10月13日 曇り

 最近私は、時々分からなくなります。自分が一体何なのか、何を望んでいるのかが。
 人を殺すことに罪悪感を感じることも、他人の苦痛の声に震えることもなくなりました。いいえ、むしろ、他人が苦しみ悶える姿を見ることを快感と感じる瞬間すら、最近ではあります。
 私は……私は、一体、何者なんでしょうか。ただの、領主様に気にいられただけのメイドに過ぎないと、自分ではそう思っていました。やっていることを見れば、他の人たちが私を恐れるのは分からなくもないですけど、それは買いかぶりに過ぎないのだと。
 けれど……。
 今日、私は一つの実験をしてみました。自分の疑問に答えを出すために。失敗すれば、自分の命がなくなることを覚悟して。
 結果は、もちろん成功でした。そうでなければ、この日記だって書けていません。私は賭けに勝って、今でもこうして生きています。……もしかしたら、負けていた方がよかったのかもしれませんが。
 何故、あんな酷いことを私はしてしまったのでしょう。衝動的な行動だった……自分でも理由の分からない、意識せずに勝手に身体が動いた結果なのだと、主張することは出来ます。本当は、あそこまで酷いことをするつもりなど、なかったのだと。
 けれど、それは、私の心の底には、ああいう行動をさせようとするもう一人の私が居るということの証明でしかありません。それに、そんないいわけで、惨殺された人たちが納得してくれるはずもありません。
 私は……怖い……。

 薄暗い地下室。壁に飾られた燭台で揺れる蝋燭の炎が、微妙な陰影を付けながら室内を照らしだしている。壁や床には所々にドス黒いシミが浮かび、じっとりと湿った空気には血の臭いが混じっているような錯覚さえ覚える。
 壁から生えた鎖に両腕を拘束され、頭上へと引き上げられた女性が一人、顔を伏せている。床の上に座り込む体勢だ。身に付けている衣服は絹で出来た高級なもので、顔だちにも気品のあふれた貴婦人と形容するにふさわしい女性である。ゆったりとした服の腹部が大きく膨れあがっているところを見ると、妊娠しているらしい。
「何故です……?」
 力なく顔を伏せたままの女性の唇から、小さな呟きが漏れる。
「私に、どんな罪が有るというのです……? あなた」
「くくく……わからんのかね? マルガリータ」
 たのしげな領主の笑い声に、夫人--マルガリータが弱々しく首を左右に振る。
「私は……あなたに尽くしてきたつもりです。あなたが地下で非道な行いをしていることも、見て見ぬふりをしてきました。私という妻が有りながら、次々と側室を召し抱えていることにも、目をつぶってきました。
 なのに、何故です……? 私も、あなたにとっては他の女たちと変わらぬ、戯れに殺すだけの存在だったというのですか……?」
「正直な話、お前に罪はない。ただ、邪魔になっただけだ。正妻のお前がな」
 マルガリータの呟きに、領主があっさりとそう応じる。はっと顔を上げ、マルガリータが領主の顔を見つめた。
「邪、邪魔に、なった……?」
「教会は離婚を認めんからな。しかたあるまい?」
 くくくっと低く笑いながらそう言うと、領主は椅子に座ったまま右腕を伸ばした。すぐ側に控えていたミレニアが上体を傾け、領主の腕に首を抱え込まれるような体勢になる。そのまま、領主とミレニアの唇が触れあうのを顔面蒼白になってマルガリータは見つめた。何の感情も表情に見せず、横目で自分のことを見ているミレニアの姿に、怒りか恐怖か本人にも判然としないながらカチカチと歯が鳴っている。
「わ、私を殺して、その娘と結婚を……!?」
「そういうことだ。まぁ、実際お前はよく尽くしてくれた。その功績に免じて、私は苦痛を与えずに一思いに楽にしてやろうと思っていたのだがな。彼女は、お前が苦しむ姿を見てみたいそうだ」
 首だけを捻じ曲げ、腕ではミレニアのことを抱いたまま領主がそう言って笑う。彼の言葉に、クリスとバルボアの視線がはっとミレニアへと向けられたが、ミレニアはいつもと同じ、何の感情もうかがわせない無表情で黙っている。
「あ、あなた……!」
「すまないな。まぁ、運が悪かったと思ってくれ。私としては、彼女の望みはすべて叶えてやりたいのでな」
 少し苦笑するような感じで笑うと、領主はやっとミレニアから腕を離した。元通り、マルガリータと向きあう形で椅子に座り直す。ちらりと領主の方に視線を向け、ミレニアが口を開いた。
