9月10日 曇り

 最近、他のメイドの人たちが私を見る目が変わってきたみたいです。以前は、嫌っている感じでしたけど、この頃はむしろ怖がっているような目で私のことを見ているんです。私と廊下で会った時なども、慌てた感じで道を開けてくれますし、人によっては頭を下げてくれることもあります。露骨に追従してくる人は今のところ居ませんけれど、どうやらみんな、私の機嫌を損ねないようびくびくしながら生活しているみたいです。
 私は偉くも何ともないただのメイドで、他の人の生殺与奪の権利が有る訳でもありません。それは確かに、領主様と一緒にいる時間は他の誰よりも多いでしょうし、拷問の際には必ずといっていいほどの頻度で同席しています。時には、領主様に言われてどういう風に拷問を行うか考えることだってあります。けれど、領主様の意向を無視して誰かを殺したり救ったり出来る訳じゃありません。最近の領主様は私自身が不思議に思うぐらい私の意見を聞いてくださいますけど、だからといってそれに甘えてわがままを言うようになれば、私も今までの犠牲者たちと同じように無残に殺されてしまうでしょう。今までに何人もの人間を殺しておいて虫のいい話かもしれませんが、私はまだ、死にたくはありません。
 ただ……他の人たちが私のことを怖がるのも、無理はないかもしれない、と、そう思う時もあります。私自身、時々自分のことが怖くなる瞬間がありますから。以前は嫌悪と恐怖しか感じなかった拷問の立ちあいには何時の間にか慣れ、手が震えることもなくなりました。いいえ、クリスさんの話では、時には無残な光景を見ながら口元を綻ばせていることすらあるらしいんです。自分ではまったく意識していなかったんですけれど。
 拷問を見ながら浮かべる、無意識の笑い。それは、私が残酷な光景を心の表面では嫌いながら、奥底では楽しんでいる、と、そういうことを意味しているのでしょうか……? いずれは、私も、領主様のように残虐な人間になってしまうのでしょうか……?
 願わくば、この感情がこれ以上成長しませんように。他人の血で自らの手を染めることを喜ぶような人間は、決して天国へは行けないでしょうから……。

九月十四日 晴

 今日は、収穫祭で街が随分と賑わいました。領主様も街の視察に出かけたのですが、その時にちょっとした事件があったそうです。以前お屋敷でメイド頭を勤めていた人--つまり、先月殺されかけたミミのお母さん--が、領主様の命を狙って襲撃を行ったらしいんです。もちろん、成功するはずもなく彼女は捕らえられ、今はお屋敷の地下に繋がれています。
 ……おそらく、明日、彼女の拷問が行われるでしょう。自分の命を狙った人間を、領主様が許すはずがありません。むごたらしく、散々苦しめながら嬲り殺しにするに決まっています。かわいそうとは思いますけど、私には何も出来ません。たとえ私が彼女の命を助けるよう頼んだところで領主様は聞きいれてはくれないでしょうし、下手をすれば私の命の方が危なくなります。
 彼女には悪いですけど、自業自得と思ってあきらめてもらうしかありません。この街で、領主様に逆らうなんて愚かなまねをしたのですから。本人だって、きっと覚悟は決めているでしょうし、苦痛と恐怖の中でのたうちまわりながら死んでいくのも運命というものかもしれません。
