12月7日 晴

 今年の冬は、随分と冷え込みが厳しいみたいです。私は平気だったんですけど、ミミちゃんとクリスさんが風邪をひいてしまって、しばらくは大変でした。領主様が、私付きに、と、何人かメイドを譲ってくださったんですけど、やっぱり私は人と会話するのが苦手で……。無理もないことですけど、私に呼ばれると凄く怯えたような表情をみんなが浮かべるんですよね。そのせいもあって、結局はほとんどの看病を自分でやっちゃいました。本当は、もっときちんと他の人としゃべったり頼ったりしなくちゃいけないんだって、頭では分かっているんですけど……自分より年上の人とかにうまくお願いできる自信もなくって。
 昨日ぐらいから、二人もだいぶ良くなってきたみたいで、まずは一安心、です。もっとも、クリスさんはまだ本調子ではないようですし、元々、あんまり乗り気でない拷問の場に無理に立ちあわせることもないかな、と思ったのでしばらくはゆっくりと養生してもらおうと思っています。ミミちゃんは、起きている時はいつも私の側に居たがりますから、連れていきますけど。
 そう言えば、今日は、私がこのお屋敷にくる前からいた側室の人が、私を訪ねてきました。奇麗な宝石がたくさん付いた高価そうなネックレスを頂いたんですけど……正直、困っています。最近ではどういうわけかそういうプレゼントを持ってくる人って多くて、そろそろ宝石箱が一杯なんですよね。確かに宝石は奇麗だとは思いますけど、そんなに積極的に欲しいというわけでもありませんし。
 もっとも、だからといって受け取らないのも失礼ですから、きちんとお礼を言って受け取りはしましたけど、ただでさえ感情を見せるのが苦手な私のことですから、きっと何の興味も引かれなかったような顔をしていたんだと思います。相手の人が、明らかに落胆の色を浮かべていましたから。落胆以外にも、恐怖とか怯えとかが混じっていたような気もするんですけど、それはきっと私の考えすぎですね。嘘でもいいから、ああいう時にはちゃんと喜んでみせるべきなんでしょうけど……本当に、不器用な自分のことが嫌になります。
 ああ、でも、あれは何のつもりだったんでしょうか? お話をしている時、うっかり自分の靴に飲んでいたジュースをこぼしてしまったんですけど……。慌ててハンカチを取りだそうとする相手の人に、ハンカチなんか使わなくてもいいですよって言ったら、彼女、凄くびっくりしたような表情を浮かべて。その後、いきなり椅子から降りて床の上にひざまずくと、私の靴を舌で舐め始めたんです。突然のことで反応できないでいると、何かの遊びだと勘違いしたのかミミちゃんまで反対の靴を舐め始めてしまって……。あれには本当に驚かされました。本当に、何のつもりだったんでしょうね? (->日記のシーンを読む

 蝋燭の微かな明かりだけが唯一の光源である、薄暗い地下牢。長らく使われていなかったせいか、石造りの壁にはあちこちにヒビが入り、所々は崩れてすらいる。床の上には薄く水が溜まり、じめじめとした陰気な部屋になっていた。もっとも、地下牢などというものは元々陰気なものだという説も有るが。陰気さに拍車をかけるように、崩れた石壁の穴から入り込んだらしい十数匹の鼠がちょろちょろと部屋の中を走りまわっている。
「ふぐっ、うぐぅ--っ」
 走りまわる鼠の一匹に近寄られ、壁に繋がれた全裸の少女が目を見開いて呻く。呻きがくぐもっているのは、舌を噛み切るのを防ぐためにその口にギャグが押し込まれているせいだ。
 壁に繋がれている、といっても、彼女は鎖で繋がれているわけではない。水の溜まった床にへたりこむような感じで腰をおろし、両腕を左右に広げた状態で壁に掌を太い釘で打ち付けられているのだ。釘で貫通された掌からはぽたぽたと血が滴り、少し身体を動かすだけで激痛が走る。