「そろそろ、始めましょう。クリスさん、お願いします」
「え? ええ……」
 ミレニアのことを見つめていたクリスが、少し戸惑ったような声を上げる。ちらりと視線を向けられ、慌ててクリスはマルガリータの元へと歩み寄った。何かを振り払おうとするかのように、落ちかかってきた前髪を乱暴に左手で掻き上げる。ちなみに、今まで身に付けていた拷問人の仮面は今はかぶっていない。必要ないから、と、ミレニアが外させたのだ。
「い、いや……っ。来ないでっ、私に触れないでっ」
 頭上に引き上げられた両腕、それを捕らえる鎖をガチャガチャと鳴らしてマルガリータが身をよじる。これから何をされるのかという恐怖、そして、下賎な拷問人に身体を触れられるという嫌悪に表情がこわばる。その抵抗にはまったくかまわずに、じたばたともがくマルガリータの服をクリスは取り出したナイフでびびぃっと大きく切り裂いた。首から裾までを一直線に大きく切り裂かれ、マルガリータの白い肌があらわになる。反射的に両腕で身体を覆おうとするが、がっちりと鎖に拘束されていては不可能だ。
「本当に、いいの……?」
 かがみ込みながら、クリスがそう問いかける。小さくミレニアが頷いた。
「ええ。得意だと、聞きました。魔女の処刑の際に、何度もやったと。見せてください」
「……分かったわ」
 ふぅっと小さく息を吐き、クリスが皮紐を通した太い針を取り出す。彼女の手が自分の股間へと伸びてくるのを見て、恐怖に表情を引きつらせながら両足を擦りあわせて抵抗を見せるマルガリータ。軽く眉をしかめたクリスの横にバルボアが歩み出て、無言のままマルガリータの両足首を掴んだ。そのまま、ぐいっとばかりに左右に割り開く。
「いっ、嫌ぁっ。やめてっ、やめなさいっ。ひいいぃっ」
 柔らかい秘所の肉を指でまさぐり、クリスが針を突き刺す。甲高い悲鳴をあげ、マルガリータが身体をのけぞらせた。針と皮紐が柔らかな秘肉を貫通し、血の玉をきらめかせながらずるずると引き出されていく。悲鳴と嗚咽を漏らしつづけるマルガリータの秘所へと、何度も何度も針が突き立てられ、縫いあわせていく。
「やっ、やめてぇっ。ひいっ、ひいぃっ! 痛いっ、お願いっ。嫌あぁっ、あなたっ、助けてっ」
 マルガリータの悲痛な叫びに、領主がにやりと口元を歪める。作業を続けるクリスも、それを見守るミレニアも完全な無表情。マルガリータの足を押さえ込んでいるバルボアは僅かに沈痛な表情を浮かべ、ミレニアの足元ではミミが怯えた表表を見せている。彼女の首輪から伸びた紐を握っていない左手で、ミレニアは軽くミミの頭を撫でてやった。
 血と愛液とで濡れた指先を拭いながら、クリスが立ちあがる。バルボアの手から解放されても、足を閉じる気力もないのか、ぐったりと両足を投げ出したままマルガリータは顔を伏せ、すすり泣いていた。秘所の割れ目は幾重にも皮紐で縫われ、ぴったりと閉じあわされている。
「う……くぅっ。うっ、ううぅ……」
 伏せられていたマルガリータの顔に、ぽつぽつと汗が浮かぶ。苦しげに身をよじり、マルガリータが呻き声を漏らす。息づかいが荒くなり、上へと引き上げられた両手でぎゅっと鎖を握り締める。
「ふむ、そろそろ効いてきたようだな。さっき飲ませたのは、お産の時に飲む薬だ。なかなか出て来ない子供を、出てきやすくするためのな」
 くるしげに身をよじるマルガリータへと、領主がそう声をかける。鈍い痛みが下腹部全体に広がり、時折、激しい痛みが走りぬける。徐々に感覚の短くなっていくその激痛に、半ば朦朧としかけた視線をマルガリータは夫へと向けた。
「お、お産、の……?」
「産みの苦しみは、誰もが味わうものだ。もっとも、お前の場合は出口は塞がれているから、どんなにあがいたところで子供は出て来れんがな」
 あざ笑うように領主がそう言い、マルガリータがはっと目を見開く。
「あ、あなた……! お願いですっ。私は……! 私はもう、どうなってもかまいませんから……っ! せめて、せめてこの子だけは……っ!」
「くくく……母の愛情という奴か? だが、別にお前の子供がどうなろうと知ったことではないな。せいぜい、お前が激しく苦しみ、悶え死ぬための道具として役に立ってもらおう」
「そ、そんな……! こ、この子は、あなたの子供でもあるんですよ!? お、男の子であれば、この家の、あなたの後継者だというのに……!?」
