第三章 吊し責め

 翌朝。アンナは昨日とは別の一室へとつれていかれた。がらんとした部屋で、中央には櫓のようなものが組んである。その櫓の下にアンナを立たせると、司教は穏やかな口調で問いかけた。
「悪魔と関係を持ったことを認めるか?」
「認めません。私は無実です!」
 アンナの言葉に司教は溜め息をついて覆面たちに合図した。無言のまま彼らがアンナの服に手をかける。抵抗する間もなくアンナの体から粗末な衣服が剥ぎ取られてしまった。
 反射的に胸を覆おうとしたアンナの腕を覆面が掴んだ。そのまま背中の側に捻りあげるようにして腕を持ってくる。背中で両手を縛り上げられたアンナのことをじっと司教が見つめていた。
「これ以上嘘を重ねることは神の御心に背くことになるぞ。素直に自らの罪を認めるがいい」
「私は無実です。魔女なんかじゃありません。神に誓って、悪魔を交わったことも魔術を使ったこともありません!」
「強情な奴じゃな。・・・鞭を」
 司教の言葉に壁に掛けられていた皮の鞭を覆面の一人が手にとった。軽く手首を捻って鞭を振う。ぱしぃっという小気味のいい音が響き、思わずアンナは身をすくませた。
「私は無実です! 本当です、信じてください!」
 アンナの言葉に無言で司教は顎をしゃくった。覆面が鞭を振り上げ、アンナの白い肌へと勢いよく振り下す。ビシィっという音と共に真紅の筋が一条、アンナの肌の上を走った。悲鳴を上げるアンナへと二度、三度と鞭が振るわれる。
「魔女であることを認めるか?」
 淡々とした司教の問いに、必死にアンナは首を振った。灼けるような痛みが走り、押さえようとしても悲鳴が漏れる。倒れそうになる度に後ろで腕を押さえている覆面にひきずりおこされ、鞭から身を躱すことも出来ない。
「あっ・・・くっ・・・ひぃ。本当に・・・私は、魔女なんかじゃ・・・」
 涙を流しながら訴えるアンナをしばらくじっと見つめると、司教は軽く右手を上げた。櫓に取り付けられていた滑車に縄が通され、一方はハンドルのついた巻き上げ機へ、もう一方は後ろ手に縛られたアンナの手首へと結びつけられる。
 ゆっくりと覆面がハンドルを回した。ぎりぎりと嫌な音を立てながら縄が巻き取られていく。当然、その反対の端が結びつけられているアンナの腕も上へとひっぱりあげられる形になる。
「あ・・・ああっ、あああーー!」
 悲鳴をあげてアンナがのけぞる。捻じり上げられるような不自然な形で腕を引き上げられ、肘や肩の関節がみしみしと嫌な音を立てて軋んだ。その痛みに体をよじれば余計に腕に妙な形で力が係り、たまらなく痛む。
 無言のまま覆面がハンドルを巻き上げていく。少しでも痛みを柔らげようと伸び上っていたアンナのつまさきが床から離れた。全体重が捻じ上げられた両腕にかかり、一段と高い悲鳴が彼女の口から漏れる。
「罪を悔い改め、認めるのじゃ。そうすればすぐに楽になれるぞ」
 司教の言葉にびっしょりと汗を浮べながらアンナは首を振った。感心したとも呆れたともつかない溜め息を漏らすと司教は視線を覆面たちの方へと向けた。
「重りを」
 短い司教の言葉に覆面たちが部屋の片隅に起かれていた一抱えほどもある石に縄を巻き始めた。唯一ハンドルを握っている男だけがその作業に加わろうとはせずに単調なリズムでハンドルを回している。苦しげなアンナの呻きが響いた。
「お、おろして・・・ください。腕が、折れる・・・ああっ」
「魔女であることを認める気になったか?」
「そ、それは・・・.お願いです。私は魔女なんかじゃ・・・ないんです。信じて・・・ください」
 アンナの嘆願に司教は軽く肩をすくめた。作業を終えた覆面たちが石を重そうに抱き抱え、吊されているアンナの元へと集まった。今は丁度彼等の胸の辺りにアンナの足がぶらさがっていた。
 石に巻かれた縄の端がアンナの足に結びつけられた。恐怖にアンナの顔がひきつる。司教が彼女の顔を見あげるとゆっくりと問いかけた。
「あくまでも、魔女ではないと言うのだな?」
「は、はい。私は無実です。どうか・・・どうか・・・きゃああああぁぁぁ」
 言葉が途中から悲鳴に変った。覆面たちが抱えていた石から手を離したのだ。急に加えられた重りのせいでほとんど一直線にまで腕は伸び、全身にどっと油汗が浮かぶ。苦悶に体をよじろうにも、ぴんとはった体はほとんど動かない。
「あ、ああ、あああっ。痛い、腕、腕が、折れ・・・ああっ」
「自らの罪を認めるか?」
 酷薄な口調で司教がそう問いかける。苦痛のために朦朧となりかける意識のなか、必死にアンナは首を横に振った。
「鞭を。それと、蝋燭の用意を」
 司教の言葉に先ほどアンナに鞭を振るった覆面が再び鞭を取りあげた。ひゅんと空気を裂いた鞭がアンナの太ももに巻きつくように当たる。甲高い悲鳴を上げてアンナがのけぞった。ぎしぎしと吊られた縄がきしんだ音をたてる。二度、三度と容赦ない鞭打ちに、ところどころの皮膚が破れて血を滴らせ始めた。
「ひいぃ、ひっ。ゆ、許して・・・私は、きゃぁ、魔女なんかじゃ、ない・・・」
 壁際でごそごそとしていた覆面が蝋燭7本束ねたものを持って戻ってきた。聖別の言葉を唱えながら司教がその蝋燭に火を付ける。大きく燃え上がった蝋燭を手に覆面はアンナの方へと近づいていった。そこで僅かにためらうような仕草を見せると彼はハンドルを握る同僚の方へと視線を向けた。
「もうすこし低く」
 覆面の言葉に頷いてハンドルを回す。重りの石が床に付くか付かないかという辺りまでアンナの体がさがった。その、ぴんとはった脇の下へと覆面が蝋燭を近づけていく。
「や、やめ・・・あつっ、熱い、熱いぃっ」
 近づけられる炎から逃れようと身をよじるが、無論逃げられるはずもなく、また、身をよじればそれは捻じあげられた腕へと激痛を走らせる。関節がみしみしと軋み、炎が肌を灼く。
 すいっと蝋燭が彼女の肌から離れた。ほっと一息ついた所に司教が問いかける。
「罪を認めるか? 認めなければ反対の脇も灼くことになるぞ」
「あ、ああ・・・そんな・・・」
 がっくりとうなだれ、すすり泣くアンナ。一段と声を高くして司教が問い掛ける。
「汝、魔女であることを認めるか?」
「み、認め・・・ません。私は、潔白です。あ、ああっ」
 脇の下を炎で炙られ、悲鳴を上げる。それでも、アンナは魔女であることを認めようとはしなかった。

