第一話 悪夢の始まり

 長崎奉行、竹中采女。彼による弾圧は、苛酷を極めた。以前は、『生命だけは救う』ために行われていたはずの拷問も、今では単に苦痛の果ての死をもたらすためだけに行われているような感がある。彼の変貌が幕府からの度重なる指示によるものなのか、それとも生来の気質なのかは、腹心として仕える大神にも判断がつかない。
 現在、彼は3つの村を主に支配している。もちろん、長崎奉行としての管轄地域はもっと広範囲に及ぶが、今の所彼が直接キリシタン狩りをしているのはまださほど広い範囲ではない。
 もっとも、そのさして広い範囲ではない村々から狩り集められたキリシタンは数十を数える。皮肉といえば皮肉なことだが、彼の行った公開処刑によって、今まで隠れていたキリシタンたちが公然と姿を現したのだ。キリスト教においては、信仰を守って死ぬことはむしろ歓迎するべきことだし、まだ若い娘が信仰を守り通して死んだというのに、自分たちばかりが安穏と生き延びることをよしとしない人間が多かったという事情もある。
 いずれにせよ、采女のための生贄は、大量に集まったのである・・・。

「ひどいものですな。これほどまでにキリシタンが隠れていたとは。前任者は一体何をしていたのやら」
 集められたキリシタンたちの名前を書きだした巻物を手に、大神が嘆息する。半ばは踏み絵等によって発見したものだが、残る半数は自ら名乗りでた者たちだ。彼にしてみれば正気を疑うところだが、今でもなお、そういった自ら名乗りでるキリシタンは減っていない。
「村の一つ二つ消えてもよい、か。では、実際に消してしまうか」
「う、采女さま!?」
「冗談だ。そう本気にするな、大神。さて、では、今日の拷訊を始めるとしよう。もう土蔵に集めてあるな?」
 やや閉口したようにそう言うと、采女が立ち上がる。後に続きながら大神が頷いた。
「はっ。先日、出頭して来たキリシタン五人、既に引き出してあります。それと、本日の拷訊で転ばねば処刑する予定の娘も、牢から連れてくるよう命じておきました」
「結構。・・・名は、何と言ったかな?」
「は? 処刑する方ですか? 確か・・・お唯、とか申しましたかな。年は十と三」
 ごそごそと懐に仕舞った巻物を広げながら大神がそう答える。無言で頷くと、采女は口元に笑みを閃かせた。酷く陰気な笑みを。