 がくぜんとした表情で、マルガリータがそう叫んで身を乗り出す。がしゃんと鎖に引き戻され、同時に襲ってきた陣痛にくうぅっとマルガリータが呻き声を上げた。そんな妻の姿を眺めながら、本当に楽しそうに領主が笑う。
「後継者か。ふん。興味はないな。私は、彼女さえ居てくれればいい」
 そう言いながら、領主が右腕をミレニアの方へと伸ばす。だが、一瞬早くミレニアがすっとマルガリータの方へと移動したせいでその腕はむなしく宙を切った。
「ミレニア……?」
「苦しいですか? 奥様」
 領主の、呟くような呼びかけにも答えず、マルガリータのすぐ側まで歩み寄ったミレニアが軽く身を屈めてマルガリータへとそう問いかける。何の感情も浮かんでいない、整ってはいるものの人形のような彼女に見つめられ、マルガリータが身体を震わせる。それでも、精一杯の精神力を振り絞って彼女は叫んだ。
「あ、あなたが、あの人をたぶらかしたのね!? この、魔女……!」
 マルガリータの罵倒に、表情一つ変えずにミレニアがすっと左腕を上げる。まっすぐに伸ばされた人差し指が、つぷりとマルガリータの右目に突き刺さった。弾けるような激痛に絶叫するマルガリータ。ぐりっと指でマルガリータの眼球をえぐり出すと、ミレニアがほんの微かに笑みを浮かべた。よほど注意深いものが、しかもじっと見つめていなければ分からないほど一瞬の笑みを。
「口のききかたには、気を付けた方がいいですよ、奥様。助かる道を、自ら閉ざすことはないでしょう?」
「うっ……くっ、うぅっ。い、一体、何を……? た、助かる、道……?」
 激痛に表情を歪め、身体を震わせながらマルガリータが小さな呟きを漏らす。その問いにすぐ答えようとはせず、ミレニアは血に濡れた自分の人差し指の第二関節の辺りを唇に当て、ほんの僅かに唇から舌を覗かせて付着した血を舐め取った。
「ミレニア? その女を、助けるつもりか?」
 怪訝そうに、領主がそう問いかける。ゆっくりと振り返り、ミレニアは椅子に座ったままの領主の方へと戻っていった。
「面白い、賭けを思いついたので」
「賭け?」
 ますます怪訝そうな表情を浮かべる領主の耳へと唇を寄せ、ミレニアが何事かをささやきかける。怪訝そうな表情を浮かべていた領主の顔に、理解と愉悦の笑みが浮かんだ。
「ほう……なるほど、確かにそれは面白そうだな」
「かまいませんか?」
「もちろん、かまわんとも。バルボア!」
 ミレニアの問いかけに笑顔で答え、領主がバルボアを呼ぶ。のっそりと近づいてきたバルボアへと、一言二言の指示を与えると領主は壁に繋がれて呻いているマルガリータへと視線を向けた。
「ミレニアに感謝することだな。お前に、生き延びる道を示してやろう」
「な、何を、するおつもりです? あ、あなた……!」
 恐怖に満ちたマルガリータの問いかけに、領主はただ低く笑うことで答えた……。

 しばらく時間が過ぎ、姿を消していたバルボアが地下室へと再び戻ってきた。縄でぐるぐる巻きにされた、三人の女を連れている。
「いっ、嫌ぁっ、やめてっ、許してっ。死ぬのは嫌ぁっ」
 三人の中では最年長と思しき、二十代半ば過ぎの女が涙で顔をべちょべちょにしながら泣きわめく。後ろの二人はどちらも十七か八ぐらいの年頃だが、髪の長い方の娘は顔面を蒼白にし、がくがくと震えているだけで口もきけないありさまだし、肩の辺りで短く髪を切りそろえた方の娘は完全にあきらめきったように顔を伏せている。
「領主様っ、どうか、どうか御慈悲をっ! 殺さないでぇっ」
「うるさいぞ、アリア。レインやマティアを見習って少しは静かにしたらどうだ? わめいたところで、運命が代わるわけでもあるまいに」
 なおもわめきつづける女に、少し閉口したようにそう言うと領主が無造作に手を振った。三人の女たちをこともなげにバルボアが壁際へと引きずっていく。クリスにおとなしくしている二人の縄の端を渡すと、バルボアはじたばたと暴れているアリアの縄をいったんほどいた。だっとばかりに逃げだそうとする彼女の髪を掴んで引きずり戻し、壁から生えた鎖で両手首を拘束する。
「うっ、ううぅ……。どうして? せっかく、子供を授かったのに! 何で殺されるの!?」