 床の上に力なく投げ出された足には、鼠に噛り取られた小さな傷が無数に有る。胴体部分には縦横に鞭打たれた傷が走り、あちこちには焼きゴテの跡も有る。手足の爪は全て剥ぎ取られ、鉄串が指に突き刺さっている。突き立てられた時は真っ赤に焼かれていたせいか、傷は焼き固められていて出血はしていない。
 元は人並みだったはずのその顔の中央には、本来有るべき隆起はなく、代わりに赤黒い断面が顔を覗かせている。鼻を削ぎ落とされているのだ。髪に隠れていて分からないが、両耳もまた、千切り取られていた。
 どう見ても酷い拷問を受けている最中としか思えない、無残な姿。だが、彼女は普通に想像されるような『魔女』ではない。魔女狩りで捕らえられたのではないか、と、誰もが思うような無残な姿になっている彼女は、実際にはこの屋敷に仕えるただのメイドであり、彼女が拷問されているのも単なる領主夫妻の趣味によるものだ。
 実際、彼女の耳が千切れている理由は自白を得るための拷問などではなく、数日前、両耳にフックを引っ掻けて吊るし上げ、足に錘を付けたらどちらの耳が先に千切れるか、という賭けが領主夫妻の間で行われたせいでしかない。鼻を削がれたのもその時だが、それにしたところで特に意味があったわけでもなく、賭けに負けた夫人の腹立ち紛れのやつ当たり、としか思えない理由で削がれたのだ。
「うぐうぅっ!」
 更に数匹の鼠が彼女の足の側へと寄ってくる。恐怖の表情を浮かべる少女の足を、とうとうがりっと、一匹の鼠が噛った。くぐもった悲鳴を上げ、少女が顔をのけぞらせる。びくんと動いた足に鼠たちがぱっと逃げ散るが、少したつとまた、何匹かはちょろちょろと少女の方へと近寄ってくる。それほど飢えきってはいないせいか積極的にフィアナを襲うわけではないが、それでも鼠たちにして見れば壁に繋がれた少女は格好の食料でしかない。
 懸命に力の入らない足を動かし、鼠たちを追い払おうとする少女。その顔には疲労と絶望が濃く刻み込まれている。毎晩のように鼠の襲撃を受け、昼間は昼間で余興としての拷問にあう。気絶するように眠り込む以外にはまともに眠ることも出来ず、ここに連れ込まれてから一体どれだけの時間が過ぎたのか、もう分からなくなっている。その間に口にしたものといえば、水を除けば得体の知れない肉だけだ。いったん揚げたものを塩漬けにしてあるらしいが、今までに食べたことのない種類の肉だった。何の肉かは、怖くて尋ねられなかったのだが。
 と、ぎいっと軋んだ音を立てて扉が開いた。扉の隙間から差し込む光に驚いたのか、鼠たちがぱっと壁の穴から逃げ出していく。鼠たちが逃げていったことに、少女はほっとするよりも先に恐怖の表情を浮かべた。扉を開けて地下牢へと姿を現したはメイド服の少女と大男だ。
「う、うぐぅっ」
 大きく目を見開き、壁に繋がれた少女が弱々しく首を左右に振る。無表情にそれを見つめながら、メイド服の少女--ミレニアがゆっくりと彼女の元へと歩み寄った。軽く腰をかがめ、少女の頭の後ろに手を回してギャグを外すと唾液に濡れたそれをメイド服のポケットへとしまう。
「お、お願い……もう、許して……。これ以上、酷いこと、しないで……」
「今日で、最後です、フィアナさん」
 少女--フィアナの弱々しい哀願の言葉に、淡々とした口調でミレニアがそう応じる。フィアナの顔に、安堵とも絶望ともつかない微妙な表情が浮かんだ。
「助けて、くれる、の……? そ、それとも、殺すの……!?」
「バルボアさん、お願いします」
 フィアナの問いに、答えようとはせずにミレニアが屈めていた身体を起こす。身を乗り出すようにしてフィアナが精一杯の力を振り絞って叫んだ。
「ねぇ! どっちなの!? 答えてよ……!」
 フィアナの叫びを完全に無視して、ミレニアが背を向ける。部屋から出ていく彼女と入れ代わりになるようにして大男、バルボアがフィアナの元へと歩み寄る。手にした大型の釘抜きでバルボアはフィアナの掌を貫く釘を引き抜いた。毎回のことながら、フィアナの手にかかる苦痛をまったく考慮しないやり方に、フィアナの口から小さな悲鳴が漏れる。
