第十話 汚辱の宴

 厳冬の肌を刺す冷気が、拷問倉の中にまで忍びこみ、吐く息を白く煙らせている。
 拷問倉の中に居るのは、采女と大神、手伝いの下男が二人、そして、身体の回復のために三日の時を与えられた心太の総勢五人である。石抱き責めによって受けた傷は深く、それを癒すには三日というのは決して充分ではない。事実、正座する形で座らされた心太の表情は、苦痛のためか僅かに歪んでいた。
「さて、心太よ。今日の拷問を始める前に、一応聞いておこう。転ぶ気は、あるか?」
「いえ」
 淡々とした采女の問いに、同じく淡々とした口調で心太が即答する。小さく頷くと采女は視線を下男たちに向けた。既にやるべき事は命じてあったのか、下男たちがそれぞれの手に縄を持って心太の元へと駆け寄った。
「では、始めるとしよう」
 采女の言葉と同時に、下男たちが心太の服を剥ぎ取った。下帯一丁の姿となった心太の足をいったん崩し、あぐらを組ませる。一人は心太の足首を二つまとめて硬くいましめ、もう一人は両手を背中で交差させるとそれぞれの手首に巻きつけた縄を反対の腕に回した。
「まずは、以前にもやった海老責めだ」
 薄く笑いながら采女がそう言う。下男が足首をいましめた縄を心太の首にかける。もう一人が心太の背に膝を乗せるとそのまま体重をかけて彼の身体を折り畳んでいった。胸と、硬くいましめられた両足首が接触するほどにまで身体を折り曲げさせると素早く首の後ろに回した縄を結び合わせる。
「く、うぅっ……」
 心太の噛み締められた唇から、低い呻き声が漏れた。胸と腹が強く圧迫され、満足に息も出来ない。満面に油汗が吹き出した。
 下男たちが心太の肩に手をかけ、ごろんとひっくりかえす。亀のように身体を丸めた状態の心太と采女の視線が交錯した。
「辛いか? 転びさえすれば、すぐにでも解放してやるぞ?」
「デウスよ、我に加護を、お与えください……」
 はぁ、はぁと荒い息を吐きながら、呻くように心太がそう呟く。
 誰も口を開かぬまま、しばしの時が流れた。不自然な形にいましめられた心太の身体が、ぶるぶると小刻みに震え始める。それを見ると采女が下男たちに視線を向けた。
「では、吊るせ」
「はっ」
 下男たちが頷き、心太の太股の付け根に縄をかける。柱に植えつけられた鉤にその端をかけ、ぐいっと引っ張ると心太の腰が浮かんだ。そのまま縄を引き上げ続け、首と後頭部だけで身体を支える形にする。ただでさえ苦しい形に緊縛された上で、そんな体勢にされた心太の唇から呻き声が漏れた。
「大神」
 下男たちが縄の端を柱に結び付けるのを見ながら、采女が大神に声をかける。はっと小さく頷いて大神が太い竹の棒を手に取った。ぐりぐりと心太の胸や腹、足などにその先端を押しつけ、嬲る。
「う、ぐっ……うううっ、ううっ」
 呻き声を上げながら、懸命に心太が身をよじる。だが、無論、そんなことで逃れられるはずもない。下男たちは完全な無表情、大神はやや嫌そうな表情、そして、采女だけがうっすらと唇を笑みの形に歪めていた。
「ぐっ、う、あっ……ああっ」
「転ぶのであれば、すぐにでも解放するぞ? 私は何も、お前を殺したいわけではないのだからな」
 身悶える心太へと、優しげな声を采女がかける。油汗を浮かべながらも、心太は不自由な体勢で僅かに首を横に振った。
「殺……せ。転ぶぐらい、なら、死んで、ハライソへと……ああっ!?」
 言葉の途中で、大神が竹の先端を心太の股間へと押しつけた。ぐりぐりと急所への容赦のない責めを受け、心太の表情が歪む。唇を歯で噛み破ったのか、つうっと一筋の血が逆さまになった彼の頬を伝った。嫌そうな表情を浮かべながらも、これも職務と割りきったのか大神の手にこもる力は緩まない。
「ウううっ、ぐ、ああっ」
「ふむ。下帯越しでは、少しぬるいか?」
 苦痛の声を上げつつも、がんとして転ぼうとしない心太の姿に采女がそう呟く。下男の一人が彼の言葉を受けて心太の下帯へと手をかけた。唯一身体を覆っていた下帯も剥ぎ取られ、完全に一糸まとわぬ姿となる。
 剥き出しになった急所へと大神が竹の先端を押しつけ、ぐりぐりと動かす。先端のささくれで皮膚が破れたのか、僅かな血が滴った。心太の口からも絶叫が漏れる。
