第三話 轟音


 こんこんっという、ドアをノックする音にびくりとマヤは身体を震わせた。何の前触れもなく突然扉が開くのも確かに心臓に悪いが、これはこれで意表を突かれたということに変わりはない。
「だ、誰……?」
「ああ、すまない。驚かせてしまったかな? 入ってもいいかい?」
 引きつったマヤの問いに、苦笑するような感じの女性の声が扉の向こうで応じる。僅かに身構えながらマヤは頷いた。
「ど、どうぞ」
「すまないな。君にしてみれば、ゆっくりと身体を休めていたいところだろうに。少し、時間をもらうよ」
 扉を開け、室内へと踏みこんできた白衣の女性がそう言う。警戒するような表情を浮かべていつマヤに彼女は少し苦笑を浮かべた。
「自己紹介をまずしておこうか。私は有栖川樹璃。ここで医者をやっている」
「有栖川……?」
 どこかで聞いたような名前だと、マヤが記憶を探る。軽く肩をすくめると樹璃と名乗った女性は扉を後ろ手で閉め、そこにもたれかかった。
「先日は、弟が失礼した。あいつは頭は悪くないんだが、どこか抜けているところがあってな。まぁ、今回からは私も立ち合わせてもらうから、前回みたいに事故で死にかけるようなことにはならないと思う」
 ああ、そうか、と、内心でマヤは頷いた。確か、あの時機械を操作していた青年は有栖川さん、とか呼ばれていたはずだ。
(でも、医者が立ち合うとなると、死ににくくなるかな……)
「何か、不満がありそうな顔をしているな」
 マヤの内心の呟きを見透かしたかのように、からかうような口調で樹璃がそう言う。無言のままマヤは彼女の顔を見返した。くくくっと低く樹璃が笑う。
「なるほど。確かにあの男が気に入りそうな娘だな。気の強い女があいつは大のお気に入りだからな」
「今日は、世間話をしに来たんですか?」
「まぁ、そうとんがるな。むやみに敵を作るのは寿命を縮めるぞ? それとも、もう逃げるのは完全に諦めてて、さっさと殺して欲しいって気分なのかな?」
「……そんなの、あなたには関係ないことでしょう?」
 ふいっと視線を逸らしてマヤがそう言う。くくくっという含み笑いを消そうとはせずに樹璃は肩をすくめた。
「関係はあるさ。言ったろ? 私は医者だ。人を生かすのが仕事だからな」
「迷惑よ」
「おやおや、本当に死にたがりのお嬢さんか。だが、私もこれが仕事だからな。どんなに死にたいと思っても、お前は死ねないよ。死人を生き返らせるのは無理だが、それ以外はたいてい治療する自信は持っているからな。
 さて、それじゃ、本題に入ろうか」
 そっけないマヤの言葉に苦笑を浮かべながらそう言うと、樹璃が背中を扉から離した。自分の方へとゆっくりと歩み寄ってくる女性へとマヤが僅かに恐怖を含んだ視線を向ける。
「な、何をするの?」
「検査だよ。正確には、その為の準備といったところか。別に、痛い思いをさせるつもりはない。君が抵抗しなければ、だが」
 淡々とした口調でそう言いながら、樹璃が白衣のポケットから掌ほどの長さのある針を取り出す。
「こいつを、君の頭に埋め込む。脈拍やら体温やらの測定用に一本、それと脳波の測定用にもう一本。おとなしくしててくれればたいして時間はかからないし、痛みもない。だが、抵抗すればそれこそ死んだ方がマシというレベルの激痛に襲われることになる」
(それで、発狂すれば……)
 彼女の言葉を聞いてふと心に浮かんだ考えは、いい考えのように思えた。狂ってしまえば、もうこれ以上の苦痛を味わうこともないし、仲間のことを話してしまうこともない。
「ああ、念のために言っておくと、死んだ方がマシというレベルの苦痛を感じても狂えはしないからな。むしろ、意識がはっきりとしたまま苦痛を鮮明に味わい続けることになる。それは既に実験済みだ」
「っ!? 私は、そんなこと、考えてないわよ!」
