第四話 お衣

「さて・・・既に五人のうち、お前の弟も含めて三人は転んだ。残るはお前とお前の姉の二人だけだ。これ以上意地をはってもしかたあるまい?」
 采女の問いに、静かにお衣は首を振った。僅かに怯えの色はあるものの、既に何かを悟ったような表情をしている。
「ふむ・・・だが、お前の身体はお前一人のものではあるまい?」
 采女の言葉に、お衣は俯いた。その下腹部の辺りが、服越しでは分りにくいものの確かに膨れ上っている。妊娠しているのだ。彼女ももう十八。子供の一人や二人、いてもおかしくはない年齢ではある。
「罪人を責める時、月の障りの時と身重の時は避けることになっている。だが、キリシタンであれば話は別だ。
 その身体では、苛酷な責めには耐えられまい。腹の子ともども命を落すか?」
「それがデウスの導きであるのならば。私の子供も、共にハライソへと招かれることでしょう」
 唇を震わせながらお衣がそう答える。僅かに鼻白んだような表情を大神が浮かべた。予想していたのか、采女は小さく頷いただけだ。
「では、始めるとしようか。大神、まずは服を剥げ」
「はっ」
 やや嫌そうな表情を浮かべて大神がお衣の背後に回り、服に手をかける。抵抗らしき抵抗は見せなかったが、流石に男の前で裸身を晒すのは恥ずかしいのか、胸と腰の辺りをお衣が手で覆った。
「縛れ」
 淡々と、事務的な口調で采女がそう言う。前を覆うお衣の手を掴み、大神は背中で縛り上げた。着痩せするタチなのか、意外と豊かな胸が揺れ、お衣の頬が真っ赤に染まった。
「髪もだ」
「は? はぁ・・・」
 采女の言葉に、首を傾げながら大神がお衣の髪を根本の辺りと先端の辺りで縛った。ちょうどそれを待っていたかのようなタイミングで土蔵の扉が開き、下男たちが普段は馬具を掛けるのに使っている木馬(きんま)を運びこんでくる。
「髪と縄をしっかりと結んで、天井から吊るせ」
 感情の読めない口調で采女が命じる。ややためらいながら大神がその指示に従い、天井の梁に縄を回すと二人の下男と力を合わせてぐいっとひっぱった。
「あっ・・・くぅぅ」
 髪を強く引かれ、お衣が苦痛の声を漏らす。女の命とも言われる髪によって、彼女の身体が宙へと浮いた。ゆらゆらと身体が左右に揺れる度に小さく苦鳴が彼女の唇から漏れる。
「木馬を彼女の下へ」
 采女の言葉に、下男の一人が木馬を引きずってお衣の足の下へと移動させた。更に両足を開き、木馬を足で挟むような形にする。
「手を離せ」
 采女の言葉に下男が縄を掴む手をゆるめた。少し迷ってから大神も手を離す。降ろされるというよりは落とされるといった勢いでお衣の股間が鋭く尖った木馬の上へと乗った。
「ひぃ・・・!」
 びくんと身体を反らすお衣。ぐらりと揺れて落ちかけたその身体を、素早く下男が掴んだ縄が引き留める。もちろん、その縄は髪に結ばれているわけだから、髪が抜けそうになるほどの力でひっぱられたわけだが。苦痛に呻くお衣の目から大粒の涙が零れた。
「縄の端は柱に結んでおけ。しばらくの間はこのままだからな」
 采女の言葉に、お衣の表情が歪む。身体を引き裂かれそうな痛みが股間をさいなみ、結わえられた髪はキリキリと鈍い痛みを伝えてくる。
「あっ・・・あぁ・・・くぅぅぅっ」
 動くまいと思っても、痛みのせいで思わずみじろぎしてしまう。その度に股間と頭、二箇所を強い痛みで責めたてられ、苦痛の声が漏れた。
「木馬責めだ。辛いであろう?」
 どこか軽い口調で采女がそう言う。まだまだこんなものは序の口だぞ、と、その表情が語っているような気がする。
 そして、それは気のせいではなかったのである。

「う・・・うぅ・・・う・・・」
 半刻ほどがそのまま過ぎた。全身にびっしょりと油汗を浮かべ、お衣が肩で息をしている。手に持っていた扇子をぱしっと左掌に叩きつけると采女は視線を下男たちへと向けた。
「そろそろ次の段階へ移るか。石を」
 無言で頷くと下男たちが一抱えほどもある石を持ち上げた。それに縄を巻き付け、木の台座と一緒に持ってくる。怯えの色をはっきりと浮かべてお衣が下男たちの方を見た。何をされるかの予想は当然付いている。
「転ぶなら、すぐに解放するが?」
「・・・デウスよ、我を護り給え・・・」
「ふむ。やれ」
 采女の言葉に、下男たちが石とは反対側の縄をお衣の足首へと巻きつける。それが終わると石を置いてあった台座を同時に取り払う。ずしっと荷重がかかり、大きくお衣は目を見開いた。
「ひぃぃっ。ひっ、ぎ、ああああっ」
 悲鳴を上げ、ぴんっと上体をのけぞらせるお衣。ぶらぶらと空中で揺れる石に下男たちが足を掛け、ぐいっと体重を掛けた。
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
 ぽたぽたと、股間の辺りから血が流れ、滴る。ぶつぶつと髪が抜ける音を聞いたような気が大神はした。思わず顔をそむける。
「転ぶか?」
「ひいいいい、い、嫌ぁ、嫌です、ぎゃあああ」
 ぶんぶんと激しく左右に首を振りながらお衣が絶叫する。軽く肩をすくめると采女は席を立った。
「大神。少し早いが、昼食としよう」
「はっ。では、拷訊は・・・」
「何。このまま放って置けばいい。食事が終る頃には少しは素直になっているだろう」
「は、はぁ・・・」
 下男が足に力を込めるたびに絶叫して身体を震わせるお衣の方を痛ましそうに見やり、大神は頷いた。