 彼女が領主様を襲った理由。それはおそらく、自分の娘が殺されたと思ったからでしょう。実際、あのまま放置していれば、ミミちゃんは確実に死んでいたはずです。それに、一命こそ取りとめたものの、恐怖と苦痛のせいか声を失い、手足も失って犬のように這いつくばって生きていくしかないという状況が幸せなものと呼べるとは思いません。むしろ、あのまま死んでしまった方が幸せだったのではないか、と、今でも時々そう思います。
 彼女の命を救ったのは、私です。ただの自己満足だといわれれば返す言葉もありませんが、幼い命が無残に摘み取られる様を見たくなかった私は、思いきって領主様に頼んでみたんです。彼女に治療を施して、私にください、と。領主様は驚いていましたけど、すぐに笑って許してくださいました。どうやら、私が彼女のことをペットとして欲しがった、と、そう思ったみたいです。それは勘違いですけれど、状況を見ればそう思われてもしかたない状況になっていますし、ことさら異議を申し立てる必要もないので結局そのままになっています。
 今、ミミちゃんは私の足元で丸くなって眠っています。彼女を酷い目にあわせた人間の一人だというのに、何故か彼女は私になついてくれました。もっとも、明日、彼女は自分の母親を苦しめる道具として使われるでしょう。その後で、まだ私のことを慕ってくれるかどうかは、分かりませんけれど……。

 がちゃがちゃと、短い鎖が耳ざわりな音を立てる。壁に繋がれた全裸の女が、憎しみのこもった目で領主のことをにらみつけている。
「くっくっくっくっく。捕らえられて悔しいか? 私が、憎いか? ヨカルよ」
 たのしげに笑いながら、椅子に腰を降ろした領主が笑う。彼の背後に控えているのは、下男のバルボア、そして先月から雇われた拷問吏のクリスの二人だけで、いつも同席しているミレニアの姿はない。
「何故!? 何故、ミミを殺したの!? 何の罪もない、あの子を!!」
 短い鎖を限界まで引き伸ばし、ヨカルと呼ばれた女がそう叫ぶ。普段は理知的で冷たい印象すら与えるその美貌は、今は憎悪で歪んでいる。彼女の憎悪の視線を平然と受け止め、無益なあがきをたのしげに眺めながら領主が肩をすくめた。
「この街の住人はすべて私の財産だ。私の所有物をどうしようと、それは私の勝手ではないかね?」
「ふ、ふざけないで!! そ、そんな馬鹿な理屈、通用すると思っているの!?」
「通用するかどうかは、領主たる私が決める。そんなことより、自分の心配をしたらどうかね? 未遂とはいえ領主殺しを企んだのだ、その罪は大きいぞ?」
「罪!? 罪ですって!? 私を罪に問うと言うの!? 今までに何十人、何百人と人を殺してきたあなたが!?」
 ヒステリックにヨカルがわめく。軽く肩をすくめると、領主は肩ごしにバルボアへと視線を向けた。
「黙らせろ」
 簡潔な領主の命令に、バルボアが無言で頷いて壁に拘束されたヨカルへと歩み寄る。がちゃがちゃと鎖を鳴らしながらヨカルが身をよじった。
「い、嫌っ。近寄らないでっ。ひがぁっ」
 無造作に、バルボアがヨカルの顔へと拳を振るう。鼻と口の辺りをまともに殴られ、ヨカルが悲鳴を上げた。鼻血が吹き出して顔の下半分を赤く染める。がっくりとうなだれた彼女の口から、折れた歯が数本、床に転がり落ちた。
 うなだれたヨカルの前髪を掴んで強引に顔を上げさせると、更に二発、三発とバルボアが拳を振るう。その度に悲鳴をあげ、ヨカルが身体を震えさせる。怪力を誇るバルボアの拳を受け、たちまちのうちにヨカルの顔が醜く腫れあがった。ぼたぼたと血が滴り、全身から力が抜ける。気絶した訳ではないが、何度も顔を殴られて意識が朦朧としている。