 結局、それから数時間にも責めは及び、アンナが意識を失ったことでその日の審問は終りを告げた。肩の関節は外れ、あちこちの肌は裂け、両脇と臀部、足の裏などに火傷を負いながらも、アンナは最後まで魔女であることを否定し続けた。その態度に業をにやした司教は体力の回復のために数日間の休息を挟み、彼女を水責めにかけることを宣言した。

 一通りの手当てを受けた後、アンナは再び地下牢へと連れていかれた。放りこむという形容がぴったりとくる手荒さで覆面たちが彼女のことを牢の中へと押し込んだ。隅でうずくまっていたミシェールが怯えたような表情で顔を上げた。
「アンナ・・・?」
「手当てはしてある。面倒をみてやれ」
 無愛想にそう告げると覆面たちは扉を閉めた。低く呻いているアンナへとミシェールはそっと手を伸ばした。
「馬鹿ね・・・意地を張ったって仕方ないのに。私みたいに魔女だって認めちゃえばいいのよ。どうせ、魔女として訴えられたら命はないんだから」
「だって・・・私は、魔女なんかじゃないもの。偽りの証言をすることなんて、私には出来ないわ。
 ねぇ、ミシェール。あなたはどうして魔女の疑いをかけられたの?」
 僅かに顔をあげてアンナがそう問いかける。くすっと虚無的な笑いをミシェールは浮べた。
「デュンは知ってるでしょ? 村長の息子の。彼に言いよられたの。俺のものになれって。でも、私には他に好きな人がいたから、断わったわ。そうしたら、ね」
「そんな・・・嘘でしょう?」
「本当よ。・・・ごめんなさいね、アンナ。あなたを巻き込んじゃって。許してもらえるなんて、思わないけれど・・・」
 ミシェールの言葉に、そっとアンナは微笑みをうかべた。
「私たちは友達でしょう?」
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all writen by 香月