「……喉が、渇いたな」
 苦悶する心太の姿を眺めながら、ぽつりと采女がそう呟く。即座に下男が差し出した竹の水筒から清水を一口含むと、彼はうっすらと笑みを浮かべた。
「ふ、む。お前も喉が渇いたであろう? 責めはまだまだ続くからな、この辺で水分を補給しておいた方がいいだろう」
 采女の言葉に、大神がいったん下がった。急所を苛む激痛から解放され、心太が荒い息を吐く。もちろん、海老責めによる圧迫感と苦痛は薄れるどころか時がたつにつれ増しているし、さんざん嬲られた急所も、ずきずきと鈍い痛みを放っているのだが。
 しかし、ほっと一息を付く間もなく、下男たちが心太の口をこじ開け、漏斗の先端をねじ込む。抗議の声を上げることも許されずに漏斗へと透明な液体が注ぎこまれた。
「む、ぐっ!? ううぐ、ぐううぅぅっ」
 途端に、心太は大きく目を見開いて不自由な身体を震わせた。普通の水でも、こんな状態で無理矢理に飲み込まされれば当然むせる。それだけでも充分拷問として通用するだろう。なのに、今心太が飲み込まされたのは強い酸味と刺激、そして奇妙な苦みを持つ液体だった。
「酢にな、何種類かの薬草を加えたものだ。どれも、便秘に良く効く薬をな」
「っ、な……?」
 心太が僅かに目を見開いた。うっすらと采女が笑みを浮かべる。
「糞問い、というのを知っているかね? まぁ、それの応用という奴だよ」
「うっ……」
 ごろごろと、心太の腹が不気味な音を立て始める。襲ってきた強烈な便意に、心太が表情を歪めた。
「く、うっ……う」
「そういつまでも我慢できるものでもあるまい。素直に出してしまった方が楽だぞ?」
 からかうように采女がそう言う。とはいえ、この体勢で排泄すれば、間違いなく自分の汚物に腹から胸、更には顔までまみれることになるだろう。屈辱に歯をくい縛り、顔を真っ赤にして心太が耐える。
「うう、あ……はぁ」
 ごろごろという、腹の鳴る音が徐々に大きさを増していく。采女の言葉通り、いつまでも我慢することなど出来るはずもない。大体、心太が耐えきれなくなるまでいつまでも采女は待つつもりなのだ。心太の額に浮かんだ汗が、ぽたぽたと床に落ちる。
「あ、ああ、あああっ」
 ついに耐えきれなくなったのか、悲鳴と共に心太が身体をのけぞらせた。懸命に閉じられていた肛門が膨れあがり、臭気と共に茶色い大便を垂れ流す。水分の多い大便が、びちゃびちゃと音を立てて心太の身体へと降り注いだ。
「うあ、あ、ああっ。えぶっ、え、おえっ」
 鼻と口を自らの大便に塞がれ、心太が息を詰まらせ身悶える。振り払おうと懸命に首を振るが、そもそも海老縛りに固められた身では身体を動かす自由などほとんどない。
「どうした? そのままでは窒息するぞ?」
 嬲るように采女がそう声を掛ける。窒息を免れるためには、口の周りを覆う大便を飲みこむしかない。臭気と刺激、更に屈辱によって涙を浮かべている心太に更に采女が言葉を続ける。
「転べば、拭ってやろう。解放されたくはないのか?」
「う、ぐっ」
 采女の言葉に、意を決したのか心太が大きく口を開け、自らの大便を口にする。口の中に広がる耐えがたい臭気と味にむせながらも、何とか飲み下すと心太はきっと采女を睨みつけた。
「屈辱も、痛みも、一時のこと。永遠の、命には、替えられない……!」
「ふ、ん」
 僅かに鼻を鳴らすと、采女が下男たちに合図を送った。下男たちがヘラのように薄く削った木の棒で、心太の胸や腹に溜まっていた大便の残りを掻き取り、心太の口へと押しつける。
「う、ぶっ、ぐ、ぐえ、ぇ、げぶっ」
 身体を痙攣させながら、押しつけられた自らの大便を飲みこみ続ける心太。全てを処理し終えた時、心太の顔は血の気を失い、目がうつろになりかけていた。
「そろそろ、海老責めも限界か。ほどいてやれ」
 椅子から立ちあがりながら、采女がそう言う。よだれと涙で顔をべちゃべちゃにした心太へとちらりと視線を向けると、采女は小さく溜息を付いた。
 後にはただ、むっとする臭気だけが、残されていた……。
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All writen by 香月