「お、お願いっ、殺すなら、せめて一思いに殺してっ。酷いこと、しないでっ」
 両手から釘を引き抜かれ、バルボアの方に担ぎ上げられたフィアナがミレニアの背中へと向けてそう叫んだ。叫びながら足や手足をばたつかせ、懸命に身をよじってもがいているが、バルボアは平然としている。先に立って階段を上るミレニアが、足を止めることなく無表情に肩越しにフィアナのことを振り返った。
「まだ、持っていたんですか? そんな希望を?」
「……! い、いやあああぁっ!」
 狭い階段に、フィアナの悲痛な悲鳴が響いた……。

「あ、うっ、ううぅっ。くうぅっ」
 宙吊りにされたフィアナが、満面に油汗を浮かべて掠れた呻きを上げる。部屋の中央にピンと張られた荒縄によって彼女の身体は宙に浮かんでいた。掌に開いた釘の穴の中に毛羽だった荒縄が通されている。縄の両端は、部屋の壁近くににょきっと突き出した柱に繋がれていて、彼女の体重に僅かにたわみながらも床とはほぼ平行を保っていた。
 部屋の中に居るのは、彼女を含めて全部で五人。椅子に座り、愉快そうな笑みを浮かべているのが領主。彼の横に無表情に立っているのが--メイド姿のせいでそうは見えないが--領主夫人でもあるミレニア。粗末な服を着せられ、肘と膝で手足を切断されて四つんばいになっている幼女が、ミレニアのペットのミミ。そして、柱の一つの側にあるレバーに手をかけている大男が下男のバルボア。本来ならば、拷問人であるクリスがここに同席するはずだったのだが、風邪を引いたとかで今日は欠席している。
「さて、では始めるとするか」
 楽しげに、領主が血の響宴の幕開けを告げる。バルボアが、がくんとレバーを倒すと、歯車の回る低い音と共に柱が動き始めた。片方の柱は床に沈み込んでいき、反対の柱は天井めがけて伸びていく。その間に張られていた縄が傾き、フィアナが恐怖と苦痛に表情を歪めた。
「あっ、あっ、あっ、ああああーーっ!」
 荒縄の毛羽だちが、釘で穿たれた掌の傷をえぐる。激痛に悲鳴を上げ、空中で身体をくねらせるフィアナの姿を楽しそうに領主が眺める。鮮血で荒縄を真っ赤に染めながらフィアナの身体が後ろ向きに滑り、ごんっと柱にぶつかって止まった。掌の痛みとぶつけた身体の痛み、二つの痛みにフィアナが呻く。
 バルボアが、反対側にレバーを倒す。それぞれの柱が今度は逆に動き、縄の角度が斜めから水平に、更に反対の斜めへと変わっていく。ずるり、と、傷をえぐりながら今度は前向きに縄の上を滑っていくフィアナ。
「ひっ、ひっ、ひいいいい--っ」
 空中で身悶え、足をばたつかせるフィアナ。ぎしっぎしっと縄が軋み、傷からあふれる鮮血を吸って真っ赤に染まっていく。縄が吸いきれない鮮血は彼女の腕を伝い、身体へと何本もの赤い筋を描いていた。
 柱に正面からぶつかり、フィアナの身体が止まる。痛みに呻く彼女のすぐ横で、バルボアが再びレバーを反対に倒した。動き始めた柱に恐怖の表情を浮かべてフィアナが反射的に足を伸ばし、柱を挟み込む。もっとも、壁にくっつくような位置にある柱に完全に足を回すことは出来ず、膝から下の部分で柱の両脇を挟むことしか出来ない。そんな体勢で長く耐えられるはずもなく、悪あがきを楽しむように笑う領主の目の前で再びフィアナの身体は空中を後ろ向きに滑っていった。
「あああーーっ、ひっ、ひいいーーっ」
 血を吐くような、悲痛な叫び。その叫びは部屋を横断して反対の柱に身体を打ち付けるまで続き、歯車の回る音にしばらくかき消されていたかと思うと再び響き始める。柱に身体をぶつけ、再び滑り始めるまでの間は恐怖に表情を引きつらせ、いったん滑り始めると激痛に泣きわめく。そんなことが、更に数回繰り返された。