 心を読んでいるかのようなタイミングで放たれた樹璃の問いに、動揺を隠しきれずにマヤが叫ぶ。軽く肩をすくめると樹璃はマヤの頭に手を置いた。
「そうか? なら、いいんだが。じっとしててくれ。手元が狂うと大変なことになる。私は東城とは違って、他人を痛めつけるのはそんなに好きではないんでな」
 ベットに腰かけ、ぐいっと自分の膝の上にマヤの頭を乗せながら樹璃がそう言う。膝枕で耳掻きでもしようかという風情だが、彼女の手に握られているのは電灯の明かりを反射して不気味に光る長い針だ。
 針の先端がこめかみの辺りに触れ、ちくっと微かな痛みが走る。続いてすうっと冷たいものが頭の中に入ってくるのをマヤは感じた。全身の毛がぞわぞわと逆立つような不気味な感覚に襲われる。
「あっ……ああっ」
「動くな! 悲惨な目に合うのはお前だぞ!?」
 反射的に身体を動かしかけたマヤを樹璃が厳しい声音で叱責する。皮膚の下で無数の虫がうごめいているような異様な感覚に苛まれ、ぎゅっとマヤは唇を噛み締めた。
「……これでよし、と。もう一本は反対側から入れるからな、逆を向いてくれ」
 マヤの主観からすると相当に長い時間、けれど実際には一分もたたないうちに樹璃がそう言う。はい、と、力なく答えてマヤはごろんと身体の向きを入れ変えた。全身に痺れたような感じがある。痛みはまったくといっていいほどないが、うまく力が入らない。
「動くなよ。いくらお前が死にたがりでも、無意味な苦痛を味わいたくはないだろう?」
「は、い……ぃっ!」
 もう一本の針が刺し込まれる。びりびりびりっと全身に痺れるような衝撃が走った。全身の体温が急に低下したような感じがする。がちがちと奥歯が鳴った。
「ひ、あっ」
「あっ、こらっ」
 びくんと大きく身体をマヤが震わせ、樹璃が狼狽の声を上げる。これ以上ないというほど大きく目と口を開いてマヤが全身を硬直させた。
「……! っ、がっ……! ぁっ!!」
「ちっ」
 声にならない悲鳴を上げてびくっびくっと身体を震わせるマヤ。舌打ちをすると樹璃が自分の右手をマヤの口の中へと突っ込み、左手と身体を使ってマヤの身体を押さえこむ。彼女の腕の中で激しくマヤが身体を震わせた。
「ふ、ぐっ、ぐぅぅ! うぐっ、うぐっ、ググゥッ!!」
 じたばたと足をばたつかせ、マヤがくぐもった悲鳴を上げ続ける。こぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた目からはポロポロと大粒の涙があふれ、口へと突っ込まれた樹璃の右手を無意識に強く噛む。
「動くな、と、そう言ったのに……」
 舌を噛み切るのを防ぐために突っ込んだ手を強く噛まれ、痛みに顔をしかめながら樹璃がそう呟く。自分の言葉が彼女の耳に届いていないのは百も承知だが、ぼやかずにはいられない。
「おや? どうしました?」
 音もなく扉が開く。自分と同じように白衣をまとった青年がそこから顔を覗かせるのを見て、樹璃は軽く溜息をついた。
「シンか。何、ちょっとした事故だよ」
「はぁ、事故ですか。これで僕と姉さんも五分になりましたね」
 茫洋とした、真意の読み取れない表情と口調で青年がそう言う。切れ切れに悲鳴をあげ、身体を痙攣させているマヤの姿を目にしてもその瞳には何の感情も浮かんではいない。
「くだらんことを言うな。それより、シン。私の白衣のポケットに沈静剤が入っているから、それを彼女に打ってやってくれ。いくら発狂の危険がないとはいえ、こんな苦痛をいつまでも味あわせ続けるのは可哀想だ」
「それは、かまいませんが。どうせなら、最初から眠らせておけば良かったんじゃないですか?」
 どうでもよさそうな口調でそう言いながら、有栖川がベットへと歩み寄る。苦笑する形に樹璃が唇を歪めた。
「起きている時に打ちこんでおいた方が、後のデータの処理が楽なんだよ。仮にも彼女はテロリストだ。設置時の苦痛に耐えられんとは思えなかったからな」
