりと剥けた乳房。それらへと丹念にミレニアがタワシをかけていく。背中側と違って起伏に富むだけに、それは時間のかかる遅々とした作業ではあったが、それはアルテナが苦しむ時間がより長くなるというだけのことだ。
「ぎゃあああっ、酷いっ、ミレニアっ、やめてぇっ。あああ、痛いっ、ぎゃああっ。お願いっ、許してっ、うあああっ」
 仰向けになり、しかも半分のしかかるような感じでミレニアが上体を倒しているから、アルテナの顔の結構すぐ側に無表情なミレニアの顔がある。悲痛な叫びを上げ、アルテナは自分を責め苛む少女へと許しを乞うた。それに対する答えは、何もない。いや、もしかしたら、淡々とした同じペースで『作業』を続けるという行動が、返答だったのかもしれないが。
 返り血によって、ミレニアのメイド服は血に染まっている。美しさはそれなりにあるものの、生気に乏しいせいであまり印象には残らないその顔にも、斑に血が跳ねていた。それは酷く凄惨で、同時にどこか現実離れした姿だ。
「うっぎゃああっ、ぎゃひっ、ひぎゃぎゃぎゃぎゃああっ」
 壷の中のマスタードを直に手のひらに取り、ミレニアがアルテナの胸を揉むようにして塗り込む。少女が少女の胸を揉むという、どこか倒錯的な光景が展開されるが、揉んでいる側の人間は何の表情も浮かべてはいないし、揉まれている側は嫌悪や快感を感じるどころの騒ぎではない。視界が白くなり、脳裏が激痛のみに充たされる。
「は、が……ぎぃ……」
 ミレニアが身体の上からどいたのにも反応せず、アルテナが口の端から大量のよだれを垂流しにして呻く。ミレニアが彼女の拘束をほどき、下男がぐったりとした彼女の身体を抱え上げた。
 大釜の蓋の上にアルテナの身体を横たえ、左足首を鎖につなぐ。ミレニアがレバーを操作して鎖を巻き上げると、片足で逆さ吊りになったアルテナの身体がゆらゆらと揺れた。焦点のぼやけた彼女の視線がミレニアの顔の上で止まる。
「ミ、ミィレェニィアァッ……」
 亡者を思わせる怨嗟に満ちた声で、アルテナが呻くようにミレニアの名を呼ぶ。両手は真っ赤に染まり、服や顔にも返り血を大量に浴びた姿になったミレニアが、これだけは最初から常に変わらない無表情でアルテナのことを見返した。
「私は……許さない……たとえ、亡霊になってでも……お前を、殺してやる……」
「ええ。出来るのならば、どうぞ御自由に」
 初めて、ミレニアが表情を変えた。ふっと、ひどく透明な笑顔を浮かべてそう答える。一瞬、激しい憎悪にアルテナの顔が歪んだ。それにはかまわずに、ミレニアの鮮血にまみれたその手がレバーを一気に引き下げた。
「ぎゃあああああっ、ミレニアァッ、あああっ、あああああっ、ミレ、ぎゃああああっ」
 ずっと火が燃やされたままだったため、ぼこぼこと沸騰していた大釜の中に落とされ、アルテナが絶叫をあげて暴れまわる。ばしゃばしゃと熱油を撒き散らしながら、絶叫と共に苦悶の踊りを踊るアルテナのことを、ミレニアはただ黙って見つめていた。
「うががががっ、ぎゃああああっ、ぐひぃぃっ」
 苦悶に身体をくねらせ、手足をばたつかせる。高温の油によって生きたまま『唐揚げ』にされているのだ。全身の肌がずるりと剥け、布きれのようになって身体から垂れ下がる。最初は激しかった動きと叫びも、徐々に小さく、弱いものへと変わっていく。
「うぎゃああああああっ、ミレニアァッ……!」
 最後に一度、ミレニアの方へと右手を差しのべるとずるずると力尽きたようにアルテナは油の中へと沈んでいった。それを見届けると、ミレニアは再びいつもの無表情に戻って領主へと一礼した……。
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