 何度目かに、身体の前面を柱に打ち付けて止まったフィアナが、飛び散った鮮血で斑に染まった顔を弱々しくひねって領主とミレニアの方へと視線を向ける。バルボアが手をレバーから離し、床の上に転がされた奇妙な器具を拾い上げていたから出来たのだ。
「こ、殺して……。お願い……。もう、一思いに、殺して、ください……」
「おやおや、まだ前座の段階で情けない。本番は、これからではないか」
 フィアナの哀願の言葉を、領主が笑い飛ばす。ミレニアといえば、フィアナの方には視線すら向けず、彼女の上げる悲鳴に怯えてしまったらしいミミの頭をしゃがみ込んで撫でていた。
 バルボアが立ちあがり、手にした器具をフィアナの胸へと装着する。彼女の知識にはないが、領主が以前にも使ったことのある乳房裂き器だ。本来は大小二つなのだが、今回のものはどちらも輪の小さいもので、乳房を器具の中に押し込められたフィアナが苦痛に表情を歪め、泣き声を上げる。乳房裂き器の先端から延ばした縄を台に上って壁のフックに引っ掻けると、バルボアは無造作に柱を操作するレバーを倒した。歯車の回る音が不吉に響き、ゆっくりと柱がせりあがっていく。その光景を、フィアナは大きく目を見開いたまま恐怖に震えて見つめていた。
「あっ、ああーーっ。ぎゃうっ」
 これまでと同様、後ろ向きに身体が滑り始め、掌の傷をえぐられる激痛にフィアナが叫び声を上げる。だが、今回はその悲鳴が途中で更に濁った絶叫に変わった。乳房をくわえこんだ乳房裂き器。それと、壁とを繋ぐ縄がぴんと張り詰め、がくんと彼女の身体を空中に停止させたのだ。
「ひっ、ぎっ、ぎゃあぁっ。ひっ、ひいいいぃっ」
 乳房裂き器にくわえこまれた二つのふくらみの根元から、ぽたぽたと血が滴る。両胸で弾けた激痛にこぼれんばかりに目を見開き、口からよだれを飛び散らせながら頭を激しく振って泣き叫ぶ。
 じたばたと空中で暴れている彼女の足を、バルボアが掴む。手早くロープで一つにまとめて足首を縛り上げると、バルボアはそのロープの先端に一抱えはありそうな石を吊るした。宙に張られた荒縄がぎしっとたわみ、フィアナの口からあふれる絶叫がますます大きくなる。
「ぎいやああああっ。ひぐっ、ぎゃ、ぎゃあああああっ!」
 激痛に身悶えるフィアナ。皮肉なことに、その動きがますます胸の傷を深くしていった。ぶちっ、ぶちぶちぶちっと、ゆっくりと根元からフィアナの乳房が引き千切られていく。
「あっ、がっ、ぎっ、ぐぎゃあああああああああっ!」
 身をよじった拍子に右の乳房が完全にむしり取られ、少し遅れて左側も同じ運命をたどる。胸の当たりを鮮血で真っ赤に染めたフィアナの身体がずるずると空中を滑った。二つの乳房裂き器がその内部にフィアナの乳房をくわえこんだまま壁に当たり、がちんと硬質な音を響かせる。
 悲鳴を上げながら、ずるずるとフィアナの身体が後ろ向きに宙を滑っていく。足に吊るされた重い石のせいで、今までより随分と早い。乳房をむしり取られた衝撃のせいかはっはっはっと切れ切れの息を吐いている彼女の姿を、領主が眺めて楽しげに笑う。バルボアが無表情に乳房裂き器の中にくわえこまれたままの脂肪の塊を取り出し、歩み寄ってきたミレニアへと手渡した。
 ミレニアが、石炭によって充分に熱せられた鉄板の上へと千切り取られたフィアナの乳房を押し当てる。じゅうぅっという音と共にうっすらと白煙が上がり、血が鉄板の上で泡立つ。ゆっくりと円を描くように手を動かし、乳房からあふれる脂を鉄板の上に広げていくミレニア。バルボアがレバーを操作して柱の高さを調整し、再び荒縄が床と平行になるようにする。それが済むと、彼はひくひくと小刻みに身体を痙攣させているフィアナの足を掴んで部屋の中央、鉄板とミレニアの側へと引っ張っていく。
「あっ、ああーーっ」
 手の傷をえぐられ、毛羽だちに掻きむしられるフィアナが悲鳴を上げる。髪を振り乱して身悶えるフィアナの左の太股に、無造作にミレニアがナイフを突き立てた。
