第四話 繰り返す悪夢

 街道の両脇に、おびただしい数の杭が並べられている。杭、といっても、その先端は人の頭よりも高い。そして、その杭には一本につき一人の人間が、股間から頭まで串刺しになってさらされていた。そのほとんどは即死しているようだが、中には肩口から杭の先端を突き出させながら呻き声を上げているものも居る。
「ギャ、アアアアアッ!」
 また一つ、悲鳴が上がる。簡単に組まれた櫓と滑車の仕掛けによって犠牲者を引き上げ、杭の先端を肛門に突き刺してから両足をそれぞれ抱え込んで引きずり降ろす。腹の半ばぐらいまで杭の先端が達すれば、後は放っておいても犠牲者の体重によって徐々に身体が下がり、最終的には身体を貫通することになるのだ。
「ア……ギィ」
 杭に突き刺された犠牲者が、苦悶の声を上げながら手足をばたばたさせる。それが余計に苦痛を増すことになると分かっていても、じっとしていられるものでもない。もがく動きが徐々に鈍くなり、悲鳴が途切れるのとほぼ同時に彼の喉から杭の先端が顔を覗かせた。後ろへとがっくりと首が折れ、光を失った瞳が恨めしそうに宙を睨んでいる。
「どうした? 大神。気分が悪そうだが?」
「あ、いえ……」
 薄く唇に笑みを刻んだ竹中采女に、大神が慌てて首を振る。くくくと小さく笑いながら采女がずらりと並ぶ杭の群を見回した。
「目に見える形の恐怖というのも、時としては必要なのだよ? 大神。逆らうことの無意味さを、教えてやるためにはな」
「は、はぁ……」
「さて、それでは戻るとしようか、大神。今日もまた、拷訊を続けねばな」
 うっすらと楽しそうな笑みを浮かべながら采女はそう呟いた。

 拷問倉に、今日もまた、一人の犠牲者が連れ込まれる。
 けれど、今日はいつもと少し様子が違っていた。かつて一度、ここで拷問を受け、転ぶことを誓った少年。名を、心太。
「久しぶり、というほどには、時はたっていないな、心太」
「……ええ」
「一度は転んだお前が、再び信者と行動を共にしていると聞いた時は、流石の私も自分の耳を疑ったよ。一体どういう心変わりかね?」
 あながちからかう風でもなく、采女がそう問いかける。僅かに俯きながら、心太が小さな声で答えた。
「一時の苦痛に屈した自分が情けなかった、ただそれだけです」
「ふ、む。では、今回は、死んでも転ぶつもりはない、と、そういうことかね?」
「ええ」
「なるほど。そういうことを言われると、意地でも転ばしてやりたくなるのが人情と言うものだな。
 まずは、前回も行った責めから始めるとしよう。大神、石抱きの準備だ」
 ぱしっと左手の掌に扇子を打ちつけながら采女がそう、命じた。はっと小さく頷いて大神が十露盤を土蔵の片隅から引っ張り出してきた。同時に下男たちが重石をその横に並べる。
「いいのだな!?」
 心太の腕を掴んだ大神が、声を荒らげてそう問いかける。彼にしてみれば、一度転んでおきながら再びキリシタンとなり、拷訊を受けに来るなど正気の沙汰ではない。
「ええ、どうぞ。覚悟は出来ています」
「くっ……」
 小さく呻いて大神が心太の服の裾をはだけ、脛を露出させる。そのまま十露盤の上に彼を座らせると後ろ手に組ませた腕を柱に括りつけた。脛に鋭く尖った木材が食い込み、激しい痛みが走ったはずだが、心太は唇をきつく閉じて呻き声一つ漏らさない。
「乗せるぞ!」
 大神が怒鳴る。心太が小さく頷いたのを確認したのかしないのか、下男たちが半ば落とすような勢いで重石を彼の太股の上に置いた。ぎりっと心太が奥歯を噛み締める。
「あと、四枚」
 意地悪く、采女がそうカウントする。重石の重さは一枚で十三貫(約49Kg)、小柄な人間一人分ほども有る。単に、鋭く尖った木材の上に座らされるだけでも相当な苦痛だが、その上に最終的には更に人間五人分の重みをかけられることになる。
 下男たちが、更に一枚重石を重ねた。きつく噛み締められた心太の唇から、小さく呻き声が漏れる。
「うっ……うぅ」
「どうした? まだ、半分も積んではおらんのだぞ?」
 嬲るような采女の言葉にも、心太はぎゅっと目を閉じたまま無言だ。軽く肩をすくめて采女が下男たちを目で促す。感情を感じさせない無表情で下男たちが三枚目の重石を積み上げた。