「遅く、なりました」
 領主から見て右側の壁の扉が開き、感情を感じさせない少女の声が響く。彼女の位置からは顔の下半分を血で真っ赤に染めたヨカルの姿がバルボアに邪魔されることなく見えているはずなのだが、声にも表情にも何の感情も浮かんでいない。
「ミミ、いらっしゃい」
 紐を握った左手をくいっと前へと動かし、ミレニアがそう言う。ミミ、という名前に反応して、ヨカルが顔をそちらへと向けた。散々顔を殴られ、歯を何本もへし折られた激痛に涙をにじませた瞳が、大きく見開かれる。
「ミ、ミミ!? 生きて、いたの……!?」
 ミレニアたちの方へと身をのりだそうとして、バルボアに髪を引っ張られて引き戻されるヨカル。彼女の視線は、信じられないというようにミレニアの横へと向けられている。
 一糸まとわぬ全裸で、四つん這いになった童女。犬のように首輪をつけられ、そこから伸びた紐はメイド姿の少女の手に握られている。幅の広い黒い布で目隠しをされているが、自分の娘を見間違えるはずもない。
 ミレニアに首輪を引かれ、よたよた、といった感じでミミが身体を前へと動かす。その動きに、ヨカルは更に大きく目をみはった。四つん這い、ではない。肘と膝から先を切り落とされ、その切断面を覆う木のカバーを地面に付けているのだ。カバーの先端は丸くなっていて、すぐに身体がぐらぐらと揺れる。あれではちょっとの距離を移動するにも長い時間がかかり、体力を酷く消耗してしまうだろう。
「酷い、酷すぎるわっ。何で、何でこんな酷いことが……!」
 娘の、あまりにも変わり果てた姿に、ヨカルが半狂乱になって暴れる。その鳩尾みぞおちへと、どすっとバルボアが拳を叩き込んだ。ぐうぅっとヨカルの口から呻き声が漏れ、とりあえず激しい動きが止まる。涙に濡れた瞳が、弱々しく動いて娘へと向けられた。
 先端が真っ赤に焼けた焼きゴテを手に、クリスがミレニアの方へと歩み寄った。よろよろと、懸命にバランスを取っているミミの小さなお尻へと、灼熱した鉄が押し当てられる。
「きゃうんっ」
 子犬のような叫びを上げ、ミミが身体をはねさせる。一瞬棒立ちになった身体が、すぐにバランスを失ってどさりと床の上に倒れ込んだ。火傷の痛みに口をぱくぱくさせているミミの脇腹へと、更にクリスが焼きゴテをのばす。
「ひゃんっ、きゃうぅっ。……きゃんっ、きゃぁんっ」
 目隠しのおかげで、いつ・どこから痛みが襲ってくるのか分からない。悲鳴を上げ、床の上を転がるミミ。けれど、ミレニアの手に握られた首輪の紐が彼女の行動範囲を限定する。じゅうっ、じゅううっと更に背中や平らな胸を焼かれ、口からよだれを撒き散らしながらミミが床の上を転がりまわる。
「やめてっ! お願いっ、やめさせてっ! あああっ」
 愛する娘が嬲られ、苦悶にのたうつ様を見せつけられてヨカルが絶叫と共に身体を暴れさせる。くっくっくと低く笑いながら領主がヨカルへと声をかけた。
「娘が嬲られる様を見るのが、そんなに辛いか? ならば、お前が代わってやるがいい。私の指示に従うと誓うのであれば、娘にはこれ以上の手出しはしないでやるが、どうだ?」
「誓うっ、誓いますっ。だから、娘は……っ!」
 がくがくと首を上下に振りながら、ヨカルが叫ぶ。くっくっくと笑いながら、領主は更に言葉を続けた。
「苦しみ、のたうち、悶え死ぬことになるぞ? 娘を見捨てるならば、一思いに斬首の刑に処してやってもいい。それでも、娘の身代わりになることを選ぶのか?」