「! きゃあああああああっ」
 一瞬、何が起きたのか理解できなかったのかきょとんとした表情を浮かべたフィアナが、絶叫を上げる。ずずずっとナイフを動かし、フィアナの太股の肉を切り取っていくミレニア。吹き出した鮮血がその顔を濡らすが、彼女の顔にはいつもと同じように何の表情も浮かんではいない。
「あっ、ぐうぅっ。うっ、ううぅ……っ」
 四角く肉を切り取られたフィアナががっくりと顔を伏せて呻く。軽く顔に飛び散った血を拭うと、ミレニアは脂の塗られた鉄板へと切り取った肉を置いた。じゅうぅっという音と共に、肉の焼ける匂いが立ち上り始める。
 ステーキでも焼くように、フィアナの太股から切り取った肉を鉄板で焼いていくミレニア。しばらくの間、フィアナの上げる小さな呻き声と、じゅうじゅうという肉の焼ける音だけが室内に響く。
「……どうぞ」
 焼きあがった肉を、鉄板の上で小さく切り分けてから皿に乗せ、領主へと差し出すミレニア。うむ、と、小さく頷くと領主は受け取った皿から一口大に切り分けられた肉片をフォークで突きさして口に運んだ。数度噛み締め、ごくりと飲み込むと満足そうに頷く。
「やはり、鮮度の違いは大きいな。生きたまま切り取った肉は一味違う」
「……そう、ですか」
 何の感情も篭めずに領主の言葉に応じると、ミレニアは皿の上から肉片を二つ指で摘まみ上げた。一つはそのまま自分の口に入れ、もう一つはかがみ込んでミミの口に入れてやる。嬉しそうな笑顔を浮かべて肉を噛み始めたミミの頭を軽く撫でると、ミレニアは立ちあがって再びナイフを手に取った。
「次を、焼きますね」
「いっ、イヤッ、やめてぇっ。きゃあああああっ」
 ミレニアのナイフが身悶えるフィアナのふくらはぎの肉を薄く削ぎ取る。悲痛な叫びを上げ、身体を震わせるフィアナ。それにはまったくかまわずに、鉄板へと切り取ったばかりの鮮血を滴らせる肉を乗せるミレニア。じゅうじゅうと音を立てて自分の肉を焼いているミレニアの背中へと、信じられないというように目を見開いてフィアナが叫ぶ。
「あ、あなたたち、おかしいわよっ。に、人間の、肉を食べるだなんて……!」
「……あなたも、食べたでしょう?」
 振り向きさえせず、淡々とした口調でミレニアが応じる。え? と、思わず聞き返したフィアナに、肉を焼く手は休めないままミレニアが逆に問いかけた。
「妹の肉は、美味しかったですか?」
「……!? え……!? う、嘘、でしょ……!? う、ぐえええぇっ」
 ミレニアの台詞に、呆然と問い返したフィアナが、込み上げてきた吐き気にたまらず嘔吐する。げぇげぇと嘔吐を続けるフィアナをちらりと肩越しに見やり、再び視線を鉄板の上で焼かれていく肉に戻すと淡々とミレニアが言葉を続ける。
「それに、だいぶ前から、食事で使う肉の半分ぐらいは人間のものですし。練習の後、捨てるのも持ったいないですからね」
 肉を切り分け、皿に移すという作業を続けながら世間話でもするかのような何気ない口調でミレニアがそう告げる。嘔吐を続けていたフィアナがその言葉にびくっと身体を震わせた。反射的に吸い込んだ息と吐き出していた吐瀉物とがぶつかりあい、喉を詰まらせる。
「うぶっ、ぶっ、ごほっ、げほげほげほっ」
「……私、そんなに驚くようなこと、言いましたか?」
 二枚目の皿をバルボアに手渡し、軽く首を傾げるとミレニアが激しく咳込むフィアナへとそう問いかけた。何とか息を整えたフィアナが、きっとミレニアのことをにらむのとほぼ同時に、ミレニアの手にしたナイフが彼女の右の太股へと突き立てられる。
「ぎっ、ぎゃあああああああっ」
 ミレニアの手がゆっくりと動き、フィアナの太股の肉を四角く切り取っていく。ナイフが動くたびにびくっびくっと身体を震わせ、絶叫するフィアナ。切り取った肉を鉄板の上に置くと、ミレニアが薄く口元に笑みを浮かべた。