 両手首に続いて両足首も短い鎖に拘束され、がっくりと顔を伏せてアリアがすすり泣く。彼女の言葉通り、彼女の腹部も結構大きく膨らんでいる。よく見てみれば、他の二人もまだそれほど目立たないながら確かに腹が大きい。他の二人も同様に壁に拘束すると、バルボアが無造作に彼女たちの衣服を引き裂いた。胸と、膨らんだ腹をあらわにした裸体が三つ壁に並ぶ。
「あ、あなた……!? な、何をするつもりです!?」
「何、単純なゲームだよ。彼女たちの腹を裂き、赤児を取り出してその性別を当てるというだけのな。二分の一の確率を三人分、八分の一というのは高い確率ではないが、確実な死を待つよりは賭けてみるのも悪くあるまい?」
 狼狽の声を上げるマルガリータに向かい、領主が楽しげに笑いながらそう答える。さっと顔を青ざめさせ、マルガリータが叫んだ。
「やめてくださいっ。私は、私はもうどうなってもかまいませんからっ。私のために罪もない人たちを犠牲にするなど、どうか……っ」
「勘違いするなよ、マルガリータ。別にこれは、お前を助けるのが目的のゲームではない。単に私とミレニアが娯楽として行うゲームに、お前も参加させてやろうというだけの話だ。別に、良心がとがめるなら無理にとは言わんぞ」
 酷薄そのものの口調で、領主がマルガリータの叫びを一刀両断にする。絶句したマルガリータに代わるように、アリアが叫んだ。
「ご、娯楽ですって!? じょ、冗談じゃないわっ。どうしてそんな理由で私が殺されなきゃならないのっ!?」
「うるさいな。お前は、金で私に買われたのだ。買ったものをどうしようと、私の自由であろう?」
「かっ、買われたって……」
「そろそろ、始めませんか?」
 マルガリータとアリア、二人がそろって絶句したところで、ミレニアがそう呟く。おお、と頷いて領主がじっとアリアの腹を見つめた。
「そうだな……私は、男に賭けよう。ミレニアはどちらに賭ける?」
「私は、女に。あなたはどうします? 賭けたくないなら、無理にとは言いませんが」
 マルガリータの方に視線を向け、ミレニアが淡々とした口調で問いかけた。何の表情も浮かべていないミレニアの顔を凝視して、マルガリータが恐怖に表情を引きつらせる。
「あ、あなた、は……どうしてこんな恐ろしいことが出来るの!? 自分のしていることが分かっているの!?」
「賭けるんですか? 賭けないんですか? 賭けるのなら、八分の一の確率とはいえ、生き残る可能性が出てきます。賭けないなら、あなたの死は確定します。
 ……賭けても賭けなくても、彼女たちが死ぬことに変わりはないんですから、賭けておいた方が得だと思いますけど」
 マルガリータの詰問に、答えようとはせずにミレニアがそう言う。普段の彼女からは考えられないほど饒舌になっているのだが、彼女と初めて接するマルガリータには分からない。ただ、領主が少し興味深そうな表情を浮かべてミレニアの方を見ただけだ。
「わ、私は……お、男の子に、か、賭けます」
 か細い声でそう呟き、がっくりとマルガリータが顔を伏せる。ううぅっとすすり泣いているマルガリータに向かって軽く頷くと、ミレニアはクリスの方へと視線を移した。
「それでは、始めてください」
「……ええ」
 小さく頷くと、クリスは使い慣れたナイフを持って壁に拘束されている三人の女たちの方へと歩み寄っていった。アリアが、近づいてくるクリスを恐怖の表情で見つめながら激しく身体を暴れさせる。
「嫌ぁっ、イヤッ、来ないでぇっ。死にたくないっ、私はまだ、死にたくないのよぉっ」
 鎖で壁に繋がれた手足を、それでも懸命にばたつかせてアリアが泣きわめく。彼女の前にひざまずき、左手を膨らんだ腹に当てると完全な無表情になってクリスがナイフを膨らんだアリアの腹へと突き立てた。彼女も若いとはいえ、訓練された拷問人だ。仕事の最中に自分の感情を押さえるぐらいのことは出来る。
「やめっ、やめてぇっ。ぎゃあああああああああっ!」
 恐怖に表情を引きつらせ、左右に激しく首を振っていたアリアが、絶叫と共に大きく首をのけぞらせる。ナイフの研ぎ澄まされた刃が柔らかい腹部へと食い込み、鮮血を撒き散らしながら大きく切り裂いていく。左右に割れた傷からあふれ出した内臓を左手で中に押し戻しながら、クリスは更に大きくアリアの腹を裂いていく。
「グゲッ、ギャアアアアアアッ、ヤベッ、ヤベデェッ。ギヒイィィッ」