「まだ子供ですよ。どんなに強がっていても、痛みには弱いようです」
「確かにな。痛覚系の処理が甘いのか、それとも元々痛みを感じやすい体質なのかは分からんが……どこまでもつことやら」
 姉の半ば独り言のような呟きに、軽く肩をすくめると有栖川は苦悶を続けるマヤの首筋に無針注射器を押し当てた。しゅっという微かな音と共に薬剤が彼女の体内へと注入され、激しかった彼女の動きが止まる。
「……そういえば、姉さん。針を使ったのは僕に対する嫌がらせですか?」
 自分の白衣のポケットに注射器をしまいながら世間話でもするかのような軽い口調で有栖川がそう問いかける。マヤの口から抜き取った自分の手に滴る血を舐めながら樹璃は唇を歪めた。
「私は、電気系の責めは嫌いでな。あれは、犠牲者がいつ死ぬかの予想が立てにくい」
「それは、まぁ、そうですが。インスペクター殿の意向を無視するのは、よくないですよ」
「あの男の趣味に協力する義理などないからな。私にも誇りがある」
 そういう姉の右腕を掴み、有栖川が傷口に唇を触れさせる。
「僕は、あなたを拷問する手伝いはしたくない。気を付けてくださいね」
「ふ、ん」
 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、樹璃はそっぽを向いた。

「予定変更? どういうこった? 有栖川さんよ」
 今日の尋問の予定を変更したいという有栖川の言葉に、東城が首を傾げる。じろりと睨まれながら、それを気にした風もなくいつもの口調で有栖川が答えた。
「いえね、姉さんが検査用に彼女の頭に針を埋め込んだんですよ。これは詳細なデータを取れる反面精密なもので、特に過電流に弱い。電気針による責めを行った場合、脳内に埋めこまれた針が破損、最悪の場合脳死を引き起こします。それはまずいでしょう?」
「ちっ……余計なことを」
 舌打ちしつつ、東城が椅子のせもたれへと体重を預ける。
「で、どうするんだい? 何か代わりにいいアイデアでもあるのかい? 有栖川さんよ」
「はぁ。いいアイデアかどうかは知りませんが、もう姉さんが始めてます」
「あん?」
 淡々とした有栖川の言葉に、流石に驚いたように東城が椅子から腰を浮かせる。
「どういうことだ? 俺の許可もなしに……」
「時間がかかるらしくて。詳しいことは、姉さんに聞いてください」
 東城の怒気を平然と受け流して有栖川がそう言う。ちっともう一度はっきり舌打ちすると東城は立ち上がった。
「案内しろ」

「うあっ、く、ぅ……あああっ」
 椅子に拘束されたマヤが、悲鳴と呻きの中間くらいの声を上げて頭を振っている。がっしりとしたヘッドホンが何本かの細い紐でしっかりとずれないように彼女の頭に固定されていた。
「何をやってるんだ?」
「見ての通り、音響責めだ」
 険のある東城の言葉に、面白くもなさそうな口調で樹璃がそう応じる。彼の問いが『何を勝手なことをしているんだ』、であることは百も承知だろうに、悪びれた風はまったくない。
「聞かせる音自体はどんなものでもかまわないんだが、とりあえず大抵の人間が嫌いな『ガラスを釘で引っ掻く音』にしておいた。閉塞型のヘッドホンだから外には音はほとんど漏れないが、それでもかなりの大音量だからな。近くに行けば聞こえなくもないだろう」
 腕組みをしながら、淡々とした口調で樹璃が説明をする。不審そうに眉をしかめながら東城が問い返す。いくらか、興味を引かれたらしい。
「そりゃ確かにあの音は俺も苦手だが……そんなので効果があるのか?」
「音の種類には特に意味はない。音楽だろうが会話だろうが、あるいはノイズだろうが、一定以上の大音量を継続して長時間聞かせ続けるのがこの責めの基本だ。
 これをやられると、まず聴覚がおかしくなる。次いで、三半器官がイかれる。平衡感覚がなくなり、激しいめまいと嘔吐感に襲われるわけだ。無闇やたらと肉体を傷つけるだけが拷問ではないということだな」
