第一章 魔女

 ある寒い冬の朝。アンナは突然訪ずれた男たちに困惑の色を隠せなかった。
「あの・・・一体何か?」
 おずおずと尋ねる彼女にむかい、男たちの先頭に立つみなりのいい男が緊張した表情で告げた。
「お前が魔女であるとの訴えがあった。一緒についてきてもらおうか」
 男の言葉にアンナの表情が凍りつく。
「そんな・・・! 私は魔女なんかじゃありません!」
「詳しい話は教会で聞かせてもらう。おい」
 男の言葉に後に控えていた男たちがアンナの腕をつかんだ。少女の力では振りほどけるはずもない。なかば引きずられるようにして連れていかれる少女の後ろ姿を見送りながら男は小さく溜め息をついた。
「かわいそうだが・・・しかたあるまい」

 暗い室内。年老いた司教がアンナの体をなめるようにみまわす。思わずアンナは体をすくめた。部屋の中にいるのは彼女と司教、そして首から上をすっぽりと頭巾で覆った男が二人。司教の座る机に置かれたランプが弱々しい光を周囲に放っている。
「私は・・・魔女なんかじゃありません。本当です」
「それを調べるのがわしらの役目じゃ」
 無情にそう言うと司教は壁際に立っていた覆面の一人に顎をしゃくった。小さくうなずいて覆面が一本の長い針を取り出す。
「な、何を・・・」
「魔女には悪魔のつけた印がある。痛みを感じず、血も出ない印がな。それをこれから探すのじゃ。さて、服を脱いでもらおうか」
 司教の言葉にアンナが首を振る。針を持ったのとは別の覆面が無言のまま彼女の肩に手をかけた。
髪はどうしますか?
「そのままでも構わんじゃろう。さほど長くもない・・・。
 さて、始めるか」
 司教の言葉と共に覆面がアンナの服を破るようにして脱がした。小さく悲鳴をあげて座りこもうとしたアンナの腕をつかんで強引に立たせる。針を手にした覆面がゆっくりとアンナへと近付いていった。
「いや・・・やめて・・・きゃっ」
 弱々しく首を振るアンナの白い肌へと針が突き立てられる。悲鳴をあげてアンナの体がびくんとはねた。
「ふむ、違うか・・・。他にもないか、よく調べろ」
 顔の前で手を組み合わせて司教がそういう。小さくうなずくと覆面はその手をアンナの肌の上へと這わせた。僅かなシミや傷跡を見つけてはそこへと針を突き立てていく。その度にアンナは体を震わせ、悲鳴をあげた。
 どれくらい同じことが続いただろうか。覆面に支えられて立つアンナの肌の上にはいくつもの刺し傷が生まれ、そこから細く血が赤い筋を引いていた。すすり泣く少女の肌の上をたんねんにうむことなく覆面がさぐっていく。
 やがて、左の乳房のつけねの辺り、かなり古い傷を覆面が見つけた。ほんの小さなその傷へと覆面が針を突き立てる。指の関節二本ほど針が埋まってもアンナはまったく反応しようとはしなかった。針を引き脱いてもそこに血の跡は見られない。うなずくと覆面は司教の方を振りかえった。
「司教さま」
「うむ。悪魔との契約の証は見付かった! 汝を魔女と認める」
「そんな! これは子供の頃に木の枝でつけた傷です! 悪魔との契約なんて、私、知りません!」
 顎然とした表情でアンナが抗議の声をあげる。僅かに顔をしかめると司教は彼女へと問いかえした。
「認めないのか? あくまでも魔女ではないと主張するのじゃな?」
「はい。私は魔女ではありません」
 アンナの言葉に溜め息をつく司教。
「では、しかたがない。明日より取り調べを行う。牢に入れておけ」
「司教さま!」
「一晩ゆっくりと考えることじゃな。素直に認めれば神もご慈悲をくださるじゃろう」
 そういうと司教は覆面にむかって顎をしゃくった。無言のままうなずくと破れた服を広いあげ、覆面が半ばひきづるようにしてアンナを部屋からつれだした。ばたんと音を立てて閉まった扉から視線をそらし、彼は机の上に手紙をひろげた。

 じめじめと湿った地下牢へとアンナは連れていかれた。ほとんど投げ込まれるようにして中へと押しこまれる。扉が閉まり、真の闇が周囲を閉ざす。
「・・・誰?」
 ささやくような声にびくっと一瞬アンナは身を震わせた。おそるおそる声のしたほうに顔を向ける。もちろん、闇につつまれて何も見えないが。
「その声・・・ミシェール?」
「ああ、アンナか・・・。やっぱり連れてこられたんだ」
 どこか乾いた口調で闇の向こうにいる少女がそう言う。不審をおぼえてアンナは闇の向こうに問い掛けた。
「やっぱりって・・・どういうこと?」
「だって、私だもの。・・・あなたが魔女だって言ったのは」
「そんな・・・! どうして!?」
 顎然をするアンナへと、ミシェールはどうでもよさそうな口調で答えた。
「そのうちあなたにも分るわよ。あの苦痛から解放されるには、誰かの名前を言うしかなかった。それがたまたまあなただっただけ。
 あなたもね、いずれは聞かれるわ。仲間は誰だってね。答えなければ拷問にかけられる。そして、言わされるのよ、無理矢理にね」
「・・・」
「あいつらは人間らしい心なんて持ってないんだ。あなたも、素直に魔女だって認めたほうがいいよ。否定したって、苦痛がいたずらに長くなるだけだから」
 疲れきったような口調でミシェールはそう言った。
 ゆっくりと、夜がふけていく。どこか赤みがかった満月が中空にかかっていた。
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All writen by 香月