「少し、待ってください。今、あなたの分も、焼きますから……」
「ああ、ミレニア。済まんが、こっちにも追加を貰えるかな?」
 空になった皿を軽く掲げて、領主がそう言う。領主と、床の上から期待するような目で見つめてくるミミへと視線を走らせ、ミレニアが軽く首を傾げた。
「少し、まとめて焼きましょうか。どこが、いいですか?」
「やだっ、やだやだやだっ、やめてぇっ」
 再びナイフを手に取ったミレニアに、フィアナが錯乱ぎみの悲鳴を上げる。フィアナの狂乱にくっくっくと楽しげに笑い、領主がリクエストする。
「そうだな、脇腹の肉を貰おうか」
「脇腹、ですか……? フィアナさん、動かないでくださいね。私は、クリスさんほど上手じゃないですから……」
 領主の言葉に、真面目な口調でミレニアがフィアナにそう言う。もちろんそれでフィアナが大人しくなるはずもなく、かえって泣き叫び、じたばたと身体を暴れさせている。そんなフィアナの姿を無表情に見遣ると、ミレニアはバルボアへと視線を向けた。
「持ち上げて、もらえますか?」
 ミレニアの言葉に無言で頷き、バルボアが彼女の腰に手を回して抱えあげる。左手を暴れるフィアナの脇腹に当てると、ミレニアは手にしたナイフを彼女の白い肌へと突き入れた。最初は大した出血もなかったのだが、彼女の手が動いて肉を切り裂き始めるとフィアナの動きが激しさを増し、あっと小さくミレニアが声を上げた次の瞬間には傷から激しく鮮血が吹き出してミレニアの顔を濡らす。
「ぎゃああああああっ、ぎゃっ、ぎいいぃやぁっ」
「動かないで、と、言ったのに」
 絶叫をあげ、激しく身体をくねらせるフィアナへと告げるでもなくそう呟き、ミレニアが再び止めていた手を動かし始める。脇腹の傷から激しく血を吹き出させながら、フィアナは絶叫をあげ続けていた。ミレニアが脇腹の肉を切り取り終える頃にはびくびくっと身体を痙攣させ、口の端に血の混じった泡を浮かべて半ば失神してしまっている。ぽっかりと開いた脇腹の傷からは、裂かれた腸が顔を覗かせてだらんと垂れ下がっていた。
「やっぱり、クリスさんのようにはいきませんね」
 切り取った肉片を片手に、ミレニアが小さくそう呟く。ビクッビクッと痙攣を繰り返すフィアナを眺め、領主が僅かに眉をしかめた。
「まだ、死なれては困るのだがな。まったく、こういう時こそクリスチーナの腕の見せどころだろうに。肝心な時にいないとは、役に立たん奴だ。
 ふむ、最近では余興に付き合うのを不満に思うようなそぶりも見せていたし、まさか、仮病ではあるまいな?」
 不機嫌そうな呟きを漏らす領主。バルボアの腕の中から床に降り立ち、切り取った肉を鉄板の上に乗せながらミレニアが無表情な一瞥を領主へと向けた。
「彼女への不満は、私が承りますが?」
「い、いや、冗談だ、冗談。本気にするな」
 慌てたように顔の前で手を振り、領主が曖昧な笑みを浮かべてそう応じる。無言のまま鉄板の上で焼かれている二つの肉へと視線を戻すと、焼き上がった太股の肉を更に小さく切ってミレニアは皿に移した。彼女の視線を受けてバルボアが再びミレニアの身体を抱え上げる。
「どうぞ」
 半開きになっているフィアナの口の中へと、焼いた彼女の太股の肉を押し込んでミレニアがそう言う。激痛にぼんやりとしていた意識がその刺激で覚醒したのか、フィアナの瞳に光が戻った。大きく目を見開き、自分の口の中の肉を吐き出す。
「あっ、あなたは……っ」
「魔女、ですか? それとも、悪魔? 皆さん、そう呼びますね。何故だかは、分かりませんけど」
 憎悪と恐怖と嫌悪とが入り混じった表情と口調で叫びかけるフィアナの言葉を遮るように、淡々とした口調でミレニアがそう言う。言いながら、ミレニアはフィアナの口へと再び焼いた肉を押し込んだ。こちらも再び、フィアナが押し込まれた肉を吐き出す。床に吐き捨てられた二つの肉片を見遣り、ミレニアが僅かに溜め息を吐く。