 樹璃の言葉の中に嘲笑のようなものを感じとって東城が眉をしかめた。
「樹璃先生の御高説ももっともですがね、結果が出なけりゃ意味がないんですぜ」
「時間はたっぷりあるのだろう? そう焦る必要もない。肉体を不必要に痛めつける拷問は、ちょっとした手違いであっさりと相手を殺してしまう可能性もある。また、結局のところ傷ついた肉体を癒すためにある程度の時間が必要だ。一回の拷問で情報が引き出せるならば確かに時間はかからないが、そうでなければ時間のロスは馬鹿に出来ない。
 それに対し、こういった精神的に消耗させるタイプであれば、殺す危険を犯さずに確実に望む結果を導き出せるし、回復のための時間を置く必要もない。どちらが効率的かは言うまでもないことだ。
 まぁ、血を見るのが目的で、情報を引き出したり相手を生かしておくことには興味がないというのならば話は別だが」
 淡々とした口調でそう言うと、樹璃はにやりと唇を歪めてみせた。
「名高い一級インスペクター殿が、仕事より趣味を優先されるはずもないがな」
「……ふ、ん」
 鼻白んだように東城が視線を逸らす。嫌みと分かっていても、反論するわけにもいかない。しかたなしに椅子に拘束されて呻いているマヤへと彼は視線を向けた。
「く、うっ……うぅぅっ」
 ぎゅっと目を閉じ、時折激しく頭を振る。はっはっはっと荒い息を吐き、ぶるぶると身体を震わせる。いかにも苦しそうなのだが、どこがどう苦しいのか見た目では分からない。
「そんなに辛いものなのか?」
「試してみるか?」
 東城の呟きに、あっさりとした口調で樹璃がそう応じると、白衣のポケットから小型の機械を取り出した。掌にすっぽりと収まるくらいのサイズだ。樹璃はその横のスイッチを、東城が何も言わないうちに無造作に押し込んだ。
「うわっ」
 狭い室内に、轟音が響き渡った。思わず東城が両手で耳を覆ってその場にしゃがみこむ。有栖川が左手で耳を押さえて顔をしかめた。
「姉さん……」
「百聞は一見にしかず、というだろう? まぁ、見たわけじゃなくて聞いたわけだが」
 一秒ほどでスイッチを切った樹璃へと有栖川が非難の声をかける。軽く肩をすくめて機械をポケットにしまうと樹璃は東城に笑いかけた。
「これを、彼女は延々と聞かされているわけだ。音も大きさが充分に大きければ痛い、ということが分かってもらえたかな?」
「よーく、わかった」
 恨めしげな視線を樹璃へと向けて東城が呻いた。まだ耳がキンキンと鳴っている。樹璃が平然としているのは、一時的に聴覚を切ったおかげだろう。有栖川は片耳を押さえているが、これはどうやら一瞬カットが間に合わなかったらしい。
「とはいえ、効果が出るにはしばらく時間がかかるからな。食事でもしながら時間を潰すとしよう」
「放っておいても平気なのか?」
「何のために針を埋め込んだと思っている? 私には彼女の状態がすべてモニターできる。ついでに、この機械の遠隔操作も、だ。ここでな」
 トントンっと自分のこめかみの辺りを指で叩いてみせると樹璃が笑う。
「まぁ、舌を噛まれると厄介だから、誰かを治療用に残しておく必要はあるが。私たち三人が雁首をそろえている必要もあるまい」

「っ、あっ……! はっ、はっ、うあっ……!!」
 椅子に拘束された不自由な身体を震わせ、マヤが悲鳴を上げる。助けを請おうにも、室内には誰も居ない。もっとも、死んでも助けを請うつもりなどなかったが。
「……っ! く、ぐぅ……ああっ!」
 最初は、耳障りに感じた音が、今はほとんど聞こえない。連続して大きすぎた刺激を受けたせいで、聴覚が麻痺してしまったのだろうか。ただ、ぐらぐらと揺れるような感覚に全身が包まれている。
「ひぃ、ぁっ。うああっ、ふわぁあっ」