 領主の言葉と同時に、ミレニアが紐を引いてミミの身体を引き寄せ、クリスが上から押さえ込むように焼きゴテをミミの身体に押し当てる。ばたばたと短くなった手足を暴れさせ、ミミが悲鳴を上げる。
「かまいませんっ。ああっ、ひどいっ、やめてっ。私はどうなってもいいからっ、やめてぇっ」
 身をよじり、半狂乱になってヨカルが絶叫する。にやりと唇を歪め、領主が頷いた。
「よかろう。では、今から鎖を外すが、お前はその場を一歩たりとも動いてはならん。動けば、娘の命はないものと思え」
 領主がそう言い、クリスが焼きゴテを側の壁に立てかけてヨカルの側へと歩み寄る。きっとヨカルがクリスのことをにらみつけるが、少なくとも外見からは何の動揺も見せない。もっとも、彼女は例によって拷問吏の仮面で顔を覆っているから表情までは読み取れないのだが。
「動かないでね。私も、小さな女の子を殺したくはないから」
 ヨカルへとそう告げ、腰に下げた鍵の束を使ってヨカルの両腕の拘束を解く。続けて両足首の鎖も外し、物理的な意味ではヨカルを自由にする。解放されたヨカルは、ぎゅっと拳を握り締め、領主の顔をにらみつけた。
「くくく、まだ目が死んではおらんな。結構、結構。その方が楽しみがいがあるというものだ」
「くっ……」
 自分の憎悪の視線を受けてもひるむどころか、かえって楽しそうに笑う領主にヨカルが唇を噛み締める。バルボアがヨカルの肩に手をかけ、押し下げた。ひざまずかせようとしていることを悟り、おとなしくヨカルがその場に膝をつく。抵抗のそぶりを見せれば、領主は喜々として娘のことをいたぶるだろうと簡単に予想が出来たからだ。
 バルボアが、ヨカルの肩に左手を置き、右手で彼女の右腕をねじり上げる。ばきっと鈍い音が響き、同時にヨカルの肩から全身へと激痛が走りぬけた。
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぅっ」
 あふれそうになる叫びを懸命に噛み殺し、ヨカルが呻く。肩を外されたか、それとも砕かれたか、ともかく僅かに息をする程度の動きでもとんでもない激痛が走る。
「ぎゃっ、ああっ」
 バルボアの手によって、左肩も外される。技によって関節を外すのではなく、力任せにねじ曲げるやり方だから骨が砕けている可能性も高いが、どちらにしても激痛を味わうことに変わりはない。
「くっくっく、全身の骨をバラバラにされ、悶死するがいい。たっぷりと時間をかけてな」
「う、あ……ぎゃあぁっ」
 涙を流して呻くヨカル。その頭がびくんと跳ね、悲鳴があふれる。右の肘の上下をバルボアが左右の手で握り、そのままねじ曲げたのだ。バルボアの怪力にミシミシと肘の関節が軋んで僅かに抵抗するが、それもすぐに漬えて耳ざわりな破砕音が響き、腕が有り得ない方向に曲がる。
 バルボアが肘を砕かれた右腕から手を離すと、ヨカルの身体がふらりと前方に倒れ込みかかる。さっとバルボアが手を伸ばし、ヨカルの左腕を掴んだ。倒れ込む勢いで砕かれた左肩がずきりと痛み、引きつった呻きをヨカルが漏らす。
「ひっ、ぐっ……やあああああっ」
 まるで木の枝をへし折るように、バルボアがヨカルの左肘を破壊する。彼が手を離すと、どさりと重い音を立ててヨカルは床の上に倒れ込んだ。ひくひくと身体を震わせ、半開きになった口からよだれをあふれさせる。歯を折られたせいで、血の混じったよだれを。激痛にうつろになりかけた瞳が、自分とほぼ同じ高さにある顔を見て僅かに光を取り戻す。