 激痛に身をよじるたびに、腹の傷から内臓が飛び出す。じっとしていれば、クリスのナイフは最小限の苦痛と傷しか与えないのだが、じたばたともがくせいで手元が狂い、余計な傷が増えてしまっているのだ。そんなアリアの苦悶にはかまわず、鮮血を頭から浴び、濡れそぼちながらクリスは黙々と作業を続けていた。鮮血にまみれた内臓を奥へと押し込み、ぶよぶよとした子宮を引きずり出す。激痛に口の端から血の泡を飛ばして身悶えるアリア。
 すっぱりと、クリスがナイフで子宮を切り裂く。ぎゃあああっと断末魔のような甲高い悲鳴を上げてアリアががっくりと顔を伏せた。子宮の裂け目から胎児を引きずり出し、クリスがちらりと視線を手の中の『物体』へと向けた。
「……男の子、ですね」
「……残念です。外れてしまいました」
 クリスの報告に、ぽつりとそう呟き、ミレニアがひくひくと痙攣しているアリアの元へと歩み寄る。彼女が何をするつもりなのかとっさに誰も判断をつけられず、制止できない。ごく自然な態度でアリアの前に立ったミレニアは、アリアの腹の裂け目へと手を突っ込み、内臓をまとめて掴んで引きずり出した。
「ぐぎゃああああああっ!?」
 絶叫をあげ、アリアが覚醒する。ミレニアの力では、到底内臓を引き千切ることなど出来はしないが、ずるずると内臓を身体の外へと引きずり出す程度は充分出来る。激痛に身悶えるアリア、そして、何の表情も見せずに彼女の内臓を引きずり出していくミレニア。アリアの足元に引きずり出された内臓が小山のようにわだかまり、血の池が広がる。激痛にのたうっていたアリアの動きが緩慢になり、再び顔を伏せてぴくぴくと痙攣するような動きしか見せなくなるまで、ミレニアは無表情に彼女の内臓を引きずり出しつづけた。
「ミ、ミレニア……?」
「すいません、クリスさん。邪魔をしてしまって」
 呆然として問いかけるクリスに軽く一礼して、ミレニアが領主の方へと向き直る。
「お見苦しいところをお見せしました」
「ふ、む。もしかして、八当たり、だったのか、今のは?」
「はい。次は、どちらに賭けられますか?」
 あの残虐な行為が賭けに外れた八当たりだったなどと、誰にも思えないほどの無表情のまま、ミレニアが静かに領主に問いかける。やや毒気を抜かれた表情になって領主が二人目、レインの方へと視線を向ける。ここに連れて来られた時からがくがくと震え、怯え切っていた彼女だが、すぐ隣でアリアが惨殺された直後とあって半ば失神してしまっている。膝は折れ、万歳をするように両手を伸ばして鎖に吊られていた。
「ふぅむ。今度も、男にしよう。ミレニアは、また女か?」
「ええ。奥方様は、どちらにします?」
 ミレニアの視線が、がっくりと顔を伏せ、襲ってきた激痛に懸命に耐えているマルガリータへと向けられる。ぽつぽつと顔全体に汗が浮かび、噛み締められた奥歯の隙間から呻きが漏れている。
「あっ、くうぅっ、うううぅぅっ。くっ、あっ、はっ……ウウウウ」
 ぶるぶるっとマルガリータの身体が震え、腹へと力が込められる。だが、どんなにいきんだところで、出口をぴったりと縫われていては出産は不可能だ。はっ、はっ、はっと荒い息を吐くマルガリータの前まで歩みより、肘まで鮮血でびっしょりと濡れた手でミレニアは彼女の前髪を掴んだ。強引に仰向かせ、苦痛に歪んでいるマルガリータの顔を無表情に見つめる。
「早く、決めてもらえませんか?」
「うっ、ううう……お、ん、な……くうぅっ」
 苦痛のために朦朧となりかけた意識の中、うわごとのようにマルガリータが答える。ミレニアの手が離れると、再びがっくりとマルガリータの顔が伏せられた。ぶるぶるぶるっと小刻みにマルガリータの身体が震え、悲痛な呻きが唇から漏れる。
「女だそうです。クリスさん、お願いしますね」
「……分かったわ」
 クリスが数歩横に動いてレインの前に立つ。のろのろと顔を上げたレインがひっと息を飲んだ。
「い、や……お願い、殺さないで。酷いこと、しないで……」
 背中を壁にこすりながらレインが足に力を篭め、立ちあがる。少しでも殺人者から逃れようということなのだろうが、もちろん無意味だ。無表情にクリスがレインの腹へとナイフを当て、すっぱりと大きく切り裂く。
「ひっ……いやっ、なに!? なんなの!? 何で……ぎゃあああああっ」
 すっぱりと腹を裂かれた直後は、混乱した呟きを漏らしていたレインだが、クリスの両手が傷にかかり、左右に割り広げると絶叫を上げた。最初の犠牲者と同じように内臓を掻き分けて子宮を露出させ、ナイフを振るって中の胎児を取り出す。半ば失神していたおかげというべきか、レインの見せた抵抗はアリアとは比べものにならないほど小さく、『作業』は順調に進んだ。それでも苦痛はすさまじく、血の泡を吹き、恐怖と混乱の表情を浮かべてレインが身悶える。