「うっ、あっ、うぅぅ……ぁ」
 全身にびっしょりと汗を浮かべ、心太が肩で息をする。重石が崩れることのない様、下男たちが石に縄を巻きつけた。その縄の端は、心太の首に回される。
「そろそろ後悔し始めたのではないか? 素直に転べば、命は助かるのだぞ?」
「デ、デウス、よ、守り、給え、あぁっ」
 采女の言葉に、小さく祈りの言葉を呟く心太。予想の範囲内の反応に、采女が小さく笑った。
「では、四枚目だ」
「あ、あ、あああっ!」
 鋭い木材が脛に食い込む。肌が破れ、肉も裂け、だらだらと鮮血が床の上に滴り落ちる。苦悶の声と表情で心太が激しく頭を振るが、縄を巻かれた重石はびくともしない。五枚目の重石を取りに行った下男たちを采女が手で制した。
「まぁ、待て。あまり急ぐのもよくない。少しは考える時間をやらねば可哀想だろう」
 その言葉は、じっくりと時間をかけて責めてやると言っているも同然だ。表情を引きつらせながらも、心太の口からは転ぶという言葉は出てこない。
「うあぁ……は…っ……あぁ、あっ……うぅぅぅ」
 どれほどの時がたったのだろうか。最初はきつく噛み締められていた唇は今では半開きになり、途切れ途切れの掠れた呻き声を漏らしている。ぽたぽたと、心太の顔から汗が滴り落ちた。
 積み上げられた重石の重みによって血行が阻害され、心太の膝から下は紫色になっていた。顔からも完全に血の気が引いている。そろそろ頃合と見たのか、采女が心太へと問いを発した。
「どうだ? 転ぶか?」
「だ、誰、が、転ぶ、もの、か……!」
 むしろ自分自身を励ますように心太が言葉を搾り出す。ふむと小さく頷いて采女が下男たちに声をかける。
「では、五枚目だ」
 最後の石が心太の足の上に積み上げられた。人間の感覚というのは不思議なもので、ある一点を境に耐えられる痛みが耐えられない痛みへと劇的に変化する。例えば、今まで十の痛みと感じていたものが、ほんの僅かに負荷が増えただけで--それこそ、布一枚の重みが加わっただけで--百にも二百にも感じるようになったりする。
 心太にとっては、四枚の重石は我慢できる限界点の手前にあった。だが、五枚目の重石の重みは、僅かとはいえ彼の限界点を越えていた。
 今まで感じていた痛みなど、痛みの中に入らない。それほどの激痛が脳裏で弾ける。耳を覆いたくなるような絶叫が上がった。
「ぎゃあああああっ、ああああああああっ、うああああああっ」
 髪を振り乱し、心太が絶叫を続ける。その瞳がくるんと反転し、突然悲鳴が途切れた。顎の辺りにまで達っしていた石の上につっぷす。
「水を」
 冷酷な口調で采女がそう、命じる。大神が手桶で心太に水を浴びせた。朦朧とした視線を宙にさまよわせつつ、心太が顔を上げる。
「う、あっ……くぅ」
「命は惜しくないのか? このまま続ければ、確実に死ぬぞ?」
「デウ、ス、よ……ハライソ、へ、導き、給え……」
「ふむ」
 采女が目で下男たちに合図をする。下男たちが手を積み上げられた石にかけた。下へと押しつけるようにしながら左右に揺さぶる。
「ギィッ、ヒャウ、アアアァァッ」
 口の端から血の混じった泡を飛ばしつつ心太が身悶える。脛に食いこむ木材は既に骨に達し、その表面をがりがりと削っていた。背中で交差した手が救いを求めるかのように何度も開閉を繰り返す。
「イ! ヒィ! ウアアッ!!」
 もう一度、大きな悲鳴を上げて心太が石の上へと首を落とした。髪を掴んで引きずり起こし、水を浴びせるがうつろな視線が宙をさまようばかりだ。
石抱き責めの与える苦痛は尋常ではない。だが、それだけに、感覚が麻痺してしまったりすぐに失神してしまったりと充分な効果を上げられないこともある。また責められる人間の消耗も激しいから、あまりに長時間に渡る責めはそのまま死に直結することも多い。
「ふぅむ……これ以上は、続けても無駄、か。まぁ、よい。このまま責め殺しては面白くあるまい。
 大神、奴を牢に入れておけ。身体が回復したら、また別の責めを試すとしよう」
「はっ……」
 立ちあがりつつそう命じる采女に、大神は深々と頭を下げた。
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All writen by 香月