「ミ、ミミ……」
 掠れた声で娘を呼ぶヨカル。どんっと砕かれた肩を蹴り、バルボアがヨカルの身体をひっくりかえす。激痛に呻くヨカルの右の太股に、クリスが膝をそろえて座り込んだ。バルボアがヨカルの膝の上に足を置き、両手で足首を掴むと一気にぐんと引き上げる。びしっとヨカルの膝が砕ける音が響いた。大きく目を見開き、ヨカルが絶叫する。
「ひぎっ、ぎゃああああああっ」
 びくん、びくんと腰を突き上げるようにヨカルが身体を震わせる。その動きに、既に破壊された両肩、両肘で激痛が弾けた。あまりの激痛に叫ぶことも出来ず、ヨカルが口をぱくぱくと開閉させる。声もなく悶えるヨカルの左太股へとクリスが座り込んで動きを封じ、バルボアが右と同じように左の膝を破壊する。
「っぎゃああああ--っ!!」
 脳裏が激痛に塗り潰され、真っ白になる。口から舌を突き出し、はっ、がっ、ひっと切れ切れの息を吐きながらヨカルは身体を痙攣させた。こぼれんばかりに大きく目を見開いている。
「ひぐぅぅ……」
 ぶるぶるっと、ひときわ激しく身体を震わせ、掠れた呻きを漏らしてヨカルが白目を剥く。ふっと困ったようにバルボアが視線を領主の方へと向ける。何時の間にか、ミレニアが定位置ともいえる領主の斜め後ろに移動していた。そして、領主よりも早く口を開く。
「続けてください。痛みで、目は覚めます」
「そう言うことだ。かまわず、続けろ」
 ミレニアが自分よりも先に指示を出したことを気にするふうもなく、領主がそう言う。僅かに間を置いて無言で頷くと、バルボアはヨカルの右足首を脇に抱え込んだ。そのままぐいっと身体ごと回転してヨカルの足首を捻る。破壊された膝も捻られ、激痛が無理矢理ヨカルの意識を覚醒させる。
「っ!? ああああああああっ!?」
 完全には覚醒しきっていない状態で、動揺と痛みの悲鳴をヨカルが上げる。爪先が真横を向いた彼女の足を床に落とし、バルボアは無造作に左足首を掴んだ。膝の砕けた足を持ち上げられ、激痛にヨカルが身体を震わせる。
「ひっ、ぐっ。やあああああっ。やめっ、やめてぇっ」
 僅かに身じろぎするだけで、手足に激痛が走る。その痛みを堪えきれずに泣き叫んだヨカルへと、領主が意地の悪い笑顔を向けた。
「やめてやってもよいぞ? 無論、その場合、続きはお前の娘が受けることになるが」
 領主の言葉に、ミレニアが握った紐を上へと引く。首輪を引かれ、息が詰まったミミがくるしげな呻きを漏らした。はっとしたように目を見開き、ヨカルが唇を噛み締める。
「……つ、続けて、ください。ミミには、手を出さないで……! うあああああああああっ!!」
 バルボアが足首を捻る。靭帯が引き千切られ、骨が砕けながら外れる。激痛にヨカルが絶叫を上げた。びくっとミミが身体をすくめて後ずさりをし、クリスがヨカルから視線をふっと逸らす。
「ひ、が、ぁ……。ひ、ぎ、ぐぅ……っ」
 ひくひくと小刻みに身体を震わせ、ヨカルが歯を食い縛る。転がりまわりたいほどの激痛が全身を支配しているが、そんなことをすれば更なる激痛に襲われる。懸命に歯を食い縛り、身体を動かさないようにして激痛の波が通りすぎるのを待つしかないのだ。
 そんな、涙ぐましいヨカルの努力を嘲笑うかのように、バルボアがどんっとヨカルの腹を踏みつける。靴のかかとの部分が鳩尾に叩き込まれ、ぐふぅっとヨカルが大きな息の塊を吐き出す。続いて襲ってきた強烈な吐き気に、のたうちまわりたくなる衝動を彼女は必死に押さえ込んだ。