「どちらですか?」
「え、えぇと……女の子、みたいだけど……」
 ミレニアの問いかけに、少し自信がなさそうな表情を浮かべてクリスが答える。後一月もあれば出産、という段階まできていたアリアと違って、レインの胎児はまだ幼く、辛うじて手足の識別がつく、といった段階だったせいだ。クリスの言葉に、おおげさな身振りで領主が肩をすくめる。
「おやおや、外れたか。それにしてもマルガリータは運がいいな。次を当てれば、全問正解だ」
「そうですね。それで、領主様。最後の一人は、どうなさいます?」
 あまり興味のなさそうな口調でミレニアがそう問いかけた。彼女の予想は当たったわけだが、特にそれを喜んでいるようには見えない。軽く苦笑を浮かべて、領主が肩をすくめた。
「ここまできたら、男にしよう。ミレニアはどうする? 変えるか? それとも、女にするか?」
「女のままで。奥方様は、どうなさいます?」
「うっ、ううううぅっ。うっ、あっ、あああああああっ、はっ、くっ、ううううぅっ」
 ミレニアの問いにも、マルガリータはいよいよ激しくなってきた痛みに髪を振り乱し、汗を飛び散らせながら呻くことしか出来ない。縫いあわされた秘所から、じくじくと白濁した液体がしみだしている。破水しているらしい。陣痛、破水ときて、次はいよいよ出産となるわけだが、秘所が縫いあわされた状態では最後の段階に至ることは不可能だ。
「くうううぅっ、ひっ、ひいいいぃっ。あっ、あなたっ、産まれるっ、産まれますっ。くうぅっ、あっ、おっ、お願いっ、あなたっ」
「産みたければ、当てることだ。ほら、最後はどちらにする? 男か? それとも、女か?」
 苦痛に表情を歪め、哀願の声を上げるマルガリータへと、酷薄な口調で領主が応じる。ああっと絶望の呻きを漏らしてマルガリータが顔を伏せた。関節が白くなるほど強く鎖を握り、両足を突っ張らせてぶるぶると身体を痙攣させる。
「どちらに、します?」
「ひっ、ひいいぃっ、男っ、男の子っ。ひっ、うああああっ。ううううっ、くっ、あぁっ、早くっ。産まれるぅっ」
 ミレニアの淡々とした問いに、身をよじり、マルガリータが叫ぶ。小さく頷き、クリスの方へ視線を向けてミレニアが口を開きかけたその時。
 機先を制するように、壁に拘束された最後の一人、マティアが口を開いた。
「ねぇ、ミレニア。覚えてる? 昔は、よく一緒に遊んだわよね」
「ええ。……命乞い、ですか?」
「ううん、違うわ。今更そんなことをしても、ね……。
 ただ、一つ、教えて。昔のあなたは、確かに何を考えてるかよく分からない子だったけど、こんな酷いことを平気で出来る子じゃなかったわ。何が、あなたを変えたの?」
 既にあきらめの色が濃く浮かんだ穏やかな表情で、マティアがそう問いかける。少し考え込むように沈黙すると、ミレニアはゆっくりとマティアの前に歩み寄った。
「クリスさん。それ、貸してもらえますか?」
「え? え、ええ……」
 虚をつかれたクリスが、おとなしくミレニアにナイフを渡す。ふっと口元に小さな笑みを浮かべると、ミレニアは無言のままその刃をマティアの腹へと突き立てた。大きく目を見開き、信じられないというような表情でマティアがすぐ側にあるミレニアの顔を見つめる。
「ミ、ミレ……? ぎゃあああああああっ」
 ずぶずぶと、ゆっくりとナイフが動く。ごく無造作に見えて、その実経験と知識に裏打ちされたクリスが振るったナイフではない。素人のミレニアの手によって振るわれたせいで、皮膚と筋肉だけでなく、内臓をも深く傷つけながらナイフの刃が進んでいく。
「ぎっ、ぎゃあああああっ。ひぎゃっ、ぎゃっ、ぐがぎぎががぐぎゃあぁっ」
 口から真っ赤な鮮血を吐き出し、苦痛に激しく身体をのたうたせる。その場にひざまずき、吹き出す鮮血に全身を真っ赤に染めながらミレニアはマティアの腹を裂きつづけた。はみ出してきた内臓をナイフで切り、床の上に投げ捨てる。思わず一歩後ずさり、クリスはミレニアのことを凝視した。その視線に気付いているのかいないのか、無表情にミレニアはマティアの腹を裂き、内臓を掻き出し、ぶよぶよとした子宮を露出させていく。
「ミレ、ニアっ。やめっ、ぎゃあああああっ」
