第四章 水責め

 吊し責めによって受けた傷を癒すために数日間の休息が取られた。もちろんその間も尋問は行われたが、頑としてアンナは魔女であることを認めようとはしない。半ば諦めたような形式的な尋問が数日間続けられた後、アンナはまた以前は別の部屋へと連れていかれた。
 部屋の中央には30度ほどに傾斜した台が据えつけられている。そして、その台から少し離れた場所になみなみと水のたたえられた大きな水槽があった。
「罪を認め、神に許しを乞う気にはなったかね?」
 司教の言葉にアンナはかぶりを振った。
「私は何の罪も犯してはいません。許しを乞わねばならないようなことは、一切ありません」
「強情な娘じゃ・・・」
 呆れたような司教の言葉を合図にして覆面たちがアンナから服を剥ぎ取った。そのまま両手と両足をそれぞれが持って台の上に横たえる。頭を下にして、アンナの体が大の字に拘束された。
 裸にされることにはやや慣れ始めていたが、大きく足を広げた態勢を取らされてアンナの顔が羞恥に赤く染まる。ぎゅっと目を閉じたアンナへと穏やかな口調で司教が話しかけた。
「これから、あの水槽の中の水をお前の口へと注ぎこむ。その苦しさは実際に味わってみなければ分るまい。罪を認める気になったならば、いつでもそう言うがよかろうて」
「・・・神は全てを御覧になっています。私が無実であることも、神は御存知です」
これは神によって祝福された聖水じゃ。もし本当にお前が無実であるというのならば、お前に苦しみを与えることはない。 ・・・では、始めるとしよう」
 司教の言葉に覆面の一人がアンナの口に牛の角で作られた漏斗を咥えさせた。もう一人が水槽から柄杓で水を汲み、漏斗の中へと注ぎこむ。
 最初の頃は、別にどうということはない。意思に反して注ぎこまれる水にややむせながらもその全てを飲み込むことが出来る。だが、回数が増えてくるに従って徐々に腹が膨らみ始め、アンナの顔に苦悶の色が表われはじめた。
「グ、ゲホッ、ゲホッ」
 体を波うたせ、アンナが咳込んだ。漏斗と唇の隙間から溢れた水が彼女の顔を濡らす。吐き出さらた水の一部が鼻へと入り、アンナは涙を浮かべた。それでも、無表情に水は注がれていく。
 柄杓で水を汲みにいく僅かな時間に、はぁはぁと大きく息をつくアンナ。一旦水が注がれ始めればもう口で息をすることは出来ず、鼻で微かに息をするしかない。それも、飲み込み切れずに吐き出した水によって妨害される。
 漏斗を支えていた覆面が片手を離して彼女の鼻をつまんだ。鼻で息をすることが出来なくなり、アンナが苦悶の表情を浮かべる。口からは水を注がれており、息を吸い込もうにも空気は入ってこない。キーンと耳鳴りがしはじめた。
 つっと、水が途切れた。朦朧としかけた意識で大きく息を吸う。その瞬間を狙って覆面が柄杓に残った水を一気に漏斗へと注ぎこんだ
「グゲェ。ゲブッ、ゴホッ」
 アンナの体が跳ねた。気管に水が入りこみ、焼けるように痛む。浮んだ涙はすでに顔はびしょびしょで判別できない。苦悶するアンナへと司教が問いかける。
「罪を認めるか?」
「み、ゲホ、認め、ません」
「注げ」
 咳込みながら否定するアンナに、司教が僅かに顔をしかめた。淡々とした動作で柄杓に水を汲み、漏斗へと注ぎこむ。息をするためにはともかく水を飲み切らなければならない。息を止めようにも、変則的に水を注がれるせいで止めていられないのだ。
 アンナにとっては永劫にも等しいような時間が過ぎ、妊婦のように腹が膨れ上ったところで覆面は一旦水を注ぐのをやめた。漏斗も外し、少し離れる。
 ヒューヒューと、体を上下させながら細い息をつく。水で膨れあがった内臓が重力によって下方へ--横隔膜を圧迫する方向へ--移動し、呼吸を妨げているのだ。乱れた前髪がべったりと額に張りつき、焦点を半ば失しなった瞳が宙を見上げている。
「吐かせろ」
 そっけなく司教がそう命じる。小さく頷くと覆面たちは両側から膨れあがったアンナの腹へと手を掛けた。
「な、何を・・・グゲェッ、ゲブッ」
 体重を掛けて腹を押され、口から水が溢れる。吸いこもうとした空気と無理矢理逆流させられた水とがぶつかりあい、喉が焼けるように痛む。吐きだされた水に混っていた今朝の朝食の一部がぐったりとしているアンナの顔を汚した。
 ぐいぐいと覆面たちが体重を掛け、胃に溜った水を押し出す。痙攣するように体を震わせ、何度もアンナは水を吐き出した。床の上に決っして小さくない水溜りが出来る。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ・・・グェ」
 肩で息をしているアンナへと司教が問い掛ける。
「まだ水はずいぶんと残っているが・・・自らの罪を認めるのであれば、これで終りにしてもよいぞ?」
「わ、私は、魔女じゃ・・・ありませ、ん・・・」
 やっと聞き取れるぐらいの声でアンナがそう言う。ほんの僅かに舌打ちすると司教は手で覆面たちに合図した。再び覆面が漏斗を手にする。反射的に歯を食いしばったアンナの鼻をつまみ、耐え切れずに口を開いた所を狙って強引に漏斗の先端を捻じ込む。漏斗の先が口の中の粘膜を傷付けたらしく、くぐもった悲鳴をアンナが上げた。