 瞳一杯に涙を溜め、苦しい息を吐くヨカルの顔を、バルボアが踏みつける。顔を踏みにじられる痛みと屈辱にヨカルの口からすすり泣くような呻きが漏れる。
 散々ヨカルの顔を踏みにじると、バルボアはヨカルの右腕の側に腰を降ろした。肩と肘の関節を破壊され、ぐんにゃりと床の上に伸びた腕を掴み、引っ張る。骨と骨とがこすれあい、筋肉や腱が引き伸ばされる。ひぎっと喉の奥で悲鳴を弾けさせ、ヨカルが身体を痙攣させた。
「ひぐ、ぐ、ぎゃああああああっ」
 ヨカルが、絶叫を上げる。バルボアの手はヨカルの人差し指を握り、手の甲の方へと折り曲げていた。指の骨が砕け、激痛が走り抜ける。基本的に、人間の身体は末端部分に行くほど敏感になるから、肩よりは肘、肘よりは指の方が痛みは大きいのだ。
「あぎぎぎぎ、ぎゃああああああっ」
 中指、薬指と、無造作にバルボアがヨカルの指を甲の方へと捻じ曲げ、へし折っていく。ばきっ、びしっと、骨の砕ける音がバルボアの手の中で鳴るたびにヨカルが頭を振り、絶叫する。へし折られた指は見る見る紫色になって膨れあがり、見るも無残な様相を呈していた。
「あぎっ、ぎぎぎっ、ひぎゃっ。殺してっ、お願いっ、もうっ、殺してぇっ」
 右手の五本の指をすべてへし折られ、左手の指も順番に折られていく。その痛みに身体を震わせれば、肩や肘、膝、足首といった既に砕かれた部分から激痛が走る。本当に死んでしまうのではないかと思うほどの激痛が身体中を駆け巡っているが、実際にはほとんど出血らしい出血もなく、到底致命傷にはなり得ない。激痛のあまり意識も失えない状況に置かれ、ヨカルが泣きながら殺してくれと懇願する。
 両手の指すべてをおかしな方向に捻じ曲げてしまうと、バルボアは立ちあがってヨカルの腹を踏みつけた。腹を強く踏まれ、呼吸を妨げられたヨカルが身体を震わせる。手足の関節を破壊され、激しく動くことの出来ないヨカルは苦鳴を上げながら緩慢にのたうっている。手足がバラバラの方向を向いたその姿は、糸の切れた操り人形のようだ。
「う、ぐぅ……げぼっ」
 乳房を爪先で踏みにじる。足を上げ、ひくひくと痙攣するように震える腹をどんとばかりに(かかとで踏みつける。両手両足の激痛にヨカルの全身に油汗が浮かぶ。さんざん殴られ、踏みにじられて醜く腫れあがった顔を弱々しく振り、苦鳴を漏らす。
「立たせろ」
 領主が簡潔に命じ、バルボアが即座に頷いてヨカルの前髪を掴んで引きずり起こす。髪を引かれて身体を持ち上げられる痛みに、砕かれた手足の関節の痛みが加わってヨカルが甲高い悲鳴を上げた。
「ひいいいいいぃっ、ひっ、ひいいいいいいいっ」
 砕かれ、捻じ曲がった足首と膝で立つことを強制され、ヨカルが激痛に叫びつづける。ごりっ、ごりっと骨と骨とがこすれあう嫌な音が身体を動かすたびに身体の中を通して脳裏に響き、激痛が弾ける。
「ひぎっ!? や、め、ぎゃあああああああっ」
 髪を掴まれ、強引に立ちあがらされたヨカルの腕を、クリスが背後に捻じ曲げる。肩が外れているのをいいことに背中側で左右の肘をくっつけ、更に手首を一つにまとめて首の後ろへと触れさせる。両肩と両肘でメキメキ、ミシミシっと嫌な音が響き、更に骨が細かく砕けていく。
 バルボアが、ヨカルの髪を手前に引く。身体を前に引かれ、奇妙な形で捻じ曲げられた両腕に更なる負荷がかかる。目も眩まんばかりの激痛に、絶叫がヨカルの口から飛び出す。
「あがっ、がががががっ! ぐぶっ!?」