 結局、采女と大神が土蔵に戻ってきたのは半刻以上もたってからだった。最初の木馬に乗せられてからでも既に一刻が経過したことになる。既に悲鳴も枯れたのか、時折小さく呻くばかりだ。普通ならばがっくりと首をうなだれているところだが、髪で吊られているために顔はしっかりと正面を向いている。
「さて、気分はどうだ?」
 椅子に座りながら采女がそう問いかける。虚ろになりかけたお衣の瞳に、僅かに光が戻った。
「どれだけの苦痛も・・・私の心を変えることは出来ません」
「ふぅむ。大神。鞭だ。腹の辺りを特に、な」
「・・・はっ」
 かなり嫌そうな顔をしたものの、逆らうわけにもいかずに大神が竹の鞭を手に取る。その先端をぴたりと下腹に当てると大神はお衣に呼びかけた。
「このまま打てば、赤子は確実に水になる。それでもよいのか?」
「私もすぐにその後を追うことになりましょう。どうぞ、遠慮なくお打ちください」
「ええぃ」
 何かを振り払うように大声を出して首を振ると大神は鞭を振るった。びしっと鈍い音と共に竹の鞭が目立ちはじめた腹部へと振り下される。ぐぅっと息を詰まらせてお衣が呻いた。
「転べ、転ばぬかぁっ」
「うっ。ぐっ、ううぅっ」
 鬼気迫らんばかりの形相で打ち続ける大神。やがて腹の辺りの肌が破れて血が滴った。少し呆れたような表情で采女が彼を制止する。
「もうよい、大神。次の段階に移る」
「はっ」
「例のものを」
 采女の言葉に、下男たちがどろりとした黒い液体の入った壷を持ってくる。僅かに大神が首をかしげた。
「あれは?」
「石炭を蒸し焼きにして得られるものでな。まぁ、見ておるがいい」
 采女の言葉に、とりあえず大神が頷く。その間にも木のハケで下男たちがお衣の肩、二の腕、乳房、更に太ももへとその黒い液体を塗っていく。何をされるのか分らずに、お衣も不安そうな表情を浮かべていた。もっとも、その表情は苦痛と諦めに濃く支配されていたが。
 傍らの火鉢から炭火を取り上げ、下男がそれを右の太ももに塗られた液体へと触れさせた。次の瞬間、ぼうっと炎を上げてその液体が燃え上がる。これ以上はないというほど目を見開いてお衣が上体を激しく揺らした。
「ぎゃあああぁぎぃぎぐぃあぎゃああぁぁぁ!!!」
 炎は勢いを弱めることなく、ゆっくりと六十を数えるほども燃え続けた。炎が消えた跡は真っ黒に炭化している。ぜぇぜぇと荒い息を吐くお衣に、采女は問いかけた。
「さて、転ぶか?」
「あ・・・あ・・・転び・・・ません」
「ほぅ。強情だな。子を死なせた母の心か。次」
 采女の言葉に、左の太ももにも炭火が押し当てられる。再び炎が燃え上り、海老のように激しくお衣の身体がのたうった。そのせいで激しく髪がひっぱられ、鋭い木馬によって股間がズタズタに引き裂かれる痛みも炎の痛みに加算され、お衣の脳裏を駆け巡る。
「あがぁ、ぎ、ぎゃあああああぐぎゃぎゃぎゃぎゃ」
 獣じみた叫びと共にお衣が身体を震わせる。
「右肩」「ひぃぃぃぃぎゃががああががあついぃぃ」
「左肩」「ぎぃ、ぎぎゃ、ぐぎゃ、あが、ころ、ころしてひぎゃぁ」
「右胸」「デ、デウぎゃぎギャアアアアアアアアアアア」
「左胸」「あぐぅ、ぎゃひぃ、ひぎゃがぎゃぎゃああぁぁ」
 淡々とした采女の指示と、聞くに耐えないお衣の絶叫が交互に土蔵に響く。六個所を焼かれ、既にお衣は虫の息になっていた。手足の先が青白くなってきている。
「転ぶか?」
「ひゅー・・・ひゅー・・・デウ・・・ス・・・よ・・・」
 お衣の瞳がくるりと反転し、白目を剥いて気絶する。ふぅと軽く息を吐くと采女は席を立った。
「続きはまた明日だ」
 無言で大神と下男は頷いた。

  お衣の魂が天へと召されたのは、それから三日後、三度目の拷訊の最中だった。
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All writen by 香月