第二章 予備拷問

 魔女に対する審問は全部で5つの段階を踏んで行われる。そして、その第一段階と第二段階は俗に「予備拷問」と呼ばれ、この段階での自白は「拷問によらない自白」として記録されることになる。

 大きな部屋だった。しかし、ところせましと並べられた数多くの器具のせいでそれほど広くは感じられない。壁に等間隔で設けられた燭台で燭灯が淡い光を周囲に放っていた。その押さえられた照明のせいでいっそう並べられた器具が不気味さをただよわせていた。
「どんな目的でこれらの器具を使うか、分るかね?」
 先頭に立つ司教がそうアンナへと問いかけた。聞かれたアンナはその恐ろしさに半分死んだようになっており、とても答えられる状態ではない。ふむと小さくうなずくと司教は手近にあった椅子に手を置いた。
「これは審問椅子という。これの上に座らさせられると針が食い込み、とんでもない痛みを感じることになる」
 びっしりと鋼鉄製の椅子には針が植えつけられており、肘掛けと胴体、そして足の辺りには固定用の皮ベルトがついている。怯えるアンナの顔をちらりと見ると司教は次の器具の前へと足を進めた。
「これが頭蓋骨粉砕器。ここに顎をのせ、締めあげる。すると頭蓋骨が砕けてしまうというわけだ」
 まっすぐな板とおわんのような部品が万力で組みあわさっている。ぽんとそれを叩くと司教はアンナの方へと視線を向けた。
「試してみるかね?」
 顔面蒼白にしてアンナが首を横に振る。言葉を出す気力もないらしい。満足そうにうなずくと司教は次の器具の説明にうつった。
「これはロバ。使い方は説明するまでもあるまい。この尖った部分におまえを載せる。足には重りをつけてな。するとその重さで引き裂かれるような形になり、苦痛にもがき苦しむことになる」
 三角形に尖った木はドス黒く染まっていた。一体何人の血を吸ってきたのか。想像することも出来ない。
「あれはおまえでも知っているだろう。優美なる鉄の処女だ。内部には百に近い針が植えてあり、犠牲者の血を待ち望んでいる」
 鋼鉄の棺桶は右半分を開いて内部の針をあらわにしていた。左の半分が一種美術品とも呼べそうなだけにその恐ろしさは倍増していた。
「これらの器具は全て魔女であることを頑固に認めないような人間に対して使われる。もちろん、私としてもできればこれらは使わずに済ませたい。
 ・・・さて、おまえは自分が魔女であることを認めるかね?」
 壁につるされた鞭などの説明を終えると司教はそうアンナに尋ねた。
「わ、私は・・・魔女なんかじゃありません。本当です、信じてください!」
「ふむ」
 震えながら、それでもはっきりと否定するアンナに司教は眉をひそめた。
「なるほど、ただ見るだけではこれらの器具の怖さが分らないとみえるな。
 では、実際に拷問を見せてやろう。そうすれば気も変るだろう」
 そういうと司教は背後に控えていた覆面へと何かをささやいた。小さくうなずいて覆面が出ていく。不気味なほどにこやかな笑いを浮かべると司教はアンナの方へと視線を戻した。
「準備はすぐに整う。しばらく待っているのだな」