 マティアの口から、絶叫が漏れる。子宮に突き立てられたナイフが動き、切り裂く。一度ではうまく行かなかったのか、二度、三度とナイフを振るい、ずたずたに子宮を引き裂くとミレニアは中から血まみれの胎児を取り出した。
「……難しい、ものですね。後ろで見ていると、簡単そうに見えたんですけど」
「ミ、ミレニア……!?」
「これは、お返ししますね、クリスさん。やっぱり、素人が興味本意で手を出すべきじゃ、なかったみたいです。
 すいません、領主様。私の不手際で、結果を分からなくしてしまいました」
 立ちあがりながら、クリスに血まみれのナイフを渡すミレニア。左掌から血の海と化した床に血まみれの肉塊が落ちる。子宮を切り裂く際に刃の先端が当たったのか、胎児の身体にはいくつもの裂傷が走り、特に性別の判別には必要不可欠な股間の辺りは大きく裂けてしまっている。
「い、いや、それは別にかまわんが……一体、どうしたというのだ?」
「クリスさんが、あんまり簡単そうにやっていたものですから。私にも、やれるかと思ったんですけど」
 流石に度肝を抜かれたような領主の問いに、こともなげに答えるとミレニアは軽く首を傾げた。
「それにしても、どうしましょうか? 流石に、もう一人用意して仕切り直しをするわけにもいきませんし……全員外れ、ということにしますか?」
「ふむ、そうだな。結果が分からんのでは、しかたあるまい。マルガリータには、残念な結果になったがな」
「そ、そんなっ。で、ではっ、私は……くうううぅっ」
 絶望の表情を浮かべ、マルガリータがぶるぶるっと身体を痙攣させる。人間三人の腹を裂く、という行為の間に、安産であればもう子供が出てきていても不思議ではないぐらいの時間はたっている。無論、難産となればまだまだ時間はかかるものだから、マルガリータの体力がすぐに尽きるということはまずあるまい。だが、出産の際に体力が尽き、母子共に死ぬというのは珍しいことではない。そして、マルガリータの秘所は縫いあわされ、どんなに苦しみもがいたところで子供を産むことは出来ないのだ。
「うっ、うううぅっ。あ、あなた、お願い、ですっ。う、産まれるっ、あっ、ああっ」
 整った美貌を苦痛に歪ませ、びっしょりと汗を浮かべてマルガリータが身悶える。何とか子供を産み落とそうと、空しい努力を続けているマルガリータの顔をミレニアが覗き込んだ。
「奥方様。そんなに、子供を産みたいですか?」
「あっ、あたりまえ、でしょう!? くっ、うっ、う。ああああぁっ」
「一つだけ、子供を産む方法は、あります。彼女たちにしたように、あなたの腹を裂き、子供を取り出すという方法が。どうします? あなたが望むなら、その道を選んでもかまいませんよ」
 つうっと、膨れあがったマルガリータの腹に指を走らせ、ミレニアが淡々とそう告げる。激痛に意識朦朧となりながら、マルガリータがミレニアの顔を見つめた。
「そっ、そんな……っ。くうぅっ」
「このまま、体力が尽きるまで苦しみつづけてもいいですし、一思いに殺して欲しいならそれでもかまいません。そして、腹を裂かれ、血の海でのたうちながら死ぬ覚悟が有るなら、子供だけは取り出してあげてもいいんですよ」
 嬲るようなからかうような、そんな内容の台詞を、無表情に淡々とミレニアが紡ぐ。確かに、どうしても産まれてこない子供を、妊婦の腹を裂いて取り出す、というやり方がないわけではない。成功率は高いとはいえないが、それでも子供が無事に産まれる可能性は決してゼロではない。ただし、母親の方も助かる可能性は皆無といっていいのだが。
「うっ、ううっ。わ、分かったわ。お願いっ。もう、私はどうなってもいいからっ。ひっ、いっ。せめて、せめてこの子だけは……っ。くうううぅっ」
 間断なく襲ってくる激痛に、荒い息を吐きながらマルガリータがそう叫ぶ。小さく頷くと、ミレニアはクリスの方を振り返った。
「お願いします、クリスさん」
「……正直、自信はないわ。けど、やるしかないわね」
 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、クリスがマルガリータの前にかがみ込む。真剣な表情でじっと膨れあがった腹を見つめると、クリスは慎重にナイフを走らせた。
「ひっ、ひいいいぃっ」
「動かないで。手元が狂うと、大変なことになる」