「食べ物を粗末にするのは、良くないですよ」
「ぎゃああああぁっ」
 ミレニアの言葉に、フィアナの絶叫が重なる。ミレニアがナイフでフィアナの右腕へと切りつけたのだ。ナイフによって切られた腕の肉が、ベロンとめくれて垂れ下がる。苦痛に表情を歪めるフィアナの口のそばへと三つ目の肉片を近づけ、ミレニアが淡々とした口調で口を開いた。
「今度は、吐き出さないでくださいね」
「うっ、ううぅ……」
 ポロポロと涙をこぼしながら、フィアナが押し込まれた肉を噛む。強烈な吐き気が沸き上がってくるのを必死にこらえ、何とかフィアナは押し込まれた肉を飲み込んだ。こくん、と、彼女の喉が動くのを確認して、ミレニアが垂れ下がる腕の肉へと左手を伸ばした。ナイフを動かし、肉を切り取る。ぎいぃっと濁った悲鳴をあげて顔を仰け反らせるフィアナ。
「どんどん焼きますから。遠慮は、しないでも平気ですよ」
 切り取った腕の肉を鉄板に乗せ、脇腹の肉を一口大に切り分けて皿に盛る。領主にその皿を手渡すと、ミレニアはまた肉を一つ摘んでミミの口へと運んでやった。嬉しそうに口にいれてもらった肉を噛むミミの頭を撫でながら、自分も肉を口に運ぶ。ゆっくりと肉を噛みながらフィアナの方へと視線を向けると、ミレニアは僅かに首をかしげた。
「結構、出血が多いですね……急がないと」
「ひっぐ、うぅ、あ、う、うぅ……」
 身体のあちこちから血を流し、はっきりと青白くなっていくフィアナの顔をみながらミレニアが溜め息を吐く。吊されたフィアナの背後に回ると、ミレニアは肉付きの良い尻へとナイフを走らせた。
「ぎゃうっ!? ぎっ、ぎゃああああぁっ」
「こっちも、取っておきましょうか」
「ぎゃひいぃっ、うぎゃっ、やべでぇっ。あぎっ、じ、じんじゃううぅっ」
 両尻の肉を削がれ、濁った悲鳴をあげるフィアナ。切り取った大きめの肉塊を無造作に鉄板の上に置くと、ミレニアはフィアナの方に再び視線を戻した。残された片目が力なく宙を眺め、細かく震える唇は青紫色に染まっている。一回瞬きをすると、ミレニアはほとんど瀕死となったフィアナの腹へとナイフを浅く突き立てた。びくんと身体を痙攣させるフィアナ。かまわずにずずずっとナイフを動かし、ミレニアがフィアナの腹に四角い切れ込みを入れる。血の泡を飛ばして身悶えるフィアナの脇腹の穴へと右手を差し込むと、切れ込みを入れた腹の肉をベリベリっとばかりにミレニアは引き剥がした。
「あぎゃぎゃぎゃがぎぐぎゃぎゃがああぁっ!!!」
 意味をなさない濁音だらけの絶叫、いや、咆哮をあげてフィアナが首を仰け反らせ、天井をあおぐ。ぶくぶくと血の混じった泡が後から後から口の端に浮かんではあふれ、頬を伝って首を通り、身体の方まで流れていく。
「済みませんが、もう、殺します」
 全身を返り血で真っ赤に染め、ミレニアが領主へとそう告げる。肉を引き剥がされ、だらりと垂れ下がってきた内蔵の中へと腕を肘の辺りまで埋め込むと、ミレニアはフィアナの内蔵を抱えるようにして掻き出した。
「うぶべがぎひゃばばばっぶぶううぶうあぎゃがががぎぎゃうぅあぁっ!!!!」
 ゴボゴボと口から真っ赤な血を吐き出し、かっと目を見開いてフィアナが身体を痙攣させる。がっくりとうなだれ、完全に息絶えたフィアナの腹の中へとなおも手を突っ込み、ミレニアはしばらく何かを探すように腕を動かしていが、やがて目的のものを掴んだのかゆっくりと腕をフィアナの胴体から引き抜いた。その手の中に握られているのは、もう脈打つことをやめた心臓だ。
「クリスさんは、生きたままで心臓を刳り貫けるそうなんですけど……無理ですね、やっぱり」
 手にした臓物を無造作に鉄板の上に放り投げると、ミレニアはそう呟いた……。
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