「ぎゃあぁぁぁぁぁ」
 凄絶な悲鳴に思わずアンナは耳を塞いだ。その手を強引に耳から引き剥がし、覆面が顔を前へと向けさせる。
「これはラックという。台座に魔女を寝かせ、このようにローラーで腕と足を引き伸ばすわけだ。続ければやがて関節は外れてしまう」
 そういいながら司教が右手を上げた。ローラーの脇に控えていた覆面がうなずくとローラーを半回転させる。ぎしぎしときしんだ音をローラーが立てるが、それの何倍もの大きさのミシェールの悲鳴によってかきけされた。
焼きゴテを」
 司教が壁際の覆面にそう命ずる。真赤に焼けた鉄の棒を彼は炭火の中から取り出した。悲鳴を上げ続けているミシェールの脇腹に無雑作にその先端を押し当てる。
「ぎ、ぎゃあぁぁ、熱い、熱いぃ」
 びくんとミシェールの体がはねた。もうこれ以上ないというほど引き伸ばされていたにもかかわらず、白い裸身がのたうつ。
「仲間のことを話す気になったか?」
「も、もう、話した・・・痛い、もう、許して・・・」
「彼女は否定しているぞ?」
 司教がミシェールの顔を覗き込みながらそう言う。びっしりと汗を浮かべ、彼女は切れ切れに言葉をつむいだ。
「嘘、よ・・・。私、を、連れて、いったのは、彼女、だもの。
 ああー、痛い、ゆるめて。お願い。本当よ、私は・・・彼女に、一回だけ、サ、サバトに、つれて、いかれた、だけ・・・ギャァァァ」
 ミシェールの言葉の途中で再び焼きゴテが押し当てられ、ミシェールがのけぞる。蒼白になっているアンナの方へと視線を移し、司教は問いかけた。
「と、彼女は言っているが、本当か?」
「知りません。私は魔女なんかじゃありませんし、サバトなんて行ったことありません! 神に誓って」
「では、こちらが嘘をついているのか」
 司教の言葉に覆面がローラーを回す。ゴキっという嫌な音が響き、ミシェールは口から白い泡を吹いて意識を失った。
「気絶したか。しかたないな、続きはまた明日だ。それと・・・予備拷問の準備を」
 覆面の一人がアンナの腕をつかんで隣室へとつれていった。

 隣室でアンナは粗末な木の椅子に座らされた。肘掛けに皮のベルトで腕を固定され、胴体と足もまた拘束される。不安げな表情を浮かべる彼女の正面に司教が腰をおろした。手には鉄片を二つ組み合わせたような小さな器具を持っている。
「さて、もう一度尋ねる。おまえは魔女だな?」
「違います。私は魔女なんかじゃありません」
 毅然とそう答えるアンナの手を司教はつかんだ。反射的に手を握ろうとした彼女の親指をとらえ、手の中の器具の二枚の鉄片の間に挟みこむ。
「これは親指締めといってな、簡単な作りだが効果は高い。まぁ、すぐにその効果は分るだろうが。魔女であることを認めるなら今のうちだぞ」
「何度言われても同じです。私は魔女なんかじゃありません」
 そう言いながらもひんやりとした鉄の感蝕に僅かに声が震える。司教は無雑作に器具についていたネジを回した。二つの鉄片が締めつけられ、押し潰すような感じでアンナの親指を締め上げる。
「あっ・・・くぅ」
 首をのけぞらせてアンナが苦痛にうめく。無言のまま司教はネジを回した。ギシギシと嫌な音を立てながら鉄片の間隔がせばまっていく。
「あ、ああっ、痛いっ」
「魔女であることを認めるか?」
「み、認めません。私は、魔女なんかじゃ・・・ああっ」
 言葉の途中でネジをまかれ、アンナが悲鳴を上げる。いつのまにかびっしりと額に汗が浮かんでいた。目の前が暗くなるほどの痛みがつきぬける。
「強情をはってもしかたがないだろうに」
 そう言いながら懐から司教は同じものを取りだした。アンナの左手をつかむとその親指を器具にはめこむ。アンナの表情が恐怖で凍った。
「や・・・やめて」
「やめてやるとも、魔女であることを認めるならばな」
「わ、私は、魔女じゃ・・・ない、です」
 ギリィっとネジがまかれ、アンナが悲鳴をあげる。左右の指を締め上げられ、苦痛は二倍、いや、それ以上にはねあがった。
「魔女であることを認めるか?」
 あまり期待していないような感じで司教がそう言った。声も出せずにただ首を横に振るアンナ。無雑作に司教がネジをまいた。
「あっ、あっ、ああぁっ。痛い、骨が、折れるっ。ああっ」
 大きくのけぞっても床に固定された椅子はびくともしない。キーンと耳鳴りがしはじめた。目の前でチカチカと光が踊る。
「認めるか?」
 無情に司教が問いかける。ぎゅっと唇を噛み締めてアンナは首を左右に振った。
「強情な奴だな・・・しかたない、明日から本格的な拷問を行うとしよう」
 しばらく様子を見、それでもアンナが認めようとしないことを悟ると溜め息まじりに司教はそうつぶやいた。
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All writen by 香月