 今自分がどういう姿勢なのか、それすらも分からなくなりつつあった。時間の感覚もなくなり始めている。永遠にも等しい時間のようにも思えるし、まだほんの数分しかたっていないようにも思える。
 服が、べっとりと冷や汗で肌に張りつく。うっすらと開けた目に映る部屋の景色が、ぐにゃぐにゃと奇妙に歪んでいた。酷い吐き気が胸の奥から込み上げ、悲鳴を上げようと開いた口から少しの汚物があふれて胸元を汚す。
「う、えぇっ。げほっ……ひあああああっ!」
 最初はただ単調に鳴り響いていた音の調子が、変わる。おそらくはそのように設定してあったのだろうが、時折、音に途切れる瞬間が訪れるようになったのだ。そして、静寂にふっと気が緩んだ瞬間次の大音量が襲ってくる。
 一瞬の静寂、そして衝撃。大きすぎる音は既に音とは認識できない。ガンガンと頭が痛む。幾度も嘔吐をくり返し、痙攣するように全身を震わせる。
「ひああああああああああっ。ひっ、ひっ、ひっ、ひああああああああっ」
 自分の上げる悲鳴は、不思議とはっきりと聞こえた。耳を通さず、体内に響く音を拾っているせいだろうか。だが、その悲鳴は幾重にも頭の中でこだまし、ますますマヤ自身を苛んでいる。
 いっそ、意識を失ってしまいたい。切実にマヤはそう願った。けれど、この責めでは肉体はほとんど傷つけられない。体力の消耗も少ない。精神力だけが、刻一刻と削られていく……。

「お?」
 のんびりとした食事を終え、樹璃のすすめでいくつかの書類に目を通してから戻ってきた東城が、部屋の扉を開けた途端感嘆の声を上げた。部屋を出る時は小さく呻く程度だったマヤが、激しく頭を振りながら絶叫を上げ続けている。
「なるほどなるほど。効いてるじゃないか」
「私は、尋問の手伝いに呼ばれたんだ。意味のないことはしない」
 そっけなく応じると、樹璃がマヤの元へと歩みより、額の辺りにシールのようなものを張った。
「尋問は、そのマイクを使ってくれ。頭蓋骨を直接振動させるからこの状態でも声を届けられる」
「オッケー。さて、マヤちゃん。御機嫌はいかがかな?」
「ひ、ぎっぃっ、こ、殺し、なさいっ。ああっ!」
 東城の声、自分の声、そのそれぞれが頭の中で幾重にも反響してマヤを苛む。涙でにじんだ目を大きく見開き、気丈にも彼女は東城のことを睨みつけた。
「まだまだ元気みたいだな。ま、自白する気になるのをゆっくりと待たせてもらうよ。いつまで耐えられるかな?」
「くううううぅっ。うあっ、うあああああああっ、ひいいいいいいっ」
 ぐるぐると世界が回る。視界に映る影はすべてぐにゃりと歪んだ奇怪な影になっていた。強烈な吐き気を懸命に堪えながらマヤが叫ぶ。
「私はっ! 仲間を売ったり……しないわっ! きひいいいいいぃっ」
 マヤの唇の端に白い泡が浮かぶ。激しかった動きが徐々に小刻みなものへと変わっていく。軽く眉をしかめて東城が樹璃の方へと視線を向けた。
「まずいんじゃないのか?」
「ふむ。予想以上に体力がないようだな。まだ数時間は平気だが……意識が混濁状態になりつつあるな。発狂の危険はないが、質問を質問として認識できない可能性は高い。
 一応、うわごととして仲間の名前や居場所をしゃべる可能性もあるが、どうする?」
「ふぅん……」
 不精髭の残る顎へと右手を当てて東城が考えこむ。がっくりとうなだれ、時折びくびくっと痙攣するように身体を震わせるマヤ。半開きになった口からはぶくぶくと白い泡がとめどなくあふれている。
「止めておこう。この状態で責めを続けても無意味だ。意識がはっきりとしていて、次の責めに対して恐怖を感じてくれなけりゃ意味がない」
「それも一理あるな。シン、機械を止めろ」
「はぁ。かまいませんが」
 軽く肩をすくめると、有栖川が機械を止める。マヤの焦点の定まらない瞳が、ふらふらと宙をさまよっていた……。
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