 髪を掴まれたまま頭を左右に振って叫ぶヨカルが、不意に息を詰まらせ、激しく咳込んだ。バルボアの膝が跳ねあがり、彼女の鳩尾を痛打したのだ。内臓が破裂するのではないかと思うほどの衝撃に息が詰まる。更に、衝撃は一度だけではなく、二度、三度と加えられる。
「ごぼっ、げほげほっ。ひぐぅ……ぎっ、ぎぎぎっ」
 バルボアが手を離し、ヨカルが前のめりに倒れる。クリスもあえて彼女の身体を支えようとはしないから、どさっと重い音を立ててうつぶせにヨカルは床に倒れ込んだ。四肢をバラバラな方向に投げ出し、ひくひくと全身を小刻みに痙攣させる。口から吐き出した胃液で自分の顔を汚しながら、ヨカルは弱々しい呻き声を上げた。
 バルボアがヨカルの脇腹を蹴りつける。息を詰まらせ、苦悶しつつヨカルの身体がごろんと転がる。更に二度、三度と蹴りつけ、バルボアはヨカルを領主の腰掛ける椅子の側まで転がしていった。
「ひ、ぎ……ぃ。う、ぐ……ぁ」
 息も絶え絶えといった感じでヨカルが呻く。椅子から立ちあがった領主が、ヨカルの砕けた左肘へと足を乗せ、ゆっくりと体重を掛けて踏みにじった。大きく目を見開き、うつぶせになっていたヨカルが背をそらして絶叫する。激痛から何とか逃れようと身をよじるヨカルの右肘を、ミレニアが踏みつけた。
「ぎゃあああっ、ぎゃっ、ぐぎゃああああああああ--っ!!」
 ヨカルの血を吐くような絶叫。その絶叫を楽しむように領主はぐりぐりと足を動かし、ヨカルの口から様々な叫びを絞り出している。ミレニアの方は足を乗せただけで踏みにじってはいないが、砕けた肘にしっかりと体重はかかっている。
「ごろじでぇっ。ひぎっ、ぎぎゃうっ。ぎゃっ、ぎゃぎゃぎゃあぁっ。ご、ごろじでぇっ」
「……バルボア」
 すぐそばから聞こえる凄絶な悲鳴に怯えるミミ、目の前に娘が居るのに既に目に映っていないヨカル。二人へと無表情に視線を向けると、ミレニアがバルボアの名を呼んだ。その言葉に、笑いを浮かべながらぐりぐりと砕けた肘を踏みにじっていた領主がふと我に返ったかのように笑みを消す。
「ふ、む。そろそろ、頃合か。バルボア」
 前半は独り言のように呟き、領主がバルボアの名を呼ぶ。のっそりと絶叫を続けるヨカルの側に歩み寄ると、バルボアは勢いよくヨカルの背中を踏みつけた。
「ぐぶぅっ!?」
 ヨカルが息を詰まらせる。ぶるぶるとその身体が痙攣し、数度咳込むと口から真っ赤な血の塊を吐き出した。肋骨が折れ、肺を傷つけたらしい。更にもう一度激しくバルボアが背中を踏み、反対側の肋骨も折って肺へと突き刺す。
「ごぶっ、く、苦、し……ぐぶっ」
 口から真っ赤な血を滴らせ、急速な呼吸困難に陥りつつヨカルが身体を痙攣させる。ひゅーひゅーと喉を鳴らし、生存本能によって僅かばかりの空気を貪る。激痛と息の出来ない苦しさの二つに責め立てられ、緩慢にヨカルが床の上でのたうつ。
「なかなか、面白い趣向であったな。たまには、こういうのも悪くない」
 椅子に腰を降ろし、命の最後の残り火を懸命に燃やして踊られるヨカルの苦悶の踊りをたのしげに眺めながら領主がミレニアにそう言う。はい、と、ミレニアが小さく頷いた。
「お気に召したなら、光栄です」
「まぁ、ここまで年を取ると肉もまずいからな。こやつの死体は、犬にでもくれてやるか」
 そう言って、領主は楽しそうに笑った……。
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