 甲高い悲鳴を上げるマルガリータを鋭い声で制し、クリスが慎重にナイフを振るう。その度にひいぃっと喉を鳴らし、マルガリータががくがくと身体を痙攣させた。内臓を押し分け、子宮とそこから繋がった産道をあらわにする。既に胎児の身体は半分以上産道の方へと出てきていて、出口さえ縫いあわされていなければとっくに出産は終わっていたのに、という状態だ。
 クリスのナイフが、産道を切り開く。どぷっと中に満たされていた羊水があふれ出し、少し遅れておぎゃあという産声が響いた。慎重な手つきで産声を上げている赤児を取り出し、へその尾を切る。
「あっ、ああぁ……私の、赤ちゃん……」
 痛みに朦朧としながら、マルガリータがうっすらと目を開けてクリスの手の中で元気に泣いている赤ん坊を見る。消耗しきった表情の中に満足そうな微笑みが浮かんだ。
 クリスの手の中から、ミレニアが赤ん坊を受け取ってマルガリータの顔の側に近づける。身を乗り出し、差しだされた赤ん坊に頬ずりをするマルガリータ。それを見つめながら、ふっとミレニアが微笑を浮かべた。
「もう、思い残すことはありませんね?」
 そう言いながら、返事もまたずに頭上へと赤ん坊を掲げ、硬い石の床へと頭から力いっぱい投げ落とす。床の上で弾んだ赤ん坊の姿に、目を大きく見開いてマルガリータが絶叫を上げた。
「イッ、イッヤアアアアアァッ」
「ミ、ミレニア……ッ!?」
 愕然とした表情を浮かべ、クリスがミレニアの方に視線を向ける。ミレニアは表情一つ変えずに、首をおかしな方向に曲げてぴくぴくと痙攣している赤ん坊の首に足をかけ、踏みにじった。
「な、何をっ!? 何をやっているの!? あなたはっ……!?」
「あら、ごめんなさい。怖かった?」
 思わず拳を握り締め、声を震わせるクリス。それにはまったくかまわずに、ミレニアはかがみ込んでミミの頭を撫でた。怯えていたような表情を浮かべていたミミが、頭を撫でられて嬉しそうな笑顔を浮かべる。くすっと小さく笑うと、ミレニアはゆっくりとクリスのことを見上げた。
「男の子でしたから」
「え……?」
「女の子だったら、この子みたいにして生かしておいても問題はなかったんですけど。男の子だと、いろいろと面倒でしょう? 将来的に」
 無表情に、淡々とした口調でミレニアがそう言う。信じられないというような表情を浮かべ、クリスが更に口を開こうとしたその時。呪詛に満ちたマルガリータの声が響く。
「こ、殺してやる……! わ、私は、あなたを、絶対に許さない……っ!!」
「どうぞ。出来るのなら、ですが」
 何の感情もうかがわせずにそう答えると、ミレニアがメイド服のポケットから液体の満たされた小瓶を取り出した。コルクの栓を抜き、無造作に切り開かれたマルガリータの腹へと中の液体を注ぐ。じゅううぅっという音と共に白煙が上がり、表情を歪めてマルガリータが絶叫を上げた。
「ぎっ、ぎゃあああああっ。ぎゃっ、ひっ、ぐぎゃあああああっ!!」
「錬金術士からもらった、塩酸です」
 裂かれた腹へと塩酸を注がれ、内臓を溶かされながらマルガリータが大きく目を見開き、絶叫を上げた。ごぼっと、その口から鮮血があふれる。激しく苦悶の踊りを踊るマルガリータのことを、ミレニアは無表情に見下ろしていた。
「どうぞ、苦しみぬいて死んでください。とどめは刺しませんから」
「ぎぃっ、いいぃっ。あ、悪魔っ。あああぁっ、の、呪われ、なさいっ。こ、このっ、血まみれの魔女……!」
 激痛に身悶えながら、マルガリータが呪いの言葉を紡ぐ。自分を罵りつづけるマルガリータのことを、しばらくミレニアは黙って見つめていたが、不意に右腕を伸ばして小瓶の中の塩酸をマルガリータの顔へと浴びせかけた。
「ぎゃああああぁぁぁ……!」
 顔面から白煙をあげ、無事だった左目も塩酸に灼かれ閉ざされる。美しかった顔を無残にただれさせ、マルガリータが絶叫を上げてのたうつ。
「……今更」
 ぽつりと、誰の耳にも届かぬほど小さく呟き、ミレニアがぞっとするような暗い笑みを浮かべる。
「ミ、ミレニア……?」
「今日はもう、終わりにしましょう」
 顔面を焼けただれさせ、未だに絶叫を続けているマルガリータに背を向けると、ミレニアがそう誰にともなく告げる。床の上に広がった巨大な鮮血の池から、むっとするほど濃密な血の臭気が漂っていた……。
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