 薄暗い土蔵の中、年も性別もバラバラな五人が縛られて正座させられている。目の前の地面に染み込んだ大量の血の跡に、その表情からは血の気が引いていた。ぎぃっと軋んだ音を立てて開いた扉の方に、不安そうな視線を向ける。
「どうした? 不安そうだな。死をも覚悟してきたのではなかったのか?」
 侮蔑の言葉を投げかけながら、采女が自分の椅子に座る。彼に続いて大神と二人の下男が、だいぶやつれた娘を一人連れて入ってくる。諦めの色を濃く浮かべた娘にむかい、采女がどうでもよさそうな表情で問いかけた。
「さて、お唯。先日言ったように、これが最後の機会だ。転ぶか、死か。好きな方を選ぶがいい」
「主の御元へと、参ります」
 震える声で、だがはっきりとお唯がそう答える。低いどよめきが五人の男女の間から漏れた。それには構わずに采女が下男二人に視線を向ける。
「では、吊るせ」
 無言で頷いた下男たちが、お唯の足首に縄を巻き付ける。普通に二本まとめてしばるのではなく、それぞれの足首に縄が掛けられた。それぞれの端を持った下男が天井の梁に縄を回す。この時も、同じ場所に掛けるのではなく、天井からの柱に回すようにして離れた場所に縄を掛けていた。
 大神がお唯の肩に手をかけ、その場へと座らせる。ぐいっと下男たちが縄の端を引いた。左右に割り開かれるようにしてお唯の足が持ち上がる。両足を投げ出して座る態勢から、背中を地面につけ、両足を高く上げる姿勢へと彼女の姿勢が変化した。きゅっと小さな足の指がちぢこまり、カチカチと 歯が小さな音を立てている。
 更に下男たちが縄を引くと、お唯の背中も地面から離れ、肩と首、頭で体重を支える形になった。両足は大きく左右に開き、裾がまくれあがって膝の辺りまで白い足があらわになる。
 ぱしっと采女が掌に扇子を打ちつける。その音を合図にするように下男たちが縄を引く。完全にお唯の身体が浮き上がり、裾もすっかりはだけてまだ毛も生えていないつるりとした秘所があらわになった。きゅっと唇を噛みしめ、足首に食い込む縄の痛みと羞恥にお唯は耐えている。大きく足を広げたこの形では、足の一本一本に体重と同じかそれ以上の重さが係るために痛みもまた、大きいのだ。
 下男たちが縄の端を固定する。ゆらゆらとお唯の身体が揺れる。垂れさがった髪は地面の上に力なく広がっていた。
 大神が金槌と五寸釘を手にしてお唯の側に寄る。台に登ると彼は五寸釘の先端をお唯の右の足の裏に当てた。ちくっという痛みに、僅かにお唯が身体を震わせる。
「転ぶ気になったなら、そう言うがいい。大神、始めろ」
 采女の言葉に、大神が金槌を振り上げた。しんと静まり返った中で五寸釘の頭へと振り降ろす。
「きゃああああああ」
 大きく身体をのけぞらせてお唯が絶叫する。太い釘を打ち込まれた足がビクビクと痙攣する。溢れだす鮮血が白い足を染めていった。足の指が開いたり閉じたりを繰り返す。僅かに表情を歪めて大神が再び金槌を振り上げ、振り降ろす。骨を貫通する痛みにお唯の口からは絶叫が、目からは涙が、傷口からは鮮血が溢れだす。縛られていた五人の男女が辛そうに顔をそむけた。手が自由であれば、耳を塞ぎたい所だろう。
「ちゃんと見ておけ。お前たちもいずれは同じ運命を辿る。まぁ、転ぶのであれば、助かるがな」
 采女の言葉に、下男たちが男女の後ろに回って顔をお唯の方に向けさせる。諦めたように視線を戻すもの、瞼を閉じている者、主への祈りを唱えているものなど反応は様々だが、たいして興味はないのか、采女はそれを咎めようとはしない。
「今度は左足だ。転べ、転べば助かるのだぞ?」
「う、うぅ・・・主よ、御元に、参ります・・・」
 大神の言葉に、苦痛に呻きながらもお唯がそう言う。舌打ちを一つすると大神は反対の足の裏にも五寸釘を当てた。渾身の力で打ち込まれた釘に、お唯が耳を塞ぎたくなるような絶叫を上げる。足から垂れた血が頬に掛り、血の涙を流しているようにも見えた。
「ああっ、あ、い、痛、あああっ」
 ガン、ガンと、左右の足の甲から釘が顔を覗かせるまで打ち込まれる。それによる出血と身体を震わせたことで足首の皮膚が破れ、溢れた血が混じりあって白い足を真っ赤に染めあげる。
 更に、ぎゅっと握り込まれた足の指を強引に開き、爪と肉の間に小さな針を刺し込んでいく。その度に悲鳴が上がるが、転ぶという言葉は出てこない。十本の指全てに針を刺し終えてしまうと、がっくりと肩を落して大神は台から降りた。
 彼と入れ代りになるように、鉄の鋸を手にした下男がお唯の背後に立った。無表情に鋸をお唯の股間に当てる。無雑作に鋸を引くと、今まで流れて来た血によって染まっていた皮膚が破れ、新たな鮮血を溢れださせた。
「ひぎゃあああああ」
 釘や針とは違う痛みに、これ以上はないというほど大きく目を見開いてお唯が絶叫する。皮膚が、肉が、鋸によって引き裂かれる。ちかちかと脳裏で火花が散った。
 数度、鋸が前後に動く。その度にびくんびくんと身体を震わせ、悲鳴を上げるお唯。
 ガッっと、固い音が小さく響く。骨盤に鋸の刃が当ったのだ。それでも構わずに下男は鋸をうごかしている。以前にも鋸引きはやったことがあるが、その時は竹の鋸を非力な少年少女が使っていた。今回は鉄製の鋸を、力の強い下男が使っている。ガリガリと耳障りな音を立てて骨盤が削れていった。
 もっとも、その骨盤の削れる音は、下男の耳にすら届いたかどうか怪しいものだ。鋸が動くたびに、これ以上はないと思えるほどの悲鳴がお唯の口から上っていたのだから。濁音だらけのその悲鳴は、若い娘の口から出たとは信じられないような代物で、獣が殺される時の声の方がまだマシだった。口の端には血の混った泡が浮かび、瞳は半ば虚ろになっている。完全に失神できればまだ幸せなのだろうが、強過ぎる痛みはそれすらも許してはくれない。
 かなり幅の広い鋸が、完全にお唯の体内に沈み込み、姿を消す。大量に血を失しないながらも、まだお唯の生命の火は消えていなかった。もっとも、それを幸運と思う者は誰もいないだろう。
「ギィッ、ギャビヒィィ、グギャアアァ」
 腹の皮が裂け、既に切断されていた腸が溢れだす。一際高く、既に文字で出来ない悲鳴を上げるとお唯は数度身体を震わせ、それを最後に動かなくなった。それでも下男は機械的に鋸を動かし続け、お唯の死体を切断していく。苦痛で暴れることがなくなった分楽なのか、意外と短い時間でお唯の身体は左右に分かれた。さすがに頭部は切断出来なかったのか、首から上は右半身に繋がっている。
 切断面から鮮血と臓物を撒き散らしながら、足首で吊るされたお唯の死体がぶらぶらと揺れる。地面を頭部で擦りながら右半身が半回転した。既に光を失なったお唯の目と采女の目が合う。唇で笑みを浮かべると采女は立ち上がった
「お前たちの本格的な取り調べは後日に行う。転べばよし、転ばねばこの娘と同じ運命だ。どうするかは、ゆっくり考えるがいい」
 采女の言葉に、答えるものはなかった。
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All writen by 香月