 水が注がれる。先ほどよりもさらに時間を掛け、ゆっくりと。ある程度注いでから少し時間を起き、アンナが息を吸う瞬間を狙って注ぐ。柄杓が傾けられる度にアンナの体がのたうった。既に顔だけでなく、胸から腹の辺りまで吐き出した水でびっしょりと濡れていた。肌の色が青くなりはじめる。
 やがて、アンナの腹が再び大きく膨れあがった。苦しげに眉を寄せ、必死に息をしているアンナのことを見下し、司教はふと思いついたように口を開いた。
「おお、そういえば、そろそろ昼食の時間じゃな。説法もある。しばらく席を外すが、その間、ゆっくりと自分の罪を噛み締めておるといい」
 司教の言葉に一瞬覆面たちが顔を見合わせた。だが、結局は何も言わずに司教につきしたがって部屋を出る。後には苦しげな呻きを上げるアンナだけが取り残された。

 二時間余りの時がたち、司教たちが部屋へと戻ってきた。ぐったりとしているアンナの腹へと覆面たちが手を掛ける。先程味わった苦しみにアンナが表情をひきつらせた。
「や、やめて・・・お願い」
「では、魔女であることを認めるのだな?」
「そ、そんな・・・私は、魔女じゃ、グブゥ」
 アンナの言葉を遮るように覆面が腹を押した。口から水を吐き出し、アンナが目を見開く。シャァっと音を立てて彼女の股間から小水が零れた。目を大きく見開いたままアンナが辛そうに呻いた。
「あ、ああ、あ・・・」
「ふん。漏らしたか。まぁよい。続けよ」
 台は傾いているから自分の小水に塗れることになる。だが、アンナには自分の慘めさにすすり泣く暇は与えられなかった。今まで体重を掛けるように腹を押していた覆面たちが、交互に拳を膨れた腹へと叩きつけ始めたのだ。
「ギィ、グ、ゲヘ、ゴッ、フ、ガハ、ァ、ギャ」
 悲鳴とも息ともつかない音が少女の唇から漏れる。途切れ途切れに吹き出す水はうっすらと赤く染まっていた。腹から胸の辺りにかけ、青く痣が浮びあがる。チョロチョロと失禁した液体が台の上を流れて彼女の体を濡らした。
 全身をびっしょりと濡らし、水死体のような状態になってアンナが苦しい息を吐く。ちらりと視線を水槽の方に向け、司教は一人言のように呟いた。
「ふむ、あと一回分は優にあるな」
「神よ、救い給え・・・助け給え・・・」
 謔言のようにアンナが祈りの言葉を口にする。不快そうに眉を潜めると司教は覆面へと目くばせをした。何となく気が進まなさそうな仕草で壁にしつらえられた棚から長い布を持ってくる。
 長さ一mほどのその布には、等間隔で結び目が作られている。アンナの口をこじあけ、覆面はその端を口の中に押し込んだ。そして、彼女がそれを吐き出すよりも早く柄杓に汲んであった水を布の上から注ぎこんだ。
「グゲェ、グゲ、ゲホッ、グェ、ゲォ」
 水を含んだ布が水と共に食道へと入りこんでいく。一旦入りこんだ布はべったりと張り付き、吐き出す事が出来ない。そして、水が注がれれば注がれるほど、結び目付きの布は奥へと入りこんでいくのだ。先ほどまではまだ、辛うじて出来た息が、完全に塞がれてしまう。四肢を拘束している皮のベルトを弾き飛ばしそうな勢いでアンナの体がのたうった。
 二度、三度と水が注がれる。やがて覆面が自分の手に巻き付けていた分を残し、布の大部分がアンナの体内へと消えた。声を出す事も出来ずにのたうっているアンナのことを小気味よさそうに見つめると、司教は厳かとさえ言えそうな口調で覆面に命じた。やれ、と。
「グゲグギャァァッグゲグッググガァァァ」
 意味をなさない悲鳴をアンナが上げる。一気に引き抜かれた布は真赤に染まり、まるで内臓をそのまま引きずり出したかのような状態だった。布を引きずりだされたアンナはと言えば自らの鮮血に顔を斑に染め、ひくひくと痙攣している。
「ア、ガ、ァ、ァ・・・」
「残りの水を注げ」
 うっすらと笑いを浮べながら司教がそう命じる。半ば放心しているアンナの口に再び漏斗が噛まされ、水が注がれた。飲み込みきれずに吐き出す水は真赤に染まっている。それでも残りの水を全部注ぐと妊婦のようなとまではいかないものの、はっきりそれと分る程度には腹が膨れあがった。
 ヒューヒューと擦れた息がアンナの口から漏れる。時折りぶるっと全身を震わせ、真っ赤な水を吐き出した。顔色は悪いとか青いとかを通りこしてほとんど死人の色となり、体も冷えきっている。
「汝、自らの罪を認めるか? 自らが魔女であることを認めるか?」
 司教が身をかがめるようにしてアンナにそう問いかける。焦点の定まらない視線をしばし宙にさまよわせ、アンナは唇を震わせた。
「神は讃えるべきかな・・・。聖なるかな、聖なるかな・・・」
 ぶつぶつと聖句を唱えるアンナにかっとなったように司教が手を振り上げる。パシィンと高い音が響いてアンナの顔が揺れた。少し慌てたように覆面の一人が司教へと声を掛ける。
「猊下。これ以上は危険です。死んでしまいます!」
「む・・・」
 覆面の言葉に忌々しげに舌打ちをすると司教はアンナへと背を向けた。
「牢に戻しておけ。体力が回復した後、次の拷問に掛ける」
「はっ・・・」
 司教の言葉に、覆面たちが頭をさげる。彼らが何を思っていたのかは、分らない。
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all writen by 香月